木工挽物という仕事

基本的には時代遅れの仕事
正反対の位置にいるブログから発信してみます
でもブログも先端じゃなくなりましたね

息子の進路

2008-10-19 23:58:49 | Weblog
息子がちょっと芸能系に行きかけたのには少し僕にも責任がないではない
小学生の時、野球・サッカー・バレーの部活をしてきた
昔と違って今の小学生は時期によって部活のかけもちは当たり前のようだ
僕は野球のみだった 冬は春夏のために足腰を鍛えて過ごす
でも息子はその時期時期でやるスポーツを変えてて中途半端だったかも
ただ子供の頃のスポーツはもしかしたらそのほうがいいのかも と思う僕でもあったわけだ
そんな息子を見てて・・・確かにまあまあの選手ではあったがエースではなかった
野球にしてもサッカーにしても・・ただバレーでは活躍度が大きかったかもしれない

そして中学に入る 小学校と同じ僕の後輩だ
強制も希望もしないつもりだったけど彼は野球部を選んだ
何ヶ月も経ってない
息子を見てて部活が楽しそうには思えなかった
まだ一年生だったが野球部をしょって立つ雰囲気がなかった
で思わず「野球部 お前のためにならんと思ったら辞めてもいいんだぞ」と言ってしまった
そうしたらすぐ辞めやがった
そのまま何もしない中学生は認めたくなかったのだが
またひとこと余分なことを言ってしまったかもしれない
NHKの「中学生日記」の出演者募集の告知を告げてみた
「募集してるみたいだが応募してみんか?」
人前で物おじしない子供だったのが息子の特徴だと思ってた
その時は素直に頷いた
それで初めて履歴書をかいて応募
思ったとおり 10倍くらいの倍率を通った
劇団行ってる子でも落ちるって後で聞かされたけど・・
そうしたらすぐ出演タイトルが決まった
いきなりの主役
息子だから僕の苗字だ (ドラマ上の)家が映ると 同名の表札が出る
正直言うとこっちまで舞い上がったかもしれない
この番組は毎回主役が変わるんで あとはたまにクラスの情景の一部にしか映らなかったけどね

高校になると途中から演劇部へ
やっぱり中学校の時の影響があったんじゃないかな
そこで現在のダンスチームのリーダーと知り合う
息子は出演者としてより演出に興味をもったようだ
やるだけやってみればいいと思った
卒業して大学進学を望まなかったからいいようにやらせてみた
でもなんで名古屋にいるのか・・
それをやるなら行くところがあるだろう
で22くらいに初めて東京へ出て行ったのだ

それらしいところで働き始めたが家賃を払って食べてゆくことがたいへんなことを痛感したようだ
二年後「でぶや」のADを最後に東京を引き払ってきた

東京へ行く前からダンスチームにはいた
帰って来てからもそこにいる
本当にやりたいのがダンスなのか?  演劇じゃないのか??
子供が出来て(生まれるのは来年) 親の所に居候まがいの毎日
それでいいのか・
さてどうすんだよぉ
 まず携帯くらい独立しろよ


コメント (12)
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