20日、ピーアイピーのフリーペーパー「TOWN NEWS Seien」が発行されました。巻頭特集『百年後のSeienたちー「深谷現創学」序論』と不定期連載『クローズアップヒストリー オールタイム深谷 第一話「市役所」』を担当しています。
全国34道県で展開する「HAPPY MEDIA 地域みっちゃく生活情報誌」の134誌目。創刊5年目を迎える
熊谷「NAOZANE」で、読者、取材対象者とも近くて、しかも無料で多くの人に届くライター業の幸福を味わわせてもらってきたので、より地元である深谷版の仕事はとにかくうれしく、なんとも楽しみに書きました。
巻頭特集は社長で編集長の植竹さんに依頼されてすぐ、次のような話をしました。
「NAOZANE」創刊号の現代熊谷に生きる(ある)直実(の関連あれこれ)は800年前の人物だからで、新札や大河で話題の100年前の偉人なので「青淵渋沢精神を引き継ぐ者たち」にします、タイトルは「理想を現実にする」という意味の造語で「深谷現想学」です。すると植竹さん、「なんだかわかんないけど、それでお願い」と進んでそのまましばらくして、編集人顔合わせの時、台割に「現創学」とあったので、そうか「現実・現代を創る」の方がよりいいな、とこちらを採用しました。もちろん、構想からもう10年になる『「深谷ねぎ」の現象学』のセルフパロディです。
冒頭にここ数年やらせてもらってる中山道ウォーキングツアーガイド(だいたいは遠く中瀬方面が見渡せる滝瀬橋の小山川土手で「埼玉三偉人を産んだ川」にちょっと惜しい(荻野吟子生家は合流点より少し下流ふだから)とジャブ付きで解説)で反応をみていた「中瀬リバプール」を、結論に9年前の産業祭での提案にモチーフとなった鹿島茂『渋沢栄一』の問いを置く構成(小見出しも同書からの孫引き)と、「現象学」でも起用の塾OB・宮島健太郎くんにイラスト(着色は弟・睦)を頼んで作業がスタートしました。
この原稿のもう一つの野望。それは深谷サイズの地方都市に移ってきた人がよく口にする、「みんなつながってる感」を描きたい、というものです。
たとえば、絶対意味わかんねえよな、と思いながら四歳児にいってる、「深谷シネマっていう映画館があって前に交くんも行ったことあるよ、竹石さんっていう人がつくったんだけど、深谷シネマがなかったら父さんと母さんは会ってないから、交くんもいないんだよ」という、当たり前なんだけど不思議な感覚、それが一つの土地の中で総体として存在している、そのかたまりを表現したいという野望でした。
で、材料集めに「現象学」誕生のきっかけをつくった市役所当時のゆめ☆たまご担当福嶋さん、盟友もやし屋飯塚くんにMessengerで「深谷の他地域・後進に影響を与えたオリジネーター」という題で協力を頼み、農業分野の情報強化に10年ほど前飯塚くんの在来大豆活動を通して知り合った増山さんに電話で話をきき、個人的なことがらの確認に何人かに会ったりして執筆開始。しかし、ヒストリーとの重複を避けようと年代順でなく分野別に書いてみたこともあって、めずらしく2回いちから書き直すことになり、結局年代順でしか書けませんでした。
それと、わかってはいましたが抜け落ちる事柄が多数。これは発注したイラストのリストと時差があるため、うちの近所の「黒胡椒せん」ほか多くがイラストのみ登場となってます。こういう網羅的な記事での取り上げではいつも悩んでいますが、筆者の不勉強ということで勘弁してもらうしかありません。
いずれにしてもまたしても締切を延ばしてもらい、当日入稿で制作の根岸さんにもご迷惑おかけしました。次号からはがんばりますと、言い続けています。
次の見開きP6~7は、編集部からのリクエストで「クローズアップヒストリー 市役所」。熊谷で重要な1945年を区切りに「戦後史」としてのに対し、深谷版ではその前も視野に入れようと少し前に流行った和製英語をタイトルにしました。
熊谷版「after 1945」は第一話が「熊谷駅」。ハコがある回は書きやすいし写真も探しやすい。ですが、やはりメインの語り手がいると俄然ディテールが生きてくることは以降の連載でわかったので、誰かと考えわたしとほぼ同世代、つまりもうすぐ卒業でずっと昭和庁舎と仕事してきた寺田さんにMessengerで朝7時半にお願いするとその日の午後に話をきかせてくれました。すぐに話が進むのは、何よりローカルワークのいいところです。
新庁舎の解説も、市民の声の拾い方もよかったのですが、書いているうちにそれこそクローズアップされたのが、以前にいっしょに飲みに行った時にきいた昭和の大アイドルの話。調べると寺田さん入庁の年に引退と知って、キャプションくらいにと思ってたのを、本文のチャプター替りになりました。
寺田さんと知り合ったのは、やはり2011年、映画『生まれる』の深谷シネマ上映に合わせて、当時よく知る編集者が起業したばかりの「きずなメール」深谷パイロット版配信の相談に、これまた福嶋さんの紹介で。10年目を迎えた現在30自治体で配信させている同メルマガを、パイロット版とはいえ全国で初めに配信してくれたのも深谷でした。
その後の寺田さんの、財政、今の協働推進と、「普通の人」の感覚を大切にした仕事ぶりとコメントは、「役人仕事」に悩む他自治体関係者の人たちと話をする時にもよく引用させてもらっています。
というわけで、他の記事も充実、わたし自身のこの10年のひとつの棚卸しともいえる創刊号は深谷のまちに。どうもありがとうございました。
10/20発行2号も巻頭、ヒストリーを担当予定。書いてる本人が楽しみですので、よろしくお願いします。
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