トランプ氏の「掘りまくれ」政策は原油価格を抑えそうだが…(24年10月)=AP
20日に迫るトランプ次期米大統領の再登板で、原油市場が警戒するのが主要産油国イランへの制裁強化だ。政権1期目に「最大限の圧力」としてイラン産原油を締め出そうとした。
その再現となれば、2025年の原油供給は潤沢という大方の見立ては狂う。不意に相場を押し上げかねない。
世界の原油需要は25年も最大の輸入国、中国の景気減速が向かい風になる。
供給は石油輸出国機構(OPEC)などが減産に取り組むものの、米国をはじめ他の産油国が増産を続けている。
ロイター通信が昨年末にまとめたアナリストら31人による25年の北海ブレント原油先物の予想価格は、平均で1バレル74.33ドル。
24年平均の約80ドルよりさらに安い。供給過剰と弱含む相場を予想する声は強い。
番狂わせになりそうなのが、トランプ新政権の産油国への制裁だ。「イラン政策で大きな転換がある。彼らの資金や石油を制限する必要がある」。
トランプ氏が大統領補佐官(国家安全保障担当)に起用するマイク・ウォルツ氏は先月、イランに対する「最大限の圧力」の復活を米メディアに予告した。具体策は語っていない。
イランの産油量は昨年末時点で日量340万バレルと世界の3%強を占める。OPECでサウジアラビア、イラクに次ぐ。
トランプ氏は前回在任中の18年5月、米欧など6カ国がイランと結んだ核合意から一方的に離脱し、経済制裁を再開すると表明した。原油輸出を制限し、イラン経済に打撃を与えるためだ。
日本など各国に輸入をゼロにするよう迫った。供給減への懸念からこの年の10月、北海ブレントは4年ぶり高値まで上昇した。実際にイランの原油輸出は半減した。
続くバイデン米政権もイランに制裁をかけたが、抜け穴は広がっていった。米シェブロンのマイケル・ワース最高経営責任者(CEO)が「ただ仕向け地が変わっただけだ」と看破した通りだ。
イランの輸出量は回復し、今やその9割超を中国が引き受けている。日本や韓国や欧州諸国もイランから買っていた18年以前とは様変わりした。つまり新たな制裁が効くかは、中国次第だ。
米外交問題評議会のジェームズ・M・リンゼイ氏は、中国は米国の対イラン制裁を無視してきたとし「米国から顕著な見返りがない限り、従う見込みは薄い」とみる。
中国で西側諸国が手を出さない原油を安く買ってきたのは「ティーポット」と呼ばれる独立系の製油所だ。米制裁のためロシアやイランが割引販売するのを見逃さないのが常だ。
ところが、米国が最近発動した制裁がこうした取引を締め付けるとの見方が出ている。バイデン政権が今月10日に対ロ制裁強化を発表すると、原油先物相場は5カ月ぶり高値をつけた。
原油をひそかに運ぶロシアの「影の船団」を封じようとする制裁で、中国などが代替調達に動くとの観測が強まった。
影の船団や、洋上で別のタンカーに積み替える「瀬取り」を駆使するのはイランも同じだ。国際エネルギー機関(IEA)は15日「米新政権がイランの原油輸出により厳しい姿勢をとるとの思惑が強まっている」としたうえで、供給減が大きければ「在庫はすぐに低下する」と予測した。
トランプ氏は化石燃料を「掘りまくれ」と繰り返しており、米国の原油増産で吸収できるとの見方もできる。しかし個々の生産企業が収益性をみて決めることだ。すぐに供給を増やせる保証はない。
サウジなど減産中のOPEC主要国にも供給余力がある。ただし価格を下げる増産に乗り気になるかは別の問題だ。
第2次トランプ政権の陣容は親イスラエル色が際立つ。不安定な中東でイスラエルの安全保障を最優先し、敵対するイランを厳しく制する可能性は高い。特にイランの核武装は何としても阻止しようとするだろう。
当のトランプ氏は最近、中東政策をほとんど具体的に語っていない。
選挙戦中の昨年9月、イランと「ディール(取引)が必要だ」と語り、意表を突いた。圧力一辺倒でない構えをみせたようだが、真意は不明だ。
圧力と取引は二項対立ではない。制裁で追い詰めておいて譲歩を誘う可能性もある。イランで昨年7月に当選した改革派のペゼシュキアン大統領は、米欧との対話に前向きだ。経済を立て直すのに制裁解除が必要だからだ。
トランプ氏のイランとの心理戦はとっくに始まっている。この政治的な駆け引きのとばっちりが原油市場に及ぶリスクがあるのは、政権1期目と変わりない。
(編集委員 久門武史)
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