繧繝縁というものはこういう豪華ものだったのか。
『 人々は、玄関を上るが早いか、すぐ鋭く咎めた上野介の態度と、その掛りも内匠頭もいないのとで、どう答えていいかわからなかった。
「内匠を呼べ!」
「はい只今!」
「殿上人には、繧繝縁であることは子供でも知っている。この縁と繧繝とでは、いくら金がちがう?」
「玄関だけは、繧繝でなくてもよろしかろうかと……」士の一人が答えかけると、
「だまんなさい! お引き受けした以上、万事作法通りになさい! 出費が惜しいのなら、なぜ手元不如意を口実に断らんか。お受けした上で、慣例まで破って、けちけちすることがあるか。内匠を早く呼びなさい!」
上野が、こういっていたとき、内匠頭が険しい目をして、足早に家来の後方へ現れて来た。
「何か不調法でもいたしましたか」上野に、礼をもしないでそういった。
「不調法?」上野は頷いて、「不調法だ! この畳の縁は何だっ!」
「繧繝です」
「繧繝にもいろいろある。これは、何という種類か」
「それは知りません。しかし、畳屋には、繧繝といって命じました。確かに繧繝です」
「模様が違う。取り換えなさい!」
「取り換える?」
「そうだ!」
「今から」
「作法上定まっている模様は、変えることにはなりませぬぞ。いくら、貴殿が慣例を破っても、こういうことは勝手には破れんからな。即刻、取り換えなさい。次……」』 菊池寛 吉良上野介の立場