フランシス・フクヤマ氏(2024年12月、スタンフォード大、写真=SHINGO MURAYAMA)
2024年が終わる。2025年はどんな年になるのだろうか。世界を見渡すといたるところにリスクがある。
日本経済新聞の取材班はこれまでの常識やルールが通じなくなった「逆転の世界」をみつめる連載を始める。世界で何が起きているのか。まずは2人の識者に聞いた。
世界で既存政治への不信感が高まり、戦後80年間の平和や経済成長を支えてきた民主主義は試練の時を迎えている。
冷戦の終結と民主主義の勝利を予見した1989年の論文「歴史の終わり?」で知られる政治学者のフランシス・フクヤマ氏が、民主主義国家の混迷の背景や新たな国際秩序の行方を語った。
関税は譲歩引き出す交渉術
米大統領にトランプ前大統領が返り咲くことは、米国の民主主義にとって非常に悪い前例になる。
トランプ氏は2020年の前回選挙で敗北を受け入れず、不正があったと主張し続けた。
・2020年、トランプのデマ:民主党バイデンのドミニオンを使った不正選挙を信じる阿呆たち
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/dc93416f22ca0b8a75dfb095fe33250d
・トランプ暗殺未遂 トランプによる自作自演のやらせ説
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/6d0dd34c0a2c408bc92f608bef749d47
民主主義制度で極めて重要となる自由な選挙に対する攻撃だった。24年の大統領選は政策の選択以上のものが問われたが、米国民は違法に職務にとどまろうとした人物を支持した。
トランプ氏復権の要因は複合的だ。まずインフレや南部の国境管理失敗による移民急増への不満がある。
民主党の失敗という側面も見逃せない。民主党は人種や性別など個人のアイデンティティーに関わる不人気な政策を手がけ、かつての主要支持層だった労働者階級が共和党支持に流れた。
自由民主主義の「自由」の部分を支える法の支配は緩やかな衰退がみられる。トランプ氏は米連邦捜査局(FBI)の次期長官にカシュ・パテル氏を指名した。パテル氏は21年の米連邦議会議事堂襲撃の調査委員会を率いた政治家やメディアなど、トランプ氏に敵対する人々を罰するべきだと公言してきた。
国家権力を使って政敵を刑務所に送り込もうとするのは民主主義の非常に脆弱な発展途上国で起こることだ。
トランプ氏の主張する関税引き上げや不法移民の国外追放がすべて実現可能とはみていない。バイデン政権が支持を失ったようなインフレの再燃をトランプ氏は望まないし、行政の能力的にも何百万人を国外に連れ出すことはできない。相手国の譲歩を引き出すための交渉戦術として利用するのだろう。
文化的不満で「幸せ」感じず
米国のみならずドイツやフランス、日本でさえも反エリート感情が高まっている。多くの労働者階級がインフレに苦しみ、経済的な不平等を感じている。
自由民主主義と市場経済の組み合わせが機能しなくなったわけではない。多くの国では新型コロナウイルス禍の一巡後に経済成長を取り戻し、雇用も増やした。世界はそれほど悪い状態ではないのに、ポピュリズムが強まっている。
不平等を是正するなら富裕層に課税し、中低所得層への医療・教育などの社会サービスを充実させればいい。だが現在は広範な社会保障制度を持つフランスでさえ右派ポピュリズムが支持を集めている。
政府や既存の組織に対し、移民や人種などの(少数派を積極的に保護する)アイデンティティーに関わる取り組みへの文化的な不信感も高まっている。SNSを含むインターネットでの言論が反体制感情を助長している面がある。人々が「幸せでない」と感じる理由は、経済よりも文化的な不満のほうが大きいのかもしれない。
中ロ、AI使い民主選挙に干渉
国際社会における米国の覇権はすでに終わった。
1989年のベルリンの壁崩壊から2008年の国際金融危機までの約20年間は政治、経済、軍事、文化とあらゆる面で米国が優位だった。
世界の権力がこれだけ一極に集まるのは不自然で、米国がその力を賢明に使えていたとも言えない。
力の分散でより多極的な世界に戻るのは良いことだ。今はブラジルやトルコ、アラブ首長国連邦(UAE)といった国々が成長して地域の重要プレーヤーになっている。
懸念はロシアと中国という2つの大きな権威主義国家が軍事力を行使し、自らが望むものを得ようとしていることだ。残念ながら20世紀にみられた光景に逆戻りしてしまった。
ロシアや中国などは人工知能(AI)を駆使して他国の民主的な選挙にも影響を及ぼそうとしている。ハンガリーやインドなど特定の国では他者に不寛容なナショナリズムも台頭している。有権者はこれを拒絶し、より開かれた政党に投票すべきだ。
韓国の「非常戒厳」騒動は、国会での行き詰まりにいら立った尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領1人によって引き起こされた危機だと考える。
弾劾訴追案は犯した過ちの大きさを示す。同氏は負けを認めて辞任すべきなのに「最後まで闘う」という。韓国のような重要な国で指導者不在の危機が数カ月間も続くことになる。
独裁体制は望まれていない
日本は東アジアの戦略的なバランスを保つうえで決定的に重要だ。米国は中国による同地域の支配を本当に抑止できるだけの軍を展開することはできず、日本の担う役割は重い。
トランプ前政権で有益だったのは日本や欧州の同盟国を脅して防衛費の増額をのませたことだ。特に日本は中国の脅威を考えれば当然のことで、軍事力を強化し続けるのは重要だ。
いま我々は「民主主義の後退期(a period of democratic backsliding)」にいる。しかし永続はしないだろう。
権力が個人や一族に集中する独裁体制は最終的に安定せず、人々はそうした社会での暮らしを望まない。最近のシリアの崩壊をみれば分かる。自由民主主義が好まれるのは相応の理由があるからだ。
(カリフォルニア州スタンフォードで、聞き手は斉藤雄太)
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
ここに書かれている通り、いま多くの先進国で多数派となっている感情の根底にあるのは、生活苦や周縁化に由来する反エリート感情なのだと思います。
「ボウズ憎けりゃ袈裟まで憎し」で、エリートたちが信奉しているもの(民主主義、DEI、ESGなどの意識高い系)を全て壊してしまいたい、というのは自然な感情だと思います。
日本の格差は欧米諸国比では相対的にはまだ小さいので混乱は小さいですが、将来はわかりません。 格差抑制と、社会に貢献していると実感できる仕事が存在することは、権利擁護の観点からのみならず、社会を安定させるために極めて重要なのだと思います。
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日経記事2024.12.31より引用