今日は朝から雨が降っている。
雨が降れば傘をさすが、困難と対抗対策の関係は費用対効果によって限定される。
大きな意味で、現在の人間社会が創り出した社会システムは困難への対抗である。しかし人類に共通する困難が、今日の雨のように誰の上にも降る時代になれば、社会システムが各国が勝手バラバラでは国家間の闘争を生み出す。人類に共通する困難が最終的に闘争に変化する前に、困難と対抗対策の関係を費用対効果から分析してみよう。
どんな種類の困難でも、困難の度合いは地域によって大きく違う。地政学的困難や資源の偏在による困難はまだ対抗可能な困難で、大きな経済圏を必要とする先進国であれば海洋と空を宇宙から支配する手段は費用がかかるがそれだけの国力があれば見返りの有る費用対効果に適合する、中くらいの経済圏であれば、より安い排除手段を使って(機雷封鎖や戦域ミサイル)軍事ブロックを形成して鎖国的生き残りを選択する可能性もある。
問題はリスクを最大回避するために、このように国力に比べてさほどの費用がかからないならば、各国は傘を買うように軍事力を増強するだろう。ということ。
実戦に使わずとも、これらの軍事力の装備によって、敵国の被るダメージを想像させるだけで相手を制することができれば、ブロックを拡げ、傘の中の平和と社会システムの維持を選択するだろう。
つまり情報を制して相手国の政治判断を鈍らせておきさえすれば、最低コストで対抗手段としてのシーレーンが確保できる。これがこれまでの世界の覇権現実をみるチャンネル(覗き穴)である。それでは個々の国の困難ではなく人類社会が共通してもっている根本的困難、資源の限界点究極のゼロサムはどうかというと、対処すべきプライオリティさえ決まっていない。依然として富の自動的増大に政策が置かれている。
そろそろ目を覚まして足元をみてはどうか。どんなに富を持っていても、絶対的に食糧が不足して死んでしまえば意味がない。
2060年に地球に棲む人類は共通の限界点を経験する。それは、石油ではない。食糧生産の基礎となる農業資源としての淡水用水とリンの枯渇である(あと130年は枯渇しないという推計もある)。前者は何とか循環する方法があるが、後者は特に深刻で、資源循環が難しい。過剰な供給と自由に輸入できるだけの経済力と平和なシーレーンがなければ、多くの国が飢えを経験する。漁業による海からの循環システムを持たない内陸の国の農業は生産性が化学的施肥に依存するので収量を低下させ産業としては消滅する。まず世界が協調できなければ解決できない。
冒頭で述べたように困難と対抗対策の関係は費用対効果によって限定される。生活排水からリンを回収する計画は枯渇ギリギリまで、経済性に合わない。地球環境に薄められたリン資源は生物の働きと長時間の環境形成抜きに容易に濃縮できない。そのレッドリスト元素がリン化合物。
** ** 参考
『霞ヶ浦や諏訪湖など富栄養化した湖水には、比較的多くのリンが含まれている。湖水のリン濃度を多めに0.1 ppmと仮定すると、年間7万トンのリンを得るためには、毎年7000億トン(琵琶湖の水量の約25倍)もの湖水を処理しなければならない。リンの回収のためだけに、これほど多くの湖水を処理することなどあり得ようか。一方、東京湾や霞ヶ浦などの富栄養化した閉鎖性の強い水域の底泥には、乾燥重量比で0.1から0.3%程度のリンが存在する。このヘドロに含まれたリンも、とても資源にはならない。リン含有率が0.1から0.3%であれば、前に述べた農地の場合とほぼ同じレベルである。毎年、大阪市の面積と同じくらいの広さの水域からヘドロを汲み上げても、せいぜい数万トンのリンしか得られない。もちろん、リン鉱石の数十分の一程度しかリンを含まない不純物だらけのヘドロからリンを分離することは、技術的に難しいばかりかコストが余りにも掛かり過ぎる。
リン資源の消費とは、自然が1億数千万年もの長い年月を掛けてリン鉱石にまで濃縮したリンを、人間が土壌や水の中に分散させる行為である。分散したリンを再びリン鉱石にまで濃縮しようとすると、膨大なエネルギーとお金が必要となる。』
『現在の世界人口70億人が食事で摂取しているリン量は年間170万Pから370万トンPの間で,世界の農業における無機リンの年間施用が約2000万トンなので,利用効率は20%未満にすぎない。このままでは,特にアジアでのリン肥料に対する需要増加に対抗できなくなり,リン肥料の価格は将来はるかに高くなるであろう。
例えば,2008年秋にリン鉱石価格は,2007年以前の50ドル/トンレベルから400ドル超/トンに上昇したが,それを超える価格上昇が予想できる。そのため,食物連鎖におけるリンの使用や管理に対する,革新的で持続可能な新しい解決策が必要になっている。』西尾道徳より
『①都市下水等に年間約5.5万トンのリンが排出されている。都市下水やし尿などに含まれるリンを資源として回収する事業を、全国的規模で推進する必要がある。そのためには経済的動機付けもさることながら、国がリン資源回収事業の社会的意義を喧伝するとともに、リン回収に取組む自治体や事業者を積極的に支援する必要がある。
②回収されたリンは再利用されて初めて価値を生む。しかし、品質によってはせっかく回収しても、再利用できないことがある。事業者間でよく意見交換をして、再利用の目的に適う回収技術と回収リンの品質に合わせた利用技術を開発する必要がある。
③リン資源を無駄なく利用するため、省リン技術の開発に取組む必要がある。農業分野においては、肥料リンの利用効率を高めるとともに、過剰なリン肥料の施用を避ける必要がある。工業分野においても、原料リンの利用効率を高めるとともに、代替物利用の可能性についても検討する必要がある。
④年間約9万トンのリンが製鋼スラグとして排出されている。製鋼スラグからリンを分離し回収する技術を開発する必要がある。製鋼スラグからリンを除去できれば、脱リンした製鋼スラグを製鋼工程に戻すことも期待できる。
⑤化学工業分野に流れ込むリン量は年間約30万トンある。その大半はリン肥料の原料として使われるが、約5万トンは工業用原料として使われている。化学工業プロセス等で排出される含リン廃棄物から、リンを資源として回収できる技術を開発する必要がある。これらの廃棄物は、比較的高濃度のリンを含み収集もしやすいと考えられるが、詳しいことは殆ど明らかにされていない。
⑥画期的な工業用リン酸および黄リン製造技術を開発する必要がある。湿式法による工業用リン酸製造プロセスは、高品質のリン鉱石が豊富に入手できた時代に開発されて以降、余り大きな改良がなされていない。このため、品質が低下したリン鉱石や代替原料として回収リンを使用することに、うまく対応できない。また、工業用に需要が多い黄リンについては、国内での生産が全く行われておらず、工業用原料としての重要性を考えれば、少なくとも国内に一つ黄リン製造プラントを建設する必要がある。』
雨が降れば傘をさすが、困難と対抗対策の関係は費用対効果によって限定される。
大きな意味で、現在の人間社会が創り出した社会システムは困難への対抗である。しかし人類に共通する困難が、今日の雨のように誰の上にも降る時代になれば、社会システムが各国が勝手バラバラでは国家間の闘争を生み出す。人類に共通する困難が最終的に闘争に変化する前に、困難と対抗対策の関係を費用対効果から分析してみよう。
どんな種類の困難でも、困難の度合いは地域によって大きく違う。地政学的困難や資源の偏在による困難はまだ対抗可能な困難で、大きな経済圏を必要とする先進国であれば海洋と空を宇宙から支配する手段は費用がかかるがそれだけの国力があれば見返りの有る費用対効果に適合する、中くらいの経済圏であれば、より安い排除手段を使って(機雷封鎖や戦域ミサイル)軍事ブロックを形成して鎖国的生き残りを選択する可能性もある。
問題はリスクを最大回避するために、このように国力に比べてさほどの費用がかからないならば、各国は傘を買うように軍事力を増強するだろう。ということ。
実戦に使わずとも、これらの軍事力の装備によって、敵国の被るダメージを想像させるだけで相手を制することができれば、ブロックを拡げ、傘の中の平和と社会システムの維持を選択するだろう。
つまり情報を制して相手国の政治判断を鈍らせておきさえすれば、最低コストで対抗手段としてのシーレーンが確保できる。これがこれまでの世界の覇権現実をみるチャンネル(覗き穴)である。それでは個々の国の困難ではなく人類社会が共通してもっている根本的困難、資源の限界点究極のゼロサムはどうかというと、対処すべきプライオリティさえ決まっていない。依然として富の自動的増大に政策が置かれている。
そろそろ目を覚まして足元をみてはどうか。どんなに富を持っていても、絶対的に食糧が不足して死んでしまえば意味がない。
2060年に地球に棲む人類は共通の限界点を経験する。それは、石油ではない。食糧生産の基礎となる農業資源としての淡水用水とリンの枯渇である(あと130年は枯渇しないという推計もある)。前者は何とか循環する方法があるが、後者は特に深刻で、資源循環が難しい。過剰な供給と自由に輸入できるだけの経済力と平和なシーレーンがなければ、多くの国が飢えを経験する。漁業による海からの循環システムを持たない内陸の国の農業は生産性が化学的施肥に依存するので収量を低下させ産業としては消滅する。まず世界が協調できなければ解決できない。
冒頭で述べたように困難と対抗対策の関係は費用対効果によって限定される。生活排水からリンを回収する計画は枯渇ギリギリまで、経済性に合わない。地球環境に薄められたリン資源は生物の働きと長時間の環境形成抜きに容易に濃縮できない。そのレッドリスト元素がリン化合物。
** ** 参考
『霞ヶ浦や諏訪湖など富栄養化した湖水には、比較的多くのリンが含まれている。湖水のリン濃度を多めに0.1 ppmと仮定すると、年間7万トンのリンを得るためには、毎年7000億トン(琵琶湖の水量の約25倍)もの湖水を処理しなければならない。リンの回収のためだけに、これほど多くの湖水を処理することなどあり得ようか。一方、東京湾や霞ヶ浦などの富栄養化した閉鎖性の強い水域の底泥には、乾燥重量比で0.1から0.3%程度のリンが存在する。このヘドロに含まれたリンも、とても資源にはならない。リン含有率が0.1から0.3%であれば、前に述べた農地の場合とほぼ同じレベルである。毎年、大阪市の面積と同じくらいの広さの水域からヘドロを汲み上げても、せいぜい数万トンのリンしか得られない。もちろん、リン鉱石の数十分の一程度しかリンを含まない不純物だらけのヘドロからリンを分離することは、技術的に難しいばかりかコストが余りにも掛かり過ぎる。
リン資源の消費とは、自然が1億数千万年もの長い年月を掛けてリン鉱石にまで濃縮したリンを、人間が土壌や水の中に分散させる行為である。分散したリンを再びリン鉱石にまで濃縮しようとすると、膨大なエネルギーとお金が必要となる。』
『現在の世界人口70億人が食事で摂取しているリン量は年間170万Pから370万トンPの間で,世界の農業における無機リンの年間施用が約2000万トンなので,利用効率は20%未満にすぎない。このままでは,特にアジアでのリン肥料に対する需要増加に対抗できなくなり,リン肥料の価格は将来はるかに高くなるであろう。
例えば,2008年秋にリン鉱石価格は,2007年以前の50ドル/トンレベルから400ドル超/トンに上昇したが,それを超える価格上昇が予想できる。そのため,食物連鎖におけるリンの使用や管理に対する,革新的で持続可能な新しい解決策が必要になっている。』西尾道徳より
『①都市下水等に年間約5.5万トンのリンが排出されている。都市下水やし尿などに含まれるリンを資源として回収する事業を、全国的規模で推進する必要がある。そのためには経済的動機付けもさることながら、国がリン資源回収事業の社会的意義を喧伝するとともに、リン回収に取組む自治体や事業者を積極的に支援する必要がある。
②回収されたリンは再利用されて初めて価値を生む。しかし、品質によってはせっかく回収しても、再利用できないことがある。事業者間でよく意見交換をして、再利用の目的に適う回収技術と回収リンの品質に合わせた利用技術を開発する必要がある。
③リン資源を無駄なく利用するため、省リン技術の開発に取組む必要がある。農業分野においては、肥料リンの利用効率を高めるとともに、過剰なリン肥料の施用を避ける必要がある。工業分野においても、原料リンの利用効率を高めるとともに、代替物利用の可能性についても検討する必要がある。
④年間約9万トンのリンが製鋼スラグとして排出されている。製鋼スラグからリンを分離し回収する技術を開発する必要がある。製鋼スラグからリンを除去できれば、脱リンした製鋼スラグを製鋼工程に戻すことも期待できる。
⑤化学工業分野に流れ込むリン量は年間約30万トンある。その大半はリン肥料の原料として使われるが、約5万トンは工業用原料として使われている。化学工業プロセス等で排出される含リン廃棄物から、リンを資源として回収できる技術を開発する必要がある。これらの廃棄物は、比較的高濃度のリンを含み収集もしやすいと考えられるが、詳しいことは殆ど明らかにされていない。
⑥画期的な工業用リン酸および黄リン製造技術を開発する必要がある。湿式法による工業用リン酸製造プロセスは、高品質のリン鉱石が豊富に入手できた時代に開発されて以降、余り大きな改良がなされていない。このため、品質が低下したリン鉱石や代替原料として回収リンを使用することに、うまく対応できない。また、工業用に需要が多い黄リンについては、国内での生産が全く行われておらず、工業用原料としての重要性を考えれば、少なくとも国内に一つ黄リン製造プラントを建設する必要がある。』