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「でにをは」別口入力・三属性の変換による日本語入力 - ペンタクラスタキーボードのコンセプト解説

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名詞と非名詞の境界が曖昧な例

2017-03-19 | にほんごトピック
英語の「walk」には散歩という名詞の意味と歩くという動詞の意味があるように異なる品詞間をまたぐ連続性というものはどの言語にもよくみられることです。
日本語においても動詞の連用形が名詞化して転成名詞となる例(遊び・泳ぎ・ひらめきなど)をはじめ名詞と非名詞の性質の横断的なケースもよくみられますが、これは動詞側から変化バリエーションとして名詞に至ったとするよりむしろ名詞側に「する」をつけて動詞化したり、「ぽい」をつけて形容詞化したりするなど容易に派生手段の用意されていると捉える方が実態的であり名詞というものが語性のゆらぎを本来的にもっているものだと理解することができます。
これは名詞(体言)が自立語でありそのままで何らかの概念、実質をもってはいますが文の他成分との叙述・修飾関係に依って立つことを常としているためそれをとりこんでいっているうちに名詞自体が変化性向を裡に持っているとも換言できるからです。
まるで名詞というものが意思をもって「俺はただの名詞じゃないぞ、用言にもなるんだぞ…と一筋縄ではいかせぬような胸中のあるごとくをうかがわせているかのようです。
…とすこし悪乗りしてしまったところでここにかなり有名な形容動詞用法の分類問題をあげてみます。

(例):A.この街はとても平和だ。
   B.子供たちに求められているのは平和だ。

「平和」という言葉、名詞ととるか形容動詞ととるか…分かりやすいのはAの文の「とても」で修飾することができる「平和」、この平和は形容動詞です。なのでこの「だ」は形容動詞の活用語尾の「だ」ですね。
そしてBの求められている方は「平和だ」、この平和は名詞です。この場合は平和=「求められているの」であり叙述関係[何は何だ]が等価で同じものをあらわしています。文法的には平和(名詞)に+だ(コピュラ辞)のついた一種の名詞述語文の一例です。前項の「とても平和だ」の場合は[何はどんなだ]の関係となっており主語そのものではなくて主語のもつ属性や性質などをあらわしています。

この形容動詞というものは上記の例のように名詞述語文のときに名詞+「だ」の形に分けられるものもあれば、形容動詞文の「平和だ」のように「だ」の活用語尾まで含めて一語とする場合も一方であることから看過できない齟齬が生じます。どちらも似たような構造なのに「だ」を切り離したりかたや語幹の独立性が高いのに一体のものとして扱うなど整合性に欠けることから見解が分かれて論争もおこっており形容動詞そのものを認めない立場もあります。
いずれにしても形容動詞語幹は漢語系の語句でとくに独立性が高く名詞あるいはそれに準ずるはたらきもあるにはあるのですが、そもそも名詞自体に個別具体物・概念をあらわす"純名詞"と、叙述機能を備え性状などをあらわす"機能性名詞"(どちらも便宜的に書いたもので正式な用語または用語の使われ方ではありません)とに分かれるという考え方に立脚すれば今よりも"機能性"の部分を説明できるより包括的な立場が必要であるか"機能性"の部分をもう少し掘り起こして発展的に解釈を加えていく体系が望まれているかと思います。

そこへきて最近知った興味深い説として村木新次郎先生の唱える「第三形容詞」という考え方をとりあげてみたいのでかいつまんで紹介したいと思います。

<第三形容詞の説明>
[ひつじ書房:日本語の品詞体系とその周辺]によればいわゆるイ形容詞(第一形容詞)、ナ形容詞(第二形容詞)に次いで新たに「第三形容詞」というカテゴリを設定する説が提唱されています。従来は名詞と考えられていた種々の言葉の解釈を再検討した結果(広義の)形容詞相当の機能を有すると定義されたもので、ひとつの疑問点から出発したものです。提唱者の村木新次郎先生曰く、

日本語の文法において、一般に、「XのN(=名詞)」という構造の中にあらわれる単語Xは、名詞と理解され、「Xの」は名詞の連体修飾形としてあつかわれるのが普通である。しかし、この構造にあらわれるすべてのXがはたして名詞といえるのかどうかという疑問が本章の出発点である。

とあります。「丸腰」「孤高」といった言葉が、果たして名詞なのでしょうか。「X」には少なくとも二種類の異なる文法的性質を有する語群が認められ、一方はたしかに名詞であるが、他方は名詞よりはむしろ形容詞として位置付けられてよいという提案がここではなされています。
「-の」の形には関係規定と属性規定があり、「コンピュータの判断」というときには関係規定、「独自の判断」というときには性質を記述して属性を付加しているので属性規定となり、関係規定は二単語間の格助詞のつながりに、属性規定は属性叙述表現でありむしろ形容詞的な機能をもちます。おなじ「の」のつながりであっても統語論的には大きな違いがみられるのです。

ここで俯瞰的な観点から今一度[第一・第二・第三形容詞の各用法の語形]について本書から要旨を紐解いてきます。
規定用法をA、述語用法をB、修飾用法をCとすると第一形容詞・第二形容詞・第三形容詞のさまざまな用法は以下のように整理されます。
例として「すばらしい」「優秀な」「抜群の」をとりあげつつ示していきます。

第一形容詞(すばらしい);Aすばらし-い Bすばらし-い Cすばらし-く
第二形容詞(優秀な);A優秀-な B優秀-だ C(優秀-に)
第三形容詞(抜群の);A抜群-の B抜群-だ C抜群-に

例示した単語の「すばらし-」「優秀-」「抜群-」の部分、すなわち各用法で変化しない部分が語幹であり、第一形容詞における「-い」「-く」、第二形容詞における「-な」「-だ」「-に」、第三形容詞における「-の」「-だ」「-に」の部分、すなわち各用法で変化する部分が語尾であります。
ここで重要なのは、「抜群-の」は名詞における曲用ではなく、形容詞における活用なのである。すなわち、この「-の」は名詞の格語尾ではなく、形容詞の活用語尾なのである。--と記述されている点であります。
曲用とは聞きなれない言葉ですが、「名詞(と代名詞と形容詞と冠詞)が「性」・「数」・「格」によって形を変えていくことである。」とされています。この場合の「の」や「に」が格助詞としてはたらくとする場合・見方もあるということです。
しかしここでは「抜群-の」の「の」が曲用ではなく形容動詞の活用語尾「-な」などとおなじく活用語尾であるとして明確な違いを述べています。活用と曲用とは対をなす言葉で対照的ですし、「-の」まで含んでの語形であるか「の」は格助詞だとして分離して考えるのかは大きな違いです。

ここまでの説明を通して先生の力説するところは、品詞の分類においては形式主義にとらわれず統語論的な機能特性をもって判断すべきだということを重ねて強調しておられるということです。
論旨も明快で目からうろこが落ちるようですが、ペンタクラスタキーボードの三属性変換の分類方針にも少なからず影響を受けそうな議論でありますしまた相性も良い文法理論かと思います。


以上、名詞はシンプルなようでなかなか奥が深いなと感じさせられたテーマでした。第三形容詞についてはさらに突っ込んだ考察をのちのち発信していきたいと思います。


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