昨年、私の住む町に小さなイタリア料理の店ができた。
経営者は夫のバドミントン仲間、Aさんの娘夫婦だそう。
そこでバドミントンクラブの忘年会は、その店で行われることになった。
「どんな感じ?良かった?」
忘年会から帰宅した夫にたずねる。
「食べられるモンがあんまり無いし、出るのが遅くて量が少ない」
夫はチーズとオリーブオイルと生野菜が苦手。
この3点セットはイタリアンに欠かせないので
採点が辛いのは致し方ないと思われた。
年が明け、夫は再び同じ店で新年会を行うことになった。
今度は同級生の集まり。
「どうだった?」
私はまたもや、帰宅した夫にたずねる。
この熱心は、ひとえに我々同級生で行う女子会のためだ。
去年のゴールデンウィーク
いつも使うマミちゃんのお義兄さんの店が休みだったため
夫の協力のもと、代わりの店を探すのに苦労した。
以来、キープ店のリサーチに励むようになった私である。
さて、夫の感想は今回も冷ややか。
「女はおいしい、おいしい言うて喜んどったけど
男はやっぱり量が少ないとか、遅い言うとった」
以後、その店に行った人の話を何度か耳にしたが
いずれも男は酷評し、女は絶賛する。
田舎の男というのは
パスタやピザは女子供の食べ物と決めつけているフシがあり
イタリアンと聞けば、その二つしか思い浮かばないし
チーズが苦手な人も多い。
一方、女は食べ物に対して柔軟だし
そもそも自分で作らない物であれば何だっておいしい。
それを考慮しても、この男女差はいったいどうしたことか。
私は首をかしげるのだった。
そして遅ればせながらこの3月、やっとその店へ行く機会に恵まれた。
メンバーは、義母ヨシコと義姉こすず。
微妙な関係の女3人で、ランチだ。
この店の前身は裏ぶれた居酒屋だったが
イタリアの古い農家風に改装が施されている。
全部で20席ほどの店内はほぼ満席で、我々はカウンターに並んで座った。
料理は洒落ており、おいしくてボリュームがある。
盛り付けやサービスを行う30代半ばらしき奥さんは
まだ慣れてない様子だったが、清楚で可愛らしい。
これをなぜ、男たちは気に入らないのだろうか。
私は首をかしげるのだった。
しかし疑問は、じきに解明された。
原因はシェフ。
「おいしい!」
小さくつぶやいた私の声を耳にして
「ありがとうございます!」
と厨房から出てきた彼は、大変なイケメンであった。
顔が綺麗なだけでなく、長身で小顔。
しかも爽やかで愛想がいい。
全国ネットのコンテストに出場したら
優勝してそのまま俳優になれるランクだ。
背が低くても、顔が大きくても、足が短くてもなれる海の王子なんざ
目じゃねえわ。
男どもが気に入らないのは、料理以前にこれだったのね〜!
原因が究明できて、非常に満足する私だった。
デザートを食べていると、我々の正面にある店の勝手口から
70代のおじさんが入ってきた。
「あら、Aさん!」
ヨシコは驚いた。
「あら、奥さん!」
彼も驚いた。
彼は現役時代、ヨシコ夫婦と親しかった元銀行員だそう。
「次女夫婦の店なんよ‥ワシは皿洗い」
そう言いながら、Aさんはおぼつかない手つきで皿を洗い
大音響を立てながら皿をしまう。
この程度のサポートで容認されているところを見るに
彼もいくばくかは開店資金を出しているのだろう。
ともあれ、思わぬ所で古い知り合いに会ったヨシコはたいそう喜び
昔話で盛り上がるのだった。
帰宅した私は、新しい店のレポートを同級生の女子会に発信。
「シェフが鑑賞に値するイケメン」と添えたからか
皆は興味しんしん、ぜひ行ってみたいと言う。
そこで夫に頼み、Aさんに5人分の予約を取ってもらった。
Aさんは、とても喜んでいたそうだ。
ところが、それから一週間が経ったバドミントンの練習日。
Aさんは申し訳なさそうな顔で夫に言ったという。
「予約をキャンセルさせてもらえないだろうか‥」
昨日、我々が予約しているのと同じ日に
どこかの会社から15名の予約が入ったので
そっちを受けてしまったそうだ。
「料理をするのが娘婿一人なので、回しきれないと思うので‥」
つまり後からおいしい予約が入ったので
先約を蹴りたいという申し出である。
予約をキャンセルするのは客の方だと思っていたが
店からのキャンセルもあるらしい。
商売の常識を持ち出すなら、これはあり得ないことだ。
何の商売であろうと、先約という縛りは重い。
信用はいりません、ということになるからだ。
うちら建設業界は、もっと厳しい。
不義理な会社と呼ばれて、明日から死活問題だ。
が、そこは人口の少ない田舎。
そこは客単価の低い飲食業。
客に甘えながら営業を続ける店は、珍しくない。
しかもAさんは元銀行員。
客商売には慣れていないが、値踏みは得意だ。
庶民のおばはん5人のために、15人の会社の宴会を逃すのは惜しい。
田舎の飲食店は、会社という団体が一番好きなのだ。
Aさんは悩んでいる娘婿のため、言いやすい夫にキャンセルを頼むという
汚れ役を買って出たのだろう。
もちろん、この“言いやすい”には
親しさもあるが、夫がおとなしいことや
物事を深く考えないので扱いやすいことも含まれている。
相手がもしも名高い名士、あるいはヤクザだったら
どうするつもりだったのだろう。
それでも同じことをしたら、見上げたものである。
この大胆な申し出を私は快く承諾し‥
と言っても、すでに夫が承諾しているんだからゴネたって仕方がない。
店はすでに我々を切り捨て、会社の宴会を選んでいるのだ。
皆には詳しい話をせず、「予約が取れなかった」とだけ伝えた。
「料理屋が、客の合い見積もり取りやがって」
夫はAさんの措置をひそかに怒っていたし、私も同じことを思った。
でもいいの。
二度と行かなければいいんだから。
それが我々の主義。
「どうせそのうち潰れるわい」
夫と私は負け惜しみを言い合うのだった。
で、いつ潰れるか楽しみにしているのに
このところテレビのローカル番組で取り上げられて
店は連日大盛況という。
残念だ。
経営者は夫のバドミントン仲間、Aさんの娘夫婦だそう。
そこでバドミントンクラブの忘年会は、その店で行われることになった。
「どんな感じ?良かった?」
忘年会から帰宅した夫にたずねる。
「食べられるモンがあんまり無いし、出るのが遅くて量が少ない」
夫はチーズとオリーブオイルと生野菜が苦手。
この3点セットはイタリアンに欠かせないので
採点が辛いのは致し方ないと思われた。
年が明け、夫は再び同じ店で新年会を行うことになった。
今度は同級生の集まり。
「どうだった?」
私はまたもや、帰宅した夫にたずねる。
この熱心は、ひとえに我々同級生で行う女子会のためだ。
去年のゴールデンウィーク
いつも使うマミちゃんのお義兄さんの店が休みだったため
夫の協力のもと、代わりの店を探すのに苦労した。
以来、キープ店のリサーチに励むようになった私である。
さて、夫の感想は今回も冷ややか。
「女はおいしい、おいしい言うて喜んどったけど
男はやっぱり量が少ないとか、遅い言うとった」
以後、その店に行った人の話を何度か耳にしたが
いずれも男は酷評し、女は絶賛する。
田舎の男というのは
パスタやピザは女子供の食べ物と決めつけているフシがあり
イタリアンと聞けば、その二つしか思い浮かばないし
チーズが苦手な人も多い。
一方、女は食べ物に対して柔軟だし
そもそも自分で作らない物であれば何だっておいしい。
それを考慮しても、この男女差はいったいどうしたことか。
私は首をかしげるのだった。
そして遅ればせながらこの3月、やっとその店へ行く機会に恵まれた。
メンバーは、義母ヨシコと義姉こすず。
微妙な関係の女3人で、ランチだ。
この店の前身は裏ぶれた居酒屋だったが
イタリアの古い農家風に改装が施されている。
全部で20席ほどの店内はほぼ満席で、我々はカウンターに並んで座った。
料理は洒落ており、おいしくてボリュームがある。
盛り付けやサービスを行う30代半ばらしき奥さんは
まだ慣れてない様子だったが、清楚で可愛らしい。
これをなぜ、男たちは気に入らないのだろうか。
私は首をかしげるのだった。
しかし疑問は、じきに解明された。
原因はシェフ。
「おいしい!」
小さくつぶやいた私の声を耳にして
「ありがとうございます!」
と厨房から出てきた彼は、大変なイケメンであった。
顔が綺麗なだけでなく、長身で小顔。
しかも爽やかで愛想がいい。
全国ネットのコンテストに出場したら
優勝してそのまま俳優になれるランクだ。
背が低くても、顔が大きくても、足が短くてもなれる海の王子なんざ
目じゃねえわ。
男どもが気に入らないのは、料理以前にこれだったのね〜!
原因が究明できて、非常に満足する私だった。
デザートを食べていると、我々の正面にある店の勝手口から
70代のおじさんが入ってきた。
「あら、Aさん!」
ヨシコは驚いた。
「あら、奥さん!」
彼も驚いた。
彼は現役時代、ヨシコ夫婦と親しかった元銀行員だそう。
「次女夫婦の店なんよ‥ワシは皿洗い」
そう言いながら、Aさんはおぼつかない手つきで皿を洗い
大音響を立てながら皿をしまう。
この程度のサポートで容認されているところを見るに
彼もいくばくかは開店資金を出しているのだろう。
ともあれ、思わぬ所で古い知り合いに会ったヨシコはたいそう喜び
昔話で盛り上がるのだった。
帰宅した私は、新しい店のレポートを同級生の女子会に発信。
「シェフが鑑賞に値するイケメン」と添えたからか
皆は興味しんしん、ぜひ行ってみたいと言う。
そこで夫に頼み、Aさんに5人分の予約を取ってもらった。
Aさんは、とても喜んでいたそうだ。
ところが、それから一週間が経ったバドミントンの練習日。
Aさんは申し訳なさそうな顔で夫に言ったという。
「予約をキャンセルさせてもらえないだろうか‥」
昨日、我々が予約しているのと同じ日に
どこかの会社から15名の予約が入ったので
そっちを受けてしまったそうだ。
「料理をするのが娘婿一人なので、回しきれないと思うので‥」
つまり後からおいしい予約が入ったので
先約を蹴りたいという申し出である。
予約をキャンセルするのは客の方だと思っていたが
店からのキャンセルもあるらしい。
商売の常識を持ち出すなら、これはあり得ないことだ。
何の商売であろうと、先約という縛りは重い。
信用はいりません、ということになるからだ。
うちら建設業界は、もっと厳しい。
不義理な会社と呼ばれて、明日から死活問題だ。
が、そこは人口の少ない田舎。
そこは客単価の低い飲食業。
客に甘えながら営業を続ける店は、珍しくない。
しかもAさんは元銀行員。
客商売には慣れていないが、値踏みは得意だ。
庶民のおばはん5人のために、15人の会社の宴会を逃すのは惜しい。
田舎の飲食店は、会社という団体が一番好きなのだ。
Aさんは悩んでいる娘婿のため、言いやすい夫にキャンセルを頼むという
汚れ役を買って出たのだろう。
もちろん、この“言いやすい”には
親しさもあるが、夫がおとなしいことや
物事を深く考えないので扱いやすいことも含まれている。
相手がもしも名高い名士、あるいはヤクザだったら
どうするつもりだったのだろう。
それでも同じことをしたら、見上げたものである。
この大胆な申し出を私は快く承諾し‥
と言っても、すでに夫が承諾しているんだからゴネたって仕方がない。
店はすでに我々を切り捨て、会社の宴会を選んでいるのだ。
皆には詳しい話をせず、「予約が取れなかった」とだけ伝えた。
「料理屋が、客の合い見積もり取りやがって」
夫はAさんの措置をひそかに怒っていたし、私も同じことを思った。
でもいいの。
二度と行かなければいいんだから。
それが我々の主義。
「どうせそのうち潰れるわい」
夫と私は負け惜しみを言い合うのだった。
で、いつ潰れるか楽しみにしているのに
このところテレビのローカル番組で取り上げられて
店は連日大盛況という。
残念だ。