プレジデントの記事にしては頭よさそうにまとめていると思ったら、茂木健一郎が書いた埋め記事だった。彼も仕事に困っているのかな。茂木健一郎でもこの程度しか見ることができないのが日本人のキリスト教社会認識。日本人茂木健一郎には親子丼が悪魔的においしいという意味の奥に潜む旧約聖書の掟をかすっているという感性が理解できないのだろう。規律の厳しいユダヤ共同体のなかでは、チーズバーガーは売っていない。それは旧約聖書に母山羊の乳で煮た仔山羊肉を食べてはいけないという禁忌があるからだ。悪魔的=反聖書的という意味で親子とんぶりという連想が潜んでいるということに茂木健一郎ほどの知性があれば気づくべきだったかもしれない。でも日本人の一神教社会の理解度はその程度なのだ。
イギリス人を魅了する日本食の強さとは?
久しぶりにロンドンに行ったら、日本食が大変なことになっていた。
街のあちらこちらに日本食を提供するレストランや店があって、しかもその「引き」が凄いことになっていたのである。
たとえば、私がケンブリッジ大学に留学していた20年くらい前に何度か訪れた日本料理店「ワガママ」の店舗数が増えていた。
日本人にとってはちょっとドキリとする店名だが、イギリス人はクールに感じていたようだ。
街のあちらこちらに「ワガママ」がある。ある店舗に入ると、ほとんどの客はイギリス人だった。ラーメンや餃子、焼きそばといったメニューを、みんな美味しそうに食べている。箸の使い方も器用だ。
これも、私が留学していた頃に時々行っていた回転寿司屋さん、「ヨー! スシ」もあちらこちらに増えていた。
店内には謎の日本語が貼られ、マグロやエビ、サーモンといったおなじみのネタに加えて、見たことがないような不思議なネタが目の前を回っていく。
寿司だけでなくて、いろいろな料理が注文できた。「カツカレー」や「とんこつラーメン」もあった。
周囲を見ると、日本人はお客さんにも店員さんにも1人もいない。不思議な空間に寿司が回り、時折、謎の日本語のアナウンスが流れている。どうやら、イギリス人は、そのような風景を魅力的だと感じているらしい。
カツカレーが美味しいものだという認識はイギリス中に広がっているようで、「カツカレーがいかに美味か!」と褒め称えている記事を見かけた。それだけでなく、「親子丼は悪魔的に美味しい!」と書いてある文章も読んだ。
街を歩くとテークアウトで寿司を提供している店が無数にある。「ベントー」(弁当)も完全に英語として通用していて、色とりどりのおかずが入った「ベントー」があちらこちらで売られていた。「マッチャ」(抹茶)がフレーバーとして人気で、抹茶ラテや抹茶アイスクリームの店が至るところにある。
日本の人口が減少し、今後も経済は停滞という悲観的な見通しが広がる中、海外での日本文化の影響力は明らかに強まっている。日本食の浸透は、その1つの表れだろう。
イギリスだけではない。アメリカでも、他の国々でも、日本食に人々の熱い注目が集まっているのを見聞きする。
大切なのは、海外の日本食ブームが示している日本の「強さ」は何かを見極めることだろう。
それは、端的に言えば、さまざまな影響、要素を混ぜて、調和させる力。
ラーメンにせよ、カツカレー、親子丼にせよ、純粋に日本的なものと言うよりは、海外からの影響をうまくブレンドして調和した「かたち」にしている。そのような折衷主義が、グローバル化する世界における1つの模範、先取りになっている。
寿司も、日本生まれだが、さまざまな巻物、アレンジに見られるように、実は応用の自由度が大きい。どんなブレンドも受け入れてしまうところに、寿司という「フォーマット」の可能性がある。
形式にこだわらずに、柔軟に吸収、ブレンドして創造する自由。ここに、日本の可能性の中心がある。
日本食の強さが、日本のこれからの発展につながるためには、私たちは、自分たちが得意なことを見極める必要があるのだろう。
(写真=AFLO)
ということ。深読み?そんこつはなか。