雲跳【うんちょう】

あの雲を跳び越えたなら

信州紀行~古安曽その三

2008-11-20 | 旅行
 ホクホクとリンゴを詰めた段ボールを抱え、私たちは小母様のサロンへ向かう。いや、サロンというか、なんというか、あのよくあるちょっと小洒落た型抜きの模様が入った、フリフリのブラウスの襟みたいな、そして脚の部分が妙に曲線を描いてる、そんな白いテーブルと白い椅子。それらがお庭に設置されているんだ。四人がけのが二組。
 でも、そんなサロン然とした趣きをたたえているすぐそばには農業用具がひしめきあっている納屋があるんだけども。
 そこでリンゴを入れた段ボール箱の重量を量りに載せて量った。3.5㎏だった。

「調子に乗って採りすぎるとえらいことになるぞ」と吟味しただけあって、ほぼ予定通り。

「じゃあ、1700円ねー」と、量りを確認もしないで小母様は奥のほうでコーヒーの用意をしながら言う。

 たしか六、七個くらいと、割れてるリンゴも遠慮がちに二個、(割れているといっても上のほうだけで、その他は全然問題なく食べられるのだ)これで1700円。普通にスーパーなどで買えば少々高いかも知れないが、リンゴ農園直のもぎたてで、しかもリンゴ狩りをして(一般的なリンゴ狩りの値段は結構するのだ)だから、安いほうだと思った。

「さぁどうぞー」

 見るとテーブルの上に小鉢が二つ置かれていたのでその場所に腰を下ろす。

 すぐに熱いコーヒーを持ってきてくれて「召し上がれ」「いただきます」

 小鉢には自家製の茄子の漬物、野沢菜漬、サツマイモのサラダが盛り付けられていた。これがまた、美味い。美味いが、コーヒーのお茶請けに漬物というのはこれまた初体験であった。

 そんなご相伴にあずかりながら、小母様は色々な話をしてくれた。そう、弾丸トークで。リンゴのことはもちろん、この町のことや、自給自足の生活のことなど、地域の裏話などなど・・・中でも興味深かったのは、この庭が夏にはバラ園と化すということ。なるほど、この鬱蒼と茂っているのはバラなのか、そしてこの小洒落たテーブルセットもガーデニングの一環なのか、と。
 そしてどうやら、このバラ園、実は非常に有名らしく、ガーデニングのコンクールみたいなので金賞を何度ももらっているのだとか。そういって奥に消えていった小母様はそれらが掲載されている雑誌をドカドカと持ってきて、尚且つ、バラで埋めつくされているこの庭の写真を収めたアルバム二冊を目の前に置く。
 少々押しつけがましいな、などと思ったが、悪気はないのだろう、と思いなおし、パラパラとそれらを眺め、お世辞も軽く言い添えておいた。

 そうしていると、リンゴファームのほうからおじさんが割れたリンゴを六、七個抱えて持ってきて「これも持ってきな」と段ボール箱に入れてくれた。うおぅ。

 すると小母様が「柿も入れてあげれば?」とおじさんに言い、言われたおじさんはおもむろに柿の木があるほうへ向かい、「バキボキ!」と音をさせたかと思うと十個くらいの柿を枝付きのまま持ってきて段ボール箱に入れてくれた。うおぅ。

「こんなに貰っていいんですか?」とかなり嬉しいが殊勝なふりをして訊くと「いいの、いいの」と快活に笑う小母様。静かに微笑むおじさん。

 おじさんが「これからの予定は?」と訊ねてきたのだが、いかんせん無計画にただただリンゴを求めて来ただけであったので「いや、とくに・・・」と心許ない返答をするばかり。

 するとおじさんは「それなら『無言館』に行くといいよ」と勢い込んで言い出した。なんだその綾辻行人の『館シリーズ』みたいなところは?中村青司設計か?などとつまらぬことを思いながらも話を聞いていると、そこは太平洋戦争に学徒として出陣し、帰還できなかった画学生達の遺した作品が展示されている美術館だそうだ。
 それを聞いて私は、そういえば前にテレビでそんな美術館の話をしていたのを見聞きしていたのを思い出した。幾枚かの作品が画面に映し出されて、それだけで涙が出そうになったものだ。だもんで、場所など詳しいことはまったく覚えてなかったのだが、まさかそれが今いるところの目と鼻の先だとは・・・。
 これも何かの縁だろう、「是非いってみます」と言うとおじさんは嬉しそうに笑っていた。

 小母様はというと、その勢いに乗って、さらに近場の見所を挙げ連ねていった。『中禅寺』や『前山寺三重の塔』もうちょっと奥へ行くと『別所温泉』があってその近くにある『北向観音』等々。

 正直、リンゴ農園だけの辺鄙な田舎町だと思っていたのだが、実はかなりの観光名所が点在していたのであった。まさにこれが無計画旅行の醍醐味ではなかろうか?

 ふと時計を見ると、やおらAM:10:00前。気付けば一時間余りお邪魔してしまっている。

 次なる目的地を定めた私たちは「それじゃあ、そろそろ。すいません、長居してしまって・・・」と腰を上げ暇を告げると、「あらぁ、また是非いらしてね。なんだったら連絡してもらえれば蜜の詰まった『ふじ』をお分けしてあげるからー」そう言って『S*** APPLE FARM』の、お二人の名前が記された名刺をいただいた。

 私はリンゴと柿でいっぱいになった段ボール箱を抱え、礼を述べる。妻もこれ以上ないほどに礼を述べまくる。小母様はなんだかんだと喋りつつ、さっき採ってきたばかりだという胡桃を三つほど段ボール箱に放り込む。おじさんは、すでに仕事に戻っていった。

 気付けばなにやら色んなものをいただいて、尚且つコーヒーやお茶請けまでいただいて、本当に嬉しかった。そして結果的に1700円という破格のイベントを楽しめたカタチになった。

 どうだ、これが間違いながらの無計画旅行の醍醐味ではあるまいか?

 車に乗り込み、後ろを見遣ると小母様が微笑みながら手を振っている。妻もウインドゥを開け、子供みたいに手を振り返している。

 そして車を発進させ、満足気な顔の妻に自分の正当性を誇示するが如く「間違えてよかったな」と話しかけると、妻は複雑な表情を見せながらも、それでも笑顔で「そうだね」と珍しく私を認めたのであった。

 かくして夫婦は次なる地、『前山寺』~『無言館』へと向かうのであった。



 ・・・つづく・・・


 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 初恋素描帖/豊島 ミホ | トップ | ハードボイルド・エッグ/荻原 浩 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

旅行」カテゴリの最新記事