曖昧批評

調べないで書く適当な感想など

「あさきゆめみし」の感想

2021-08-30 12:50:00 | 

大和和紀の漫画「あさきゆめみし」全10巻を読んだので、その感想。

本作は源氏物語のコミック化の古典的名作にして、おそらく未だに代表作。Wikipediaによると、予備校に用意してあったりするらしい。源氏物語は古文の入試問題によく出るからね。

本作を読む前の僕の源氏物語に関する予備体験は

・高校の古文の資料集に載っていた各巻のダイジェストを、授業中の暇潰しによく読んでいた。

・大学受験用に赤塚不二夫のダイジェスト漫画版を読んだ(ほとんど覚えてない)。

・与謝野晶子の現代語訳に挑戦して、たしか17帖で挫折。

・「3分で読む源氏物語」という素晴らしいサイトを、気が向いたときにスマホで読んだ。

・中田敦彦のYouTube大学の源氏物語全8回を何度も見た。

という程度である。概略は知っているが、フルサイズでは一度も読めていない。という状態で本作を読んだ。なので、本作の感想はもちろんあるのだが、初めて読んだフルサイズ(ではなかったのだが詳細は後述)の源氏物語についても思うところが色々あり、この感想文も両方が入り混じったものになると思う。

■絵に慣れるまでが大変

大人の女性の髪型が、真ん中で二つに分けた超ロングヘアしかないため、女性キャラを見分けるのが難しかった。中盤くらいまで、前後の会話の流れなどから推測したり、前述の「3分で読める~」で確認しながら読み進めていた。ちい姫が成人した時に、紫の上と明石の御方が初めて同時に登場し、ようやく違いに気づいた。紫の上は、よく見ると両こめかみに前髪が少し残してある。明石の御方は普通にワンレン。

コツを掴むと、作者がキャラをどう描き分けているのかが分かってきた。紫の上がそうなら、藤壺の女御もそうなんじゃないか、と思ったら、やっぱりそうだった。夕霧と冷泉帝は、父である光源氏の若い頃と同じ顔にしているようだ。六条御息所と秋好中宮の母娘は、髪が少しウェーブしてる。頭の中将と柏木親子の髪は、カールしていてベタ塗りしてない(これは誰でもすぐ分かる)。

しかし、明石の御方、朝顔の君、空蝉、女二の宮(落葉の宮)ら普通のワンレン美女軍団は、最後までそれぞれの区別が付かなかった。

■紫式部の現代的才能

最初の桐壷帝と桐壷の更衣の出会いのシーンが漫画オリジナルなので、その後も常に「これは原作通りなのか」を考えながら読むことになった。そして、これは大和和紀の創作だろうと思ったシーンが、ことごとく原作にもあって愕然とした。

例えば、女三の宮が中途半端に隠した柏木からの手紙を、源氏が見つけそうになるシーン。ハラハラさせ方が現代的というか、半沢直樹っぽいので創作かと思ったら原作にもあった。恐るべし紫式部。

■紫の上リスペクト

光源氏にとって初恋の相手にして永遠の憧れだった藤壺の女御については、もちろん丁寧に描かれている。明石の御方についても、源氏に心を開くまでの過程、上京するときの葛藤などが、くどいほど執拗に描かれている。しかし、紫の上については別格の扱い。母桐壷の更衣の代わりが藤壺の女御で、藤壺の女御の代わりが紫の上、というのが源氏物語の一般的な解釈だと思うが、この漫画では紫の上への愛が凄い。10巻は、ほとんどが死を迎える紫の上の思いと、彼女への源氏の思いだけで埋め尽くされている。二人の思いは行きつくところまで行き、最後は一種の哲学まで昇華するというか悟りを開いたというか、解脱したんじゃないかというところまで到達する(二人とも出家志望だし)。

読後の感想は、だいたい常に後半のほうが記憶が新しく、比重が重くなるのが常だが、終盤紫の上フォーエバーが激しいので、この漫画は結局光源氏と紫の上の壮大なロマンスという解釈なんだなー、でもこれでいいよ、と思った。10巻は、光源氏の紫の上への哀切、惜別の思いが延々と続くので、恥ずかしながら涙出てきちゃったよ。

■完全版じゃない?!

貸してくれたうちの奥さんに「宇治十帖まであるんだよね?」と訊いたら、あるというので読み始めたのだが、僕が読んだ10冊は、光源氏の出家と死を暗示するシーンで終わっている。途中半端ではなく、ちゃんと最後に「完」と大書きしてるし、続きが不足してる物足りなさはない。だが、「第1部 完」と小さく書いてあるので、宇治十帖もあるのだろう。Wikipedianiにも全13巻とあるし。

■伏線を回収しまくる驚異の古典文学

源氏物語は本当によくできていると思う。容姿端麗文武両道だけど第二皇子というドラマチックな設定からして面白そうだし。冒頭で占い師に言われた「トップに立つと国が乱れるが、かといってナンバー2に収まるわけでもない」が、その通りになる後半の展開や、父・桐壷帝が桐壷の更衣を失って詠んだ歌と、光源氏が紫の上を失って詠んだ歌が酷似しているなど伏線の回収が見事で、本当に千年前の作品なのかと疑ってしまうほどだ。紫式部という人は、千年前にして現代の作家と同じレベル、いやそれ以上の構成力の持ち主だったのだと思う。



紫の上と明石の御方が初めて会ったシーン。


右が紫の上、左が明石の御方である。前髪が微妙に違う。


光源氏と頭の中将は区別しやすい。髪が黒い方が源氏。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする