巻頭歌
胎児よ
胎児よ
何故躍る
母親の心がわかって
おそろしいのか
【略】
子を思ふ心の暗も照しませ
ひらけ行く世の智慧のみ光り
『 巻頭歌
胎児よ胎児よ何故躍る 母親の
心がわかっておそろしいのか
その次のページに黒インキのゴジック体で『ドグラ・マグラ』と標題が書いてあるが、作者の名前は無い。
一番最初の第一行が……ブウウ――ンンン……ンンンン……という片仮名の行列から初まっているようであるが、最終の一行が、やはり……ブウウ――ンンン……ンンンン……という同じ片仮名の行列で終っているところを見ると、全部一続きの小説みたような物ではないかと思われる。何となく人を馬鹿にしたような、キチガイジミた感じのする大部の原稿である。
「……これは何ですか先生……このドグラ・マグラというのは……」
若林博士は今までになく気軽そうに、私の背後うしろからうなずいた。
「ハイ。それは、やはり精神病者の心理状態の不可思議さを表現あらわした珍奇な、面白い製作の一つです。当科ここの主任の正木先生が亡くなられますと間もなく、やはりこの附属病室に収容されております一人の若い大学生の患者が、一気呵成かせいに書上げて、私の手許に提出したものですが……」
「若い大学生が……」
「そうです」 』
夢野久作によってストーリーにループが仕掛けられている小説。
プログラミングという概念が生まれる前に同じ発想でで創られた書簡体(サブルーティーン)文学。
幻視妄想を包む胎児の夢というとてつもない生命観作品。ドグラ・マグラはそういう小説だ。