今年は意識的に深夜アニメを見ようとしていて、いろいろ見てきた。「ゆるキャン△」「宇宙よりも遠い場所」、まだ進行中だが「ダーリン・イン・ザ・フランキス」「シュタインズゲート・ゼロ」など。その中で一番心を動かされたのは、京都アニメーションの最新作「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」だった。
孤児だった少女(ヴァイオレット)が戦闘能力を買われ、軍人に拾われて兵士として育てられるが、育ての親が戦死してしまう。残された少女は代筆屋として働くうちに人間的な感情を身につけていく。というような話である。
ちなみに今回は珍しくネタバレを避けようとしているので、この概要も配慮した表現になっております。
絵が綺麗なことでは定評のある京都アニメーションだが、この作品の美麗さは度が過ぎている。劇場用のアニメーションでもこれに勝てる作品は少ないだろう。美麗さが全てではないが、この作品を見た後だと、「君の●は」や「おおかみ●●●の●と●」なんかのキャラクターデザインは、
幼稚簡素だなあと感じる。
しかもこれ、京アニは、例の「リズと青い鳥」と同時に作っていたのだ。毎週放映なのにこのクオリティ。さらにすごい作画の映画を同時進行。他のすべてのアニメ制作者、制作会社はもっと頑張らなければダメだろう。
で、本題。
僕はまずアニメを見て感動し、アニメでは語られなかったかもしれない設定やエピソードを知るために原作を買った。外伝はまだだが、上下巻は買って昨日読了した。
しかし、Amazonなど各種のレビューを見ると、原作の方がいい派も多少いる。原作とアニメでは物語の構成が違うので、原作をかなり改変しているという批判もある。
さらに、この原作は結構入手難易度が高い。京都アニメーションの出版物は、限られた書店にしか置いていない。おそらく通常の流通ルートではなく、近くに取り扱い書店がない場合はアマゾンなどに頼るしかない。しかし、そういう事情なのでアマゾンだと値が張る。僕も一応首都圏在住なのに、通勤ルートで売ってる書店は一つしかなった。アニメで満足した人で原作も読もうかな、と考えても若干迷う状況なのである。
というわけで、アニメから勢を代表して、これから買うか迷っている人に少しでも参考になるような情報を提供できたらな、というのがこの記事の趣旨である。しかもネタバレを極力避けてだ。
まず絵。アニメのキャラクターデザイン兼総作画監督の高瀬亜貴子氏が、表紙も挿絵も口絵も描いているので問題ない。というか、アニメ化前提で高瀬氏に描かせたのではなかろうか。ベタ塗りとかがない分、アニメより繊細なタッチの絵で、好きな人はこれだけでも買う価値があるだろう。
ただし、下巻の口絵が強烈なネタバレを含んでいるので、下巻は読み終わってから口絵を見たほうがいいかもしれない。不用意に開くと見えてしまうので、難しいかもしれないが、頑張って目を逸らしていただきたい。
まあ、そのネタについては原作ではアニメよりゆるくて、上巻を読み終わったら大体察しがつくかもしれないが。
設定については、ヴァイオレットがどうしてあんなに強いのか、その出自について若干推測できるようなエピソードがある。あくまで僕が推測して、こうだろうと思っているだけで、読んでも結局正体が分からなかったと酷評している人もいるから、読む人次第だけど。
原作を読んでからアニメを見直すと、ああそういうことか、と納得する場面があるにはある。例えば、ディートフリートがヴァイオレットを嫌う理由が、アニメでは曖昧かつ抽象的なのだが、原作では、まあ、そうなるかもね、というエピソードがある。
まあね。原作のほうがヴァイオレット強いんだよ。文章ではどうとでも書けるからね。アニメでは確か「一個分隊に匹敵する」といわれていたが、原作では一個連隊って感じ。相当不利な状況に陥らない限り無敵だ。そしてアニメより凶暴。無言無表情でアレするので凶暴という言葉は違う気もするが、かなり危険な存在。
前述の通り、アニメとは構成がかなり違う。アニメはヴァイオレットの成長を描きながら、連作短編的・一話完結の活躍譚を並べている。個々の活躍譚は、何か一つ成長に繋がる要素を含んでいて、成長段階に合わせて配置されている。
原作のほうは、まず連作短編を並べている。「ヴァイオレットはロボットなのか」という段階から、「どうやらワケあり」と察し始め、そういうことか、と理解していくように並んでいる。その途中に戦争など過去の回想が挟まる。
原作のほうが凝った立体的な構成だが、アニメのほうが分かりやすく整理されていると思う。原作ではヴァイオレットの成長がほとんど描かれていない。言葉も分からないケモノじみた状態は原作のほうが多く描かれているのだが、そこからまともになっていく過程がなく(例えば養成学校のシーンがない)、最初から売れっ子自動手記人形として登場する。なので、感動するところは、個々の代筆ヒューマンドラマと恋愛要素ということになる。
原作は恋愛要素が強い。少女マンガ的なメロドラマである、と言ってもいい。いろんな側面を持つ作品ではあるが、一面は確かに一途に思い合う男女の壮大なすれ違い物語だと言える。妻子持ちのおっさんとしては、メロドラマにはそんなに共感できない。恋愛メロドラマ色がアニメでは薄まっているから、原作派は怒っているのだろうか。
原作は、該当作なしが続いた京都アニメーション大賞で、史上唯一の大賞受賞作である。にしては、元編集者として赤字を入れたくなる箇所が多い。編集者はちゃんと校正したのだろうか。やはり出版は素人なのか、と思ってしまうほどであった。この動作はどちらの人物のものなのか、読み返さないと分からない場面が多い。ナイトジャー(という飛行機)から降下するのは、落下傘なのか飛び降りなのか文章では分からないなど、客観的なチェックが甘い。
世界設定がちゃんとされていない。国は一部を除いて東西南北で表記される。我々の住む地球とは違う世界の話なのだから、気候、大陸のサイズ、文明の進化度合い、言語などは説明して欲しいところ。地球で言えば1930年代くらいで、テレビはない。といったことは、ほとんどアニメを見ないと分からない。
それでもこの作品に引き込まれるのは、ヴァイオレットというキャラの造形(ビジュアル含む)と、時々出てくるハッとするようなフレーズが素晴らしいからだろう。多少アレンジされてはいるが、アニメで見るのが辛い「火傷している」や、もう泣くしかない「生きて、生きて、生きて・・・」や「少しはわかるのです」は原作からのものである。
つまりはこの作品は習作的で、表面的には荒削りなのだ。しかし、中心には目を離せない何かがある。作者が言うように、本当に自分の全てを込めた作品だからだろう。考えすぎかもだが、この作品で終わってもいいくらい、作者の魂が入った物語だと感じた。こういう読んでいて胸が詰まるのって、ベテラン作家が意図的に小手先で出せるものじゃなく、後戻りできない作家の覚悟が必要だと思うんだよね。
というわけで、文章のこなれてない部分は気にせず、もっとヴァイオレットを知りたい人は買うべき。
もう一つ。「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は新作の制作が決定している。「完全新作」というからには、総集編とかではない。テレビか、映画か。どちらにしても、見られるのは2年後くらいになるのだろう。それまで待てないという人も、原作は買いだ。原作の上下巻には、アニメ化されなかった連作短編的なエピソードが3つある。選から漏れた話なので、アニメ化されたものほど感動しない気もするが、新作がテレビ放映だと拾われる可能性はある。待ちきれない人(僕含む)は、原作を買って待つのもいいと思う。