殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

始まりは4年前・2

2024年07月31日 09時48分21秒 | みりこん流

市販の漢方薬を飲んでアザが消え、喜んでいた母だったが

さほど日をおかず、再び転んだ。

今度はメガネの金属でマブタを切り、何針だか縫ったと言って

数日後に電話してきた。

骨は折れてないそうだ。

 

こういう場合、どうなんだろう。

骨折しなければ、「転んだら近い」の世界ではノーカウントなのか。

それとも2回目ということで、一歩近づいたことになるのだろうか。

しかし、こうも立て続けに転んだとなると

母の脳は確実に衰えていると判断した方がよかろう。

頭では前に進んでいるつもりでも、足が付いて行かないため

2回とも頭から転んで顔を打ったのだ。

 

隣のおじさんがそうだった。

亡くなる数年前から、すり足で前のめりの歩き方になり

顔にしょっちゅう、すり傷や打ち身のアザをこしらえていたものだ。

同時にかなり厚かましくなり

ゴミ出しなどの用事を言いつけられるようになった。

家の外壁の内部にできた、スズメ蜂の巣の駆除を頼まれたこともある。

業者に頼めと言ったら「お金がかかるやないか!」と真顔で言う。

マジか…。

何度断っても頼みに来るのでウンザリしたが

最後は彼の奥さんに言って止めてもらった。

 

「歩き方がおかしくなったら、図々しくてケチになる」

この一節が私の頭にインプットされた一件だったが

母は歩き方がどうこう以前に、昔からそのような性格だ。

これで脳をやられたら、ホラーじゃないか。

私は、目前に迫っているかもしれない恐怖に覚悟するのだった。

 

ともあれ負傷した母は、転んだ原因を靴のせいにした。

「腹が立つから捨てて!」

転んだ時に履いていた靴を私に差し出す。

そうよ、不用品を捨てるのも私の役目。

しかし言われるままに従うと、厄介なことになる。

コロコロと気分が変わるのも、彼女の特徴だ。

 

靴を持ち帰り、保管した一週間後

「あの靴、返して欲しいんだけど、もう捨てた?」

母から電話がかかってきた。

やっぱりね。

さっさと捨てていたら

「何で?何で捨てたの?」

そう言って、ここぞとばかりに責められるのは決定事項。

感情に任せて他者に命令し、相手がどう行動するかを観察後

有責者に仕立てて存分に責めなじるのは、彼女の日常的な習慣だ。

私に機転があるとすれば、それは母のお陰である。

 

母の衰えは脳だけでなく、その数年前から目にも現れていた。

それは、下りのエスカレーターで判明。

乗れないのだ。

機械の中から次々に生まれてくる階段が全く見えないらしく

そのうち上りのエスカレーターにも乗れなくなった。

 

耳も怪しい。

何を言っても二度、三度と聞き返す、老人あるある。

聞こえないから自分ばっかりしゃべり続ける、やはり老人あるある。

 

しかし最も厄介なのは、本人がこの状況を全く理解してないことだ。

「頭は現役時代のままだし、目もよく見えるし耳も聞こえる。

足だって全然、弱ってない」

そう言って、胸を張る母であった。

 

 

『歌姫』

2回目の転倒直後

母は20年余り続けたコーラスを引退すると言い出した。

「舞台で転んだら大恥をかくし、コンサートを台無しにしたら

先生やメンバーに申し訳ない」

それが、当時86才だった母の主張。

私もピアノや吹奏楽で舞台に立った経験はあるので

その考えは真っ当だと思った。

次の練習日、母はメンバーにお別れのお菓子を配って挨拶し

25年続けたコーラスグループを引退した。

 

やれやれ、これでコンサートに行かなくていい…

ホッとしたのも束の間、数日後に泣きながら電話がかかる。

「私から歌を取ったら、何が残るというの?!」

いきなりこれだ。

歌手か…。

 

それから1時間、延々と訴えるのは

「歌を辞めたら寂しくて仕方ない…できれば戻りたい」

要約すれば、これ。

「じゃあ戻ったら?」

と言うと

「先生は許してくれるじゃろうか」

また延々。

「そんなん、戻ってみんことにはわからんじゃないの」

「それはそうだけど…」

また延々。

 

さらに1時間が経過、自分の答えが出ないことに焦れた母はキレた。

「あんたみたいな世間知らずの主婦に聞いたのが間違いじゃった。

こういうことは一流大学を出た祥子に聞くわ!」

ガチャン…電話は切られてようやく終了。

祥子というのは母の長兄の娘、つまり姪だ。

同じ町に住んでいるので、母が何かと頼りにしている。

70才の彼女はサッパリした気持ちのいい人で

父の再婚により、急に従姉妹となった我々姉妹に優しくしてくれた。

 

しかし1時間後、また母から泣きながら電話がかかる。

「祥子が、もう辞めると言ったんだから潔く辞めんさいと言うんよ」

祥子ちゃんの回答が、思わしくなかったのだ。

「私はコーラスが命なのに!

あの子は音楽をやってないけん、私の気持ちがわからんのよ!」

 

以後の数日間、祥子ちゃんと私は日に何度も

交互に電話攻撃を受ける身の上となった。

ここで普通はおかしいと思うだろうが、母は昔から異様にしつこい。

彼女は他人の私でなく、姪の祥子ちゃんに

「続けなさい」と言って欲しいのだ。

電話はそれまで続く。

私に根気があるとしたら、それは母の執拗に鍛えられたものである。

《続く》

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始まりは4年前・1

2024年07月30日 09時33分59秒 | みりこん流

コメント欄でモモさんから、お題をいただいた。

『もし、お嫌でなければ、また継母さんの事件や日常を、記事にして下さい。

過去の記事でちょっとキツイ人なのかな・・・とは思いましたが

今回入院のきっかけになった、専門の医師がみたら判るという

日常でおきる問題行動などを教えて頂けたら、とおもうのですが』

 

少し前、実家の母が入院したことは記事にした。

その時はまだ、私も何が何やらわからない状態だったので

入院という曖昧な表現にとどめ

詳しいことは時期を見て、お話ししようと思っていた。

その時期とは、彼女がこの世を去った後である。

 

が、日本は今、高齢化社会だ。

今現在、老親の処遇に困っておられる方や

モモさんのように何らかの情報を

早めに得ておきたい方もいらっしゃると知った。

 

けれども老人の問題行動や医師の診断だけを切り取って

簡潔に話すのは難しい。

なぜなら老人はある日突然、変わってしまうのではないからだ。

各々の持つ個性や習慣によって違いはあれど

ずいぶん前から伏線は敷かれている。

そこから伝えた方が、先で何らかのお役に立てそうな気がするので

長くなると思うが、お話ししたいと思う。

 

 

ということで、母は6月下旬より市外の精神病院へ入院中。

補足になるが、私の実の母は6年生の時に37才で病死した。

ここでいう母は、同じ年に見合いで迎えた父の後妻である。

 

母の入院先は市外とはいえ、地元からひと山越えた所なので

さほど遠方ではない。

我々が子供の頃、そこはキ◯◯イ病院と呼ばれ

おかしなことを言ったりやったりする人がいるとすぐ

「◯◯病院へ行け」などと揶揄していた、馴染み深い老舗の病院である。

 

そして母もまた、ことあるごとに私に言っていた。

「児童相談所か、◯◯病院へ入れる」

父と結婚した翌年、38才で生んだ自分の娘に

継子の私が危害を加えないか、疑心暗鬼になっていたのだ。

 

私は児童相談所はどんな所か知らなかったので反応薄だったが

◯◯病院は怖かった。

小さい頃から、車でそこを通ることがあったからだ。

人里離れた寂しい田舎にあり、窓という窓に

頑丈な鉄格子がはめてある大きな病院に、恐怖を覚えたものである。

6月末、母は自分が言っていた、その病院へ入院した。

 

『兆候』

20年前に父が急死して以降、母は気丈に一人暮らしを続けていた。

趣味はコーラスと俳句、そして編物。

どれも老人の暇つぶしではない。

長年に渡って本気で取り組み、研鑽を積んできたものだ。

父亡き後は、それらにいっそう打ち込み

地元の同窓会や公民館などのイベントにも積極的に参加して

忙しくも楽しそうだった。

 

しかし父が他界して車を運転する者がいなくなり

買い物の足に不自由するようになったのは確か。

ドライブの好きな母のため、我々夫婦は月に一、二度

市外の大型スーパーや近場の観光へ連れて行ったり

年に2〜3回あるコーラスの発表会を見に行くようになった。

 

あと先は、たまに電話やメールをする程度で

手がかかるという部類ではなかった。

母は早くから携帯を使っていて、絵文字入りのメール送信もできる。

頭はハッキリ、身体は並外れて頑丈…

肩こりすら知らない、パワフルなお婆ちゃんだったので

心配する必要は無かった。

このユルいペースは、16年ほど続いた。

 

そして4年前の夏…

当時は、母が言い出した墓じまいの作業が完了した時期だった。

やれやれ、と思った途端、母は道路で転倒。

何の段差も無い歩道で、いきなり転んだそうだ。

数日前のことで、その時は怪我も痛みも無かったため

放っておいたら、打ったアゴ全体が黒くなったという。

 

ちょうど買い物に連れて行く日だったので

マスクに隠された現物を見た。

アゴ全体が、ブドウみたいに見事な黒紫色で

ギョッとするような光景になっている。

アゴが黒くなって驚いた母は、慌ててかかりつけの医院へ行ったが

怪我ならともかく、アザは治しようが無いと言われたそうで

この世の終わりのように嘆いた。

 

そこで買い物に行った時、薬局で漢方薬に詳しい薬剤師にたずねて

あれは何と言う薬だったか…

黒アザが早く消えるというカネボウの漢方薬を紹介してもらった。

打ってすぐに飲む薬と、日数が経ってから飲む薬は違うそうで

転んでから日数が経っていた母は、後者である。

飲み始めると、数日で黒アザは綺麗に消えた。

 

ともあれ転倒を知った時、私にはピンとくるものがあった。

「転んだら近い」

我々同級生で結成する5人会では、これが合言葉になっているからだ。

 

近いのは自宅介護か、病院か、施設か、あの世かは不明。

とにかく老人の転倒は、脳と身体の衰えが表面化した結果であり

それに伴って我々の生活が変化せざるをえない、その合図だと

経験者のけいちゃん、マミちゃん、モンちゃん、ユリちゃんから聞いていた。

つまり5人会のメンバーで私以外は皆、「転んだら近い」を経験しているのだ。

 

しかし彼女らの親や姑は、揃って大腿骨やヒザの骨折だ。

そりゃあ、入院や施設入りで生活も変わるだろう。

一方、母はアゴが黒くなっただけで無傷。

この場合、どうなるのだろうと考えたが、その時はわからなかった。

《続く》

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名探偵・困難

2024年07月24日 08時49分34秒 | みりこん流

暑中お見舞い申し上げます。

しばらくご無沙汰してしまいましたが、いかがお過ごしでしょうか?

こちらは変わったことは何もありません。

暑いので、タラタラしていました。

 

さて先日、長男が知り合いの老婦人と話していて

お孫さんの話題になったそうだ。

「孫はもう30過ぎなんだけど、未だに漫画が大好きなのよ。

え〜と…何だったかしら…探偵の漫画…」

「……」

「そうそう、困難!名探偵困難!」

 

長男からその話を聞いた私は

いつぞや義母ヨシコが、長男の星座である“天秤座”を

長年“ペンギン座”だと思い込んでいたと知った…

あの時以来の衝撃を感じて、ものすごく笑った。

 

その時、我々母子は、何か困ったことがあれば

名探偵・困難になりきって解決したら

きっと楽しいんじゃないかと話し合った。

困難クンの活躍で、困難を鮮やかに克服するのだ。

 

で、困難クンが登場しそうな場面を待っていたら

夕方、長男の可愛がっているインコのピーちゃんが逃亡。

彼が鳥籠を洗っている時に飛び出し、裏山へ飛び去ってしまったのだ。

卵から育て、おしゃべりを教えて早や7年…

我が家で一番頭の良さそうなペットである。

 

「こんな時こそ、名探偵・困難じゃ!」

我々はそう言い合って知恵を絞ろうと試みたものの

母子共に頭脳はインコ以下。

名案は浮かびそうもなく、近所をウロウロして探すしかない。

 

そのうち日没。

朝になったら、裏山のカラスにやられるのは決定的だ。

「最後に空を飛べて、満足だったと思うよ」

そう言って諦めかけたその時

裏庭でピーちゃんのソプラノが聞こえてきた。

自力で帰って来たのだ。

ピーちゃんは今も、うちにいる。

困難クンにお出まし願うほどでもなかった。

 

他に名探偵・困難が登場できそうな場面は無いか…

私は考えたが、60も半ばになると

怖いのは病気、逆縁、貧乏ぐらい。

推理でどうにかなる問題ではなさそう。

 

人並みに夢や願いを持っていた若い頃ならいざ知らず

ささやかな望みなど、とうに消え果てた。

現時点で確認可能な望みといったら、会社の事務員ノゾミ…

通称アイジンガー・ゼットぐらいのものよ。

あいつ、正社員になった途端に本性を現して

くわえタバコで仕事しとるぞ。

夫も、とんだノゾミを引っ張ってきたもんだ。

こんなバカバカしい日々に、名探偵・困難が必要になる場面など無い。

 

そうそ、ノゾミこそ名探偵・困難が必要かもしれぬ。

会社でゴーヤを育てていた彼女だが

次男が密かにかける塩水によって、何度も挫折。

植えても植えても枯れるため、最近になって土ごと取り替えた。

すると苗が10センチほど成長を見せたので、彼女は大喜びだった。

 

しかし先日の朝、出勤するとゴーヤの苗が根元からチョン切られていた。

これに次男は関与していない。

私の入れ知恵で塩水はかけたが、苗をチョン切るなんて不粋なことは

イタズラ道に反するではないか。

 

ノゾミは社員一人一人にたずねて犯人探しをしていたが

そう簡単に判明するはずもなく、最終的にカラスのせいにした。

数本の苗を根元でスパッと切る技術がカラスにあるのかどうかは不明だが

そのカラスにエサを与えているのは夫。

「カラスにエサをやらないでください!」

無関係の夫は、彼女に厳しく注意されていたという。

自業自得だ。

 

ともあれ「会社に実の生る植物を植えてはいけない」

という私のコンセプトは、ここで物理的に立証された。

貧乏くさい…暇そう…優先順位が顧客より食料…

会社に生り物を植えるとは、そのような心象を与えて損だという

イメージ的なものばかりではないのだ。

通行人の興味を引いてしまうのも、良くない。

 

会社は工業地帯にあるので、通行するのは車で通過する人ばかりだが

窓に仰々しく緑色のネットを張ってあると、どうしても視線を集める。

何を植えているのだろう…そう思いながら通る人もいるし

実際に近づいて確認する人もいるだろう。

これが防犯上、非常に都合が悪い。

 

実際、誰かが近づいて確認し、ついでに苗を切ったから

こうなっているのだ。

会社に近づいて、何かめぼしい物は無いかと興味を持つ可能性は

十分にある。

防犯カメラからは死角だったので、犯人は不明のまま。

カラスだと思いたい気持ちは、ノゾミより私の方が強いかもしれない。

 

それにつけても会社へ一度ならず二度までも

夫の恋愛対象生物を入れられた私である。

一度目はその生物と駆け落ちし、今回は入社が目的だったので

達成すると捨てられたが、これが笑わずにおられようか。

 

色々あると、『雨降って地固まる』と言うけど

うちに降るのは雨じゃない。

槍やコンクリート片さ。

うちだけじゃなく、よそのおうちもそうかもしれないけど

槍がグサグサ、コンクリート片がボコボコ。

こんなのが降ったら地は固くなるよ、そりゃあ。

それを避けたり、時には突き刺さったりしながら

メチャクチャになった地べたをかき分けて進む…

それが生きるってことかもね。

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推し

2024年07月09日 16時35分39秒 | みりこんぐらし

思い返せば少女の頃から

郷ひろみ、西条秀樹、野口五郎の新御三家にも心は動かず

アイドルの話で盛り上がるクラスメイトを眺めていた…

そんな私が64才にして、今流行りの『推し』ができた。

石丸伸二さん、41才…

言わずと知れた、先の東京都知事選に立候補した方である。

 

彼を知ったのは、広島県安芸高田市の市長になった時だ。

4年前、政治家の河井夫妻による贈収賄事件が発端。

妻の立候補に先駆け、夫の河井衆議院議員から

数十万円を受け取った前市長が早々に辞任したため

急きょ市長選が行われることになったのだ。

 

この選挙にまず立候補したのが

賄賂を受け取った前市長の腹心だった、当時の副市長。

あくまで噂だが、収賄罪で公民権を失った前市長の繋ぎとして

副市長が後任を引き継ぎ、公民権が復活する5年後には

再び前市長がカムバックする図が描かれていたという。

そもそも人口の少ない田舎において

政治をやろうかと考える人間はさらに少ない。

少数が権力を握り続けるために

このような道筋が引かれるのは珍しいことではない。

 

そこへ待ったをかけたのが、石丸さん。

この道筋を絶つべく

市長の給料よりずっと高給だったメガバンクを急きょ退職し

故郷の安芸高田市へ戻って市長選に立候補。

見事、当選をはたした。

 

ところが、それを快く思わない市会議員もいる。

高学歴、申し分ない前職、整った容貌、切れ味鋭い弁舌

そして30代という若さ…

彼らに無いものが、石丸さんにはあった。

それだけではなく、彼らなりの利権やしがらみもあったと思われるが

とにかく彼らは、若き新市長を認めるわけにはいかなかった。

しかも議会の様子をYouTubeで発信されるようになり

議会でおちおち居眠りもできなくなったのだ。

居心地が悪いではないか。

 

ともあれ時期は覚えてないが、石丸市長の名が

私の住む沿岸部にまで聞こえ始めたのは

彼が副市長を公募した頃である。

応募は全国からそこそこあり

選考を経て副市長の候補がほどなく決まった。

 

副市長の決定には、議会の承認が必要になる。

しかし問題は、この副市長候補が若い美人であること。

反市長派の議員は、徹底的に反対した。

完全無関係の私とて、その美人を何かで見た時は

「公費でお嫁さん候補を雇うつもり?」

と、かすかな疑いの目を持ったぐらいなので

石丸憎しの議員たちが、それを理由に反対しないわけがない。

 

炎上したあげく、美人副市長の話は流れたのだが

事情通に言わせると、渦中の美人は非常に優秀で

申し分ない経歴と能力をお持ちなのだそう。

つまるところ女石丸みたいな人で、色恋のレベルでは無いというのだ。

皆が皆、自分の旦那のようなのではない…

この優秀な2人がタッグを組むところを見たかった…

などと後でこっそり思う、卑怯な私である。

 

そんな贖罪の意味を込め、私は石丸さんを気にかけるようになった。

そうなると、知れば知るほど思うところがある。

まず、彼はうちの息子たちとほぼ同年代。

ああ、あの頃に生まれて、あのおもちゃで遊んで

ゲーム全盛期の中で育ったんだよな…

などと、うちのボンクラ息子と重ねてしまうのだ。

 

そして何より、知れば知るほど

私が4年に1回、ウグイスをやっている市議Y君と似ている。

年はY君の方が少し上で、もちろん顔も声も違うけど

どちらも国立大の経済学部卒だし、独身だし

礼儀正しくキビキビとした立ち居振る舞いが重なる。

他にも筋の通った弁が立つところ、孤独を恐れないところ

常に落ち着いているところ、親しくても馴れ合いにならず

誰に対しても同じ態度で接する紳士的なところ…

頭のいい子供がうまく育った成功例みたいなところが

よく似ているのだ。

 

都知事選でのウグイスを聞いていたら、それがよくわかる。

ウグイスが伸び伸びと、良い仕事をしている。

あの仕事ぶりは本人の実力も素晴らしいが

同じ車中にいる候補者が、明るい雰囲気を保つ紳士だからだ。

裏表のある、きつい候補者であれば

素人にはわからないだろうけど、わずかでも声が萎縮して

しゃべり出しに緊張感が出るはず。

実力が無いながらも伸び伸びやらせてもらっている私には

そう感じられる。

見たわけではないけど、その点も石丸さんとY君は似ているように思うのだ。

 

ただし、似ているから推しているわけではない。

Y君もそうだけど、頭のいい子は時として損をすることがある。

私は頭が良くなったことが無いので、えらそうなことは言えないし

頭のいい人は頭が悪くなったことが無いので、わからないだろうが

頭のいい人は冷淡だと誤解されやすく

その印象を避けるための努力すら無駄だと思っているので

アンチが生まれやすい。

 

実際、石丸さんがまだ安芸高田市長だった昨年10月

彼は趣味であるトライアスロンの大会に参加するため

休日を利用して私的に千葉県へと出向いた。

大会には出場したものの、その日は広島県に大きめの台風が接近していた。

 

「台風が近づいているというのに、趣味で地元を留守にした」

反石丸派の議員たちは、ここぞとばかりに追求。

しかし彼は、涼しい顔で言った。

「台風が上陸した時には、帰って来ていた」

 

それでは納得しない議員たちがなおも追求するので

彼は本心を述べた。

「トライアスロンには、富裕層の参加が多い。

そういう場所に行って富裕層の知り合いを増やすことで

地元のためになれば、という思いがある」

そう言われたら、何も言えないわね。

脳無しは、台風がまだ来ていないにもかかわらず

留守をしたと騒ぎ立てて恥をかき

脳ある鷹はその先を見ているので意に介さない…

両者のスタンスの違いを表す良い例だと思うが

Y君にもそんな所がある。

それを小気味良く思いつつも、向こうはいらないだろうが

こっちはつい手を差し伸べたくなる…

石丸さんにもY君にも、そんな親心みたいなものを感じる私なのである。

 

さて、今回の東京都知事選で、石丸さんは健闘された。

投票日まで、本当にワクワクと楽しませてもらった。

若い世代の関心を政治や選挙に向けさせたのは、大きな功績だ。

 

一方、意図的に石丸さんを報じないテレビだけを見て

SNSやらYouTubeを見ない年配層には浸透しにくかった。

ちゃんと選挙に行くのは、圧倒的に年寄りが多いのだ。

しかし多くの老人が石丸さんを知ったところで

得票には結びつかなかったかも。

若年層が対象の“教育“や、年配者の苦手な“改革”を訴えたからだ。

 

老人が聞きたいのは「高齢者は功労者」、「お年寄りが輝く都市作り」

などのリップサービス。

実行は伴わなくていいのだから、政治屋の得意とするところである。

なまじっか実行されて、老人施設なんかバンバン作られて

ジャンジャン放り込まれたら、困るのは老人だ。

 

石丸さんは石丸さんのまま、前進してもらいたい。

次は何をするのか、どこに立候補するのか、楽しみだ。

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ワクワク

2024年07月02日 10時46分50秒 | みりこんぐらし

『これもワクワク』

長年飼っている亀の背中に、トカゲが乗ってるの。

こういう派手な色のトカゲは、子供なんですって。

可愛くてワクワクしちゃった。

トカゲがお嫌いだったら、ごめんなさいね。

 

 

私の住む地方は昨日から大雨ですが

皆様がお住まいの地域は大丈夫でしょうか?

どうか気をつけてお過ごしください。

 

 

さ〜て、ちょっとご無沙汰してしまった。

気がついたら、今年が半分、終わっとるじゃんか。

ああ、びっくりびっくり。

 

この慌ただしさは、実家の母が入院したことに由来する。

6月の始めに転倒したことで、すっかり弱気になり

心身共に衰弱の一途。

世話というほどでもないが、私も一応は毎日通った。

しかし、それでどうなるものでもなく、先月下旬に入院した。

90才という母の年齢を考慮し

一人暮らしは限界と判断した主治医の勧めによるもので

母もその説明に納得した。

 

入院先は、隣市の病院。

これでやれやれ…というわけにはいかなかった。

毎日、電話で呼び出されては面会に通う。

そして行けば、「帰る、帰る」でひと騒ぎ。

のらりくらりとかわしながら、15分の制限時間を過ごす日課が始まった。

 

そんなある日、母は電話でこう言った。

「早く元気になって家に帰りたいから、しばらくはここで頑張るわ。

だからあんた、今日は私の洋服を持って来てちょうだい。

それから、大きめのマスクもね」

いつになく明るく、はっきりした口調だ。

病院では洋服を着てウロウロしている患者を見かけたので

彼女もその一員になる決心がついたのだと思い、ホッとした。

 

しかしマスクの方は、消耗品費の名目で病院に現金を預け

その中から必要に応じて介護士に買ってもらうシステムを選んでいたので

一瞬、「あれ?」と思った。

が、母の見せたやる気に気を良くした私は、変に気を回してしまった。

子供のように小柄な母は普段、小さいサイズのマスクを使っているが

病院では大きいものが推奨されていて

サイズを見るために持って来いと言っているのかも、と勝手に思ったのだ。

しかも難しい要求ではないため、数枚の洋服と一緒に持って行った。

 

面会に行くと、母は小声で私に言う。

「早く、服を出して」

そしてバッグから、一組のブラウスとズボンを素早く選ぶと

「パジャマを脱がせて、服を着させて。

マスクは大きいのを持って来てくれた?」

現役の頃と変わらないテキパキした口調は、とても病人とは思えんぞ。

 

ここでようやくわかった。

彼女は服に着替え、大きめのマスクで変装して

病院を脱走する計画を練っていたのだ。

あんた、日産のカルロス・ゴーンか。

もっとも母の場合、変装すれば脱走できると思い込んでいるあたりが

すでに入院案件なんだけど、彼女にはわからない。

 

入院を続ける意思を見せて、私を喜ばせたのは

洋服とマスクを準備させ、さらに逃走の足を確保するためだ。

病院は不便な山の中にあるので、車無しではどこへも行けない。

やられたわい。

 

脱走が未遂に終わって以降は毎日、入院を決めた主治医と

入院させた私を恨んでいる。

平気。

 

とまあ、面白いことをやってくれる母とのバトルが続く日々にも

ワクワクすることはある。

今は、東京都知事選挙。

広島県の子が立候補してるんだもん、夢中よ。

 

彼の出生地であり、首長(くびちょう)をしていた市って

マジで山奥のど田舎。

スキーに行く人が通り過ぎるだけ、みたいな所なのよ。

そこからあんな神童が現れたのを見られるなんて

生きてて良かったという気分よ。

 

町を活性化させるために彼がやろうとした政策を

一部の古株議員が徹底的に潰そうとするすさまじい攻防は

YouTubeを見なくても私の住む沿岸部にまで聞こえていたわ。

年寄りって、自分がいる環境が変わるのを恐れる、剥離恐怖という感情が強い。

老議員たちのあの必死さって、町をどうこうするというより

恐怖を遠ざけるための本能と感じたものよ。

若い者に任せたら最後、長年慣れ親しんだ生暖かい環境が変わってしまう…

それを恐れていたんじゃないかとね。

ああいう本能を丸出しにして話し合いもできないって、本当は恥ずかしいこと。

動物と同じだもん。

 

 

それにつけても、滅多にやらないウグイスとしての私は

彼の演説のうまさに感心しきりだ。

頭のいい人なので的確な内容はもちろん良いが、声も良い。

滑舌明瞭、高からず低からず、長く聞いていられる話し方なので

内容が聴衆にヒットしやすい。

 

話を頻繁に区切っているように聞こえるのは

マイクを通した声の反響を計算した、街頭演説特有の話し方だ。

演説が上手いだけ…アンチはそう言うかもしれないが

あれだけ強弱、剛軟を折り混ぜた熱い演説は

世の中と人心をちゃんと理解していなければ…

そしてもっと理解しようとする心が無ければ無理。

 

彼の演説はちょっと、アメリカの故ケネディ大統領の演説と

重なるところがある。

銃弾に倒れたケネディ大統領だけに、老婆心で彼の無事を祈りつつ

勉強させていただきます。

 

そういうわけで、投票日の7月7日が楽しみでしょうがない。

彼には勝って欲しい。

その日まではこのワクワクで生きられる、12キロ痩せた私です。

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