アメリカの政界が、ウクライナ問題、ロシアによるクリミア併合にいらだつ姿がよく分かります。アメリカはロシアの軍事侵略に対して、制裁措置を取ること。特に、アメリカ軍の増強、軍事力の再編などを通じて世界におけるアメリカの地位、最強の軍事力確立を要求しています。共和党政権で、イラク、アフガニスタンへの軍事侵略を行ったことを懐かしみ、再度そのような強大な軍事力再確立、軍事的な威圧をもって世界の警察官としてのアメリカを再現したと考える支配層の考え方を良くあらわしています。
21政治初頭のアメリカによるイラク戦争は、多くの彼らに従う国家、政権にも影響を与えました。他国を軍事力で転覆、打倒して恥じない政権、国家を容認することが許される時代でなくなりつつあります。当のアメリカにおいても共和党政権から、民主党オバマ政権に転換したことはそのことを証明しています。アメリカの政治経済支配層(多国籍企業集団)は軍事力による世界制覇、政治経済における支配維持を夢見て、要求しているのかもしれません。しかし、そのような時代は終了しつつあることは誰の目にもあきらかです。アメリカの脆弱な経済力が強大な軍事力保持(年間60兆円にも及ぶ防衛費)を許さなくなっています。このような軍事費をアメリカ国民の生活向上、アメリカ以外の国家、市民のために使うこと(出来れば)でアメリカは軍事力で作り上げたアメリカへの畏怖、追従よりも大切な信頼と、尊敬の思いを実現できるのですが。無理でしょうか。
<WSJ記事>ゲーツ氏(元国防長官)の考察
ロシアのプーチン大統領には積年の恨みがある。冷戦で西側諸国が勝利を収めたことに憤慨している。特に最愛のソビエト連邦の崩壊を米国のせいだとし、これを「20世紀最悪の地政学的惨事」と称している。
プーチン氏の根深い不満は、3月18日にロシアによるクリミア併合を発表した演説であらわになった。同氏は1990年代のロシアの恥と自身がみなす事態を苦々しく思っている。具体的には、自国経済の崩壊、北大西洋条約機構(NATO)が旧ソ連独自の「同盟」であるワルシャワ条約機構の加盟国に拡大、欧州の通常戦力を制限する条約(プーチン氏は「植民地条約」と呼ぶ)にロシアが合意、セルビアなどに対するロシアの影響力を西側が排除、ウクライナとグルジアをNATOと欧州連合(EU)に参加させようと西側が画策、西側の政府・実業家・学者が国内外の問題の扱い方をロシアに指図――などだ。
プーチン氏は世界でのロシアの権力と影響力を取り戻し、かつて旧ソ連の一部だった独立国をロシアの傘下に取り戻そうとしている。(数々の経済問題に対する責任が伴う)ソ連復活への欲望は表に出していないものの、政治・経済・安全保障面でのロシアの勢力圏を作り支配するつもりだ。まだ本格的な計画や戦略はないが、意志は固く時機をうかがいながら今は耐えている。
2012年に通算で大統領3期目に入ったプーチン氏は長期にわたる駆け引きをしている。ロシア憲法の下で、合法的に24年まで大統領にとどまることができることから、時間には余裕がある。1990年代のソ連崩壊後、ロシアの民主主義と政治的自由の抑圧に対する国内外の抗議を気にも留めず、プーチン氏は情け容赦なくロシアに「秩序」を取り戻した。
プーチン氏はここ数年、「旧ソ連諸国」に権威主義的な目を向けている。08年に同氏がグルジアに侵攻した時、西側諸国はほとんど何もせず、ロシア軍は今もアブハジア・南オセチア地域を占領している。同氏はアルメニアにEUとの協定案を破棄させ、モルドバにも同様の圧力をかけている。
昨年11月には、経済的・政治的影響力を行使して、ウクライナの当時のヤヌコビッチ大統領に、同国を西側諸国に近づけることになるEUとの協定調印を中止させた。このためにヤヌコビッチ氏が追放されると、プーチン氏はクリミアを編入し、ウクライナ東部についても軍事介入をちらつかせている。
ウクライナはプーチン氏の親ロシア連合構想の中核だ。その規模もさることながら、重要なのはウクライナの首都キエフは1000年以上前のロシア皇帝生誕の地であることだ。同氏はキエフに親ロシア政府が復活するまで満足することなく、手を休めることもないだろう。
プーチン氏の世界観は欧米首脳のそれとは大きく異なる。欧米人が交渉や正当な手続き、法規によってしか変更すべきではないと考える国境不可侵の原則や国際法に対して西側首脳が抱いている崇敬の念を同氏は持ち合わせていない。人権や政治的権利にも関心がない。何よりも、ゼロ・サム的な世界観に固執している。各国がいずれも満足のいく関係が重要と西側諸国が考えているのとは対照的に、プーチン氏にとっては、どのような取引でも勝つか負けるかだ。つまり一方が何かを得ればもう一方は失うことになる。権力を獲得し、維持し、蓄積するのが何より大事なのだ。
ロシア周辺国に対するプーチン氏の野望に対抗するには、西側も戦略的な長い駆け引きを仕掛けるしかない。それはプーチン氏の世界観と目標――そして目標達成の手段――がいずれロシアを著しく衰弱させ孤立させることをロシア国民につまびらかにする行動を取ることだ。
西側諸国も犠牲を払うことになるかもしれないが、欧州はロシア産の石油や天然ガスへの依存度を下げ、ロシアに本格的な経済制裁を科さなければならない。ロシアと国境を接するNATO加盟国は軍備を強化し、同盟軍の支援も仰ぐ必要がある。バルト三国は経済面やインターネット関連でロシアの影響を受けやすい状況を解消しなければならない(エストニアとラトビアにいるロシア人とロシア語を話す人々の数を考えればなおさらだ)。
西側諸国による対ロシア投資も縮小すべきだ。ロシアは尊敬の念や合法性を示す主要8カ国(G8)首脳会議などの会合から追放されるべきだ。米国の国防予算は1年前にオバマ政権の14年度予算案で提示された水準に戻すべきだ。米国防総省は諸経費を大幅に削減し、その分を軍艦などの軍備増強に充てるべきだ。欧州からの米軍撤退は中止すべきだ。そしてEUにモルドバ、グルジア、ウクライナとの連合協定締結を促すべきだ。
だが今のところ、西側諸国の対応は鈍い。プーチン氏の取り巻きやオリガルヒ(国内の新興財閥)の個人資産の凍結や渡航制限は同氏にほとんど影響を与えていない。ロシアの銀行に対する米国の一方的な制裁は、欧州の協力なしには効果はないだろう。純然たる武力侵略に対する西側諸国の言葉と行動のギャップは極めて大きい。これではまるで、プーチン氏がウクライナ東部に軍隊を派遣しなければ、西側諸国がこれ以上制裁を科したり、代償を支払わせたりしないかのようだ。事実上、ロシアのクリミア併合は確定し、ごく一握りのロシア当局者を除き、ビジネスは通常通り続くだろう。
新たな冷戦、ましては軍事的対立など望む人は誰もいない。われわれはロシアをパートナーにしたいと考えているが、プーチン政権下でそれが不可能なのは明らかだ。プーチン氏が挑んでいるのはクリミアやウクライナだけにとどまらない。同氏の行動は、何よりも独立国が自ら選んだ相手と連携してビジネスを行う権利など、ポスト冷戦体制全体への挑戦だ。
報復主義者が武力で恨みを晴らすのを黙認することは、欧州であれアジアであれ場所を問わず危機を長引かせ、軍事衝突を引き起こしかねない。中国が東シナ海や南シナ海で攻勢を強めている状況や、イランの核開発問題と中東での介入主義政策、北朝鮮の不安定で予測不可能な状況はいずれも欧州でも注目されている。中国などはシリア問題での西側諸国の無力ぶりを目の当たりにした。今回のロシアの武力侵略に対しても同様に対応が分かれ弱腰になることが、将来、危険な結末を招くと私は恐れている。
西側諸国は最もタイミングの悪い時期にプーチン氏の挑戦を受けている。欧州は景気回復ペースが鈍く、ロシアとは経済的に強く結び付いている。米国は10年以上に及ぶ戦争から立ち直りつつあり、共和党と民主党のリーダーらは有権者の間で広がる孤立主義に直面している。背景には、新たな海外での大きな問題が現在の政治情勢に影響を及ぼすとの見通しがある。クリミアとウクライナは遠い場所にあり、欧米にとっての重要性が国民にあまり理解されていない。
そのため、いつものことながら、西側首脳には断固たる行動を取る必要性を説明する責任がある。米大統領だったフランクリン・ルーズベルトは、「政府には政策を立てるだけでなく、常に説得する、導く、犠牲になる、教えるという仕事がある。なぜなら政治家の最大の責務は教育することだからだ」と語っている。プーチン氏の強引で傲慢(ごうまん)な行動には西側首脳の戦略的思考、力強い指導力、鋼のような決意が必要だ――今すぐに。
(ゲーツ氏は1991~93年にブッシュ(父)政権で米中央情報局(CIA)長官、06~11年にブッシュ政権とオバマ政権で国防長官を務めた)