皆さん、こんばんは。
パンとお菓子の教室 「プチ・ラパン」のラパンです。
いつの間にか季節も移ろい、先日まで真夏のような暑さが嘘のように、澄んだ秋の空が綺麗な所沢でした。
皆さまにおかれましては体調を崩されたりしていませんか?
皆さんの大切な方々もお元気でいらっしゃいますか?
ずっと更新がなくご心配お掛けいたしました。
時々心配して覗いて下さった方々に感謝申し上げます。
入院中だった主人の父が7月末に他界いたしました。
新型コロナが流行り出しお見舞いに行く事も出来ずずっと気にかけていました。
体調も少しずつ良くなったと聞いていたので少し安心していたのですが
余りにも突然の訃報でした。
自分も色々と思い出してしまった事や疲れや色んなストレスでまた少し鬱状態になってしまい
妹のところでのんびりさせてもらってきました。(ひたすら眠っていました)
ようやく自分の気持ちと体調も少し落ち着いてきたので
自分の気持ちの整理の為に思いを綴りたいと思います・・・
年末倒れたと連絡があったときはインフルエンザの感染予防から面会が出来なかったのですが、
その後もこんな状況で私は一度も顔を見る事が出来ないままでした。
意識が戻ってから言葉が発せなくても、
「どうして会いに来てくれないのなだろう」と寂しい思いをずっとしていたらと思うと、とても切なくて・・・
ちょうどその後くらいに感染者が物凄い事になりました。
私にはまるでお父さんがそれをわかっていて少しでも安心な八戸に呼び寄せてくれたように思いました。
ずっとガンで入院中だった私の父が旅たったのは4月初め、全てを終えてギリギリ息子の入園式に間に合いました。
その頃も妹と「息子達のために合わせてくれたのかなぁ」と言っていました。
主人の父にはとうとうお見舞いに行けなかったけれど、救いは家に帰ってきたお父さんは私の父とは違って
全く痩せ細ってはいなくて、とても穏やかな顔していて・・・
本当にただ眠っているようでした。
主人の父は、昔は自分の子供達にもお母さんにもとても厳しく怖いくらいだったそうですが
結婚してからは(そんな事嘘じゃないの?)と思うくらい私の質問には気さくに話してくれ、
いつも気にかけて下さって、孫が生まれてからも本当に優しいおじいちゃんでした。
夏の間は避暑を兼ねて子供達とずっと一緒に暮らしたり、息子が入院した時も付き添いに来てくれたりした事もありましたっけ。
娘が小さい頃海に連れて行って、娘が流されたサンダルを追いかけてジャブジャブ海に入って行った時には
「慌てて連れ戻して、本当に肝を冷やした!」と教えてくれた事もありました。(二人共何事も無くて本当に良かった)
私にも色んな思い出が沢山あって、今思い出しても涙が溢れます。
朝は決まってパン食なので、私が作ったパンを「美味しい美味しい!これは最高だなぁ!!」がお父さんの口癖でした。
いつも笑顔で言ってくれるお父さんの笑顔が嬉しくて。
手作りのパンやお菓子をとても喜んでくれました。
私の両親は亡くなっていましたので代わりに喜んで食べてもらえるのが本当に本当に嬉しくて。
毎日沢山のお野菜を食べていたせいか、肌はつやつやで年齢よりは若く見えていました。
電話で話すのは苦手らしくて、せっかくお誕生日に電話をしてもありがとうの後は恥ずかしいのか
すぐお母さんに変わってしまうお父さんでした。
以前はお酒やパチンコも酷くて、いつもお母さんに「昔は酷かったんだ」と耳にタコが出来るくらい色んな事を聞かされ続けましたが
私は、今が心が入れ替わって良ければそれで良いのではないかな?と思ったりもしました。
今頃は向こうの世界で、私の両親や兄、愛犬の太郎と妹のご主人達と賑やかに私達の話をしているでしょうか。
今回は弟のH君とあひるちゃんの愛犬柴犬のむぎ君(本名はこむぎ君)に本当に癒してもらいました。
タロはむぎ君を真っ黒にした感じのワンコでした。
タロが側に居てくれたみたいで私の悲しみはとても軽減され、むぎ君に緩和ケアされたようでした。
むぎ君、あひるちゃん、本当にありがとう☘
遺影は私が選びました。
私達家族と並んで撮ったとても良い笑顔の写真です。
みんなに「今にも話しかけてきそうな良い写真だ。」と言ってもらい、お役に立てて良かったと思いました。
写真は本当に宝物ですね。
私達が送った子供が小さい時に一緒にとった写真や思い出の写真を本当に懐かしくお母さんや子供達と見てきました。
最近はパソコンに保存するだけで印刷をすると言う事がなくなったのですが、お気に入りはやっぱり写真として
手元にあるのが良いのでしょうね。
昔は苦労したけれど出来ることはしてきたからと言う気丈なお母さん。
私の子供達は赤ちゃんの時から優しいおじいちゃんが大好きでした。
子供達が可愛すぎて、運転していても後ろをよく振り向いて名前を呼ぶので
それはさすがに危なくて注意しましたが(笑)
主人や H 君も口にはしませんが辛く悲しかったことでしょう。
息子が生まれてからはお株を取られてしまった娘もおじいちゃんが大好きでした。
息子は小さい頃から一緒に将棋や囲碁を教えてもらって帰る度にしていましたっけ。
田舎に帰ってからは庭木が大きくなったので剪定の仕方を教えてもらって一緒にしたりしていたようです。
本当におじいちゃんが大好きだった息子の気持ちを思うとそれも辛いです。
会えないのに毎日病院に通ってくれてどんなに辛かったことでしょう。
両親や兄の病院に毎日通っていた頃の自分を思い出し、あの頃は心身共に本当に辛かったです。
息子は本当によくやってくれたと思います。
本当にありがとう。
息子が生まれた年に出来た自宅に植えた木々達は随分立派になりました。
隣の土地の私のお友達の木も物凄く立派な大木になっていました。
いつかこの土地でお教室兼お店が出来たらなぁと思いながら何年。
以前からお父さんは運動もしないしとお母さんがこぼしているのを聞いて、少しでも運動の機会を与えてあげられたらと
ピラティスの勉強も始めたところでしたが一度も一緒に出来ないままになってしまったのは悔やまれますが
きっとこれから自分や誰かの役に立てるはずと信じる事にします。
* 天国のお父さんへ
今まで本当にどうもありがとうございました。
これからも空から皆んなを見守り続けて下さいね。
よろしくお願いいたします。
これからもみんなの笑顔の為に頑張りますね。
思いつくままに書いた文章
最後まで読んでくださってありがとうございました☘
皆様も季節の変わり目、どうぞお身体に十分お気をつけてお過ごし下さいね。
ラパン