BLOG in Atelier.Minami

ゲーム攻略、読書感想文など。

銀英伝人物評53<ドーソン>

2004年08月30日 13時55分46秒 | 銀英伝人物評
同盟軍大将で統合作戦本部次長。トリューニヒト派の軍人。かつて士官学校の教官を勤めていたことがあり、生徒からの評判は悪かった。アッテンボローも露骨に嫌っており、外伝「螺旋迷宮」では、ヤンの前で、彼の卒業と同時にドーソンも士官学校の教官から前線勤務に移ったことを嘆く場面がある。

また第一艦隊勤務時代にはダストシュートの中を調べまわり、じゃがいもが無駄に捨ててあることを発表したエピソードがあることから「じゃがいも野郎」と呼ばれる。

クブルスリーがフォークに撃たれて療養している最中は統合作戦本部長代理になり、クブルスリーが退役後に統合作戦本部長となる。後にビュコックは自分が本部長になっておけばよかったともらす。
小役人体質の男で、ラグナロック作戦により帝国軍が同盟領内に侵攻してくると、アイランズ国防委員長とビュコック司令長官が共同で対策に乗り出している中、ひとり取り残されて、自分の最低限の仕事のみを行っている。

バーミリオン会戦後、ヤンとラインハルトとの会談の中で、統合作戦本部長は収監せざるを得ないとラインハルトが言っているので、バーラトの和約後は戦犯として捕まったと思われる。

銀英伝人物評52<ルパート・ケッセルリンク>

2004年08月30日 13時40分57秒 | 銀英伝人物評
銀河英雄伝説 Vol.11ルビンスキーがかつての恋人に生ませた男。だがルビンスキーは権力の頂点を目指すためにこの恋人とわかれて大商人の娘と結婚したためルパートは私生児ということになった。

ルビンスキーの超克を志て、父と同じ政治の道に踏み込んだルパートは頭角を表し22歳の若さで補佐官に上り詰めた。ルビンスキーはルパートが実の子だということを知っていたが、彼を補佐官に取り立てたのは純粋に有能であったからだと思われる。
何気にルビンスキーは地位の世襲に興味はなかったが、肉親の情を抜きにしても彼の才能を買っていたので、もしルパートが才気煥発なだけの男であればゆくゆくは後を告げたかもしれない。

ルパートは父親の地位を狙っており、実際才能だけだったらルビンスキーを凌駕していた。だが経験の差でルビンスキーに及ばなかったと原作にある。それはともかく、自身の野望の布石として、地球教のデグスビィ司教に、フェザーンと地球教の権力の山分けを持ちかけた。これは、いくらフェザーンの権力だけ手に入れても、背後にある地球教をどうにかしないことには、ルビンスキーの先代の自治領主と同じ運命になってしまうからだ。しかしデグスビィは純粋な信仰者であったために取引は断られたため、麻薬漬けにして無理やり協力させようとしていた。

また、ルビンスキーの愛人のドミニクを自分の愛人にしたのはいいが、結局ルビンスキー暗殺の企みの共犯者だった彼女が全部ルビンスキーに喋ってしまっていた。帝国軍がフェザーンに侵攻してきたときにルビンスキーを暗殺してしまおうとしたのだが、逆に殺された。もっと先まで生き延びていたらすごい活躍しそうだっただけに残念。

銀英伝人物評51<マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ>

2004年08月30日 13時17分23秒 | 銀英伝人物評
男爵夫人だが独身。自身がヴェストパーレ男爵家の当主ということ。原作の本伝では登場していない。男勝りの性格で、悪い意味での貴族的な慣習とは無縁でいるため、周りから煙たがられる一面もある。
アンネローゼが後宮に入ったとき、他の貴族たちは仲間はずれになるのが嫌でアンネローゼには近づかなかったが、男爵夫人は堂々とアンネローゼに近づき友達付き合いをする。
以後、アンネローゼとの親交は続き、ラインハルトとキルヒアイスも何度か会うのだが、彼女はキルヒアイスが好みのようだ。もっともキルヒアイスにはいい迷惑なので、「髪が黒い女性は嫌い」とまで言わせている。

7人の芸術家の卵のパトロンで、無論彼女の愛人なのだが、一流の芸術家ではなく、卵であるというところに保護欲をそそられるらしい。ちなみにメックリンガーとも付き合いがあるが、こちらは愛人ではない。そうだったら面白いのだが。
ヒルダの母は結恨前、この男爵夫人の経営する学校で古典音楽を教えていた。その関係があってヒルダとも面識がある。

銀英伝人物評50<オスカー・フォン・ロイエンタール>

2004年08月30日 11時35分12秒 | 銀英伝人物評
全宇宙でも指折りの用兵家で、理性と知性に富んだ男。少将の時に彼の死友というべき友人のミッターマイヤーと共にラインハルトに忠誠を誓い覇業を助ける。だが、自身のプライドの高さと野心の強大さゆえに最後は叛乱を起こした。

個人的にはラインハルトの部下の中で一番好き。何が好きって死に様がかっこいいからだ。OVAの「終わりなき鎮魂歌」や、それに該当する小説の箇所も屈指の名場面だと思ってる。特にエルフリーデが夕陽を背景にロイエンタールの汗を拭くところが美しく、何度見ても飽きない。小説でこの場面の直前にロイエンタールが自分の息子に心の中で語りかけているが、これもいい。よく考えたら死ぬ場面がこんなに丁寧に書かれている人物は他にいないので印象に残るのも当然か。

エルフリーデに言った言葉、「古代の偉そうな奴が偉そうに言った言葉がある。死ぬにあたって幼い子供を託しえるような友人を持つことが叶えば、人生最上の幸福だと」これは中国の古典が出典となっているんだけど、なんだったかは忘れた。たしか西晋時代だったような。
論語には「死に逝く友から、幼い子供を託される男こそまことの君子だ」という趣意の言葉があるけど、ちょっとニュアンスが違うしなぁ(ちなみにこの言葉は秀吉から遺児を託された前田利家が読んで感動したという有名なエピソードがあるのだが)。

ロイエンタールを語る時、叛乱を起こした理由については避けてとおれまい。たいていのファンは忠誠心よりも野心が上回ったから、という見解に落ち着いている。また、ラインハルトを誰よりも理解していたがゆえに、彼の敵手となったということもよくいわれる。これらの理由についてミナミも同意見なのだが、せっかくなので詳しく分析してみよう。

ラグナロック作戦の時から、ロイエンタールは謀反を仄めかすようなきわどいセリフを何度も口にしている。特にバーミリオン会戦の最中にハイネセンに行った時は、同盟政府が和平を拒絶して戦闘続行させる(つまりラインハルトは戦場で倒れる)ことを心の中で望んでいたことがはっきり書かれている。だが、同時にロイエンタールは自分がラインハルトに及ばないことを自覚しており、ラインハルトが自分の忠誠の対象となりうる人物でありつづける限りは叛乱など大それたことだ、と考えている。
つまりラインハルトへの叛乱は矛盾となってしまうわけだ。だがその矛盾を破らせたのは2度にわたる謀反の嫌疑(ルビンスキーの陰謀)である。彼はプライドの高さから、2度も弁解するのは嫌だと言い、ベルゲングリューンは何度でも誤解を解きに行くべきだと諭す。実際、赴任地ハイネセンからフェザーンまで行こうと思えば行けただろう。

ひとつ重要なのは、ウルヴァシー事件を奇貨として謀反を起こしたわけではないということ。事件直後はラインハルトの行方も探していたし、彼によって派遣されたグリルパルツァーが事件の真相を公表していれば、当然両者は地球教の手のひらの上で踊らされるばかばかしさを知って謀反にはいたらなかっただろう。ベルゲングリューンが最初からウルヴァシーに派遣されていれば、きちんと真相を明らかにしていただろうし、この際クナップシュタインでもよかったかも知れない。
もっとも、ルッツが死んだ時点で彼はすでに取り返しのつかない事態になったことを認識しているので、謀反を起こしたという見方もできる。それに複数の人間に指摘された通り、新領土総督としての治安の責任上、無罪とはいえない。

それらの事情が絡み合い、最終的にロイエンタールは叛乱者に仕立て上げられるのはごめんだ、ということで叛乱を起こしてしまう。つまるところルビンスキーの策謀が成功したに過ぎないことであり、それに乗ぜられてしまったロイエンタールは、内に眠る野心を利用されたといえるのではないだろうか。単に政敵ラングに敗れたという見方もできないことはないだろうが、ちょっと素っ気無いか。
・・・全然分析になっていないが、まぁいいか。


そういえばロイエンタールというば左右の目の色が違う”金銀妖瞳”が代名詞であり、原作の中では何十回とその言葉が出てきた。まったくの余談になるが、彼が叛乱を決意する直前、その金銀妖瞳で自分の死を見届けてみたいと思い、「古代の名将が自らの眼球をくりぬいて故国の滅亡を見とどけさせた」という歴史のエピソードを思い出す場面がある。このエピソードのモデルは中国春秋時代の呉の名将・伍子胥のことだろう。伍子胥は呉の君主夫差の宰相であったが、敵国である越の計略により主君から死を賜ることになる。その際に呉が遠くない未来に滅亡することを予言し、自裁する時、自分の眼球を呉の城門におくよう遺言した(もっともその遺言を聞いた夫差が怒って結局墓を作らせてもらえないのだが)。
案外ロイエンタールは中国史に造詣が深かったのかも知れない。

もうひとつ中国史がらみで思い出したが、叛乱を起こした後、ランテマリオ星域で討伐にきたミッターマイヤーと戦闘に入る直前、必ず身分の保証はするからラインハルトのもとへ行こうとロイエンタールを説得したミッターマイヤーに対し、「疾風ウォルフの約束は、万金の値があるな」といったが、このセリフはおそらく「季布の一諾」に由来してるだろう。またまた脱線するけど、季布というのは楚漢戦争期に項羽の下にいた武将で、後に漢王朝に仕えたが、義侠心に富んでいて、約束は絶対に違えない性格だったことから、「黄金百斤を得るは、季布の一諾を得るに如かず」といわれるようになったエピソードがある。