16日の東京外国為替市場で、対ドルの円相場が一時153円台をつけた。
米物価指標がインフレ鈍化を示し、ドル高圧力が低下した。市場では為替介入を指揮する神田真人財務官の手腕に改めて注目が集まる。
財務省は認めていないが、米景気指標の下振れが相次ぐタイミングで円買い介入を実施し、円安進行を止めたようにみえるからだ。2022年の攻防に続く「勝利」もみえてきた。
日本時間15日午後9時半公表の4月の米消費者物価指数(CPI)。円相場は発表前、1ドル=155円台後半を中心に推移していたが、数値の公表を受けてすぐに154円台後半まで円高が進んだ。16日の東京外国為替市場でも円高・ドル安傾向が強まり、足元では153円台をつけた。市場では投機筋の円売りポジションの縮小が続いているとの見方があった。
市場と神田財務官の「攻防」は4月下旬から始まった。
円相場は4月29日には一時約34年ぶりとなる1ドル=160円台をつけた後、為替介入とみられる円買いを受け154円台まで上昇。
その後は再び円安が進んだが、日本時間2日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後に2度目の「介入」観測が浮上し、円安進行は落ち着いた。
介入効果は大きく、投機筋の勢いは明らかにそがれている。
米商品先物取引委員会(CFTC)によると、7日時点の非商業部門(投機筋)の米ドルに対する円の売り越し幅は13万4922枚と、前週から3万3466枚縮小した。週間の縮小幅は20年3月以来、4年2カ月ぶりの水準となった。
みずほ証券の山本雅文チーフ為替ストラテジストは「どこまで円安が進行するかわからないという局面は回避できた。(為替介入は)外国為替平衡操作の役割は果たしたといえる」と話す。
4月の米CPIは前年同月比の上昇率が3.4%と、市場予想通りの結果となった。瞬間風速を示す前月比は0.3%と、市場予想を小幅に下回った。同日発表の米小売売上高も前月から横ばいと、市場予想を下回った。
5月に入ってから、米サプライマネジメント協会(ISM)の景況感指数や雇用統計など、弱い経済指標が続き、強すぎた米景気の勢いがようやく鈍化し始めたとの捉え方が出ている。
市場では利下げ期待が高まり、米長期金利の指標となる10年物国債利回りは一時4.3%台前半まで低下し、約1カ月ぶりの低水準となった。
りそなホールディングスの井口慶一シニアストラテジストは「今週最大の焦点だったCPIと小売売上高が予想を下回り、インフレが落ち着く材料を待っていた市場に安心感を与えた。
ドルの弱さを示す材料に焦点が当たりやすくなり、ドルが売られやすくなる地合いになってきた」と話す。
実際に歴史的な円安局面の主因となってきたドル高トレンドは変化しつつある。ドルの総合的な強さを示す「ドル指数」は15日、約1カ月ぶりの低水準となる104台まで低下した。
米物価統計の下振れを契機とした円高・ドル安進行、それを受けた22年10月の介入との類似点が指摘される。
大和証券の山本賢治シニアエコノミストは「22年のように弱いインフレの数字や景気不安を示すような小売りの数字が出てきたことで、金利がピークアウトして円安が進みづらくなる可能性がある」と話す。
2022年10月の介入では、直後の11月に発表された米CPIが市場予想を下回ったことがサプライズと受け止められた。
インフレ鈍化への期待が一気に高まり、利上げ幅縮小の思惑が広がった。「逆CPIショック」とも呼ばれる動きが出て、22年10月の介入では、その時の安値を超えて円相場が下落するのに1年以上を要した。
今回も米経済の弱含みが介入効果を高める追い風になる可能性がある。
もっとも、トレンドの転換を確信するにはなお時間を要するとの見方もある。大和証券の山本氏は「雰囲気は変わりつつあるが、米連邦準備理事会(FRB)がすぐに利下げできる環境が整ったとは言いがたい。
トレンドの転換を結論づけるのは時期尚早だ」とも指摘する。
あおぞら銀行の諸我晃チーフ・マーケット・ストラテジストは「今回の結果だけで米経済の減速がすぐに判断できるわけではない」とした上で「利下げ期待が高まりドル円のレンジ切り下げが徐々に進んでくる。152円が当面の下値として意識される」と話した。
過度な円安の動きには歯止めがかかった形だが、今後出てくる米経済指標の結果次第では再び円安傾向が強まる可能性もある。円安攻防は神田財務官に軍配が上がったようにみえるが、決着にはまだ時間がかかる。
(荒川信一)