今回、私がうぐいすとして参加する選挙は
現職に、我々の応援する元市議が挑むという一騎打ちだ。
静かな水面に、わざわざ石を投げたのはこちらであるから
何かと神経を使うことが多い。
こっちで何かあって背を向けられたら
そのままあっちに票が行くという厄介が待ち受けている。
消耗夫人が強気なのは、現職の地盤である市外のとある町が
彼女の出身地だからである。
我が市とその町は、離れていながら同じ選挙区になっているのだ。
さらに現職の遠縁にあたるという触れ込みが
発足したばかりの陣営の心をつかんだ。
「自分の人脈で現職の地盤をひっくり返す」と豪語する彼女を
一同は歓迎した。
人脈だのひっくり返すだの、おのれと世間を知らないからこそ、簡単に言える。
こっちで嫌われている者が、故郷で好かれているわきゃ~ないし
狭い田舎町のこと、住民の大半は、辿っていけばどこかで縁続きだ。
自己申告を素直に信じて、うっかり中枢にまで入り込ませ
消耗の原因を作ってしまった。
しかし反面、水も漏らさぬ鉄壁のチームワークなんて理想に過ぎず
張り詰めてしまうので、長続きがしないものだ。
ちょっとは変なのにも出入りしてもらわないと、かえって危険である。
共通の敵は、陣営のガス抜きのために必要だ。
明日は消耗夫人の案内で、その町…つまり敵陣に乗り込んで
お願いに歩くという日、陣営では遂行の希望者を募った。
「私、明日は仕事が休みなので、行かせていただきます」
候補の娘さやかちゃんが、名乗り出る。
彼女はお年頃の美人で、結婚間近。
前回の選挙から、私のうぐいす部隊に志願入隊した。
長女らしく、親思いの頑張り屋だ。
何より、美しくて人目を引くというのは、うぐいすとして最高の素質である。
消耗夫人によって、うぐいす部隊の解散が企てられていた時
彼女は両親に「みりこんさんじゃないと、さやかは絶対手伝わない!」
と言ったそうだ。
候補の夫人からそれを聞いた私は、かわいく思った。
うぐいす総替えの話は、こちらが思うよりも、かなり激しかったらしい。
古いのをできるだけ排除して、新顔の中で威張りたかったのだろう。
早く言ってくれれば喜んで辞退してあげたのに、もう遅いわい。
この娘も消耗夫人とは色々あったようで、私にポツポツと話す。
自分の紹介する宝石店でエンゲージリングを買えとうるさいので
彼氏と一緒に行って、仕方なく買ったそうだ。
「私の紹介だから安くなると言ってたけど、2万しか負けてくれなかった。
それはもういいんだけど、あの人もついて来て
行きも帰りも、ずっとお父さんとお母さんの悪口言い続けるの。
お店は遠いし、車の中だし、逃げられないでしょ。
はい、はいって、我慢して聞いてたけど
私、このままじゃ両親が壊れてしまうんじゃないかって
家に帰ったら涙がボロボロ出てきて…」
そう言って、大きな瞳に涙をたたえる。
そんな所にまで口を出しているとは知らなかった。
消耗夫人の図々しさにも驚くが、絶対逃げない客と踏んで
ふっかけた宝石店の性根も恥ずかしい。
結婚前の若い娘にとって、エンゲージリングを選ぶのは
予定では生涯でたった一度の、心浮き立つ大イベントだ。
そこで大好きな両親の悪口をさんざん聞かされながら
選挙のために辛抱したなんて、さすが、我が部隊の精鋭である。
「みりこんさん、お父さんとお母さんを守って!」
さやかちゃんは言う。
「大丈夫!みりこんさんが来てくれるようになってから
あの人、すっかりおとなしくなったもの」
炊き出しのご婦人がたも、口添えして励ます。
と~んでもございません…私は何もしておりませんのよ。
時々そそうはいたしますけど。
先日は、候補専用の湯飲みを“うっかり”割ってしまいましたの。
「はい」という素直な心・「ありがとう」という感謝の心…など
円満五心を書いた湯飲みですわ。
消耗夫人が「候補は私への素直さと感謝が足りない」と贈ったものですの。
これを見て、私に感謝の心を持て!そう言って贈ったと
彼女の口から直接聞きましたわ。
候補は、その湯飲みに注がれたお茶は、飲みませんの。
そんな大切な湯飲みを…本当に申し訳ないことをいたしました…うっうっう。
さて、さやかちゃんは、けなげに言い切る。
「明日もやられると思うけど、私は両親と違って
毎日言われるわけじゃないので、頑張って来ます!」
私は炊き出しを手伝っているので、行かないつもりだった。
パソコン入力なんかは順番待ちするぐらい希望者が多いのに
地味で重労働の炊き出しは、やる者がいないのだ。
しかしそんな話を聞いたら、黙って見送るわけにいかないじゃないか。
炊き出し部隊の女性達が、口々に言う。
「明日の炊き出しは、私達だけで何とか乗り切ります!行ってあげて!」
というわけで、ご両親より先に、お嬢様をお守りすることになった。
現職に、我々の応援する元市議が挑むという一騎打ちだ。
静かな水面に、わざわざ石を投げたのはこちらであるから
何かと神経を使うことが多い。
こっちで何かあって背を向けられたら
そのままあっちに票が行くという厄介が待ち受けている。
消耗夫人が強気なのは、現職の地盤である市外のとある町が
彼女の出身地だからである。
我が市とその町は、離れていながら同じ選挙区になっているのだ。
さらに現職の遠縁にあたるという触れ込みが
発足したばかりの陣営の心をつかんだ。
「自分の人脈で現職の地盤をひっくり返す」と豪語する彼女を
一同は歓迎した。
人脈だのひっくり返すだの、おのれと世間を知らないからこそ、簡単に言える。
こっちで嫌われている者が、故郷で好かれているわきゃ~ないし
狭い田舎町のこと、住民の大半は、辿っていけばどこかで縁続きだ。
自己申告を素直に信じて、うっかり中枢にまで入り込ませ
消耗の原因を作ってしまった。
しかし反面、水も漏らさぬ鉄壁のチームワークなんて理想に過ぎず
張り詰めてしまうので、長続きがしないものだ。
ちょっとは変なのにも出入りしてもらわないと、かえって危険である。
共通の敵は、陣営のガス抜きのために必要だ。
明日は消耗夫人の案内で、その町…つまり敵陣に乗り込んで
お願いに歩くという日、陣営では遂行の希望者を募った。
「私、明日は仕事が休みなので、行かせていただきます」
候補の娘さやかちゃんが、名乗り出る。
彼女はお年頃の美人で、結婚間近。
前回の選挙から、私のうぐいす部隊に志願入隊した。
長女らしく、親思いの頑張り屋だ。
何より、美しくて人目を引くというのは、うぐいすとして最高の素質である。
消耗夫人によって、うぐいす部隊の解散が企てられていた時
彼女は両親に「みりこんさんじゃないと、さやかは絶対手伝わない!」
と言ったそうだ。
候補の夫人からそれを聞いた私は、かわいく思った。
うぐいす総替えの話は、こちらが思うよりも、かなり激しかったらしい。
古いのをできるだけ排除して、新顔の中で威張りたかったのだろう。
早く言ってくれれば喜んで辞退してあげたのに、もう遅いわい。
この娘も消耗夫人とは色々あったようで、私にポツポツと話す。
自分の紹介する宝石店でエンゲージリングを買えとうるさいので
彼氏と一緒に行って、仕方なく買ったそうだ。
「私の紹介だから安くなると言ってたけど、2万しか負けてくれなかった。
それはもういいんだけど、あの人もついて来て
行きも帰りも、ずっとお父さんとお母さんの悪口言い続けるの。
お店は遠いし、車の中だし、逃げられないでしょ。
はい、はいって、我慢して聞いてたけど
私、このままじゃ両親が壊れてしまうんじゃないかって
家に帰ったら涙がボロボロ出てきて…」
そう言って、大きな瞳に涙をたたえる。
そんな所にまで口を出しているとは知らなかった。
消耗夫人の図々しさにも驚くが、絶対逃げない客と踏んで
ふっかけた宝石店の性根も恥ずかしい。
結婚前の若い娘にとって、エンゲージリングを選ぶのは
予定では生涯でたった一度の、心浮き立つ大イベントだ。
そこで大好きな両親の悪口をさんざん聞かされながら
選挙のために辛抱したなんて、さすが、我が部隊の精鋭である。
「みりこんさん、お父さんとお母さんを守って!」
さやかちゃんは言う。
「大丈夫!みりこんさんが来てくれるようになってから
あの人、すっかりおとなしくなったもの」
炊き出しのご婦人がたも、口添えして励ます。
と~んでもございません…私は何もしておりませんのよ。
時々そそうはいたしますけど。
先日は、候補専用の湯飲みを“うっかり”割ってしまいましたの。
「はい」という素直な心・「ありがとう」という感謝の心…など
円満五心を書いた湯飲みですわ。
消耗夫人が「候補は私への素直さと感謝が足りない」と贈ったものですの。
これを見て、私に感謝の心を持て!そう言って贈ったと
彼女の口から直接聞きましたわ。
候補は、その湯飲みに注がれたお茶は、飲みませんの。
そんな大切な湯飲みを…本当に申し訳ないことをいたしました…うっうっう。
さて、さやかちゃんは、けなげに言い切る。
「明日もやられると思うけど、私は両親と違って
毎日言われるわけじゃないので、頑張って来ます!」
私は炊き出しを手伝っているので、行かないつもりだった。
パソコン入力なんかは順番待ちするぐらい希望者が多いのに
地味で重労働の炊き出しは、やる者がいないのだ。
しかしそんな話を聞いたら、黙って見送るわけにいかないじゃないか。
炊き出し部隊の女性達が、口々に言う。
「明日の炊き出しは、私達だけで何とか乗り切ります!行ってあげて!」
というわけで、ご両親より先に、お嬢様をお守りすることになった。