公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

今読んでる 『頼介伝―無名の起業家が生きたもうひとつの日本近現代史』松原 隆一郎

2019-02-04 17:41:51 | 今読んでる本
ビジネスは不確実性と実現可能性の重ね合わせである。

 




『頼介伝』―無名の起業家が生きたもうひとつの日本近現代史

1万冊を収める著者の書庫は、祖父・松原 頼介(らいすけ、1897~1988年)が最後に残した遺産で造られた。岸信介と同級生だった(一級下で中途退学)という祖父は、どのように財を成し、そして失ったのか。「無名の起業家」の足跡を辿る旅が始まる。戦前の南洋ダバオ。暴動の街・神戸と鈴木商店の興亡。満鉄相手の大商売。『細雪』の地での成金暮らし。すべて戦禍で失われた8隻の船。終戦直後の再起。『華麗なる一族』を地で行く製鉄業での栄光と破綻。頼介の生涯は、そのまま神戸そして日本の忘れられた近現代史と重なっていく。この国の百年を体感する傑作大河評伝。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)(内は補足した)

松原隆一郎
社会経済学者、放送大学教授。1956年、神戸市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科教授を経て現職。著書に『経済思想入門』(ちくま学芸文庫)、『ケインズとハイエク』(講談社現代新書)、『日本経済論』(NHK新書)など。


 


孫でありながら、頼介の直接の言葉は五つほどしか記憶にない著者は、頼介が人の下で働いたことがないということが生涯の自慢だったことがダバオでの仕事の輪郭の資料当たりによる立証から明らかになってくる。頼介は孫にしっかりと鍵を渡している。死去直前のうわごとは「直ちに起業せよ」すさまじい。頼介は最終的に大勝負を挑む大きな借り入れをして会社が過剰設備と鋼材市況の循環をマッチさせられずに破綻するわけですが、成長を客観的に予想する事は困難であるから弱小弱者にもチャンスがあるということを無視すると資本主義の良い面を見失います。思うに経済学者のいうことはすべて後知恵です。予見可能性というのは典型的にはメンデルの法則の様に現象の下に隠れた数理と論理を解明して初めて応用可能であるが、経済学者は数理と論理に合わせて現象を切り取ったり、あるものを無いと言ったり無いものをあると言ったりしている。反証可能性も歴史的客観性もないたわ言ばかりだった。


事業とは本来、明るい見通しを信じるという経営者個人の確信を出発点として、未来に行けば行くほどに根拠の薄い確信であるが故に企業経営者は投資することをやめないはずなんですけど、その根拠の希薄化を補って維持するのがクレジット利用あるいはエクイティ増資です。しかし今の日本の経済状態は明るい見通しを信じるという経営者個人に対する信用から生まれる(ゼロから生まれる)クレジットを活かしきれていません。エリートに経済の舵取りを任せていると空想的政策を実施してしまうのです。事実所得は低下した。それでもこれが良い政策の結果とすまして居られるのは、財務省職員やNHK職員、マスメディアにいる自分の所得が中央値から大きくかけ離れているからです。


不確実性と実現可能性の重ね合わせは感情の渦中にのみ保蔵することができる。松原頼介のような大きな渦は世間から見たとき迷惑をかけるかもしれない。ほとんど全てを失った戦後再出発は製塩業だった。今朝ドラの主人公のモデル安藤百福も製塩業だった。人間になぜか備わっている感情が論理の対立(道義と想像力の対立)を保蔵する。ベンチャービジネス経営としては、そういう考えが今のところ妥当と思っている。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« リスクをとることができない... | トップ | 自ら国境を封鎖したマドゥロ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。