以前も書いたことがあったかもしれないけれど、
私が「言葉はうつりかわる」と実感したのは、小学校3年生のとき。
いつも朝礼から教室に戻るときに利用していた校舎の入り口に、大きな額が掛かっていた。
文字は「おなす」。
その下を通りながら、男の子たちと「お・な・す~!」と叫ぶのが楽しかった。
ある日、クラスで一番頭がいい男の子が、「あれは、すなおって読むんだよ」と言った。
そして、横書きをむかし右から左へ書いていたことを知った。
家に帰って、大発見!とばかりに母に話したら、
当時、万葉集を学んでいた母は嬉々として、万葉仮名について語り始めた。
小学校3年生の漢字量では、とうてい追いつくことはできない。
そして、「あなたも一緒に行ってみようか」と、
万葉集の勉強会に、連れて行かれるようになった。
もちろん、私はチンプンカンプンなので、少年探偵団シリーズをずっと読んでいた。
ただ、2時間の講義の間、本さえ与えておけば静かに座っていられるという性格だったことは、
いまの私よりも忍耐力があったと、多少誇らしく思う。
何十年も経ち、いま読んでいるのは『古語の謎』(白石良夫著、中公新書)
万葉集にはじまる国学の流れがわかりやすいし、
音を記録できなかったころの大和ことばが、
文字となり、時代が下って研究の対象となったときに、
どのように変化するのかがわかって面白い。
古語は、すでに外国語に近い。
その時代の空気がわからなければ、文字は読めても、ことばはわからない、という事態に陥る。
日本語であっても。
古典の授業で、この言葉はこんな意味です、と教えられ、それをテスト用に暗記した。
でも、大和の風を想像するような機会は少なかった。
そんな悠長なことは言っていられなかったし、
なんでこんなに恋の歌ばかりなんだ!と思ったものだけど、
改めて「あいうえお」の発音が違った時代の日本語に触れるというのは、なかなか面白い。
私が「言葉はうつりかわる」と実感したのは、小学校3年生のとき。
いつも朝礼から教室に戻るときに利用していた校舎の入り口に、大きな額が掛かっていた。
文字は「おなす」。
その下を通りながら、男の子たちと「お・な・す~!」と叫ぶのが楽しかった。
ある日、クラスで一番頭がいい男の子が、「あれは、すなおって読むんだよ」と言った。
そして、横書きをむかし右から左へ書いていたことを知った。
家に帰って、大発見!とばかりに母に話したら、
当時、万葉集を学んでいた母は嬉々として、万葉仮名について語り始めた。
小学校3年生の漢字量では、とうてい追いつくことはできない。
そして、「あなたも一緒に行ってみようか」と、
万葉集の勉強会に、連れて行かれるようになった。
もちろん、私はチンプンカンプンなので、少年探偵団シリーズをずっと読んでいた。
ただ、2時間の講義の間、本さえ与えておけば静かに座っていられるという性格だったことは、
いまの私よりも忍耐力があったと、多少誇らしく思う。
何十年も経ち、いま読んでいるのは『古語の謎』(白石良夫著、中公新書)
万葉集にはじまる国学の流れがわかりやすいし、
音を記録できなかったころの大和ことばが、
文字となり、時代が下って研究の対象となったときに、
どのように変化するのかがわかって面白い。
古語は、すでに外国語に近い。
その時代の空気がわからなければ、文字は読めても、ことばはわからない、という事態に陥る。
日本語であっても。
古典の授業で、この言葉はこんな意味です、と教えられ、それをテスト用に暗記した。
でも、大和の風を想像するような機会は少なかった。
そんな悠長なことは言っていられなかったし、
なんでこんなに恋の歌ばかりなんだ!と思ったものだけど、
改めて「あいうえお」の発音が違った時代の日本語に触れるというのは、なかなか面白い。