『ベルリンでも電車の内は禁煙であったが車掌台は喫煙者のために解放されていた。山高帽を少し阿弥陀に冠った中年の肥大った男などが大きな葉巻をくわえて車掌台に凭れている姿は、その頃のベルリン風俗画の一景であった。どこかのんびりしたものであったが、日本の電車ではこれが許されない。いつか須田町で乗換えたときに気まぐれに葉巻を買って吸付けたばかりに電車を棄権して日本橋まで歩いてしまった。夏目先生にその話をしたら早速その当時書いていた小説の中の点景材料に使われた。須永というあまり香ばしからぬ役割の作中人物の所業としてそれが後世に伝わることになってしまった。そのせいではないが往来で葉巻を買って吸付けることはその時限りでやめてしまった。』
寺田寅彦先生は面白い題材だったのであろう、よく漱石に使われている。こういう須田町点景いいね。