うちの二人の息子は6才という年齢差があるからか
一人っ子が二人いるような、淡白な関係だ。
それでも兄弟で同じ会社に勤め、同じ家で暮らしていれば
ギクシャクすることもある。
ことに我が家の場合、10年前の合併当初から火種を抱えていた。
合併時、会社にいたのが次男だけで
長男はいなかったという火種である。
その1年前、義父の会社は資金繰りのために長男のダンプを売却した。
社員の乗るダンプを売れば「辞めろ」ということになって角が立つし
次男のは新車なので、売るわけにはいかない。
そこで、一番古かった長男のダンプが選ばれたのだ。
ある日突然、乗り物を失った長男は
そのまま会社を去ってガソリンスタンドに転職した。
それから合併の運びとなったが
会社に残っていた次男が運転手のリーダーとなり
運転だけでなく、配車と営業をこなすようになった。
いつも兄貴に押さえつけられていた弟は活躍の舞台を与えられ
夜討ち朝駆けで、がむしゃらに働いていたものだ。
彼の業務日報に書かれた仕事の内容は壮絶なもので
私はそれを見るたびに胸が締め付けられた。
やがて合併して1年、長男がカムバック。
長男の不運に同情した本社が彼のダンプを発注しており
それが1年後にできあがったからである。
これで家族全員が揃ったね、良かった良かった…
では終わらない。
新しい会社では、次男の方が先輩ということになる。
弟というのは背伸びが好きなもので
帰還した兄に先輩風を吹かせる。
兄のいない間、死にものぐるいで会社を支えた自信が
弟を変えていた。
兄は当然気に入らず、生意気だと思う。
しかし兄の方が6才分、大人だった。
長男は、本社や河野常務が自分たち兄弟に抱くイメージを感知していた。
そのイメージとは、両親や祖父母を助けて懸命に働く仲良し兄弟。
自分が戻ったことで、一連の合併作業は終了したばかりだ。
しばらくの間は猫をかぶり、彼らのイメージを壊さない方が
お互いのためにいいと、長男にはわかっていたのだ。
兄からの逆襲が無いとなると、弟はますます絶好調。
若さに任せて仕事を取って来るのはいいが
燃料ばかり食ってダンプを傷める採算の合わない内容も多々あるため
兄は、ロスの少ない仕事を選べと言う。
弟は、文句があるなら自分が仕事を取って来いと腹を立てる。
この繰り返しが始まった。
家族で働くのは気楽な反面、遠慮が無いので
このような不穏が付いて回る。
よって我々夫婦は、兄弟のどちらかが
別の仕事に就いた方がいいと思っている。
しかしこうなってしまったんだから、今さら仕方がない。
いずれ厄介なことになると予測しつつ、眺めるにとどまっていた。
兄弟の火種は、数年に渡ってくすぶり続け
2年前、とうとう発火した。
原因はやはり仕事の内容だったが、理由は何でもよかった。
機が熟したとしか、言いようがない。
二人はある日を境に、一切口をきかなくなった。
以来、会社でも家でも距離を置き、仕事関係の会合や親戚の葬式など
二人で参加するところは片方だけが行く。
仕事の方は一人でやる職業なので、問題無いとはいえ
社員には気を遣わせてしまい、申し訳なく思う。
食事も別々になったので、私は忙しくなった。
加えて、どうしても兄弟の意思疎通が必要な時は伝言係をし
時にはお互いの悪口を聞かされる。
身を切られるような思いだが、これもバカな息子を育てておきながら
同じ会社へ入れたペナルティーだと思って耐えた。
仲直りをして欲しいなどと、無理を願うつもりは無い。
男二人の兄弟が一緒に働けば、いつかは必ず通る道。
こうなったら、どこまで続くか見届けようじゃないの。
しかし、そんなことはどうでもいい。
私が最も危惧したのは、藤村にエサを与えてしまうことだ。
兄弟の仲が悪い…
これは藤村にとって、絶好のスキャンダル。
ヤツが、これを利用しないわけがない。
藤村の立ち回りは、予想通りだった。
兄弟それぞれに、「兄貴がお前のことを悪く言っていた」
「弟がお前のことを悪く言っていた」
と、JAROもびっくりの嘘、大袈裟、まぎらわしい内容を
日々吹き込む。
そして本社には
「兄弟が決裂して、社員や取引先に迷惑をかけているが
自分が間に入って調整している」
と報告。
二割の事実に八割の嘘を混ぜ、見てきたように伝えるのは
アレらのお家芸だ。
兄弟の仲違いが、尾ひれ付きで本社に伝わったため
監督責任を問われた夫の立場は悪くなった。
兄弟喧嘩ぐらいで…と思うかもしれないが
落ち目の時は、些細なことでも責められるものだ。
夫の加齢を理由に、藤村が会社を牛耳るようになったのには
この兄弟喧嘩が無関係ではないと思っている。
ヤツにつけ込む隙を与えた我々にも、責任の一端はあるのだ。
兄弟の仲は修復されないまま、2年余りが経過した。
そして3月、F工業から次男に転職の話があった。
憎たらしい兄と働きたくない次男にとって、渡りに船。
どちらか一人が会社を去れば、兄弟仲は関係なくなるので
我々夫婦も転職を奨励した。
が、先にお話ししたように、次男の体調が今一つ。
退職の日程を決める段階になって、残念ながら断ることにした。
《続く》
一人っ子が二人いるような、淡白な関係だ。
それでも兄弟で同じ会社に勤め、同じ家で暮らしていれば
ギクシャクすることもある。
ことに我が家の場合、10年前の合併当初から火種を抱えていた。
合併時、会社にいたのが次男だけで
長男はいなかったという火種である。
その1年前、義父の会社は資金繰りのために長男のダンプを売却した。
社員の乗るダンプを売れば「辞めろ」ということになって角が立つし
次男のは新車なので、売るわけにはいかない。
そこで、一番古かった長男のダンプが選ばれたのだ。
ある日突然、乗り物を失った長男は
そのまま会社を去ってガソリンスタンドに転職した。
それから合併の運びとなったが
会社に残っていた次男が運転手のリーダーとなり
運転だけでなく、配車と営業をこなすようになった。
いつも兄貴に押さえつけられていた弟は活躍の舞台を与えられ
夜討ち朝駆けで、がむしゃらに働いていたものだ。
彼の業務日報に書かれた仕事の内容は壮絶なもので
私はそれを見るたびに胸が締め付けられた。
やがて合併して1年、長男がカムバック。
長男の不運に同情した本社が彼のダンプを発注しており
それが1年後にできあがったからである。
これで家族全員が揃ったね、良かった良かった…
では終わらない。
新しい会社では、次男の方が先輩ということになる。
弟というのは背伸びが好きなもので
帰還した兄に先輩風を吹かせる。
兄のいない間、死にものぐるいで会社を支えた自信が
弟を変えていた。
兄は当然気に入らず、生意気だと思う。
しかし兄の方が6才分、大人だった。
長男は、本社や河野常務が自分たち兄弟に抱くイメージを感知していた。
そのイメージとは、両親や祖父母を助けて懸命に働く仲良し兄弟。
自分が戻ったことで、一連の合併作業は終了したばかりだ。
しばらくの間は猫をかぶり、彼らのイメージを壊さない方が
お互いのためにいいと、長男にはわかっていたのだ。
兄からの逆襲が無いとなると、弟はますます絶好調。
若さに任せて仕事を取って来るのはいいが
燃料ばかり食ってダンプを傷める採算の合わない内容も多々あるため
兄は、ロスの少ない仕事を選べと言う。
弟は、文句があるなら自分が仕事を取って来いと腹を立てる。
この繰り返しが始まった。
家族で働くのは気楽な反面、遠慮が無いので
このような不穏が付いて回る。
よって我々夫婦は、兄弟のどちらかが
別の仕事に就いた方がいいと思っている。
しかしこうなってしまったんだから、今さら仕方がない。
いずれ厄介なことになると予測しつつ、眺めるにとどまっていた。
兄弟の火種は、数年に渡ってくすぶり続け
2年前、とうとう発火した。
原因はやはり仕事の内容だったが、理由は何でもよかった。
機が熟したとしか、言いようがない。
二人はある日を境に、一切口をきかなくなった。
以来、会社でも家でも距離を置き、仕事関係の会合や親戚の葬式など
二人で参加するところは片方だけが行く。
仕事の方は一人でやる職業なので、問題無いとはいえ
社員には気を遣わせてしまい、申し訳なく思う。
食事も別々になったので、私は忙しくなった。
加えて、どうしても兄弟の意思疎通が必要な時は伝言係をし
時にはお互いの悪口を聞かされる。
身を切られるような思いだが、これもバカな息子を育てておきながら
同じ会社へ入れたペナルティーだと思って耐えた。
仲直りをして欲しいなどと、無理を願うつもりは無い。
男二人の兄弟が一緒に働けば、いつかは必ず通る道。
こうなったら、どこまで続くか見届けようじゃないの。
しかし、そんなことはどうでもいい。
私が最も危惧したのは、藤村にエサを与えてしまうことだ。
兄弟の仲が悪い…
これは藤村にとって、絶好のスキャンダル。
ヤツが、これを利用しないわけがない。
藤村の立ち回りは、予想通りだった。
兄弟それぞれに、「兄貴がお前のことを悪く言っていた」
「弟がお前のことを悪く言っていた」
と、JAROもびっくりの嘘、大袈裟、まぎらわしい内容を
日々吹き込む。
そして本社には
「兄弟が決裂して、社員や取引先に迷惑をかけているが
自分が間に入って調整している」
と報告。
二割の事実に八割の嘘を混ぜ、見てきたように伝えるのは
アレらのお家芸だ。
兄弟の仲違いが、尾ひれ付きで本社に伝わったため
監督責任を問われた夫の立場は悪くなった。
兄弟喧嘩ぐらいで…と思うかもしれないが
落ち目の時は、些細なことでも責められるものだ。
夫の加齢を理由に、藤村が会社を牛耳るようになったのには
この兄弟喧嘩が無関係ではないと思っている。
ヤツにつけ込む隙を与えた我々にも、責任の一端はあるのだ。
兄弟の仲は修復されないまま、2年余りが経過した。
そして3月、F工業から次男に転職の話があった。
憎たらしい兄と働きたくない次男にとって、渡りに船。
どちらか一人が会社を去れば、兄弟仲は関係なくなるので
我々夫婦も転職を奨励した。
が、先にお話ししたように、次男の体調が今一つ。
退職の日程を決める段階になって、残念ながら断ることにした。
《続く》