設計、そして古民家再生に携わるようになって、
主人はもう20年あまり、私は14年あまり。。。
昔は、私達よりも人生の大先輩の方々の家ばかり、
恐らく、「終の住処」になるであろう建物を
設計していた。
最近でこそ、同世代のお客様が増えたが、
2~30歳代であった若き日の我々にとって、
設計をさせて頂いたお施主様達の
寛容だったことに、感謝するばかりである。
よく、こんな若造に家を任せてくれたものだと、
思うのだが、
しかし、そういう機会に恵まれ、
経験を積んでいかなければ、
当然、設計も身につかない。
今も昔も、お施主さまに 経験 という
勉強をさせてもらっていることには変わりはない。
もちろん、仕事である以上は、
勉強などという無責任なことでやってはいないが。
「終の住処」 ついのすみか。
この言葉が、ずっと前から気になる言葉であった。
私達にとって、この海野宿の屋敷が
終の住処 になるのか?
競売で買った海野宿の屋敷。
元の所有者、そしてその家族にとっては
この屋敷が 終の住処 だと思っていたに違いない。
しかし、
競売という、容赦ない制度で強制的に
屋敷の売買をされてしまった。
私達はそれを買った。
こんな現実を経験しているため、
建築という範疇だけでは、
住処を考えることはできない。
我々の設計という仕事は、
住処の単なる一片にすぎない。
「人」があって、「暮らし」がある。
住処、棲家、栖、すみか
私達の設計事務所名の栖風采(さいふうさい)の
「栖」という字は、
「すみか」 という言葉がずっと頭にあったから、
用いたもの。
何故、急に、こんな話を書いたかというと、
本屋さんで、
「終の住処」(磯﨑憲一郎著 芥川賞受賞)
という本をみつけてしまったから。
そして、買ってしまった。
(k.m)