通夜は午後6時から始まるので、私は5時半に着くよう家を出た。
留守番を請け負って30有余年
自称・留守番のプロとして今回のケースは
誰よりも早く行くのが安全と判断したためである。
なぜならなっちゃんは、通夜の参列を欠かしたことが一度も無い。
いつも早めに来て受付のそばに立ち、後から来る知り合いを待つ。
彼女より出遅れて、熨斗袋の名前を見られたら
香典を届けた者と頼んだ者…二者の関係性を詮索するのは明白。
香典を頼むのは、そこそこ親しい間柄と決まっているため
どの程度の親しさかを探るのだ。
これを嫌う同級生は多く、ユリちゃんもその一人。
だから、全てを知っていなければ気が済まないという
なっちゃんの性分を刺激しないよう
是が非でも彼女より先に行くもんね。
さて、会場に着くと一番乗りだったのでホッとした。
けいちゃんとゆっくり話をする時間があったので
看病の苦労をねぎらい、「行けなくてごめんね」という
ユリちゃんの伝言も伝える。
そして記帳が終わったら、すみやかに会場へ入って着席した。
そこへなっちゃん、登場。
すぐに私を見つけ、隣へ座った。
けれども案ずることはない。
ご会葬御礼の入った紙袋3つは、あらかじめ椅子の下に隠している。
と、なっちゃんは供えられた生花の名前をしげしげと眺め
薄笑いを浮かべて言った。
「けいちゃんのお兄さんって、もしかしてコンビニにお勤め?」
生花の名札に、大手コンビニの名前が書いてあったからだ。
彼女には、そういうところがある。
ご主人は教師、自分は保育士…
夫婦でやり甲斐のある職に就いているのが
誇りだと言ってはばからない。
「同級生の中では私が一番幸せで、経済的に恵まれている」
ことあるごとに豪語する彼女は、最初から他者を見下げてかかり
自分より不幸と決めつけたい願望が言動の端々に現れる。
面倒くさい性格以前に、こういうところが嫌われるのだ。
私は満を持して答えた。
「経営者よ。
神戸に3軒ぐらい持ってるんよ。
よう見てみんさい、下にオーナー互助会と書いてあるが」
「ええ~?!」
小柄で座高の低いなっちゃんには、見えなかったようだ。
蒙古ヒダのかぶさった細い目を見開いて
ひどく驚いているなっちゃんに、とても満足する私。
「びっくりするのは早いで。
けいちゃんのお姉さんのご主人は、〇〇食品の副社長じゃ。
そこからも生花が来とるけん、焼香に行った時によう見んさい」
「ええ~?!…えええ~?!」
誰もが知る食品会社の名前を聞いて
椅子から飛び上がらんばかりのなっちゃんに、ほくそ笑む私。
「エリートやらセレブは、なっちゃんとこだけじゃないんよ」
「……」
押し黙るなっちゃん。
ヒヒヒ…言うたった。
他人の肩書を自慢するのもどうかと思うが
私には自慢できるところがないので仕方がない。
さて、帰りはサッと帰るのも留守番のプロとして常識。
参列した同級生でかたまり、いつまでもグズグズしていると
来てない者の話が出て、ろくなことはないのだ。
なっちゃんは葬儀に来られないと聞いたので
翌日は幾分、気が楽だった。
マミちゃんも葬儀に来たが、何事もなく終了。
任務を無事終えて、ホッとした私である。
そして今週、ユリちゃんたちは帰国した。
「ありがとう!本当に助かったよ!」
2人から、それぞれ感謝のLINEが送られてきたので
「またいつでもどうぞ」
とだけ返信した。
なっちゃんやマミちゃんの様子を聞きたかったみたいだけど
もう終わったことだもの。
詳細を伝えたって、画面にありがとうとごめんねが増えるだけだ。
それにしても、ご会葬御礼のアラレはおいしかった。
近頃はお決まりのお茶っ葉やボールペンでなく
良い物が増えている。
2人の分を預かっているが、紙袋を見るたびに
着服したい衝動にかられる私である。
《完》