この時価総額の相対的比較を見てもらいたい。米国株式市場は突出しているが米国だけが異常な成長をしたのではない。
この原因は何か?1985年プラザ合意*以降の日本の財務官僚指導による成長忌避政策である。
日本という国は不思議な官僚のいる国で、国際的合意は憲法や国民の利益以上に大切だと考えている。なぜか、もちろん最初は日米安保条約があったためだ。しかしやがて国辱も、こう考えることが彼らの権益拡大に都合がいいと気づいたからだ。役所の小さな利害が国益を毀損しているのである。
戦後の日本には元首の権威を犯してはならないという重しが政府の活動基準にない。天皇は元首ではない。外交上の格式は元首並でも、国内法は権限はおろか権威までも、国民の総意に還元死させ、元首が直に国民に対し号令する(あるいは不快を表面する)自由を規定していない。それゆえに国民や官僚が天皇陛下の事績や肖像に対して致す行為に不敬罪がない。諸外国が驚くことに気づくべきことだ。
日本はたとえ肖像に火をつけて踏み付けにしようとも官僚がその行為に公然と予算をつける国。反対に226のようなクーデター事件が起きても天皇陛下自ら誅することができない不具の国=弱い国である。
このような官僚の外国勢力の権威や圧力を利用した我田引水(水=権限権力と金の配分)の勝手が可能となっている。百歩譲って、それがいかにも合理的な国際合意であっても、国威を継続的に衰えさせて、国際的な独立の地位、元首の権威を汚す合意を法制し予算をつけるのは官僚の利益相反を超えて叛逆行為である。
最近ジム・ロジャーズは「日本は、国際社会でロシアより信用されている」と思う人は多いだろう。しかし、必ずしもそうとは言い切れない。世界各国の10年国債利回りを比較すれば一目瞭然だ。アメリカ、ドイツ、イギリスなどの先進国では利回りが上昇しているなか、日本だけがずっと横ばいで推移している。これは、日本に対する信頼が徐々に低下していることの表れといえないだろうか。」盗人猛々しいとはこういう輩だ。日本の低金利で儲けているのはジム・ロジャーズのビジネスそのものだ。たびたび日本にやってきては、緩和する金融をやめて金利を上げろと言っている。アベノミクスが中途半端に終わったのも財政均衡という財務省の宗教的宿願(財務真理教)が本格的回復を消費増税で阻んだためだ。ジム・ロジャーズの話は簡単にいうと、円はもう終わりだから、ドルを持てと言っている。その円は誰がドルで買うののかといえば、間接的にジムのファンドが買うのだ。外貨準備高がバカ高く積み上がった日本に外為特会のドルは絶対に売らせない。さらに積み上げさせる。そのことが財務省の天下りにも米国のドル防衛にも役立つ。この構図は売国であり典型的叛逆行為なのだ。
経済だけではない。皇統もまた継続して汚されている。
少なくとも現在の憲法では天皇の地位は国民の総意に基づくのだから男系天皇の血脈の消滅をいつどのように総意で決めたのだろうかと思う。秋篠宮皇嗣殿下から先はもはや日本の宗家とは言えない。
C. Fred Bergsten (born April 23, 1941) is an American economist, author, think tank entrepreneur, and policy adviser. He has served as assistant for international economic affairs to Henry Kissinger within the National Security Council and as assistant secretary for international affairs at the U.S. Department of the Treasury. He was the founding director of the Peterson Institute for International Economics, until 2006 the Institute for International Economics, which he established in 1981 and led through 2012. In addition to his academic work, he has been an influential public commentator and advisor to the American and global economic policy community, writing for influential periodicals such as Foreign Affairs magazine and by writing numerous books.
American economist
C. Fred Bergsten
Education and career
Bergsten received a BA from Central Methodist University, during which time he was valedictorian of his class and a championship debater, and then earned MA, MALD, and PhD degrees from The Fletcher School of Law and Diplomacy at Tufts University. He was a senior fellow at the Council on Foreign Relations from 1967 to 1968. In 1969 he became assistant for international economic affairs to Henry Kissinger at the National Security Council where he coordinated US foreign economic policy until 1971. From 1972 to 1976 he was a senior fellow at the Brookings Institution.
From 1977 to 1981 he served at the U.S. Treasury Department as Assistant Secretary for International Affairs during the Carter administration. He functioned as well as Under Secretary for Monetary Affairs, during 1980–81, representing the United States on the G-5 Finance Ministers' deputies and in preparing G-7 summits.
Bergsten was a senior fellow at the Carnegie Endowment for International Peace during 1981. In that same year he founded a Washington-based think-tank, the Institute for International Economics. He was director of that now renamed organization through 2012 and is now its director emeritus and a senior fellow. He has authored 41 books on a wide variety of global economic topics, most recently The International Economic Position of the United States and China's Rise: Challenges And Opportunities.
In 1991, he was elected chairman of the Competitiveness Policy Council, created by the Congress, and led the council for several years with distinction. During his tenure, the council issued a series of reports on US competitiveness to the President and the Congress. From 1992 through 1995, he was also chairman of the Eminent Persons Group of the Asia Pacific Economic Cooperation (APEC) forum, whose recommendations for achieving "free and open trade and investment in the region" by 2020 were agreed by the leaders of the member economies and are now being implemented through the TransPacific Partnership.
In 2001, he co-founded the Center for Global Development along with Edward W. Scott, Jr. and Nancy Birdsall. He is now a member of the President's Advisory Committee on Trade Policy and Negotiations (ACTPN), a member of the Advisory Committee to the Export-Import Bank of the United States and co-chairman of the Private Sector Advisory Group to the Trade Policy Forum composed of the trade ministers of India and the United States. His career is described and analyzed in C. Fred Bergsten and The World Economy, a book of essays on his contributions to a wide range of global economic issues published by the Peterson Institute for International Economics in 2007 and edited by former Senior Fellow Michael Mussa.
Honors
National Foreign Trade Council (NFTC) World Trade Award, 2013;
Royal Order of the Polar Star from the Government of Sweden, 2013;
Distinguished Alumni Leadership Award, Fletcher School, 2010;
Global Advisor to the President of the Republic of Korea, 2009;
Distinguished Service Award for International Statesmanship, International Relations Council, Kansas City, MO, 2009;
Honorary Fellow, Chinese Academy of Social Sciences, 1997;
Doctor of Humane Letters, Central Methodist University, 1994;
Legion d'Honneur, Government of France, 1987;
Exceptional Service Award, Department of Treasury, 1980;
Distinguished Alumnus Award, Central Methodist University, 1975;
Meritorious Honor Award, Department of State, 1965(たった24才で国務省の功労賞?)
1965年、国務省より功労賞を受賞
1975 年、セントラル・メソディスト大学、特別同窓会賞。
1980年、財務省より特別功労賞。
レジオンドヌール勲章、フランス政府、1987年
1994年、セントラル・メソジスト大学より人文科学博士号を授与。
中国社会科学院名誉研究員(1997年)。
2009年、ミズーリ州カンザスシティの国際関係評議会から国際政治家としての特別功労賞を受賞。
2009年、韓国大統領グローバルアドバイザー。
2010年フレッチャースクール特別同窓会リーダーシップ賞受賞。
スウェーデン政府より北極星王室勲章(2013年)。
2013年、全米対外貿易評議会(NFTC)世界貿易賞。
名誉
2001年、エドワード・W・スコット・ジュニア、ナンシー・バーサルとともに、グローバル開発センターを共同設立。現在は、大統領の貿易政策・交渉に関する諮問委員会(ACTPN)のメンバー、米国輸出入銀行の諮問委員会メンバー、インドと米国の貿易大臣からなる貿易政策フォーラムの民間セクター諮問グループの共同議長も務めている。彼の経歴は、ピーターソン国際経済研究所が2007年に出版し、元シニアフェローのマイケル・ムッサが編集した、世界経済のさまざまな問題に対する彼の貢献についてのエッセイ集『C. Fred Bergsten and The World Economy』で紹介・分析されている。
1991年、米国議会が創設した競争力政策会議の議長に選出され、数年にわたり同会議を立派に率いた。在任中、同審議会は米国の競争力に関する一連の報告書を大統領と議会に提出した。1992年から1995年にかけては、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の有識者会議の議長も務め、2020年までに「域内の自由で開かれた貿易・投資」を実現するための提言が加盟国首脳の合意を得て、現在、環太平洋パートナーシップを通じて実施されているところである。
1981年、カーネギー国際平和財団の上級研究員。同年、ワシントンにシンクタンクInstitute for International Economicsを設立。2012年まで研究所長を務め、現在は研究所名誉所長兼シニアフェロー。世界経済のさまざまなテーマについて41冊の本を執筆しており、最近では「The International Economic Position of the United States」「China's Rise: Challenges And Opportunities」などがある。
1977年から1981年まで、カーター政権下で米財務省の国際問題担当次官補を務める。1980年から81年にかけては金融担当次官として、米国を代表してG5財務大臣代理やG7サミットの準備に携わった。
セントラル・メソジスト大学で学士号を取得。この間、クラスの総代とディベート大会で優勝した。1967年から1968年まで外交問題評議会の上級研究員を務めた。1969年、国家安全保障会議のヘンリー・キッシンジャーの国際経済担当補佐官に就任し、1971年まで米国の対外経済政策を調整した。1972年から1976年までブルッキングス研究所のシニアフェローを務めた。
学歴・職歴
C.フレッド・バーグステン
アメリカの経済学者
C.Fred Bergsten(1941年4月23日生まれ)は、アメリカの経済学者、作家、シンクタンク起業家、政策顧問である。国家安全保障会議においてヘンリー・キッシンジャーの国際経済担当補佐官、米国財務省において国際問題担当次官補を歴任。1981年に設立され、2012年まで率いたピーターソン国際経済研究所の創設ディレクターを2006年まで務めた。学術的な活動に加え、フォーリン・アフェアーズ誌などの影響力のある定期刊行物への寄稿や、多数の著書の執筆によって、アメリカや世界の経済政策界に影響力のある論客やアドバイザーとして活躍してきた。