「まさか様、ご病気」
そんなニュースが村を駆け巡ったのは
お嬢様のサイコ様が、まだお小さい頃のことでした。
なんでもまさか様は、精神的なご病気だそうです。
「お産の後はホルモンバランスが崩れて
気鬱になりやすいものよ」
村の母親たちはそう言いながらも
口には出さず、ひそかに心配するのでした。
元々あった精神的な問題が
出産を引き金に表面化した女の人というのは
村にもいくつか実例があったからです。
「まさか‥そっちじゃないでしょうね」
まさか様のご病気は
「ご体調の波」というものに支配されているそうです。
この波のしわざによって
できることとできないことが出てくるのだそうです。
「そんなことは気にされず
ゆっくりご静養していただきたい」
村人たちはまさか様を心配し
ご回復を祈るのでした。
3年が過ぎ、5年が過ぎました。
まさか様にご回復の兆しは見えません。
ご体調の波は相変わらず
猛威をふるっている模様です。
そのうち村人たちは
まさか様の「ご体調の波」を
見分けられるようになりました。
家族旅行、レジャー、外食、お買い物
ご実家の方々とのお出かけをされる時は
良い波が訪れるようです。
スキーは何時間も頑張られるし
テーマパークでも長時間、ご辛抱なさいます。
サイコ様のために、ママ友とのお茶やランチも
けなげにこなされますし
高級レストランでのフルコースにも
立派に耐え抜かれます。
そういえば欧米から白人のお客様が来られた時も
波の調子が良いことが多いようで
お出迎えの大任をはたされることもあります。
その懸命なお姿に、村人たちは感動するのでした。
悪い波の方は、お屋敷の法事やお墓まいり
古くから伝わる行事の時に訪れます。
暑い国から来られたお客様をお迎えする時も
波の調子が良くないようです。
「次はお出まし」「今度は欠席」と
賭けや予言で遊ぶ不届き者もいますが
村人たちの多くはカウンセラー気分で
まさか様を苦しめる病気を
理解した気持ちになるのでした。
やがて10年も経つと
人前にチラリとお姿を見せるだけで
「ご体調の波をおして頑張られた!」
「よくおやりになった!」
と、やんやの喝采です。
たまに、ご体調の波が心配される
お屋敷の法事や行事に参加されると
「ご決意!」「お覚悟!」
と、狂喜乱舞です。
一部の村人たちは思いました。
「高みを目指して努力を重ねるよりも
まず、できないと宣言し
周囲をあきらめさせてから
少しやって見せる方が評価が高いようだ‥」
このからくりは、人生を楽に渡るには
効率の良い技術ですが
働かなければ食べていけないしもじもには
適さないところが難点ではありました。
さても世の中というのは
温かいようで冷たいものです。
人は、誇りに思い、尊敬し
憧れる対象を見るのも好きですが
もっと好きなのは「怖いもの」。
怖いもの見たさは、人間の本能です。
村人たちがまさか様を気にかけるのは
人気者だからではありません。
謎と不思議をまとった、怖いものを見たいからです。
心配だ、お気の毒だ、早くお元気に‥
口ではそう言いつつ
いつまでも今のままでいて欲しいのです。
村人たちは、まさか様のなさることに
驚いたりあきれたり
頭をひねったりし続けたいのです。
このまま老いたらどうなるかも
見てみたいのです。
今さら回復されて、普通になられては困ります。
刺激が無くなると、面白くないからです。
村人たちの本心を
まさか様がお知りになったら
きっと、こうおっしゃるでしょう。
「まさか!」
完
この物語はフィクションであり
実在する団体や人物とは一切関係ありません。
そんなニュースが村を駆け巡ったのは
お嬢様のサイコ様が、まだお小さい頃のことでした。
なんでもまさか様は、精神的なご病気だそうです。
「お産の後はホルモンバランスが崩れて
気鬱になりやすいものよ」
村の母親たちはそう言いながらも
口には出さず、ひそかに心配するのでした。
元々あった精神的な問題が
出産を引き金に表面化した女の人というのは
村にもいくつか実例があったからです。
「まさか‥そっちじゃないでしょうね」
まさか様のご病気は
「ご体調の波」というものに支配されているそうです。
この波のしわざによって
できることとできないことが出てくるのだそうです。
「そんなことは気にされず
ゆっくりご静養していただきたい」
村人たちはまさか様を心配し
ご回復を祈るのでした。
3年が過ぎ、5年が過ぎました。
まさか様にご回復の兆しは見えません。
ご体調の波は相変わらず
猛威をふるっている模様です。
そのうち村人たちは
まさか様の「ご体調の波」を
見分けられるようになりました。
家族旅行、レジャー、外食、お買い物
ご実家の方々とのお出かけをされる時は
良い波が訪れるようです。
スキーは何時間も頑張られるし
テーマパークでも長時間、ご辛抱なさいます。
サイコ様のために、ママ友とのお茶やランチも
けなげにこなされますし
高級レストランでのフルコースにも
立派に耐え抜かれます。
そういえば欧米から白人のお客様が来られた時も
波の調子が良いことが多いようで
お出迎えの大任をはたされることもあります。
その懸命なお姿に、村人たちは感動するのでした。
悪い波の方は、お屋敷の法事やお墓まいり
古くから伝わる行事の時に訪れます。
暑い国から来られたお客様をお迎えする時も
波の調子が良くないようです。
「次はお出まし」「今度は欠席」と
賭けや予言で遊ぶ不届き者もいますが
村人たちの多くはカウンセラー気分で
まさか様を苦しめる病気を
理解した気持ちになるのでした。
やがて10年も経つと
人前にチラリとお姿を見せるだけで
「ご体調の波をおして頑張られた!」
「よくおやりになった!」
と、やんやの喝采です。
たまに、ご体調の波が心配される
お屋敷の法事や行事に参加されると
「ご決意!」「お覚悟!」
と、狂喜乱舞です。
一部の村人たちは思いました。
「高みを目指して努力を重ねるよりも
まず、できないと宣言し
周囲をあきらめさせてから
少しやって見せる方が評価が高いようだ‥」
このからくりは、人生を楽に渡るには
効率の良い技術ですが
働かなければ食べていけないしもじもには
適さないところが難点ではありました。
さても世の中というのは
温かいようで冷たいものです。
人は、誇りに思い、尊敬し
憧れる対象を見るのも好きですが
もっと好きなのは「怖いもの」。
怖いもの見たさは、人間の本能です。
村人たちがまさか様を気にかけるのは
人気者だからではありません。
謎と不思議をまとった、怖いものを見たいからです。
心配だ、お気の毒だ、早くお元気に‥
口ではそう言いつつ
いつまでも今のままでいて欲しいのです。
村人たちは、まさか様のなさることに
驚いたりあきれたり
頭をひねったりし続けたいのです。
このまま老いたらどうなるかも
見てみたいのです。
今さら回復されて、普通になられては困ります。
刺激が無くなると、面白くないからです。
村人たちの本心を
まさか様がお知りになったら
きっと、こうおっしゃるでしょう。
「まさか!」
完
この物語はフィクションであり
実在する団体や人物とは一切関係ありません。