普通はそうでしょう。
これも共同幻想装置なんです。洗脳ではないが、大学に入学したばかりの学生の心は半分晴れやかで、半分憂鬱なんです。本当はもっといい大学を受験したかったと思うこともあったでしょう。半分の気持ちはこの学校と友達に期待する新しい世界とその先の就職など不安はあるが、とりあえずこの時間を楽しもう、次の準備期間にしよう。そういう気持ちで心の中が整理できません。その気持ちを一つの器に入れてくれる。それが寮歌なんです。
都ぞ弥生を歌う際に前口上
吾等(われら)が三年(みとせ)を契る絢爛のその饗宴(うたげ)は、げに過ぎ易し。
然れども見ずや穹北に瞬く星斗(せいと)永久(とわ)に曇りなく、
雲とまがふ万朶(ばんだ)の桜花久遠(くおん)に萎えざるを。
寮友(ともどち)よ徒らに明日の運命(さだめ)を歎(なげ)かんよりは楡林(ゆりん)に篝火(かがりび)を焚きて、
去りては再び帰らざる若き日の感激を謳歌(うた)はん。
この後に、「明治45年度寮歌、横山芳介君作歌・赤木顕次君作曲、都ぞ弥生、アインス、ツバイ、ドライ」と続け、歌に入る(「アインス、ツバイ、ドライ」は、ドイツ語で「一、二、三」の意)。北海道大学の寮歌の前口上では、先輩に敬意を表して作詞者、作曲者の名前を君付けで紹介する。
何年経っても世代を超えて寮歌が歌えるのは素晴らしいが、若き日に自分のやっていたこと心の内を振り返ることも必要だろうと思う。