54 花交松
のどかなる嵐のやまを見わたせば花こそ松のさかりなりけれ
一〇四 のどかなる嵐の山を見わたせば花こそ松のさかりなりけれ 文化十五年
□松には花もなく、いつを盛、いつをうつろひともいはれず常磐なり。然るに其盛を考へれば、やはり花の時が盛なりとなり。
のどかなる山風がふく嵐山なり。「花こそ松の盛」といふなり。松に花がさきたるやうなものぢやとなり。
○松には花もなく、いつを盛り、いつを移ろうたとも言われない常磐(ときわ)なるものだ。そうであるけれども、その盛りを考えると、やはり花の時が盛りであるというのである。
のどかな山風がふく嵐山だ。「花こそ松の盛り」だと言うのである。松に花が咲いたようなものじゃ、と言うのである。
55 花有開落
訪ふ人もなき山かげのさくら花ひとりさきてやひとりちるらん
一〇五 とふひともなき山かげのさくら花ひとり咲てやひとりちるらむ 文化四年
□此歌はよみそこなひなりと思ふなり。後に思ひ付きたり。花の中に或は開いたもあり、落つるもありといふことなるべし。此うたの「よみたて」では、咲散があるとなり。「古今」に「山高み人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我みはやさん」。此歌「山家花」といふ題にしておきてもよかりしなり。
○この歌は、詠みそこないであると思うのである。後になって(そのように)思ひ付いた。花の中にあるいは開いたものもあり、散り落ちるものもあるということであろう。この歌の「よみたて」では、咲いて散るものがあるというのだ。「古今集」に「山高み人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我みはやさん」(という歌がある。)この歌は「山家花」という題にしておいても良かった。
※「山高み」の歌、「古今集」50、読人不知。
56 落花
見る人のこゝろにあかぬさくら花ちるよりこそはうらみそめつれ
一〇六 みな人のこゝろにあかぬさくらばなちるよりこそはうらみ初つれ 寛政十二年詠草
□賞翫此上もなきなり。其「うら」が来て恨むるは、散るといふ事を恨むるゆゑにぢやとなり。
あたら物に恨みそむる事ができるとなり。それを深くいふ時は、あまり賞する「うら」が来るとなり。
○(花を)賞翫(すること)この上もないのだ。その「うら(逆)」が来て恨むというのは、散るという事を恨みに思う故にじゃ、というのである。
惜しんで物に「恨み初むる(未練を感じる)」事が出来るというのである。それを深く言う時は、ひどく賞する(あまりにその)「逆」(の思い)が来るというのである。
※ 初句「国歌大観」では「みな人」。「みる」は本書の起こし間違いか誤植か。結句は「初めつれ」と、送り仮名の表記が異なっている。読みは「そめつれ」でよい。なお、「恨-むる」は上二段活用で景樹の言葉づかいは文法的に正調。一方で54の講義筆記「考-へれば」など、「考-ふれば」ではなくなっている。「うらが来て」というような言い方、くだけ過ぎていて慣れないと意味がわからない。
57 夕落花
こずゑふく風もゆふべはのどかにてかぞふるばかりちる桜かな
一〇七 梢ふく風もゆふべはのどかにてかぞふるばかりちるさくらかな
□「かぞふる計り」、ちらちらとのどかなる事をいふなり。北野でよみたる実景の歌なり。江戸よりも難じたり。「る」はいらぬなり。雪ならば「消ゆばかり」といふべきが格なり。「数ふるばかり」とは、ゆかぬ格なり。そこで、景樹は歌はよくよめども「てには」を知らぬ、といふなり。是黒人論なり。されども素人聞てよきが即生きてをるなり。格に拘りてをるではなきなり。「ばかり」で受けたると、「と(傍線)」と受くるとは、「る(傍線)」といふべからず、といふが格なれども、それに拘はる事ではなきなり。省かると隠れるとがまぎらはしきなり。「数ふばかり」といふは、有るのが隠れたるなり。省くではなきなり。「と(傍線)」でいへば、「数ふるとすれど」くると思ひし。「たちつてと」はつつこむ詞なり。「と(傍線)」といふこゑで「る(傍線)」の字がつつこまれて隠れるなり。たとへば鞠をとがりある臺の上にのせたるが如し。つつこむゆゑ隠れるなり。省きたるではなきなり。「ばかり」も同格なり。「は(傍線)」の声では、ぢきこま(困)れるなり。道に「有隠顕無断続」といふが如し。今「かぞふるばかり」というて隠れぬは如何ぞや、隠れぬやうにそろりと載せるなり。そこでのどかなり。「数ふばかりに」といへば詞がいそがはしきに景色が隠れるなり。それゆゑそろりと使ふなり。然らばいつでも「る(傍線)」を出すかといへばさにはあらず。引き込む時はひつこむなり。たとへば三保の松原を神主が切つてしまふ事があるまいものでもなし。
「神もさぞかなしと見るらん。松原をかぞふばかりになしてける哉」、かやうの時には「る」はいらぬなり。
○「かぞふる計り」は、ちらちらとのどかな事を言うのである。北野で詠んだ実景の歌だ。江戸(の歌人達)からも批難の言葉を言ってきた。「る」は要らない、雪ならば「消ゆばかり」と言うべきであるのが歌格だ(と)。「数ふるばかり」とは、通らない格だ。そこで、景樹は歌はよく詠むけれども「てには」を知らないのだ、と言うのである。これは玄人論だ。けれども、素人が聞いていいと思う(言葉の斡旋)が、つまりは生きているということなのだ。格にこだわっている(ばかりがよい)のではないのだ。「ばかり」で受けた時と、「と」と受けた時とは、「る」と言うべきではない、というのが歌格であるけれども、それにこだわる事ではないのである。(こういう例は)省かれる時と隠れる時とが、まぎらわしいのだ。「数ふばかり」と言うのは、有るのが隠れたのである。省いているのではないのだ。(ここを)「と」で言うと(下句は)「数ふるとすれど暮ると思ひし」(という斡旋になる)。「たちつてと」は、突っ込む詞だ。「と」と言う声で「る」の字が突っ込まれて隠れるのだ。たとえば鞠を尖りのある台の上に載せたようなものだ。突っ込むから隠れるのである。省いたのではない。「ばかり」も同(様の)格である。「は」の声では(直)すぐに困るのである。道に「有隠顕無断続」と言うようなものだ。今「かぞふるばかり」と言って隠れないのはどうしてなのか。隠れないようにそろりと載せるのだ。そこでのどかな(感じを出す)のだ。「数ふばかり」にと言えば詞が忙わしいので景色が隠れてしまう。だからそろりと使うのだ。それならばいつでも「る」を出すかと言うと、そうではない。引っ込む時は、引っ込むのだ。たとえば三保の松原を神主が切ってしまう(というような)事がないものでもない。(その時は)
「神もさぞかなしと見るらん松原をかぞふばかりになしてける哉」。こういうような時は、「る」は要らないのだ。
※有隠顕無断続。隠顕有つて断続無し。伊藤仁齋『童子問』巻下・二十九。ここは重要なところで、伊藤仁斎がどのように読まれていたかという事の重要な証言となる。
※この段「格」という事を言い出して、なかなか難物である。当時の歌学と国語学のレベルに私は通暁しているわけではないが、一応以上のように解釈してみた。現代の古典文法の教科書では、活用語の連体形に「ばかり」が付くときは、限定の意味、終止形に付く時は、およその程度をあらわす、と説明されている(第一学習社『完全マスター古典文法』)。旺文社の古語辞典では、上の使い分けについては、「~となることが多い」と言って厳密に使い分けるわけではないという説明をしている。このあたりが一般的な知識であろう。しかし、景樹の説ではそこは違うと言う。
58 落花浮水
つひにかくさそふは水のこゝろとも知でや花のうつりそめけん
一〇八 終にかくさそふは水のこゝろともしらでや花のうつりそめけむ
□此うた、北野紙屋川の花見に行きて一宿してよめりし歌なり。「紙屋川の花を見て」といふもことごとしきゆゑに題詠にしてしまひしなり。
平日ある世態を花によそへてよみしなり。たゝ影をのみ移すつもりであつたであらうのに、どつと持つていつてしまうとは、花は知らずにやありけんと也。
○この歌は、北野紙屋川の花見に行って、一宿して詠んだ歌である。「紙屋川の花を見て」と言うのも事々しいので題詠にしてしまったのである。
ふだん見かける世態を花になぞらえて詠んだのである。(花の方は)ただ影だけを水に映すつもりであったであろうのに、(散りこぼれたものを)どっと持っていって(水に持っていかれて)しまうとは、花は知らないでいたのだろうか、というのである。
59 池上落花
池水のそこにうつろふかげの上にちりてかさなる山ざくらかな
一〇九 池水の底にうつろふ影のうへにちりてかさなる山ざくらかな 文化二年
□是本、赤山に参りし時よみたりしなり。楽などを催してあそびし時の歌なり。題にしてよきは題にしてしまひしなり。
○これはもともと赤山に参詣した時に詠んだのだ。音楽などを演奏して遊んだ時の歌である。題詠の扱いにしてよいものは、題にしてしまったのである。
※赤山は赤山禅院で、比叡山延暦寺の別院だろう。紅葉の名所として知られる。
60 花落客稀
花ちればふたゝび訪はぬ世の人をこゝろありともおもひけるかな
一一〇 花ちればふたゝび訪はぬ世の人をこゝろありともおもひけるかな
□花の頃しばしば訪ひたる人を風雅な情ある人と思ひしが、花がちるいなや再訪はぬなり。
○花の頃しはしば(こちらを)訪ねて来た人を風雅な情のある人と思っていたが、花が散るやいなや再びは訪問しない(という)のである。
※「ちるいなや」は「ちるやいなや」の脱字だろう。この「春歌」あたりの景樹の作品の古歌を踏まえた優雅で上品な味を素直にたのしむ気持があると、仮名文字への感度も増して来る。国文学をやる学生さんは、退屈だといって評判がわるい宣長の歌なども景樹で事前に感性の馴らしをかけておくと、微細に読む下準備ができていいのではないか。「古今」声調を唱える流派の頂点から見おろせる便宜がある。ただし景樹には川田順が戦時中の著書で示唆したように「万葉」-「玉葉」から学んだものが入っているから、注意を要する。それもあって風巻景次郎の言う叙景歌の良さもわかるようになるし、調べの良さもわかるようになる。しかも「万葉」の雄々しい声調も所々にしっかり入っている。景樹について子規と茂吉を参照するとまちがう、ということは拙著でのべた。
のどかなる嵐のやまを見わたせば花こそ松のさかりなりけれ
一〇四 のどかなる嵐の山を見わたせば花こそ松のさかりなりけれ 文化十五年
□松には花もなく、いつを盛、いつをうつろひともいはれず常磐なり。然るに其盛を考へれば、やはり花の時が盛なりとなり。
のどかなる山風がふく嵐山なり。「花こそ松の盛」といふなり。松に花がさきたるやうなものぢやとなり。
○松には花もなく、いつを盛り、いつを移ろうたとも言われない常磐(ときわ)なるものだ。そうであるけれども、その盛りを考えると、やはり花の時が盛りであるというのである。
のどかな山風がふく嵐山だ。「花こそ松の盛り」だと言うのである。松に花が咲いたようなものじゃ、と言うのである。
55 花有開落
訪ふ人もなき山かげのさくら花ひとりさきてやひとりちるらん
一〇五 とふひともなき山かげのさくら花ひとり咲てやひとりちるらむ 文化四年
□此歌はよみそこなひなりと思ふなり。後に思ひ付きたり。花の中に或は開いたもあり、落つるもありといふことなるべし。此うたの「よみたて」では、咲散があるとなり。「古今」に「山高み人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我みはやさん」。此歌「山家花」といふ題にしておきてもよかりしなり。
○この歌は、詠みそこないであると思うのである。後になって(そのように)思ひ付いた。花の中にあるいは開いたものもあり、散り落ちるものもあるということであろう。この歌の「よみたて」では、咲いて散るものがあるというのだ。「古今集」に「山高み人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我みはやさん」(という歌がある。)この歌は「山家花」という題にしておいても良かった。
※「山高み」の歌、「古今集」50、読人不知。
56 落花
見る人のこゝろにあかぬさくら花ちるよりこそはうらみそめつれ
一〇六 みな人のこゝろにあかぬさくらばなちるよりこそはうらみ初つれ 寛政十二年詠草
□賞翫此上もなきなり。其「うら」が来て恨むるは、散るといふ事を恨むるゆゑにぢやとなり。
あたら物に恨みそむる事ができるとなり。それを深くいふ時は、あまり賞する「うら」が来るとなり。
○(花を)賞翫(すること)この上もないのだ。その「うら(逆)」が来て恨むというのは、散るという事を恨みに思う故にじゃ、というのである。
惜しんで物に「恨み初むる(未練を感じる)」事が出来るというのである。それを深く言う時は、ひどく賞する(あまりにその)「逆」(の思い)が来るというのである。
※ 初句「国歌大観」では「みな人」。「みる」は本書の起こし間違いか誤植か。結句は「初めつれ」と、送り仮名の表記が異なっている。読みは「そめつれ」でよい。なお、「恨-むる」は上二段活用で景樹の言葉づかいは文法的に正調。一方で54の講義筆記「考-へれば」など、「考-ふれば」ではなくなっている。「うらが来て」というような言い方、くだけ過ぎていて慣れないと意味がわからない。
57 夕落花
こずゑふく風もゆふべはのどかにてかぞふるばかりちる桜かな
一〇七 梢ふく風もゆふべはのどかにてかぞふるばかりちるさくらかな
□「かぞふる計り」、ちらちらとのどかなる事をいふなり。北野でよみたる実景の歌なり。江戸よりも難じたり。「る」はいらぬなり。雪ならば「消ゆばかり」といふべきが格なり。「数ふるばかり」とは、ゆかぬ格なり。そこで、景樹は歌はよくよめども「てには」を知らぬ、といふなり。是黒人論なり。されども素人聞てよきが即生きてをるなり。格に拘りてをるではなきなり。「ばかり」で受けたると、「と(傍線)」と受くるとは、「る(傍線)」といふべからず、といふが格なれども、それに拘はる事ではなきなり。省かると隠れるとがまぎらはしきなり。「数ふばかり」といふは、有るのが隠れたるなり。省くではなきなり。「と(傍線)」でいへば、「数ふるとすれど」くると思ひし。「たちつてと」はつつこむ詞なり。「と(傍線)」といふこゑで「る(傍線)」の字がつつこまれて隠れるなり。たとへば鞠をとがりある臺の上にのせたるが如し。つつこむゆゑ隠れるなり。省きたるではなきなり。「ばかり」も同格なり。「は(傍線)」の声では、ぢきこま(困)れるなり。道に「有隠顕無断続」といふが如し。今「かぞふるばかり」というて隠れぬは如何ぞや、隠れぬやうにそろりと載せるなり。そこでのどかなり。「数ふばかりに」といへば詞がいそがはしきに景色が隠れるなり。それゆゑそろりと使ふなり。然らばいつでも「る(傍線)」を出すかといへばさにはあらず。引き込む時はひつこむなり。たとへば三保の松原を神主が切つてしまふ事があるまいものでもなし。
「神もさぞかなしと見るらん。松原をかぞふばかりになしてける哉」、かやうの時には「る」はいらぬなり。
○「かぞふる計り」は、ちらちらとのどかな事を言うのである。北野で詠んだ実景の歌だ。江戸(の歌人達)からも批難の言葉を言ってきた。「る」は要らない、雪ならば「消ゆばかり」と言うべきであるのが歌格だ(と)。「数ふるばかり」とは、通らない格だ。そこで、景樹は歌はよく詠むけれども「てには」を知らないのだ、と言うのである。これは玄人論だ。けれども、素人が聞いていいと思う(言葉の斡旋)が、つまりは生きているということなのだ。格にこだわっている(ばかりがよい)のではないのだ。「ばかり」で受けた時と、「と」と受けた時とは、「る」と言うべきではない、というのが歌格であるけれども、それにこだわる事ではないのである。(こういう例は)省かれる時と隠れる時とが、まぎらわしいのだ。「数ふばかり」と言うのは、有るのが隠れたのである。省いているのではないのだ。(ここを)「と」で言うと(下句は)「数ふるとすれど暮ると思ひし」(という斡旋になる)。「たちつてと」は、突っ込む詞だ。「と」と言う声で「る」の字が突っ込まれて隠れるのだ。たとえば鞠を尖りのある台の上に載せたようなものだ。突っ込むから隠れるのである。省いたのではない。「ばかり」も同(様の)格である。「は」の声では(直)すぐに困るのである。道に「有隠顕無断続」と言うようなものだ。今「かぞふるばかり」と言って隠れないのはどうしてなのか。隠れないようにそろりと載せるのだ。そこでのどかな(感じを出す)のだ。「数ふばかり」にと言えば詞が忙わしいので景色が隠れてしまう。だからそろりと使うのだ。それならばいつでも「る」を出すかと言うと、そうではない。引っ込む時は、引っ込むのだ。たとえば三保の松原を神主が切ってしまう(というような)事がないものでもない。(その時は)
「神もさぞかなしと見るらん松原をかぞふばかりになしてける哉」。こういうような時は、「る」は要らないのだ。
※有隠顕無断続。隠顕有つて断続無し。伊藤仁齋『童子問』巻下・二十九。ここは重要なところで、伊藤仁斎がどのように読まれていたかという事の重要な証言となる。
※この段「格」という事を言い出して、なかなか難物である。当時の歌学と国語学のレベルに私は通暁しているわけではないが、一応以上のように解釈してみた。現代の古典文法の教科書では、活用語の連体形に「ばかり」が付くときは、限定の意味、終止形に付く時は、およその程度をあらわす、と説明されている(第一学習社『完全マスター古典文法』)。旺文社の古語辞典では、上の使い分けについては、「~となることが多い」と言って厳密に使い分けるわけではないという説明をしている。このあたりが一般的な知識であろう。しかし、景樹の説ではそこは違うと言う。
58 落花浮水
つひにかくさそふは水のこゝろとも知でや花のうつりそめけん
一〇八 終にかくさそふは水のこゝろともしらでや花のうつりそめけむ
□此うた、北野紙屋川の花見に行きて一宿してよめりし歌なり。「紙屋川の花を見て」といふもことごとしきゆゑに題詠にしてしまひしなり。
平日ある世態を花によそへてよみしなり。たゝ影をのみ移すつもりであつたであらうのに、どつと持つていつてしまうとは、花は知らずにやありけんと也。
○この歌は、北野紙屋川の花見に行って、一宿して詠んだ歌である。「紙屋川の花を見て」と言うのも事々しいので題詠にしてしまったのである。
ふだん見かける世態を花になぞらえて詠んだのである。(花の方は)ただ影だけを水に映すつもりであったであろうのに、(散りこぼれたものを)どっと持っていって(水に持っていかれて)しまうとは、花は知らないでいたのだろうか、というのである。
59 池上落花
池水のそこにうつろふかげの上にちりてかさなる山ざくらかな
一〇九 池水の底にうつろふ影のうへにちりてかさなる山ざくらかな 文化二年
□是本、赤山に参りし時よみたりしなり。楽などを催してあそびし時の歌なり。題にしてよきは題にしてしまひしなり。
○これはもともと赤山に参詣した時に詠んだのだ。音楽などを演奏して遊んだ時の歌である。題詠の扱いにしてよいものは、題にしてしまったのである。
※赤山は赤山禅院で、比叡山延暦寺の別院だろう。紅葉の名所として知られる。
60 花落客稀
花ちればふたゝび訪はぬ世の人をこゝろありともおもひけるかな
一一〇 花ちればふたゝび訪はぬ世の人をこゝろありともおもひけるかな
□花の頃しばしば訪ひたる人を風雅な情ある人と思ひしが、花がちるいなや再訪はぬなり。
○花の頃しはしば(こちらを)訪ねて来た人を風雅な情のある人と思っていたが、花が散るやいなや再びは訪問しない(という)のである。
※「ちるいなや」は「ちるやいなや」の脱字だろう。この「春歌」あたりの景樹の作品の古歌を踏まえた優雅で上品な味を素直にたのしむ気持があると、仮名文字への感度も増して来る。国文学をやる学生さんは、退屈だといって評判がわるい宣長の歌なども景樹で事前に感性の馴らしをかけておくと、微細に読む下準備ができていいのではないか。「古今」声調を唱える流派の頂点から見おろせる便宜がある。ただし景樹には川田順が戦時中の著書で示唆したように「万葉」-「玉葉」から学んだものが入っているから、注意を要する。それもあって風巻景次郎の言う叙景歌の良さもわかるようになるし、調べの良さもわかるようになる。しかも「万葉」の雄々しい声調も所々にしっかり入っている。景樹について子規と茂吉を参照するとまちがう、ということは拙著でのべた。