公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

渋沢栄一のせいではないが

2023-04-16 22:54:00 | 日本人
「夢なき者に理想なし」
「理想なき者に信念なし」
「信念なき者に計画なし」
「計画なき者に実行なし」
「実行なき者に成果なし」
「成果なき者に幸福なし」

「六無訓」渋沢栄一

六無訓は創業者や既存社会をのりこえてゆく若者たちに対する教訓だ。

『年をとっての破壊は建設であり、若いときの建設は破壊である。』ユダヤの格言

新一万円札と同じように、今の日本社会は醜い妥協の産物。古今東西、若者の特権は破壊することが創造ということだった、若い時代の明治維新の頃の日本がそうだったようにね。日本社会は十分に老年期で新一万円札のように醜い。夢を見ているあいだは、会社員は戦力扱いされない。理想を言うものは、愛想笑いされる。計画を立てる者は、誰かの都合に合わせて忖度しているし、唯一頼れる実行する者は、目的を考えることなく誠実にフォーマット形式を埋めようとする。つまり埋められたフォーマットが成果であり、その範囲で幸福な社会が年老いた日本社会である。老いた日本社会が始めるべき創造はフォーマットの破却と幸福観の破壊である。社会が年老いていれば、若者は早く年老いる。幸福の形のフォーマット、自己分類と自己実現の埋め込みが消えなければ、真の幸福は訪れない。真の幸福がなければ真の成果も、真の実行も、真の計画も、理想も夢もない。

これは渋沢栄一のせいではない。社会そのものが老いてしまった時の処方箋を人類はまだ見つけていないのだ。

以下は切り取り、分類知識を集めても全体にはならない。分類は道具に過ぎない。幸福は分類によっては生まれない。

『知識は全体を見るための道具である。』富田一彦


富田一彦氏は私と同じ学年の世代である。実はyoutubeで露出されたこの発言が面白いと思ったので、本を読んでみた。(吉野啓介先生の話も面白いけど、富田一彦先生はショートの方だよ)



[富田一彦]伝説の予備校講師が語る、東大の衝撃エピソード#東大 #英語 #予備校

私は偏差値ビジネス否定派だから予備校ビジネスはパチンコ同様害悪、禁止すべきと思っている。予備校だけでなく学校も含め頭の出来に順位をつけて金の分岐を支配して人間を支配しようという構造(支配する側になりあがろうとする動機もその一部)が既にそこで罪深い。しかしながら教えてもらえる仕組みがそれしかない現状はすぐに否定できないので、いい歳だが予備校講師には学ばせていただいている。

この本は大人こそ読むべき本である。と言ってもまだお試し読みなんだが。

導入でそれが本物とわかる。


富田一彦氏は私と同じ学年の世代である。実はyoutubeで露出されたこの発言が面白いと思ったので、本を読んでみた。(吉野啓介先生の話も面白いけど、富田一彦先生はショートの方だよ)

 

[富田一彦]伝説の予備校講師が語る、東大の衝撃エピソード#東大 #英語 #予備校

 私は偏差値ビジネス否定派だから予備校ビジネスはパチンコ同様害悪、禁止すべきと思っている。予備校だけでなく学校も含め頭の出来に順位をつけて金の分岐を支配して人間を支配しようという構造(支配する側になりあがろうとする動機もその一部)が既にそこで罪深い。しかしながら教えてもらえる仕組みがそれしかない現状はすぐに否定できないので、いい歳だが予備校講師には学ばせていただいている。

この本は大人こそ読むべき本である。と言ってもまだお試し読みなんだが。

導入でそれが本物とわかる。知識は全体を見るための道具である。全体とはこれから受験して大学に入ろうとするものたちにとっては出題の意図と内容の把握、対策だろうが、

社会人にとっては会社や組織全体の社会との関わりであろう。


試験を目指す勉強は「知識→観察力→判断力」という時系列的な流れを持つ。勉強の各段階の中身については前作『試験勉強という名の知的冒険』に詳しいので、ここであえて繰り返すことはしない。ここで私が学習者に語りたいのは、学習の内容面・技術面ではなく、それを支える精神のあり方、指導者との付き合い方、といったものである。

富田一彦 (2106-02-07T15:28:15.000). キミは何のために勉強するのか (試験勉強という名の知的冒険) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.219-222). Kindle 版.


正しく知識を身につけ、そこから観察力を引き出す勉強に移れば、自分がこれまでやってきたことの全体像が見え、目指すべきものが何であるかも明確になる。

富田一彦 (2106-02-07T15:28:15.000). キミは何のために勉強するのか (試験勉強という名の知的冒険) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.235-236). Kindle 版. 

全体とはこれから受験して大学に入ろうとするものたちにとっては出題の意図と内容の把握、対策だろうが、

社会人にとっては会社や組織全体の社会との関わりであろう。

試験を目指す勉強は「知識→観察力→判断力」という時系列的な流れを持つ。勉強の各段階の中身については前作『試験勉強という名の知的冒険』に詳しいので、ここであえて繰り返すことはしない。ここで私が学習者に語りたいのは、学習の内容面・技術面ではなく、それを支える精神のあり方、指導者との付き合い方、といったものである。

富田一彦 (2106-02-07T15:28:15.000). キミは何のために勉強するのか (試験勉強という名の知的冒険) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.219-222). Kindle 版.

正しく知識を身につけ、そこから観察力を引き出す勉強に移れば、自分がこれまでやってきたことの全体像が見え、目指すべきものが何であるかも明確になる。

富田一彦 (2106-02-07T15:28:15.000). キミは何のために勉強するのか (試験勉強という名の知的冒険) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.235-236). Kindle 版.



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 今日でこのブログも5000日を... | トップ | 今日のAI フーリエ変換と聴覚... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。