風の生まれる場所

海藍のような言ノ葉の世界

空や雲や海や星や月や風との語らいを
言葉へ置き換えていけたら・・・

身体合併症精神療法

2008年07月23日 19時23分44秒 | 医療
アンチスティグマ活動

一般科の医師には精神障害者に対する
偏見や誤解が高いように思われる。

それが精神障害者の
身体合併症治療の問題にも通じる。

内科的あるいは外科的疾患の治療を
一般科医師は拒否することが少なくない。
また、精神科に紹介することに抵抗を感じるために
患者が必要な精神科医療を
受ける機会を逸することもある。

今後のアンチスティグマ活動には
当事者の参画が必須である。
当事者の語る言葉は何よりも重い。

当事者が告白し、何を経験し、何を望んでいるのか。
また何が当たり前の地域での生活を送る上で
障害になっているかを話すことが
一般の理解を促進し
共感をよび、誤解、偏見を是正する効果をもたらす。

アンチスティグマ活動とは
そうした改善を指している。



経験者または経験途上にあるひとりとして
ある文献内容を記載した。

診断困難な執拗な不定愁訴を訴える患者

2008年07月23日 07時57分35秒 | 医療




ある医学会の文献を入手した。
それは本来、会員である医師しか回覧できないものなのだろう。
もちろんのこと、ここではその氏名や立場などは明かせないが、
それを目にする機会を私に与えてくださったことに、深く御礼を伝えたい。

そこにはこう記してある。
“診断困難な執拗な不定愁訴を訴える患者について、
脳脊髄液の減少を考慮する必要がある”と。
また、同じ疾患でも「急性期」と「慢性期」に移行したものでは症状なども相違する。
誤診・ドクターショッピングを繰り返すために患者は更なる負荷がかかる。
そうした悪循環から救済するためにも、誤診はあってはならない、と締めくくられている。

文献を読み終えたとき、涙がこぼれた。
この文献を私にくださった方への感謝の気持ちと、この症例である本人の苦悩、
そして、何年にもわたり予後やひとりの患者と真摯に向き合っている医師の存在を知り、
熱いものがこみ上げてきて、私は頬を濡らした。

今後、長期的な入院が必要になる場合も出てくるだろうが、
主治医と相談の上、適切な対応・決断を下していきたいと思う。

診断困難な執拗な不定愁訴を訴える患者が、医療にとって厄介者ではあってはならないのだ。
その背景には、誤診が深く関与していることを、この論文を書いた医師は訴える。




示談交渉人

2008年07月14日 11時42分11秒 | 医療




カテゴリーは“医療”としたが、実際には“社会問題”との認識が私の中にはある。
事実、そうであろう・・・と思うためだ。

先のブログで“カルテ改ざん”について触れたと思うのだが、
この時期、私は交渉人として、藁をも縋る思いで“ある行政書士”に
書面作成などを依頼していた。
が、実際には誤字脱字がひどかった。
最終的には私自身が書類作成を行ったため、その書士は必要なかったのだが。

一度だけ挨拶を兼ね面会したものの、その後はメールのやりとりのみにした。
私が移動に耐えかねる体調であったこと、依頼先が千葉の流山であったことなど、
理由はいくつか存在する。

一日もはやく示談をした方がよいですよ!!
私はその男の声が今でも耳から、脳裏から、離れることはない。
裏取引をして、
被害者へ示談を持ちかけ成功した場合の報酬が先方からどれほど提示されていたのか
それはわからない。
が、治療を必要として、事実、現在も治療通院中である私に対して、
3年も前に“示談”を強く勧めていた男を思い出して、背筋がぞっとした。
それはおばけよりも生きている人間の怖さを知ったからだ。

表の顔は被害者に寄り添う善人だ。
が、裏の顔は交通事故を商売にする交渉人、示談屋だ。
そこで利益を得るのは、保険会社とその行政書士の男だけだ。

なぜいまさらそんなことを思い出すのか?と自分でも不思議に思うのだが、
夢で繰り返し見るのだ。
それを忘れてはならない、と、夢が私を呼び覚ます。
細胞のひとつひとつまで染み渡った悔しさや苦しみを、
凶器に変えるのではなく、他者のための慈悲や慈愛へ。
それを忘れるな・・・と夢が、空が私の肩を揺さぶるのだ。

忘れない・・・・・


 


難民化する患者とその家族

2008年07月14日 09時38分46秒 | 医療



そんな話は絶対にない!!
と、私も医療に関わるまでは信じていたひとりだとまず最初に告白しておこう。

救急車の中でのたらいまわし、本人が病院と交渉、
現救急体制は受け入れ先の医師名が確認した後、ようやく発車できるというシステムだという。

電話をよこせ!!とあんな交渉術では病院だって断るのは当然だと私に凄まれた隊員、
自分の命、生死とまではいかないが、苦しんでいる者を目前にして、
のらりくらりとされたら、誰だって腹は立つ。
だって、他人事、パニックを起こし呼吸困難であり、体も動かない。
が、世間話をするか?
返答ができる状況ではないので、黙っていて欲しい・・・と伝えるのがやっとだ。
しかも、病院についてからもたらいまわし。
“担当医から指示された”となぜ言えないのだ?
立場が相違するのか、
そもそも医者や病院と救急の間にある力関係など私には知ったことじゃない。
お礼文を送付するつもりで当初いたのだが、交渉したのは私だ。
感謝はしているが、実際に“お礼文”や“挨拶”として行動に移す気力が失せてしまったのは
確かで、致し方ないと思ってしまう。

さて、タイトルにした「難民化する患者とその家族」についてなのだが、
今年10月から、脳卒中患者などに対して、病院が受け取る診療報酬が激減する事態に。
国のやり方は間違っている。
汚い。
病気や交通事故などは誰にも予想できない(危険運転は除く)ものであり、
そこにメスを入れるなど言語道断で、卑怯だと訴え、
襟首をつかんだところで何も変わらないので
自分に、自分たちにできることを勉強しようと本屋に行くことにした。

この国に生まれ、この国に税金を納め、この国で一生を過ごしてよかったと思えるか?
国籍を持っていても、この国にはたくさんの“見えない難民”がいる。





患者同盟、初診に際して

2008年07月12日 17時29分16秒 | 医療





書くのが仕事みたいなものだから・・・・・と私は笑った。
昨日の話がこんな書面になっちゃうなんて・・・と友人は目を剥き驚いてみせる。

本当は同席できればよかったんだけど・・・と私。
その日は東京にはいない。
ただし、その病院への電話連絡や診察に際する方法を聞き、
実際に予約を入れたのは私だ。
医療について、多少の知識もある。
どのように受診すれば、
私が味わったような苦い思いをせず、済むのか、避けられるのかを含め。

私から院長宛に手紙を添えた。
簡単な養育歴、症状の発症時期、要因と思われる出来事、症状、今後の希望などを記し
“初診に際する経過観察”として添付、
友人へはそこに書き漏れている箇所があるかどうかを受診日までに何度も読み返してもらう。
相違があれば、私はすみやかに変更する。
そして、できあがったものを持参させる。

お礼に洋服をプレゼントする・・・というので、それでは申し訳ない・・・といいながら
ランチをご馳走してもらうことになった。
近所に美味しい酢豚を食べさせる店があり、
そこでむしゃむしゃとご飯を食べた。
旨い!!
やっぱり、食欲が出てくると、ご飯が美味しく感じる。
今まで私には“無味”だったから。

患者同盟は今の医療によって必須だ。
もちろん、患者という共通事項だけでは同盟は組めない。
それは、患者会や他疾患で苦しんでいる方々も同様だと以前話したことがある。
治療法がある、ない、
治療を受けられる金銭的余裕がある、ない、
命の長短に直結する病気、命には別状はないが、日常生活には支障がある、など
ひとことでは語りきれない内情が、医療や病気、患者には存在するからだ。





医療、身の丈という謙虚さ

2008年07月12日 10時38分22秒 | 医療



もしや?と思った。
私がすでにある機関からコピーとして渡されていた診断書や診療情報との相違、
ひとことで言えば違和感だろう。

私の感覚も鈍ってきたか・・・と最初は思っていた。
いいや、思いたかったのだ。
これ以上、医療を知ることで自分が傷つくのは御免だと思っているのだから。

が、カルテの解読を入念にしはじめた私は、やっぱり・・・と思った。
カルテが書き換えられている。
しかも、私がある人から「この病院(医者)は裏取引をやっているから、完治と書かれるぞ」と。
それは敵方であった当時の担当者が、私を見かねて流してくれた情報であり、告発であった。

当然のことながら、診療情報開示には当初、難色を示した。
院長しかいない病院で、病院は診察時間で、休診もしていない。
が、院長不在とのことで、カルテ開示ができるかどうかわからない、との返答だった。
私は急がないが、期日を指定し、それまでに連絡を欲しい旨、
もし開示できないのであれば、その理由を書面で説明責任を果たして欲しいこと、
それを郵送ではなく、私自身が病院へ取りに行くので、
その日時指定を知らせて欲しいと告げた。

通院しなくなった日に「完治」と書かれていたはずの診断書や診療情報には
その二文字がなくなっている。
そこには触れずにいる無難な内容だけにとどまり、他病院への受診指示、
その内容は一切記されていない。

ちなみに電子カルテを導入するような規模の病院ではないこと、
院長がほぼひとりで患者を診ていること、
通院期間半年に及び、危険な麻酔治療を行っているにもかかわらず、
診療情報は一枚にも及ばない。
そして、それではまずいと思ったのだろう、ワープロで「私が症状を伝えた」とする
問診や回答が記されている文書が、添付されていた。

正直、こんな診療情報などみたことがなかったので、自分の目を疑った。
診療情報を開示するにあたり、渋った病院において共通することは、
カルテの改ざんと画像の破棄、情報を出さない、または書き換えている事実だった。

二度と私が病院へ行くなど思っていなかったのだろう。
もちろん、私もあんな病院へ二度と行くなど、想像だにしていなかった。
が、多少でも冷静に当時の自分を分析して、自分になにが不利で、なにが有利になるか、
どこをどのように操作されていたなどを知る必要があると考えたため、
今回の挨拶まわりとなったのだが。

すべての情報を収集した今、医療における身の丈や堅実さ、謙虚さとは・・・・・
私の方が考えさせられる結果に、
患者として、いちひとりの人間として、医療の怖さを思い知る経験となった。




患者同盟

2008年07月11日 22時36分39秒 | 医療
学生時代の友人から連絡があった。
区内にある医療機関について、
どこを、どのように判断して
初診予約を取り付けたらよいのか?という基本的なものだった。

一見、簡単そうなことをなぜ?と感じる方もいるだろう。
が、実際はそんなに単純ではない。
しかも、診察室に入らない限り、
どのようなタイプの医師が担当するのかを確かめられないのだから。

思考力が低下している患者自身が病院を探すのは
想像以上に過酷で心身の消耗が激しい。

でも、その認識は医療機関側には
無いに等しいのが現実だ。

患者同盟だ。
知恵の共有をする。
いかによりよい医療を受けられるかの工夫がもしあるなら
つたない私などの経験でも、役立てたいと思った。




医療、言葉への敬意

2008年07月11日 09時56分05秒 | 医療



「今からカルテと画像を取りに伺いますので、ご準備お願いします」と
時間を指定し連絡をした。
それは診察で忙しい医療機関への気遣いのつもりだったのだが、
「準備はとっくにできています」と言われ、電話は切られてしまった。

ため息しか出てこない。
呆れる・・・というよりも、悲しくなってくる。

言葉の速さやトーン、そこから苛立ちがその人柄が隠しようもなくでてしまう。
医療機関に勤務しているという自覚がないのだろうが、
もうすこし“言葉への敬意”を学びなおした方がいい、と
心の中で思いながら、画像を受け取りに行ってくる。

自分を疑えないということは、狂気へつながっていく。
自分を正当化するということは、すべての問題の根源となる。

医療不信がここまで叫ばれるのがなぜか、医療者に考えて欲しいと願う方が甘いのか?




マグネット・ホスピタル

2008年07月11日 07時21分14秒 | 医療




研修医を惹きつける病院の条件とは?
勤務医の過酷な労働条件を、私たち患者は意外と知らない。
医師は悠々自適で、快適で、贅沢で、派手な生活をしていると想像してしまうが、
もちろん、そうした医師もいるだろう。
が、多くの医師は過労に耐えながら、自分の命を削りながら、仕事をしているのが現状だ。
他人の命を救うために、朝から晩まで、ときには眠れない夜を何度も過ごしながら。

そうした現状を知る機会を与えてくれたのは、前主治医であった若い脳外科医の存在だった。
と同時に、現主治医である心療内科医から“医師の現状”を知り、
医局や病院の狭間に苦しみながらも、あなたを引き受けて、
精一杯の、最善を尽くそうと努力しているのでしょう、と言われたことがあった。

通常、脳外科医では手術できない(必要としない)患者は別科に移されるのが普通だ。
が、前主治医はそうした院内の圧力にも屈せず、最後まで私を見続けた。
結果、病院側の情報漏えいが発覚した。
それと同時期に別科の医者に「医療に依存するな、医療の限界だ」と言われて、
今後、診察をしない旨を突きつけられたのだった。

が、確かに前主治医は点滴中の私のベッドまで様子を診にきたり、
日曜日の休日も点滴ができるように手配してくれた。
それは、手厚い対応だったし、それで救われてきた部分が非常に大きい。

さて、マグネット・ホスピタルという呼称は、研修制度が変わって4年、
地方の、僻地にもかかわらず、研修医が募集数よりも応募数が上回る病院がある。
そして、勤務医たちも研修医たちに責任を負わせることで(もちろん指導医はついている)
若い時期、つまり、教科書ではない“臨床現場”での経験を蓄積することで
わからないという不安を払拭させ、医者を育てるという手法をとっている。

私が4年にもわたり、医師や病院と関わらず負えない状況を経験してきた中で、
“わからない”という恐怖、それを言える勇気は、誰しもが持ち合わせていないと知った。
特に勉強ができ、エリートといわれる人たちにとって、
医師に限定することなく、“自分の知らないこと”を自覚・認知することは、
想像以上に勇気のいることで、なかなかできるものではない、と。

病院も他企業も、調整役が必要なのだろうと感じる。
今のままではなにも解決できない問題が、
新たな、多大な損失につながっていくと思えてならないからだ。
そこにはそれを味わい、苦味や苦しみを知り、“わからない”といえない人たちの苦悩も
理解した者でしか、適任ではない。

一方にとってのみ利益が生じる経済の仕組みや世の中の流れはシフトした。
共存できる道こそ、今後の、あしたの希望を誰しもがみることが可能なのだろう。







カルテ(診療情報)の取り扱い

2008年07月10日 08時22分18秒 | 医療





交通事故後、搬送された病院へ行った。
約4年ぶりに、救急搬送口ではなく、通常の入り口から中へ入り、
医事課の担当者とお会いした。

事故当時の画像が10枚近くあるとのこと、
貸し出す場合は無料、コピーは一枚600円、すべての画像のコピーを依頼し
診療情報も当然添付し、当時の画像における解読や診断も診療情報でわかり難い場合は
連絡をもらい、別途、方法を考えることでまとまった。

この病院では10年、カルテと画像を一対にして保存しているという。
私は別病院(個人医院だか)で言われたことを率直に伝えた。

「あの・・・・・私が体調が悪く、起きていられない状態のときをみている医師がいて、
家では寝たきり。
でも、病院での治療は電気治療でわずか5分でしたし、座っていることが苦痛だと訴えても
一度も聞き入れてくれず、転院せざるをえなかったのです。
“私個人として”情報開示を要求したときに、折り返しの電話連絡は院長自身からで
『あなたが突然、通院してこなかったでしょう? だから、捨てたんですよ』といわれた。
「有り得ます?」と尋ねると、
「今、お話をお伺いして、正直、自分の耳を疑っています。
そんなことが有り得るのか? 通用するのか?と」

ずさんな治療、
たとえば、喉奥の神経に直接打つ麻酔(ペインクリニックの領域)があるのだが、
倒れこむように病院へ行き、初診時も椅子に座っていられない私をみて医師は
「最低、10回の治療を受けられるなら来てください」と言った。
それでなければうちでは診ません。

不調を抱え、どうにかたどり着いた病院での仕打ち、
でも、私はすでに他院への問い合わせする、受診する体力も気力もなく、
体調も最悪だったために10回の約束”で
喉奥10cmの場所に打つ麻酔を受け続けたのだった。

痛くて怖い。
しかも、麻酔が神経に直撃すると、目は真っ赤に充血し、返答もできない。
起き上がれない。
足腰もおぼつかない状態なのに、休む場所がないとの理由で、病院を追い出され、
3回に1度は道で倒れた。
でも、病院は“そのうちよくなりますから心配ありません”と言って、
休ませることはただの一度もしてこなかった。

自分で決めたのですからね?と治療に対する念まで押されて。

約束は10回。
が、診察を訴えても聞き入れてもらえず、最終的には40回近く麻酔治療をされ、
ある日、敵側(表現は妥当ではないが)ある方から、こんな話を聞くことになったのだ。
「あの医師、一定の金額を条件にあなたが治ったと診断書を書きますよ」と
その日付まで教えてもらい、私は他院へ逃げ込むかたちとなり、その病院を後にした。

情報開示に応じないのは、そうしたずさんな対応をしてきた病院ばかりだ。
危険な治療を行っているにも関わらず、半年の間、
初診以外は診察しないとはやっぱり異常だと思える。
何の説明もない。
藁を縋る思いで、おぼつかない足で、自分の体すら支えられない状態の人間に
人間は「鞭」を打つ。

そして、その鞭の傷跡が消えかけた今、
そうした対応をした医師たちに面談を申し入れた。
慌てる者もいれば、医師が不在だとして、居留守を使う医師も。
でも、私がそれを受けざるを得なかったように、
医師たちも自分の行為と直面しなければならないのが「今」なのだろう。