夫の親友、田辺君からもらった仕事を担当した永井部長と藤村は
さっそく連れ立って、ご挨拶に出向く。
さっそくも何も、挨拶しかできない二人であった。
挨拶なら、ここはまず仕事を振ってくれた田辺君の会社へ行くのが
通常のスジというものであろう。
しかし、彼の会社を飛ばすつもりなんだから行くわけにはいかない。
先に田辺君に会ってしまったら、彼から仕事をもらったと認めることになり
上下関係が締結してしまうからである。
よって二人はまず、発注元であるA社の広島支社を訪問した。
担当者に挨拶を済ませ、永井部長がおもむろに直取引を切り出すと
相手は言った。
「帰れ」
二人はけんもほろろに追い出され、撃沈。
しかし、これでメゲる二人ではない。
果敢にも次の作戦を実行に移す。
今度は九州の土建会社、B社である。
B社の広島支店を訪問し、やはり担当者に直取引を打診。
担当者は激怒し、その剣幕に驚いた二人は逃げ帰った。
彼らにとっては、これで終わるはずだった。
けれどもそうはいかない。
B社の怒りはすさまじかった。
それもそのはず、B社の本社は九州小倉。
小倉生まれの玄海育ち…口も荒いが気も荒い…
古風な鉄火肌を歌にも唄われた、色々な意味で何かと威勢のいい地域だ。
小倉に暮らす人々の皆がそうだというわけではないが
そこで土建会社を営むからには
古風な鉄火肌と無関係ではない可能性を鑑みる必要があった。
小倉、土建、田辺君とくれば任侠と、彼らは最初に気づくべきだったのである。
広島支店から話を聞いたB社は、本社に抗議の電話をかけ
永井部長と藤村を小倉に寄こせと言ってきた。
本社は関わり合いになりたくないので、行けと言う。
二人は窮地に立たされた。
相手は怒っているとはいえ、そう無体なことをするわけではない。
二人で小倉へ行き、謝罪すれば済んだはずだった。
しかし、ここで永井部長が迷走を始める。
つてを頼り、小倉在住のある人物を紹介してもらった。
あくまで永井レベルの範疇だが、その人物は小倉で顔役という。
彼はB社に行く時、その人に付き添ってもらおうと考えたのだ。
準備を整えた永井部長は藤村を連れ、現地で顔役とやらと落ち合う。
付き添いを頼んだ目的は心細いからか、謝罪を円滑にしたいからか
顔役の威力でB社をねじ伏せるためなのか、我々にはわからないが
3人でB社に向かった。
顔役は、何の役にも立たなかった。
B社の課長だか部長だかに…社長や取締役はこんなしょうもない面会に出てこない…
3人並べてしこたま怒鳴られ、取りつく島も無いまま
すごすごと帰るしかなかった。
「変なヤツを連れてきた」ということで、B社はさらに怒り心頭。
無関係の人間を連れて行ったのが、裏目に出たようだ。
ただではおかない…本社に乗り込む…
B社は言い出し、永井部長と藤村は震え上がった。
二人の行動は初動から逐一、田辺君に伝わっている。
そして田辺君は、そのまま夫に伝えていた。
我々はその内容から、二人がB社に遊ばれているとわかった。
コモノ二人のために、わざわざ時間と交通費を使って来るわけがない。
しかし彼らは違う。
自分たちは大物だと思い込んでいるので
B社の言葉を額面どおりに受け止め、夜も眠れないに違いない。
溺れる者はワラをもつかむ…
ピンチの永井部長は、この時点でひらめいた。
「そうだ!田辺君がいる!」
田辺君に頼んでB社に取りなしてもらい、このピンチを切り抜けるのだ。
どのツラ下げて、と言いたいところだが、それが永井部長である。
彼は田辺君に連絡した。
「B社へ挨拶に行ったら、会話の食い違いで機嫌をそこねてしまった。
君が間に入って、話をつけてもらえないだろうか」
ものは言いようである。
ここで田辺君、遊ぶ。
「話は聞いています。
B社を怒らせると怖いですよ」
「そこを何とか…」
「無理です」
田辺君は冷たく電話を切った。
万事休すの永井部長、ここで藤村に言った。
「田辺にもう一回、頼んでみたらどう?
藤村さんと親しいようだから、助けてもらったら?」
自分が滅茶苦茶にしておいて、危なくなったらそっと部外者になりきり
取り残された者をなぐさめる側に回る…
これは彼の持ち技の一つである。
永井部長はこの技で全てを藤村に押しつけ、逃げたのだった。
永井部長とニコイチだろうが、自分だけが取り残されようが
とにかく藤村は田辺君に会って、何とかしてもらわなければならない。
藤村は田辺君に連絡を取った。
以下は田辺君から夫へ、夫から私への又聞きであり
そして私は上品!な女性であるから、良くない言葉遣いに慣れていない!ため
多少リアリティに欠けるかもしれないが再現してみよう。
「藤村ぁ!ようもワシに電話できたのぅ!」
「そ…それは…」
「ワシに恥かかしやがって、タダで済む思よんか!ワレ!
これから本社行って、お前らがやったこと全部言うたろうか!」
「それだけは勘弁してください…」
「なら、今すぐ来い!話はそれからじゃ!」
藤村は、真っ青な顔で田辺君の会社に駆けつけた。
「よう来たのぅ。
ほんでお前ら、どげぇな落とし前つけるつもりか聞かしてもらおうか」
「お…落とし前…」
「こうなる覚悟でワシに喧嘩売ったんじゃろうが!」
「そんなつもりは…飛ばしを言い出したのは永井部長なんです!
僕はただ付いて行っただけで…」
藤村はしくしくと泣き出し、これまでの経緯と
永井部長に見捨てられた哀れな身の上を告白するのだった。
「それがどしたんじゃ!今さら逃げられんど!
永井もまとめて、広島におられんようにしちゃろうか!」
「許してください!許してください!この通りです!」
藤村は田辺君に土下座した。
その場所は、田辺君の勤める会社の事務所だ。
好奇の目で見守る周囲の社員にも、藤村はその姿をさらすこととなった。
この業界、噂だけは早い。
特に人の不幸にまつわることは早い。
早晩、一部始終が近辺の同業者に伝わるだろう。
今後の藤村は、どこへ行っても笑い者確定。
飛ばしの悪癖も知れ渡り、彼らを相手にする者はいなくなる。
田辺君の狙いは、そこにあった。
《続く》
さっそく連れ立って、ご挨拶に出向く。
さっそくも何も、挨拶しかできない二人であった。
挨拶なら、ここはまず仕事を振ってくれた田辺君の会社へ行くのが
通常のスジというものであろう。
しかし、彼の会社を飛ばすつもりなんだから行くわけにはいかない。
先に田辺君に会ってしまったら、彼から仕事をもらったと認めることになり
上下関係が締結してしまうからである。
よって二人はまず、発注元であるA社の広島支社を訪問した。
担当者に挨拶を済ませ、永井部長がおもむろに直取引を切り出すと
相手は言った。
「帰れ」
二人はけんもほろろに追い出され、撃沈。
しかし、これでメゲる二人ではない。
果敢にも次の作戦を実行に移す。
今度は九州の土建会社、B社である。
B社の広島支店を訪問し、やはり担当者に直取引を打診。
担当者は激怒し、その剣幕に驚いた二人は逃げ帰った。
彼らにとっては、これで終わるはずだった。
けれどもそうはいかない。
B社の怒りはすさまじかった。
それもそのはず、B社の本社は九州小倉。
小倉生まれの玄海育ち…口も荒いが気も荒い…
古風な鉄火肌を歌にも唄われた、色々な意味で何かと威勢のいい地域だ。
小倉に暮らす人々の皆がそうだというわけではないが
そこで土建会社を営むからには
古風な鉄火肌と無関係ではない可能性を鑑みる必要があった。
小倉、土建、田辺君とくれば任侠と、彼らは最初に気づくべきだったのである。
広島支店から話を聞いたB社は、本社に抗議の電話をかけ
永井部長と藤村を小倉に寄こせと言ってきた。
本社は関わり合いになりたくないので、行けと言う。
二人は窮地に立たされた。
相手は怒っているとはいえ、そう無体なことをするわけではない。
二人で小倉へ行き、謝罪すれば済んだはずだった。
しかし、ここで永井部長が迷走を始める。
つてを頼り、小倉在住のある人物を紹介してもらった。
あくまで永井レベルの範疇だが、その人物は小倉で顔役という。
彼はB社に行く時、その人に付き添ってもらおうと考えたのだ。
準備を整えた永井部長は藤村を連れ、現地で顔役とやらと落ち合う。
付き添いを頼んだ目的は心細いからか、謝罪を円滑にしたいからか
顔役の威力でB社をねじ伏せるためなのか、我々にはわからないが
3人でB社に向かった。
顔役は、何の役にも立たなかった。
B社の課長だか部長だかに…社長や取締役はこんなしょうもない面会に出てこない…
3人並べてしこたま怒鳴られ、取りつく島も無いまま
すごすごと帰るしかなかった。
「変なヤツを連れてきた」ということで、B社はさらに怒り心頭。
無関係の人間を連れて行ったのが、裏目に出たようだ。
ただではおかない…本社に乗り込む…
B社は言い出し、永井部長と藤村は震え上がった。
二人の行動は初動から逐一、田辺君に伝わっている。
そして田辺君は、そのまま夫に伝えていた。
我々はその内容から、二人がB社に遊ばれているとわかった。
コモノ二人のために、わざわざ時間と交通費を使って来るわけがない。
しかし彼らは違う。
自分たちは大物だと思い込んでいるので
B社の言葉を額面どおりに受け止め、夜も眠れないに違いない。
溺れる者はワラをもつかむ…
ピンチの永井部長は、この時点でひらめいた。
「そうだ!田辺君がいる!」
田辺君に頼んでB社に取りなしてもらい、このピンチを切り抜けるのだ。
どのツラ下げて、と言いたいところだが、それが永井部長である。
彼は田辺君に連絡した。
「B社へ挨拶に行ったら、会話の食い違いで機嫌をそこねてしまった。
君が間に入って、話をつけてもらえないだろうか」
ものは言いようである。
ここで田辺君、遊ぶ。
「話は聞いています。
B社を怒らせると怖いですよ」
「そこを何とか…」
「無理です」
田辺君は冷たく電話を切った。
万事休すの永井部長、ここで藤村に言った。
「田辺にもう一回、頼んでみたらどう?
藤村さんと親しいようだから、助けてもらったら?」
自分が滅茶苦茶にしておいて、危なくなったらそっと部外者になりきり
取り残された者をなぐさめる側に回る…
これは彼の持ち技の一つである。
永井部長はこの技で全てを藤村に押しつけ、逃げたのだった。
永井部長とニコイチだろうが、自分だけが取り残されようが
とにかく藤村は田辺君に会って、何とかしてもらわなければならない。
藤村は田辺君に連絡を取った。
以下は田辺君から夫へ、夫から私への又聞きであり
そして私は上品!な女性であるから、良くない言葉遣いに慣れていない!ため
多少リアリティに欠けるかもしれないが再現してみよう。
「藤村ぁ!ようもワシに電話できたのぅ!」
「そ…それは…」
「ワシに恥かかしやがって、タダで済む思よんか!ワレ!
これから本社行って、お前らがやったこと全部言うたろうか!」
「それだけは勘弁してください…」
「なら、今すぐ来い!話はそれからじゃ!」
藤村は、真っ青な顔で田辺君の会社に駆けつけた。
「よう来たのぅ。
ほんでお前ら、どげぇな落とし前つけるつもりか聞かしてもらおうか」
「お…落とし前…」
「こうなる覚悟でワシに喧嘩売ったんじゃろうが!」
「そんなつもりは…飛ばしを言い出したのは永井部長なんです!
僕はただ付いて行っただけで…」
藤村はしくしくと泣き出し、これまでの経緯と
永井部長に見捨てられた哀れな身の上を告白するのだった。
「それがどしたんじゃ!今さら逃げられんど!
永井もまとめて、広島におられんようにしちゃろうか!」
「許してください!許してください!この通りです!」
藤村は田辺君に土下座した。
その場所は、田辺君の勤める会社の事務所だ。
好奇の目で見守る周囲の社員にも、藤村はその姿をさらすこととなった。
この業界、噂だけは早い。
特に人の不幸にまつわることは早い。
早晩、一部始終が近辺の同業者に伝わるだろう。
今後の藤村は、どこへ行っても笑い者確定。
飛ばしの悪癖も知れ渡り、彼らを相手にする者はいなくなる。
田辺君の狙いは、そこにあった。
《続く》