公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

法は何のために必要か

2020-10-23 14:38:00 | 意見スクラップ集

ウッドロウ・ウィルソン肖像

世界を完全な自然状態に戻すと無法状態にはなるが自然の摂理に従わぬ無法は自ら滅びる。世界には次のように考えるグループがある。

世界はただイスラエル人の為にのみ創造されたるなり。イスラエル人は実にして、他の民は空なる殻皮のみ。従ってイスラエルの他に民族なし。

イスラエル人とはなんであろう?
神の言葉と法に従う民である。かの世界では創造主のために法がある。ユダヤの予言では自然摂理に従わぬものが滅びると同じ構図で創造主の摂理と預言計画外の人類は滅びる。義に関して非情である。
モルモン書においても以下のようなバビロン捕囚直前のエルサレム脱出の際、

11 ​すると​御み霊たま​が​再ふたたび、「見みよ、①​主しゅ​は​すでに、この​男おとこ​を​あなた​の​手て​に​渡わたされた」と​言いわれた。そして​わたし​も、ラバン​が​わたし​の​命いのち​を​奪うばおう​と​した​こと、ラバン​が​主しゅ​の​命令めいれい​に​聞きき​従したがわない​だろう​と​いう​こと、また​わたしたち​の​持もって​いる​もの​を​②​奪うばった​こと​を​知しって​いた。
12 ​そして​御み霊たま​が、また​わたし​に​言いわれた。「この​男おとこ​を​殺ころ​し​なさい。主しゅ​は​あなた​の​手て​に​この​男おとこ​を​渡わたされた

ラバンを殺せという神の言葉がある。

見よ、主は、義​に​かなった​目的を​果たす​ため​に​は、悪人​を​殺ころされる。一人り​の​人ひと​が​滅びる​の​は、一つ​の​国民が​不信仰に​陥って​滅びて​しまう​より​は​よい。


こう考えるとイスラエルにおいては法とは絶対的他者のためにある精神的強制となる。実はこの原理はどこの国や民族や宗教の法も従わなければならない理由の源泉の構造は同じわけで、法の遵守及び執行の最終動機は、その国に求められる良心の絶対者としている。どこを見回しても法のための法はない。法は独裁と専制の銃器であり民主主義は銃器を持った独裁の子供達である。法曹は銃器の管理執行者として民主主義から離れた独裁を自動運転化する。良心や正義はすでに歴史上の出来事である。

故に法理は人間を冷酷に扱う。イスラエルと同じようにまず生き残る人間を区別する。すなわち究極の法理は戦争である。これには第一次世界大戦の米国ウッドロウ・ウィルソンによる参戦演説が参考になる。




権利は平和よりも尊いものという根本概念は、平和を上回る絶対的他者による命令から出てくる。ウィルソンは言う「我々は常に心の近くにあるもののために戦わなければならない。」彼の場合それは神である。

ウィルソン大統領の参戦演説1917年の末尾


"It is a distressing and oppressive duty, gentlemen of the congress, which I have performed in thus addressing you. There are, it may be, many months of fiery trial and sacrifice ahead of us. It is a fearful thing to lead this great peaceful people into war, into the most terrible and disastrous of all wars, civilization itself seeming to be in the balance. 

"But the right is more precious than peace, and we shall fight for the things which we have always carried nearest our hearts-for democracy, for the right of those who submit to authority to have a voice in their own governments, for the rights and liberties of small nations, for a universal dominion of right by such a concert of free peoples as shall bring peace and safety to all nations and make the world itself at last free. 

"To such a task we can dedicate our lives and our fortunes, everything that we are and everything that we have, with the pride of those who know that the day has come when America is privileged to spend her blood and her might for the principles that gave her birth and happiness and the peace which she has treasured. God helping her, she can do no other."

"議会の皆さん、これは苦痛と抑圧的な義務であり、私はこのように演説してきました。 私たちの前には何ヶ月もの激しい試練と犠牲が待っています この偉大な平和な国民を 戦争に導くことは 恐ろしいことである あらゆる戦争の中でも最も恐ろしく 悲惨なものであり 文明そのものが 均衡を保っているかのように見える

"しかし、権利は平和よりも尊いものであり、我々は常に心の近くにあるもののために戦わなければならない。民主主義のため、権力に服従する者が自国の政府で発言権を持つ権利のため、小国の権利と自由のため、自由な人々の協調による普遍的な権利の支配のために。

"このような任務に、私たちは、私たちの命と財産、私たちが持っているすべてのもの、私たちが持っているすべてのものを捧げることができます。アメリカが誕生し、幸福と平和をもたらした原則のために、自分の血と力を捧げる日が来たことを知っている人たちの誇りを持って。 神の助けがあれば、彼女はそれ以外のことはできない。

www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました。

我々は常に心の近くにあるもののために戦わなければならない。これが法の目的である。
昭和16年
〔暗殺は實行の二年前フリーメーソンで決定〕
 千九百十四年六月下旬、オーストリアの皇儲フェルジナンド大公は公妃と共に新領ボスニアに旅行し、二十八日其首都サライエボに赴いた。サライエボは人口約六萬の小都会で、その内約五千人はユダヤ人である所のユダヤ色濃厚の町である。之が世界大戦爆發の火花の一閃した所である。
 その皇儲暗殺の経緯に就き、フリーメーソン活躍の次第が墺國のウイヒテル博士の著「フリーメーソンと世界革命」の中に詳報されてゐるから之を左に摘録する。


 千九百十二年五月二十三日ベルグラードに創設せられたセルビ・フリーメーソンの最高会議が千九百十四年五月三十一日、フランクフルト・アン・マインに開催した独逸フリーメーソン大組合の會合で承認を受けた。
 其の四週間後の六月二十八日、墺國皇儲フランツ・フェルジナンド大公はサラエウオに於て、セルビアのフリーメーソン社員の為に暗殺された。
 此社員等は大セルビア秘密結佐ナロードナ・オドブラナ(國民軍)(セルビアのフリーメーソンは此の秘密結社との結合により其の力を増した)の援助を受けて之を實行した。爆弾投擲手に武器を交附し、その用法を教授したタンコシツ少佐も、暗殺者にブローニングの拳銃及び爆弾を手交したチガトウイツも、共にフリーメーソン社員であつた。

 此の両人はナロードナ・オドブラナの指導者でもたつた。ベルグラード組合は大ーセルビア秘密結社ナロードナ・オドプラナの本部のある家屋内で其の集會を催うした。暗殺者中力プリノウイツは其の自白に依ると同じくフリーメーソン結社員であった。
 暗殺の爲の費用はフリーメーン結社員カジミロウィツが千九百十四年四月中佛・英兩国に旅行して調達した。之等は凡て公文書に記録された事實である。最後にサラエウオの裁判の際、多数の證人は、墺國皇儲の暗殺には既に千九百十二年に佛國大組合が決定した事で、實行者が居なかっ爲にまだ實行されずにあつた事が確められた。
今當時の訴訟調書中、フリーメーソンに関係ある部分を速記録から抜粋して見やう。



 當時の自由主義(フリーメーソン的)の新聞は此の訴訟に就いて全く記載しなかったり、或いは記載しても、真相の分らない様に切り詰めて書いただけであった。此の暗殺事件に関する組合の代表者は、セルピヤ人のカジミロウイツであった。彼に就て被告爆弾投擲者物カブリノウイツは次の様に述べた。


「カプリノウイツ」 
 彼(カジミロウイツ)はフリーメーソン社員で、而も其の領袖株の一人だったと思ふ。彼は暗殺を決定した後、全世界に旅行した。彼はオーツエンベスト、露國、及び佛國にも行った。子がチガノウイツに、一件にどうなつて居るかと聞く毎に、彼は「カジミロウイツが帰って来たなら・・・・」と云ふのを常とした。

 當時チガノウイィツは又予に向ひ、フリーメーソン社員に二年前(千九百十二年)墺國皇儲に死刑の先刻を與へたが、此の判決の執行者が居なかったのだと語った。其の後破が予にブローニングの拳銃と爆弾を渡した時に、「彼の男は昨晩オーツエンベストから帰って来た」と云った。予は此の人が吾人の要件と関連して旅行し、且外國で或る一定の人々と商議したことを知って居る。

〔セルビアの暗殺犯人訊問裁判記録〕
裁判長 彼の話すことは作り話ではないか。

カプリノウイツ
  之は全くの事實でナロドナ・オドブラナに関する貴方の書類より百倍も本當である。

辨護人ブレムジツツ 
  汝はロジツの書を読んだことがあるか。

カプリノウイツ   
  予は彼のフリーメーソンに関する書を読んだ。 

ブレムジツツ   
  其の書類はベルグラードに分配されたか。

カプリノウイツ  
  予は植字工として此の書の活字を組んだ。

ブレムジツツ   
  汝は神或は何か或るものを信ずるか。 

カプリノウイツ 
  否 

ブレムジツツ 
  汝はフリーメーソン社員か。

カプリノウイツ 
  (狼狽して暫く沈黙す。次でブレムシツツに向ひ、彼を見て)
  彼方はなぜそれを予に聞くのか。予はそれに就いては答えることは出来ない。 

ブレムジツツ
  タンコージツはフリーメーソン社員か。

カプリノウイツ 
  (再び狼狽して沈黙す)なぜ、それを尋ねるか。
 (暫く沈黙して後)そうです。それからチガノウイツも・・・・・

裁判長
それで汝もフリーメーソン社員だと云ふことになる。
何となれば、フリーメーソン社員は同結社員以外の者に對しては、
決して自分がフリーメーソン社員なることは云はないから。 

カプリノウイツ
その事は聞いて下さるな、そことに就いては答へません。 

裁判長 問に答へぬ者は此の問に對し肯定するものである。

カプリノウイツ
   ・・・・・・・

裁判長
   動機に就いても少し述べよ。
   汝が殺意の決心をする前にタンコジツ及びチガノウイツが、
   フリーメーソンだったと云ふことが分かったか。

   汝及び彼等がフリーメーソン社員だと云う事が、汝の決心に影響したか。

カプリノウイツ
   然り。

裁判長 
   汝は彼等から暗殺實行の任務を受けたか説明せよ。

〔フリーメーソンは殺人を許す〕
カプリノウイツ
   予は誰からも其の任務を受けなかった。
   フリーメーソンは、予の決心を強めたといふ點に於て予の行為と関係がある。
   フリーメーソンでは殺人は許されている。
   チガノウイツは予に、フランツ・フェルナンド大公は既に一年前に死刑の宣告を受けたことを語った。



裁判長
   彼は其の事をすぐに汝に語ったか。

カプリノウイツ
   我々は其の以前に於て、フリーメーソンに就いて話したが、
   彼は彼等が確かに殺害の決心をする迄は、
   我等に對して死刑の判決に就てはちつとも話さなかた。

裁判長
   彼はチガノウイツとフリーメーソンに就いて話したことがあるか。

カプリロ・プリンチツプ(ユダヤ人、當の下手人)
   (大胆に)何故予にそれを尋ねるか。

裁判長 
   予はそれを知らんと欲する故に尋ねるのである。
   汝は彼と此事に就て話したか、否か。

プリンチプ
   話した。
   彼は彼がフリーメーソン社員だといふことも予に語った。

裁判長
   彼がフリーメーソン社員だということを何時汝に話したか。

プリンチプ 
   予が殺害實行の費用に就いて彼に問うたと時に彼はそれを云うた。
   且彼は或る一定の人と話をして、其の費用を受けると語った。
   又他の機会に於て、
   彼は予に墺國皇儲はフリーメーソンの或る組合で死刑の宣告を受けたことを語った。

裁判長
   そして汝は!汝も多分フリーメーソン社員だろうね。  

プリンチプ
   何の為にそんなことを尋ねられるか。
   (一寸間を置いて)予は社員ではない。

裁判長
   カプリノウイツはフリーメーソン社員か。

プリンチプ
   予はそれを知らないが、或いはそうかも知れない。
   彼は話の序に或る組合に入会する筈だと予に語ったことがある。


 以上の裁判記録によっても、暗殺計画はフリーメーソンから出て居ることは極めて明瞭である。唯暗殺實行者を得られなかった為に、一年以上を経過してしまった。

 そこで不思議なる方法で、カプリノウイツツ、プリンチツプ其の他の者に暗殺の考へを起させ、彼等を使って、長らくの間準備した行為を實行させたのである。
 其の詳細に就ては茲に延べることが出来ぬが、唯調書に基き暗殺者等にブローニング、弾薬、金子、爆弾を交附したチガノウイツは他の者等と同じく、ボスニア生れで、ベルグラードの鐡道下級従業員であつたことを擧げるに止めよう。
 彼はフリーメーソン社員タンコシツ少佐から金を受け取った。少佐は豊富に金を持って居て、自ら武器を購入した。


プリンチプはたぶんガブ(ヴ)リロ・プリンツィプ

2015年のニュース『セルビアの首都ベオグラード(Belgrade)で28日、101年前にオーストリア皇太子夫妻を暗殺したセルビア人青年ガブリロ・プリンツィプ(Gavrilo Princip)の銅像の除幕式が市内の公園で行われた。

 101年前の1914年6月28日、当時19歳だったプリンツィプはオーストリア・ハンガリー二重帝国領だったボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ(Sarajevo)でオーストリアのフランツ・フェルディナント(Franz Ferdinand)皇太子夫妻を殺害。これが第1次世界大戦(World War I)のきっかけになったとされる。しかしセルビアでは愛国者として英雄視する人も少なくない。(c)AFP』




Wikipediaにもフリーメイスンは書かれていない、英語から偽書なのか?

サラエボ裁判の様子(最前列に座る5人は左から: グラベジュ、チャブリノヴィッチ、プリンツィプ、イリッチ、ジョヴァノヴィッチ)

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