同居する義母ヨシコは、88才。
88才と言えば米寿。
「次(99才の白寿)はもういないと思うから、今回は盛大にやっておこう」
という夫の姉カンジワ・ルイーゼの発案により
ヨシコの誕生日当日に、町内のホテルで米寿の祝いを催すことにした。
「ぜって〜、いるよ…」
私はそう思ったが、お祝い事をするのはやぶさかでないため
二つ返事で賛成。
このホテルにはヨシコの友人、骨肉のおトミの娘である聖子ちゃんが
パートで勤めている。
そこでルイーゼが、聖子ちゃんに頼んで予約してもらった。
ちなみに骨肉のおトミは認知症が順調に進行し、今では廃人同様。
一昨年、足を骨折して以来、歩けなくなったので徘徊や乱暴は無い。
ずっとボンヤリして車椅子に乗っている“おとなし系”だ。
元気な頃は骨肉の嫁姑を繰り広げていたため
おトミに手がかかるようになっても、お嫁さんは一切関わらない。
だから母親の世話は、聖子ちゃんが一人で行っている。
もっともお嫁さんは昨年、交通事故に遭い、姑の介護どころではなくなった。
怪我をしたから介護ができなくなったのか
介護をしたくないから後遺症を強調しているのかは定かではない。
ともあれ、おトミの症状からしてとっくに施設案件。
しかし聖子ちゃんが、母親を離さない。
精神的な母子依存もあるだろうが、施設に入れると
母親の年金がそっちの支払いに回ってしまう。
身体が丈夫でないこともあって、若い頃はほとんど働かず
60半ばの現在まで独身を通してきた聖子ちゃんにとって
おトミの施設行きは死活問題なのであった。
が、家で面倒を見るとなると、どうしても怪我が多くなる。
おトミは転んだりベッドから落ちたりして、あちこちを骨折しながら
聖子ちゃんの介護を受けている状態だ。
それでも聖子ちゃんはわけわからんおトミを車に乗せ
ヨシコを誘ってドライブに出かける。
「話してもわからんから面白くないし、車椅子を押せと言われるのも嫌」
ヨシコはそう言いながらも聖子ちゃんに誘われると断れず
シブシブ出かけている。
おトミはヨシコより二つ年上。
トイレもままならない彼女の状態を見るにつけ、ヨシコはつくづく元気だと思う。
うちは手がかからないだけマシ…
そう考えるようにしているのだ。
やがて、まだまだ先と思っていた米寿の祝いが近づいてきた。
ルイーゼはヨシコに金のチャンチャンコと頭巾(ずきん)を着せると言い
うちの次男の嫁に頼んでネットで買ってもらっていた。
60才の還暦に赤いチャンチャンコは誰でも知っているけど
88才の米寿には金のチャンチャンコを着せるそうだ。
私の身内に88まで生きた者はいないので、知らなかった。
そして先日、いよいよお祝いの日だ。
12時が近づき、主役はお召し替え。
深いグリーンのロングドレスを新調していたのでビックリ。
ルイーゼが買ってくれたそうだ。
このところルイーゼとよく出かけていたのは、これを調達するためだったらしい。
グリーンのドレスにグリーンのバック、二連の真珠、黒のハイヒールと
ゴージャスが得意なヨシコの本領発揮である。
人に買わせた服で主役を張るって、いかにも他力本願のヨシコらしい。
私もたまたま似たような色を着て行くつもりだったので
色がかぶってはいけないと思い、慌てて着替えた。
はしゃぎまくるヨシコを連れて、ホテルに到着。
ルイーゼ夫婦、おみっちゃんちゃん夫婦と一人娘のもみじ様
うちの次男夫婦も来て、和やかな宴会が始まった。
開会の言葉と乾杯の音頭は、僭越ながら長男の嫁である私。
夫がやるべきだと思うけど、無口なので仕方がない。
「本日は母ヨシコのためにお集まりくださいまして、ありがとうございます。
米寿を迎えるにあたり、一番驚いておりますのは本人でごさいまして
ここまで長生きするとは思わなかったと常々申しております。
中年期以降は病気のデパート、手術の女王と呼ばれてきた母が
現在も健康寿命を更新し続けておりますのは
本人の明るい性格と、ご覧頂いておわかりのように
いつまでもおしゃれ心を忘れない情熱もさることながら
何よりも皆様の愛情と、ご支援ご協力のお陰でございます。
母に代わりまして、厚く御礼申し上げます。
そんなありがとうの気持ちを込めまして
ルイーゼ家と合同で、ささやかなウタゲをご用意させて頂きました。
お時間の許す限り、心ゆくまでご歓談くださいませ。
それではヨシコさんのますますの長寿を願って、乾杯」
あんまりベラベラしゃべるからか
ホテルの人たちは顔を見合わせて呆然としていたが、構うもんか。
ルイーゼが着せたキンキラキンのチャンチャンコは
グリーンのドレスとよくマッチして、意外にもスタイリッシュ。
色物のチャンチャンコを着せる時は、服の色との組み合わせを考えると良いようだ。
これといった写真も無いから、食事の一部でも見てちょ。
和やかで楽しい会だった。
次にこのメンバーが集まるのは、11年後の白寿の祝いか、それとも葬式か。
さて、この日の支払いはルイーゼ家と我が家で折半することに決めていた。
一方、ヨシコは独断で、ホテル仕様のフルーツケーキ7個を
引き出物として用意していた。
「これはね、私が特別に頼んで用意したのよ。
どうぞ持って帰ってね、私の気持ちだから」
帰りには、さんざんええカッコしながら皆に配ったが
請求書では食事代と一緒くたになっていた。
詰めの甘いヨシコのやりそうなことだ。
とはいえ、本人に払う気無し。
「払おうか?払おうか?」
財布を出してそう言いつつ、ジリジリと後ずさりして遠ざかっていく。
外食や買い物で必ずやる、いつもの手段だ。
この日はさらに芸が細かい。
いきなりバッグを取り落とし、中身を床にぶちまける。
あらあら…とつぶやきながら、ゆっくりしゃがんで拾っているうちに
支払いが済んでいる寸法。
わざとだ、とまでは言わないけど、この芸は初めてじゃないのよね。
バッグの中身を拾うヨシコを見捨て、引き出物も含めてルイーゼと折半した。
別にいいんだけど、確信犯にまんまとやられたのは何か悔しい。
本人は支払いが済むと、全てを忘れた模様。
何でも忘れたことにできる年寄りが、うらやましいぞ。
88才と言えば米寿。
「次(99才の白寿)はもういないと思うから、今回は盛大にやっておこう」
という夫の姉カンジワ・ルイーゼの発案により
ヨシコの誕生日当日に、町内のホテルで米寿の祝いを催すことにした。
「ぜって〜、いるよ…」
私はそう思ったが、お祝い事をするのはやぶさかでないため
二つ返事で賛成。
このホテルにはヨシコの友人、骨肉のおトミの娘である聖子ちゃんが
パートで勤めている。
そこでルイーゼが、聖子ちゃんに頼んで予約してもらった。
ちなみに骨肉のおトミは認知症が順調に進行し、今では廃人同様。
一昨年、足を骨折して以来、歩けなくなったので徘徊や乱暴は無い。
ずっとボンヤリして車椅子に乗っている“おとなし系”だ。
元気な頃は骨肉の嫁姑を繰り広げていたため
おトミに手がかかるようになっても、お嫁さんは一切関わらない。
だから母親の世話は、聖子ちゃんが一人で行っている。
もっともお嫁さんは昨年、交通事故に遭い、姑の介護どころではなくなった。
怪我をしたから介護ができなくなったのか
介護をしたくないから後遺症を強調しているのかは定かではない。
ともあれ、おトミの症状からしてとっくに施設案件。
しかし聖子ちゃんが、母親を離さない。
精神的な母子依存もあるだろうが、施設に入れると
母親の年金がそっちの支払いに回ってしまう。
身体が丈夫でないこともあって、若い頃はほとんど働かず
60半ばの現在まで独身を通してきた聖子ちゃんにとって
おトミの施設行きは死活問題なのであった。
が、家で面倒を見るとなると、どうしても怪我が多くなる。
おトミは転んだりベッドから落ちたりして、あちこちを骨折しながら
聖子ちゃんの介護を受けている状態だ。
それでも聖子ちゃんはわけわからんおトミを車に乗せ
ヨシコを誘ってドライブに出かける。
「話してもわからんから面白くないし、車椅子を押せと言われるのも嫌」
ヨシコはそう言いながらも聖子ちゃんに誘われると断れず
シブシブ出かけている。
おトミはヨシコより二つ年上。
トイレもままならない彼女の状態を見るにつけ、ヨシコはつくづく元気だと思う。
うちは手がかからないだけマシ…
そう考えるようにしているのだ。
やがて、まだまだ先と思っていた米寿の祝いが近づいてきた。
ルイーゼはヨシコに金のチャンチャンコと頭巾(ずきん)を着せると言い
うちの次男の嫁に頼んでネットで買ってもらっていた。
60才の還暦に赤いチャンチャンコは誰でも知っているけど
88才の米寿には金のチャンチャンコを着せるそうだ。
私の身内に88まで生きた者はいないので、知らなかった。
そして先日、いよいよお祝いの日だ。
12時が近づき、主役はお召し替え。
深いグリーンのロングドレスを新調していたのでビックリ。
ルイーゼが買ってくれたそうだ。
このところルイーゼとよく出かけていたのは、これを調達するためだったらしい。
グリーンのドレスにグリーンのバック、二連の真珠、黒のハイヒールと
ゴージャスが得意なヨシコの本領発揮である。
人に買わせた服で主役を張るって、いかにも他力本願のヨシコらしい。
私もたまたま似たような色を着て行くつもりだったので
色がかぶってはいけないと思い、慌てて着替えた。
はしゃぎまくるヨシコを連れて、ホテルに到着。
ルイーゼ夫婦、おみっちゃんちゃん夫婦と一人娘のもみじ様
うちの次男夫婦も来て、和やかな宴会が始まった。
開会の言葉と乾杯の音頭は、僭越ながら長男の嫁である私。
夫がやるべきだと思うけど、無口なので仕方がない。
「本日は母ヨシコのためにお集まりくださいまして、ありがとうございます。
米寿を迎えるにあたり、一番驚いておりますのは本人でごさいまして
ここまで長生きするとは思わなかったと常々申しております。
中年期以降は病気のデパート、手術の女王と呼ばれてきた母が
現在も健康寿命を更新し続けておりますのは
本人の明るい性格と、ご覧頂いておわかりのように
いつまでもおしゃれ心を忘れない情熱もさることながら
何よりも皆様の愛情と、ご支援ご協力のお陰でございます。
母に代わりまして、厚く御礼申し上げます。
そんなありがとうの気持ちを込めまして
ルイーゼ家と合同で、ささやかなウタゲをご用意させて頂きました。
お時間の許す限り、心ゆくまでご歓談くださいませ。
それではヨシコさんのますますの長寿を願って、乾杯」
あんまりベラベラしゃべるからか
ホテルの人たちは顔を見合わせて呆然としていたが、構うもんか。
ルイーゼが着せたキンキラキンのチャンチャンコは
グリーンのドレスとよくマッチして、意外にもスタイリッシュ。
色物のチャンチャンコを着せる時は、服の色との組み合わせを考えると良いようだ。
これといった写真も無いから、食事の一部でも見てちょ。
和やかで楽しい会だった。
次にこのメンバーが集まるのは、11年後の白寿の祝いか、それとも葬式か。
さて、この日の支払いはルイーゼ家と我が家で折半することに決めていた。
一方、ヨシコは独断で、ホテル仕様のフルーツケーキ7個を
引き出物として用意していた。
「これはね、私が特別に頼んで用意したのよ。
どうぞ持って帰ってね、私の気持ちだから」
帰りには、さんざんええカッコしながら皆に配ったが
請求書では食事代と一緒くたになっていた。
詰めの甘いヨシコのやりそうなことだ。
とはいえ、本人に払う気無し。
「払おうか?払おうか?」
財布を出してそう言いつつ、ジリジリと後ずさりして遠ざかっていく。
外食や買い物で必ずやる、いつもの手段だ。
この日はさらに芸が細かい。
いきなりバッグを取り落とし、中身を床にぶちまける。
あらあら…とつぶやきながら、ゆっくりしゃがんで拾っているうちに
支払いが済んでいる寸法。
わざとだ、とまでは言わないけど、この芸は初めてじゃないのよね。
バッグの中身を拾うヨシコを見捨て、引き出物も含めてルイーゼと折半した。
別にいいんだけど、確信犯にまんまとやられたのは何か悔しい。
本人は支払いが済むと、全てを忘れた模様。
何でも忘れたことにできる年寄りが、うらやましいぞ。