やっと特養が決定して、明日退院。
制度が複雑で、退院が近づいて見通しが立たない今の制度はなんとかならないものか。
入院から残雪が新雪に変わった。
若さは血管!
あの研究だね。まとまったんだ。
血管の形をつくる細胞メカニズムを解明 − 生き物の形態が2次元・3次元で秩序よくつくられるしくみを実証
熊本大学 大学院生命科学研究部 循環器内科学/熊本大学 国際先端医学研 究機構の西山功一特任講師/主任研究員、東京大学 大学院医学系研究科 代謝生理化学の栗原裕基教授、杉原圭学部生(現東京大学附属病院臨床研修医) らの研究グループは、血管新生※1において血管が伸長する際の血管内皮細胞 ※2運動を制御するしくみを、生物学と数理モデル※3・コンピュータシミュレ ーションを融合させた先端的な研究手法により明らかにしました。
生物は、最小の機能単位である細胞が寄り集まった多細胞体です。しかし、 細胞の集まりが、組織や器官といった秩序ある形態や構造をつくり機能する しくみはほとんど分かっていません。中でも血管は、体中の全組織に十分な 酸素や栄養源を効率よく供給するため、組織や組織の間に入り込み、血管外 の環境との相互作用により、巧妙な枝分かれ構造をとっています。これまで に本研究グループは、新しく血管がつくられる(血管新生)際の細胞の動き に着目し、特に血管内皮細胞の動きをリアルタイムで可視化し、定量的に捉 えることを可能にしてきました。
今回さらに、血管の伸長を制御するしくみについて、細胞が自発的に自らを制御して動く過程(自律的過程)と、隣接した細胞から適宜影響を受けて 動く過程(協調的過程)がうまく共存することで、全体の動きが巧みに統制 されていることを世界に先駆けて実証しました。興味深いことに、血管内皮 細胞が前後したり、お互いに追い抜きあったりという血管新生で見られる複 雑な細胞集団の動きを制御している中枢部分は、細胞一つ一つの動き(スピードと方向性)の「確率的な変化」として十分説明できることをコンピュー タシミュレーションで実証しました。対して、血管の伸長に重要な先端細胞 ※4の動きは、一つ一つの細胞の確率的な動きのみでは十分説明できず、後続 の茎細胞※5との相互作用により、より厳密に制御されていることも新しく分 かってきました。
本研究の成果は、血管の形態形成のみならず、さまざまな組織の形態形成 における多細胞運動を支える共通原理として広く普及することが期待されま す。
本研究成果は、科学雑誌「Cell Reports」オンライン版で米国時間の2015年 11月19日(木)正午【日本時間の11月20日(金)午前2時】に公開されました。
本研究は、主に文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「動く細胞と場のクロストークによる秩序の生成」、科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業(CREST)「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」、 文部科学省グローバルCOEプログラム「生体シグナルを基盤とする統合生命学」、文部科学省生命動態システム科学推進拠点事業「転写の機構解明のための動態システム生物医学数理解析拠点」の支援を受けて行われました。また、東京大学、熊本大学、国立循環器病研究センター、名古屋市立大学、広島大学、ドレスデン工科大学との共同で行ったものです。
論文名
Autonomy and non-autonomy of angiogenic cell movements revealed by experiment-driven mathematical modeling
著者名(*筆頭著者、**責任著者)
Kei Sugihara∗, Koichi Nishiyama∗,∗∗, Shigetomo Fukuhara, Akiyoshi Uemura, Satoshi Arima, Ryo Kobayashi, Alvaro Köhn-Luque, Naoki Mochizuki, Toshio Suda, Hisao Ogawa and Hiroki Kurihara
掲載雑誌
Cell Reports
概要説明
血管新生では、1 つ 1 つの血管内皮細胞が複雑な運動を行いながら、出芽・伸長・分岐・管腔形成といった二次元・三次元にわたって秩序ある 血管形態をつくっていく(図 1)。このしくみは、これまでの医学研究 の長い歴史の中で大きな研究対象であったにも関わらず、実は未だ十分 に理解されていない。
生物学と数理科学・コンピュータ科学を融合させた研究により、血管の 伸長を担う多細胞運動のしくみとして、細胞が自発的に自らを制御して 自律的に動く過程と、隣接した細胞から適宜影響を受けて協調的に動く 過程がうまく共存することで、全体の動きが巧みに統制されていること を明らかにした。
今回明らかにした血管新生のメカニズムは、生物の形態形成を支える共 通原理になることが期待される。
説明
生物の体の中には、さまざまな組織・器官といった形態・構造が存在しま す。器官や組織は、生物の最小の機能単位である細胞が、たくさん集まった 多細胞体です。しかし、細胞が集まることで組織や器官といった秩序ある形 態が何度も同じ様につくりだされる巧妙なしくみはほとんど分かっていませ ん。近年、形態形成を多細胞運動(形態形成運動と呼ばれる)の切り口で理 解しようとする研究が数多くなされてきました。
血管新生は、新たな血管のネットワークをつくる重要な形態形成現象の一 つです。血管内皮細胞が他の細胞と協働して、出芽・伸長・分岐・管腔形成 などのイベントを繰り返しながら、二次元・三次元の枝分かれ構造といった 血管に特徴的なかたちをつくっていきます(図 1)。そこでは、VEGF※ 6 を始 めとした種々の分子が作用していますが、最近、当該研究グループは VEGF に反応して血管新生を進める多細胞運動を視覚化して捉えることを可能にし ました。(動画参照: http://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/kouhou/pressrelease/2015-f ile/release151120-1.mov)
血管新生に必要な細胞を含む組織を適切な条件下で 3 次元的に培養すると、 血管様の構造が構築されます。この血管内皮細胞の動きを可視化し、その動 きをコンピュータ上で定量化して解析したところ、従来の定説のように、先 端細胞が枝の伸長を先導し茎細胞がそれに後続するという静的な現象ではな く、極めて動的でかつ複雑な多細胞運動として捉えられることがわかってき ました。先端細胞やそれに続く後続の茎細胞は、さまざまなスピードや方向 性で動いて、追いつき追い越しあい、次々とお互いの位置関係を入れ替えな がらも、全体として秩序ある血管の形態がつくられています。同様の現象は、 生体内でも確認されています。(図 2)
それでは、この複雑な内皮細胞運動はどのように制御されているのでしょうか。本研究において、生物学と数理モデル・コンピュータシミュレーショ ンを融合させた研究手法で検討しました。この手法は多細胞体の複雑な現象 を支えるしくみを体系的に理解するのに有用です。しかし、これまでに報告 されている数理モデルの中で、観察された血管新生の細胞動態を十分に反映 させうるものは乏しいというのが現状でした。そこで、実験データに基づい た独自の数理モデルを構築することから研究を開始しました。
まず、血管が伸長する時の内皮細胞の動きを、エージェント・ベースドモ デル※7 とそれに対応する連続モデル※8 として数理モデル化しました。興味深 いことに、一つ一つの細胞の動くスピードと方向性が確率的に変化するとい う非常に単純な細胞自律的なしくみだけで、血管の伸長の程度とその時の内 皮細胞全体の動きがほぼ再現できることがわかりました。つまり、血管伸長 を行う内皮細胞の動きのしくみの根幹として、細胞が自発的に自らを制御し ながら動く自律的な過程が存在することを実証したと言えます(図 3)。
一方で、この数理モデルでは、先端細胞の動きを完全には再現できないこ とも分かってきました。そこで、数理モデルの中に先端細胞と後続の茎細胞 との距離が離れると先端細胞の動きが遅くなる、という新たな規則を追加し たところ、実験結果とシミュレーション結果の乖離が改善されました。最終 的に、数理モデルに新たに組み込んだしくみが、実際の生物現象としてあり 得るのかを実験的に確かめました。ゼブラフィッシュ胚※9 の血管新生の際に、 レーザー焼灼手法※10 を使って人工的に先端細胞と後続の茎細胞との距離を 広げる操作をすると、先端細胞の前向きの動きが生じなくなることがわかり ました。つまり、数理モデルで予測したしくみが生体内で実際に生じている ことが示されました。これらの結果から、先端細胞の動きには、自発的に生 じる細胞の確率的な挙動に加えて、後続の茎細胞との相互作用により厳密に 制御されている新たなしくみが関わっていることが解明されました(図 3)。 先端細胞が後続の茎細胞と十分に接していることが、先端細胞が前向きに動 くために重要な因子であると考えられます。
以上、本研究によって、血管の伸長を担う複雑な多細胞運動を制御するし くみとして、細胞が自発的に自らを制御して自律的に動く過程と、隣接した 細胞から適宜影響を受けて協調的に動く過程がうまく共存することで、全体 の動きが巧みに統制されていることを、世界に先駆けて明らかにすることに 成功しました。生物に存在するさまざまな多細胞運動現象では、それを構成 する個々の細胞の自律的なふるまいが、細胞同士のコミュニケーションによ って巧みに調整されることで、全体としての調和が成立していると想定され ます。本研究の結果は、このような生物に存在する根本的なしくみを、生物 学と数理モデル・コンピュータシミュレーションを融合させた先端的研究手 法を使うことで、形態形成運動の視点から実証したものです。本研究は今後、 血管の形態形成のみならずさまざまな形態形成の場における多細胞運動のし くみの理解に、さらに、生物の成立ちの根本的なしくみを理解するために広く貢献することが期待されます。
用語解説
※1 血管新生
血管が新しくつくられる様式。既に存在する血管から伸び出るように血管 が増生する。個体がつくられる発生時期とともに、発生後も炎症、虚血性 心臓病、腫瘍などさまざまな病態で生じ重要な治療標的とも考えられてい る。
※2 血管内皮細胞
血管の内腔の一面を覆っている、血管を構成する主要な細胞の一つ。この 細胞のみで血管の構造をつくることができる。
※3 数理モデル
現実の世界のさまざまな現象を、その本質的な理解のために方程式などで 数学的に記述したもの。
※4 先端細胞
新生される血管の先端に位置する細胞のこと。他の細胞とは違う特徴的な 細胞形状を示し、これまでは特別な細胞であろうと想定されていた(図 2)。
※5 茎細胞
血管新生の際において、先端細胞に続いて存在する血管内皮細胞のこと (図 2)。
※6 VEGF
血管内皮細胞増殖因子 Vascular endothelial growth factor。主要な血管新生 の促進因子の一つ。細胞増殖、遊走、分化、そして血管の透過性などを促 進する。
※7 エージェント・ベースドモデル
コンピュータによるモデルの一つ。自律的なエージェント(ここでは血管 内皮細胞)のふるまいやエージェント同士の相互作用が、システム全体に 与える影響を試験するモデル。
※8 連続モデル
エージェント・ベースドモデルなどのように、連続している情報を時間な どで区切って扱うモデル(離散モデル)に対して、微分方程式のように連 続した情報として扱うモデル。
※9 ゼブラフィッシュ胚
胚発生期において透明度がかなり高いため、生命現象(特に発生現象)を 可視化して観察する良い対象となっている。
※10 レーザー焼灼法
レーザー光を組織に照射し、その熱作用により組織を変性させる(焼く) 手法。さまざまな医療の場で治療に応用されてきている。ここでは、後続 細胞をレーザー焼灼することで細胞死を誘導した
制度が複雑で、退院が近づいて見通しが立たない今の制度はなんとかならないものか。
入院から残雪が新雪に変わった。
若さは血管!
あの研究だね。まとまったんだ。
血管の形をつくる細胞メカニズムを解明 − 生き物の形態が2次元・3次元で秩序よくつくられるしくみを実証
熊本大学 大学院生命科学研究部 循環器内科学/熊本大学 国際先端医学研 究機構の西山功一特任講師/主任研究員、東京大学 大学院医学系研究科 代謝生理化学の栗原裕基教授、杉原圭学部生(現東京大学附属病院臨床研修医) らの研究グループは、血管新生※1において血管が伸長する際の血管内皮細胞 ※2運動を制御するしくみを、生物学と数理モデル※3・コンピュータシミュレ ーションを融合させた先端的な研究手法により明らかにしました。
生物は、最小の機能単位である細胞が寄り集まった多細胞体です。しかし、 細胞の集まりが、組織や器官といった秩序ある形態や構造をつくり機能する しくみはほとんど分かっていません。中でも血管は、体中の全組織に十分な 酸素や栄養源を効率よく供給するため、組織や組織の間に入り込み、血管外 の環境との相互作用により、巧妙な枝分かれ構造をとっています。これまで に本研究グループは、新しく血管がつくられる(血管新生)際の細胞の動き に着目し、特に血管内皮細胞の動きをリアルタイムで可視化し、定量的に捉 えることを可能にしてきました。
今回さらに、血管の伸長を制御するしくみについて、細胞が自発的に自らを制御して動く過程(自律的過程)と、隣接した細胞から適宜影響を受けて 動く過程(協調的過程)がうまく共存することで、全体の動きが巧みに統制 されていることを世界に先駆けて実証しました。興味深いことに、血管内皮 細胞が前後したり、お互いに追い抜きあったりという血管新生で見られる複 雑な細胞集団の動きを制御している中枢部分は、細胞一つ一つの動き(スピードと方向性)の「確率的な変化」として十分説明できることをコンピュー タシミュレーションで実証しました。対して、血管の伸長に重要な先端細胞 ※4の動きは、一つ一つの細胞の確率的な動きのみでは十分説明できず、後続 の茎細胞※5との相互作用により、より厳密に制御されていることも新しく分 かってきました。
本研究の成果は、血管の形態形成のみならず、さまざまな組織の形態形成 における多細胞運動を支える共通原理として広く普及することが期待されま す。
本研究成果は、科学雑誌「Cell Reports」オンライン版で米国時間の2015年 11月19日(木)正午【日本時間の11月20日(金)午前2時】に公開されました。
本研究は、主に文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「動く細胞と場のクロストークによる秩序の生成」、科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業(CREST)「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」、 文部科学省グローバルCOEプログラム「生体シグナルを基盤とする統合生命学」、文部科学省生命動態システム科学推進拠点事業「転写の機構解明のための動態システム生物医学数理解析拠点」の支援を受けて行われました。また、東京大学、熊本大学、国立循環器病研究センター、名古屋市立大学、広島大学、ドレスデン工科大学との共同で行ったものです。
論文名
Autonomy and non-autonomy of angiogenic cell movements revealed by experiment-driven mathematical modeling
著者名(*筆頭著者、**責任著者)
Kei Sugihara∗, Koichi Nishiyama∗,∗∗, Shigetomo Fukuhara, Akiyoshi Uemura, Satoshi Arima, Ryo Kobayashi, Alvaro Köhn-Luque, Naoki Mochizuki, Toshio Suda, Hisao Ogawa and Hiroki Kurihara
掲載雑誌
Cell Reports
概要説明
血管新生では、1 つ 1 つの血管内皮細胞が複雑な運動を行いながら、出芽・伸長・分岐・管腔形成といった二次元・三次元にわたって秩序ある 血管形態をつくっていく(図 1)。このしくみは、これまでの医学研究 の長い歴史の中で大きな研究対象であったにも関わらず、実は未だ十分 に理解されていない。
生物学と数理科学・コンピュータ科学を融合させた研究により、血管の 伸長を担う多細胞運動のしくみとして、細胞が自発的に自らを制御して 自律的に動く過程と、隣接した細胞から適宜影響を受けて協調的に動く 過程がうまく共存することで、全体の動きが巧みに統制されていること を明らかにした。
今回明らかにした血管新生のメカニズムは、生物の形態形成を支える共 通原理になることが期待される。
説明
生物の体の中には、さまざまな組織・器官といった形態・構造が存在しま す。器官や組織は、生物の最小の機能単位である細胞が、たくさん集まった 多細胞体です。しかし、細胞が集まることで組織や器官といった秩序ある形 態が何度も同じ様につくりだされる巧妙なしくみはほとんど分かっていませ ん。近年、形態形成を多細胞運動(形態形成運動と呼ばれる)の切り口で理 解しようとする研究が数多くなされてきました。
血管新生は、新たな血管のネットワークをつくる重要な形態形成現象の一 つです。血管内皮細胞が他の細胞と協働して、出芽・伸長・分岐・管腔形成 などのイベントを繰り返しながら、二次元・三次元の枝分かれ構造といった 血管に特徴的なかたちをつくっていきます(図 1)。そこでは、VEGF※ 6 を始 めとした種々の分子が作用していますが、最近、当該研究グループは VEGF に反応して血管新生を進める多細胞運動を視覚化して捉えることを可能にし ました。(動画参照: http://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/kouhou/pressrelease/2015-f ile/release151120-1.mov)
血管新生に必要な細胞を含む組織を適切な条件下で 3 次元的に培養すると、 血管様の構造が構築されます。この血管内皮細胞の動きを可視化し、その動 きをコンピュータ上で定量化して解析したところ、従来の定説のように、先 端細胞が枝の伸長を先導し茎細胞がそれに後続するという静的な現象ではな く、極めて動的でかつ複雑な多細胞運動として捉えられることがわかってき ました。先端細胞やそれに続く後続の茎細胞は、さまざまなスピードや方向 性で動いて、追いつき追い越しあい、次々とお互いの位置関係を入れ替えな がらも、全体として秩序ある血管の形態がつくられています。同様の現象は、 生体内でも確認されています。(図 2)
それでは、この複雑な内皮細胞運動はどのように制御されているのでしょうか。本研究において、生物学と数理モデル・コンピュータシミュレーショ ンを融合させた研究手法で検討しました。この手法は多細胞体の複雑な現象 を支えるしくみを体系的に理解するのに有用です。しかし、これまでに報告 されている数理モデルの中で、観察された血管新生の細胞動態を十分に反映 させうるものは乏しいというのが現状でした。そこで、実験データに基づい た独自の数理モデルを構築することから研究を開始しました。
まず、血管が伸長する時の内皮細胞の動きを、エージェント・ベースドモ デル※7 とそれに対応する連続モデル※8 として数理モデル化しました。興味深 いことに、一つ一つの細胞の動くスピードと方向性が確率的に変化するとい う非常に単純な細胞自律的なしくみだけで、血管の伸長の程度とその時の内 皮細胞全体の動きがほぼ再現できることがわかりました。つまり、血管伸長 を行う内皮細胞の動きのしくみの根幹として、細胞が自発的に自らを制御し ながら動く自律的な過程が存在することを実証したと言えます(図 3)。
一方で、この数理モデルでは、先端細胞の動きを完全には再現できないこ とも分かってきました。そこで、数理モデルの中に先端細胞と後続の茎細胞 との距離が離れると先端細胞の動きが遅くなる、という新たな規則を追加し たところ、実験結果とシミュレーション結果の乖離が改善されました。最終 的に、数理モデルに新たに組み込んだしくみが、実際の生物現象としてあり 得るのかを実験的に確かめました。ゼブラフィッシュ胚※9 の血管新生の際に、 レーザー焼灼手法※10 を使って人工的に先端細胞と後続の茎細胞との距離を 広げる操作をすると、先端細胞の前向きの動きが生じなくなることがわかり ました。つまり、数理モデルで予測したしくみが生体内で実際に生じている ことが示されました。これらの結果から、先端細胞の動きには、自発的に生 じる細胞の確率的な挙動に加えて、後続の茎細胞との相互作用により厳密に 制御されている新たなしくみが関わっていることが解明されました(図 3)。 先端細胞が後続の茎細胞と十分に接していることが、先端細胞が前向きに動 くために重要な因子であると考えられます。
以上、本研究によって、血管の伸長を担う複雑な多細胞運動を制御するし くみとして、細胞が自発的に自らを制御して自律的に動く過程と、隣接した 細胞から適宜影響を受けて協調的に動く過程がうまく共存することで、全体 の動きが巧みに統制されていることを、世界に先駆けて明らかにすることに 成功しました。生物に存在するさまざまな多細胞運動現象では、それを構成 する個々の細胞の自律的なふるまいが、細胞同士のコミュニケーションによ って巧みに調整されることで、全体としての調和が成立していると想定され ます。本研究の結果は、このような生物に存在する根本的なしくみを、生物 学と数理モデル・コンピュータシミュレーションを融合させた先端的研究手 法を使うことで、形態形成運動の視点から実証したものです。本研究は今後、 血管の形態形成のみならずさまざまな形態形成の場における多細胞運動のし くみの理解に、さらに、生物の成立ちの根本的なしくみを理解するために広く貢献することが期待されます。
用語解説
※1 血管新生
血管が新しくつくられる様式。既に存在する血管から伸び出るように血管 が増生する。個体がつくられる発生時期とともに、発生後も炎症、虚血性 心臓病、腫瘍などさまざまな病態で生じ重要な治療標的とも考えられてい る。
※2 血管内皮細胞
血管の内腔の一面を覆っている、血管を構成する主要な細胞の一つ。この 細胞のみで血管の構造をつくることができる。
※3 数理モデル
現実の世界のさまざまな現象を、その本質的な理解のために方程式などで 数学的に記述したもの。
※4 先端細胞
新生される血管の先端に位置する細胞のこと。他の細胞とは違う特徴的な 細胞形状を示し、これまでは特別な細胞であろうと想定されていた(図 2)。
※5 茎細胞
血管新生の際において、先端細胞に続いて存在する血管内皮細胞のこと (図 2)。
※6 VEGF
血管内皮細胞増殖因子 Vascular endothelial growth factor。主要な血管新生 の促進因子の一つ。細胞増殖、遊走、分化、そして血管の透過性などを促 進する。
※7 エージェント・ベースドモデル
コンピュータによるモデルの一つ。自律的なエージェント(ここでは血管 内皮細胞)のふるまいやエージェント同士の相互作用が、システム全体に 与える影響を試験するモデル。
※8 連続モデル
エージェント・ベースドモデルなどのように、連続している情報を時間な どで区切って扱うモデル(離散モデル)に対して、微分方程式のように連 続した情報として扱うモデル。
※9 ゼブラフィッシュ胚
胚発生期において透明度がかなり高いため、生命現象(特に発生現象)を 可視化して観察する良い対象となっている。
※10 レーザー焼灼法
レーザー光を組織に照射し、その熱作用により組織を変性させる(焼く) 手法。さまざまな医療の場で治療に応用されてきている。ここでは、後続 細胞をレーザー焼灼することで細胞死を誘導した