先日見舞いに行った夫の叔父が亡くなり
一昨日が通夜、昨日が葬儀だった。
暑い季節柄、一族でただ一人の調理師というのが思わぬ威力を発揮し
遺族の食事や来客のお茶出しに采配を振るう。
微力ながら、少しは役に立てたのであれば
病院勤めの艱難辛苦も報われたというものだ。
この夫婦は義父の身内には珍しく、ずっと忙しい共働きだったので
私という新参者に意地の悪い興味を持つヒマが無かった。
だから私に対して、他の親戚のように
「夫を浮気に走らせてしまう悪い嫁」として異質の扱いをしなかった。
時々家庭菜園の野菜をくれた。
親族の集まる席でも遠巻きにせず、普通に話しかけてくれた。
普通…それがどれほどにありがたいことか。
私にしてみれば、大恩人である。
自分のことは棚に上げ、人の池に石を投げて波紋を楽しみたいのは
いつもヒマな人間だ。
そんな普通の人の葬儀は、多くの参列者に見送られる
普通のしめやかなものだ。
夫家特有の私好みの事件は起らない。
しかし、ここ数年で親族の関係も大きく変化し
面倒臭いメンバーは、冠婚葬祭に参加しなくなった。
「来る嫁で家が決まるといいます。ご心痛お察しします…」
夫の浮気で我が家がもめるたびに、義父宛にそんな年賀状をよこし
火に油を注いで喜んでいた義父の姪たち。
数年前に祖母が他界した時、無い遺産を巡って骨肉の争いとなり
今では絶縁状態となった。
スジだ、常識だと騒いでいたが
一番うるさかった姪の香典袋はカラだった。
もっと厄介だった彼女たちの両親も、それぞれ他界した。
ヒマにあかせて一族の間を走り回り
あること無いこと尾ひれをつけて報道して歩くのが生き甲斐で
私がひそかに新華社通信と呼んでいた叔父夫婦は離婚し
その直後、叔父は浮気者がたどる孤独な死を迎えた。
別れた妻は、祖母の他界時の“骨肉”に参戦し
「私には無くても孫には権利がある」と主張していたが
分け前になりそうなものが何も無いと知ると、それきり姿を見せなくなった。
面倒臭い人間が何人も減ると、俄然過ごしやすくなる。
気にしないとはいえ、一挙一動を観察されてあれこれ言われるのは
気持ちのいいものではない。
ああ、安気、安気。
今では一族の最長老となり、人が多く集まると興奮する義父アツシも
最近は出歩かなくなったので
「誰が太っている、誰が痩せている」くらいの話題しか無い。
精進落としの会食の席で
「おまえは太りすぎだ。もうちょっと痩せろ」
と手当たり次第に忠告するが
持病で幽霊のように痩せこけた義父に言われても
皆、へへへ…と適当に苦笑いを返すしかない。
内心では肥満した我が夫を横目に
「おまえの息子はどうなんだ…」と思っているにちがいない。
「うちの娘を見ろ!痩せているほうが働き者だ!」
夫の姉カンジワ・ルイーゼは、しわくちゃのウメボシみたいな顔で
満足そうにうなづいている。
痩せた姪たちを指さし
「見ろ!痩せているほうが上品だ」「親の躾がいい」
「女は旦那にかわいがられるように、いつも気を付けていなくては」
などと演説して悦に入っていたが
そのうち「上品」なはずの姪たちが、いっせいにタバコに火を付ける。
アツシ…目をむいて沈黙。
タバコがいい悪いではなく、席を外して吸うとか
人の集まる場所では控えるという配慮が欲しいものだ。
女性の喫煙は、老人にはまだ刺激が強い。
「兄さん、あれが上品かい」
今回未亡人になった叔母が鋭く指摘する。
さっき「旦那の看病してたのに、痩せ方が足りない」と言われた
報復であろう。
長身でがっちりした体型の私は、いつもデブ組に入れられるため
ヒヒヒ…と喜ぶ。
しょっちゅうデブ、デブとののしられる義母ヨシコも
ククク…と笑う。
ゴタゴタを起こす者は去り、目と目を見合わせて笑い合える者が残った。
年月の優しさをかみしめ、年を取るのも悪くない…と思う私だった。
一昨日が通夜、昨日が葬儀だった。
暑い季節柄、一族でただ一人の調理師というのが思わぬ威力を発揮し
遺族の食事や来客のお茶出しに采配を振るう。
微力ながら、少しは役に立てたのであれば
病院勤めの艱難辛苦も報われたというものだ。
この夫婦は義父の身内には珍しく、ずっと忙しい共働きだったので
私という新参者に意地の悪い興味を持つヒマが無かった。
だから私に対して、他の親戚のように
「夫を浮気に走らせてしまう悪い嫁」として異質の扱いをしなかった。
時々家庭菜園の野菜をくれた。
親族の集まる席でも遠巻きにせず、普通に話しかけてくれた。
普通…それがどれほどにありがたいことか。
私にしてみれば、大恩人である。
自分のことは棚に上げ、人の池に石を投げて波紋を楽しみたいのは
いつもヒマな人間だ。
そんな普通の人の葬儀は、多くの参列者に見送られる
普通のしめやかなものだ。
夫家特有の私好みの事件は起らない。
しかし、ここ数年で親族の関係も大きく変化し
面倒臭いメンバーは、冠婚葬祭に参加しなくなった。
「来る嫁で家が決まるといいます。ご心痛お察しします…」
夫の浮気で我が家がもめるたびに、義父宛にそんな年賀状をよこし
火に油を注いで喜んでいた義父の姪たち。
数年前に祖母が他界した時、無い遺産を巡って骨肉の争いとなり
今では絶縁状態となった。
スジだ、常識だと騒いでいたが
一番うるさかった姪の香典袋はカラだった。
もっと厄介だった彼女たちの両親も、それぞれ他界した。
ヒマにあかせて一族の間を走り回り
あること無いこと尾ひれをつけて報道して歩くのが生き甲斐で
私がひそかに新華社通信と呼んでいた叔父夫婦は離婚し
その直後、叔父は浮気者がたどる孤独な死を迎えた。
別れた妻は、祖母の他界時の“骨肉”に参戦し
「私には無くても孫には権利がある」と主張していたが
分け前になりそうなものが何も無いと知ると、それきり姿を見せなくなった。
面倒臭い人間が何人も減ると、俄然過ごしやすくなる。
気にしないとはいえ、一挙一動を観察されてあれこれ言われるのは
気持ちのいいものではない。
ああ、安気、安気。
今では一族の最長老となり、人が多く集まると興奮する義父アツシも
最近は出歩かなくなったので
「誰が太っている、誰が痩せている」くらいの話題しか無い。
精進落としの会食の席で
「おまえは太りすぎだ。もうちょっと痩せろ」
と手当たり次第に忠告するが
持病で幽霊のように痩せこけた義父に言われても
皆、へへへ…と適当に苦笑いを返すしかない。
内心では肥満した我が夫を横目に
「おまえの息子はどうなんだ…」と思っているにちがいない。
「うちの娘を見ろ!痩せているほうが働き者だ!」
夫の姉カンジワ・ルイーゼは、しわくちゃのウメボシみたいな顔で
満足そうにうなづいている。
痩せた姪たちを指さし
「見ろ!痩せているほうが上品だ」「親の躾がいい」
「女は旦那にかわいがられるように、いつも気を付けていなくては」
などと演説して悦に入っていたが
そのうち「上品」なはずの姪たちが、いっせいにタバコに火を付ける。
アツシ…目をむいて沈黙。
タバコがいい悪いではなく、席を外して吸うとか
人の集まる場所では控えるという配慮が欲しいものだ。
女性の喫煙は、老人にはまだ刺激が強い。
「兄さん、あれが上品かい」
今回未亡人になった叔母が鋭く指摘する。
さっき「旦那の看病してたのに、痩せ方が足りない」と言われた
報復であろう。
長身でがっちりした体型の私は、いつもデブ組に入れられるため
ヒヒヒ…と喜ぶ。
しょっちゅうデブ、デブとののしられる義母ヨシコも
ククク…と笑う。
ゴタゴタを起こす者は去り、目と目を見合わせて笑い合える者が残った。
年月の優しさをかみしめ、年を取るのも悪くない…と思う私だった。