米大統領選挙の結果が3日後(5日)には明らかになる。投票日は現地時間で3日だが(日本と違ってアメリカは東海岸と西海岸の州では6時間の時差がある)、投票の開始時間と締め切り時間に時差があり、開票開始時間にも同じ時差が生じる。当然、選管は全州の開票が終わるまで結果を公表しないが、時差のない日本と同様、アメリカでもメディアが出口調査を行い、競って状況を報道する。だから、その時差のずれによって有権者の投票行動が変わる可能性はあるが、私はバイデン氏の優勢は動かないとみている。
理由は簡単。巷間言われる「隠れトランプ」など存在しないからだ。
※ちょっと極端な書き方をしてしまったので訂正する。「隠れトランプ」が一人もいないわけではない。私がこのブログで言いたかったことは、前回2016年の米大統領選挙でトランプが勝利したのは「隠れトランプ」のためではないということを立証するために、そういう表現をしてしまった。もちろん「隠れトランプ」もいたが、おそらくほぼ同数の「隠れヒラリー」もいたはずで、そもそも「隠れ支持者」は自分が本当は誰を支持しているかを公にしにくい地域に住んでいるからだ。
例えば菅義偉総理が生まれたのは秋田県の寒村・雄勝郡秋の宮村である。その後、市町村合併で現在は湯沢市秋の宮になっており、バブル期にはスキー客や温泉客のためのリゾートホテルやリゾート・マンションが林立した(ただし、いまは見る影もない)。実家はイチゴ農家で、秋の宮村ではそこそこの生活水準だったようだ。
菅氏が総理に就任したとき、地元では当然だが大騒ぎになった。まさに「地元の英雄」である。銅像を立てようという話も持ち上がったという。そういう中で、「俺は菅が大嫌いだ」という人がいても、口に出すことは当然はばかられる。下手をすると村八分にされかねないからだ。
要するに「隠れ支持者」というのは、「支持を公にすることがはばかられる状況にある支持者」のことで(本文では、はっきりそう定義している)、だから「隠れトランプ」の投票行動が結果を左右することなど絶対にありえないという意味で、私は「隠れトランプなどいない」と、ついペンが滑ってしまった。たぶん、誤解した人はいないと思うが、念のため訂正しておく。(3日午後5時)
●「隠れトランプ」がいない理由
日本のメディアは前回2016年の大統領選挙の時と違って両候補の支持率を全国ベースだけでなく、州単位とりわけ激戦区と言われる6州について毎日報道している。
私のブログの読者ならアメリカの選挙方式が非民主的であることはとっくにご存じのはずだ。選挙区は全米50州に特別区のワシントンDCを加えて51あるが、そのうちメリー州とネプラスカ州を除いて49の選挙区が選挙人の総取り方式である。実際前回の選挙で、得票率がわずか0.2%の差でトランプ氏が全選挙人を総取りした州もあった。0.2%の差などは、いかなる世論調査の方法でも正確には反映しえない。そのことを前提にして、世論調査の誤差率を含めても、バイデン氏有利の状況は動かないと、私は見る。
実は日本のメディアの大半が採用している支持率調査は米情報サイトの「リアル・クリア・ポリティクス」が集計した数字である。リアル社は自身で世論調査をするわけではなく、各メディアや調査機関の調査結果を単純平均したものである。日本では総選挙でもメディアは毎日小選挙区ごとの支持率調査などしないが、アメリカの大統領選挙は4年に1回の「お祭り」的な要素もあり、各州で毎日支持率調査を行っている。だから日本でテレビを見ていると、とくに激戦区と言われているペンシルバニア・フロリダ・ノースカロライナ・ウィスコンシン・ミシガン・アリゾナの各州の有権者の動向が報道され、評論家たちが「ああだ、こうだ」と見解を述べている。
その場合、つねに評論家たちが重視するのが「隠れトランプ」の存在である。彼らに言わせると「隠れトランプ」は「トランプ支持を公にするのははばかられるため、だれを支持するかを公にせずトランプに投票する人たち」ということになる。アホかいな、と私には思える。
実際、トランプの集会を見る限り、バイデンの集会よりはるかに活気があり、熱狂的な支持者たちで盛り上がっている。全員、真っ赤な帽子をかぶり、「USA USA」を連呼している。トランプ支持をはばかる人がどこにいるのか。
少し論理的に考えてみれば明らかなことだが、トランプ支持を公にすることがはばかられる地域があるとすれば、その地域は圧倒的に「反トランプ」勢力が多数を占めており、街中を真っ赤な帽子をかぶって歩いていると、「あんた、トランプみたいなやつを支持するの」と非難の目を向けられるような地域だ。そういう地域で、トランプが勝つなどということがありうるだろうか。
●前回大統領選で、トランプは「試合に負けて勝負に勝った」
アメリカにも政党はたくさんある。共和党と民主党だけでなく、党員数10万人を超える政党も「緑の党」と「リバタリアン党」の二つがあり、7万5千人を超える党も「立憲党」がある。それ以外にも公党が50近くあり、「禁酒党」といったアナクロニズムな政党や「共産党」さらには日本の過激派を思わせる「アメリカ革命的共産党」といった政党すらある。
大統領選挙の立候補条件は、アメリカ生まれで、アメリカでの在住期間が14年以上あるアメリカ国籍を有する人だから、その条件さえ満たせば日本人でも立候補できる。実際、今回の大統領選にもトランプ、バイデン以外にかなりの立候補者がいるはずで、別に共和党か民主党の候補者しか立候補できないわけではない。また、日本と違って党議拘束をかけられない国だから、共和党の重鎮でありながらバイデン支持を表明する人もいるし、あえて言えば共和党からトランプ以外に別の人が立候補することも可能なのではないかと思う(これは推測)。
ところで2016年の前回大統領選挙で、トランプは世論調査の支持率でヒラリーより不利だったのに、なぜ選挙で勝てたのか。
その説明に苦しんだというか、論理的な分析ができなかったメディアがトランプ勝利の要因としてでっち上げたのが、実は「隠れトランプ」の存在だった。
実際には、世論調査は間違っていなかったのだ。
前回の大統領選挙でトランプの得票率は46.0%、一方ヒラリーの得票率は48.1%、得票数ではヒラリーが約300万票もトランプを上回っていた。
このことは何を意味するか。スポーツの世界ではよく言われる言葉だが、トランプは「試合に負けて勝負に勝った」のである。そういうことが可能になったのは、すでに述べたアメリカの独特の非民主的な選挙制度にある。
戦後の日本はアメリカを民主主義のお手本としてきたが、民主主義という政治の仕組みは国によって異なり、安倍前総理が口を開くたびに強調していた「民主主義の理念を共有する国との友好関係」などは実は空想の世界にしか存在しえないのだ。第2次政界大戦の枢軸国であるドイツのヒトラーも、イタリアのムッソリーニも、日本の軍事政権ですらも「民主的」な選挙で選ばれている。私がブログで20数回にわたって『民主主義とは何か』を問い続けた理由の原点でもある。
実はアメリカでは過去、大統領選挙で全国世論調査による候補者の支持率が裏切られる結果になったことはなかったのだと思う。
だから前回の支持率調査も全国ベースの集計しか行われず、つねにヒラリー優勢の数字が発表されていただけの話なのだ。
では、なぜトランプは「試合に負けて勝負に勝てた」のか。
はっきり言えば、トランプが政治家ではなくビジネスマンだったからだ、と私は考えている。
●「試合に勝ったのに、勝負で負けた」ヒラリー
トランプは大統領になるため、実に周到な作戦を取った。トランプに政治家歴がなかったことは誰でも知っているが、だからこそトランプはビジネス手法を持ち込むことで勝てたのだと思う。彼には政治思想なんか、もともとなかった。大統領になることだけが目的だった。だから緑の党に属したこともあったし、民主党から大統領選に出馬することも考えていた時期もある。彼の、ある意味聡明さは、最終的に共和党からの出馬を選択したことだった。なぜ、共和党にしたのかの分析は、私には無理。情報があまりにも少なく、論理的な分析が不可能だからだ。
いずれにせよ、ヒラリー陣営は、共和党でも当初、泡まつ候補と言われていたトランプが予備選を勝ち抜いて共和党の大統領候補になれたのかを徹底的に分析すべきだった。そうしていれば、ヒラリー陣営の選挙作戦は違ったものになっていた可能性は否定できない。
もっと具体的に言おう。共和党が絶対有利な州、民主党が絶対有利な州――これらの州では選挙運動をする必要がなかった。従来の政治家の発想は自分の支持者をまず大切にする、という選挙作戦を取るのが常だ。支持層を放っておいてもいいというわけではないが、有利な州での選挙運動はほどほどにして、激戦州に90%の力を注ぐべきだった。
全国の得票率で2.1%の差をつけ、得票数でも300万票の差を付けながらヒラリーが負けたのは、おそらく自分の支持者を大切にしすぎた結果ではないかと私は考えている。いっぽうのトランプは、共和党が有利な州、不利な州での選挙運動はほどほどにして、激戦州に90%の力を注いだのだと思う。それが支持率でヒラリーに負けていたトランプが「大逆転」ではなく「勝つべくして勝った」最大の理由、と考えるのが最も合理的だ。
「隠れトランプ」など、どこにもいなかった。もし、「隠れトランプ」説が合理的であるとしたら、本来民主党が有利で、トランプ支持を公にすることがはばかられるような州でトランプが勝ったケースがあった場合だけである。前回の選挙で、そういう州があっただろうか。否。
さらに、もともと共和党が有利な州ではトランプ支持層は熱狂的に「USA USA」と騒いでいたはずだ。むしろそういう州では「隠れヒラリー」の方が肩身を狭くしていたはずだ。
●民主党は、ヒラリー敗北から何を学んだか
いうまでもなく、民主党はヒラリー敗北を「隠れトランプ」のせいなんかに、多分していない。前回のヒラリー敗北の教訓から、徹底的に激戦区に力を注いできたと思う。その結果が激戦州での世論調査に出ている(10月29日時点)。なお数字はいずれも支持率。またこの支持率はNHKのWEBニュースによるもので、「時点」が調査日を指すのか調査結果の発表日を指すのかは不明である。また各州の人数は選挙人の数である。
ペンシルバニア20人 トランプ45.8% バイデン49%(+3.2ポイント)
フロリダ29人 トランプ46.9% バイデン48.5%(+1.6ポイント)
ノースカロライナ15人 トランプ47.6% バイデン48.2%(+0.6ポイント)
ウィスコンシン10人 トランプ43.9% バイデン50.3%(+6.5ポイント)
ミシガン16人 トランプ43.5% バイデン50%(+6.5ポイント)
アリゾナ11人 トランプ47% バイデン47%(±0ポイント)
これら激戦州の選挙人の総数は101人。全選挙人数は538人で、すでにバイデンが確実に獲得するとみられている選挙人数に加えて、バイデンがこれらの激戦州からあと何人獲得すればいいか、小学生でも計算できる。
3・11事件のようなことが起きない限り、バイデンの勝利は動かない。これが、私の論理的結論だ。
【追記】トランプ急追も…
昨夜(日本時間午後10時)、アメリカでは東海岸の各州から投票が始まった。テレビの報道によれば、トランプが猛烈な勢いで追い上げているようだ。初冬に入ったミシガン州から、まだ半そでのTシャツ姿が多いフロリダ州まで1日に5州も移動して集会を開いたという。相変わらずエネルギッシュで、集会は赤い帽子で埋め尽くされ、まるでお祭り騒ぎだ。
実際、激戦州の世論調査(1日)での支持率ではトランプがかなりバイデンに迫っている。ミシガン州(選挙人16人)、ウィスコンシン州(10人)の支持率は不明だが、残りの4週は依然としてバイデンがリードしている。アリゾナ州(11人、+1.2P)、フロリダ州(29人、+1.4P)、ノースカロライナ州(15人、+0.3P)、ペンシルバニア州(20人、+4.3P)といった状況だ。
選挙人の総数は538人、270人以上獲得したほうが次期大統領になる。すでに確定している選挙人数はバイデン216、トランプ125で、バイデンはあと54人獲得すればいい。日本のテレビ情報番組が事実上の天王山とみているペンシルバニア州では、バイデンが4.3ポイントもの差をつけており、この差をトランプが逆転することはまず不可能とみていいだろう。
解説者(あるいは評論家)のなかには、まだ「隠れトランプ」にこだわっている人もいるが、ほぼ勝負あったとみる人が多いように感じた。
もちろん、日本の選挙でもそうだが、投票当日まで「だれに投票するか」決めかねている人も少なくない。前回2016年の選挙では、そうした「無党派層」が選挙終盤のトランプ陣営のお祭り騒ぎ的集会の熱気に惑わされたのか、それともヒラリーのスキャンダル(携帯の私的利用)に対するトランプの攻撃が功を奏したのか、投票直前にトランプ支持を決めた可能性は確かにある。が、無党派層は「隠れトランプ」とは違う。「隠れトランプ」はトランプ支持を公にはしにくい状況にあったトランプ支持者のことで、昨日冒頭の※でも書き加えたように、彼らの投票行動が選挙結果を左右するなどということはありえない。
しかも、今回はコロナのせいもあるが、郵便投票も含めて期日前投票がかなり多かった。日本の選挙運動と違って、アメリカではマイナス・キャンペーン合戦になることが多い。その辺は日本人には理解しがたい部分があって、例えば広告でも日本ではライバル批判はタブーとされる傾向が強い。
日本で比較広告の走りとして有名になったのはトヨタ・カローラと日産・サニーの広告で、1966年にトヨタが「プラス100㏄の余裕」と刺激的なキャッチフレーズを使ったのに対抗して、70年に日産が「隣の車が小さく見えます」とやり返し、「日本も比較広告の時代に入った」と話題になったことがある。が、日本では競争相手の商品名や企業名を名指しで比較広告することは「おもてなし」精神のせいか、まだ見かけない。選挙運動でも、日本でも聞く人が聞けばわかるのだが、名指しはせずに対立候補を批判することはあるが、アメリカでは名指し攻撃が日常茶飯事的に行われている。
実際、トランプvsバイデンのテレビ討論も政策論争そっちのけで、相手のスキャンダル(それも不確実な)を攻撃し合うという、日本人の感覚からすると見苦しい論争に終始していた。私は決して「反米主義者」ではないが、感覚的に付いていけない部分がかなりある。
いずれにせよ、明日を待たずに大勢が決する可能性も出てきた。トランプが最近しきりに郵便投票は無効にすべきだとか、投票日当日で有効投票を締め切るべきだとか、「悪しき前例にとらわれる」べきではないなどと言い出したこと自体、もはや悪あがきと言ってもいいかもしれない。どこかの国の誰かさんも「(法律や憲法の)文言にとらわれるべきではない」などと悪あがきしているようだが…。(4日)
理由は簡単。巷間言われる「隠れトランプ」など存在しないからだ。
※ちょっと極端な書き方をしてしまったので訂正する。「隠れトランプ」が一人もいないわけではない。私がこのブログで言いたかったことは、前回2016年の米大統領選挙でトランプが勝利したのは「隠れトランプ」のためではないということを立証するために、そういう表現をしてしまった。もちろん「隠れトランプ」もいたが、おそらくほぼ同数の「隠れヒラリー」もいたはずで、そもそも「隠れ支持者」は自分が本当は誰を支持しているかを公にしにくい地域に住んでいるからだ。
例えば菅義偉総理が生まれたのは秋田県の寒村・雄勝郡秋の宮村である。その後、市町村合併で現在は湯沢市秋の宮になっており、バブル期にはスキー客や温泉客のためのリゾートホテルやリゾート・マンションが林立した(ただし、いまは見る影もない)。実家はイチゴ農家で、秋の宮村ではそこそこの生活水準だったようだ。
菅氏が総理に就任したとき、地元では当然だが大騒ぎになった。まさに「地元の英雄」である。銅像を立てようという話も持ち上がったという。そういう中で、「俺は菅が大嫌いだ」という人がいても、口に出すことは当然はばかられる。下手をすると村八分にされかねないからだ。
要するに「隠れ支持者」というのは、「支持を公にすることがはばかられる状況にある支持者」のことで(本文では、はっきりそう定義している)、だから「隠れトランプ」の投票行動が結果を左右することなど絶対にありえないという意味で、私は「隠れトランプなどいない」と、ついペンが滑ってしまった。たぶん、誤解した人はいないと思うが、念のため訂正しておく。(3日午後5時)
●「隠れトランプ」がいない理由
日本のメディアは前回2016年の大統領選挙の時と違って両候補の支持率を全国ベースだけでなく、州単位とりわけ激戦区と言われる6州について毎日報道している。
私のブログの読者ならアメリカの選挙方式が非民主的であることはとっくにご存じのはずだ。選挙区は全米50州に特別区のワシントンDCを加えて51あるが、そのうちメリー州とネプラスカ州を除いて49の選挙区が選挙人の総取り方式である。実際前回の選挙で、得票率がわずか0.2%の差でトランプ氏が全選挙人を総取りした州もあった。0.2%の差などは、いかなる世論調査の方法でも正確には反映しえない。そのことを前提にして、世論調査の誤差率を含めても、バイデン氏有利の状況は動かないと、私は見る。
実は日本のメディアの大半が採用している支持率調査は米情報サイトの「リアル・クリア・ポリティクス」が集計した数字である。リアル社は自身で世論調査をするわけではなく、各メディアや調査機関の調査結果を単純平均したものである。日本では総選挙でもメディアは毎日小選挙区ごとの支持率調査などしないが、アメリカの大統領選挙は4年に1回の「お祭り」的な要素もあり、各州で毎日支持率調査を行っている。だから日本でテレビを見ていると、とくに激戦区と言われているペンシルバニア・フロリダ・ノースカロライナ・ウィスコンシン・ミシガン・アリゾナの各州の有権者の動向が報道され、評論家たちが「ああだ、こうだ」と見解を述べている。
その場合、つねに評論家たちが重視するのが「隠れトランプ」の存在である。彼らに言わせると「隠れトランプ」は「トランプ支持を公にするのははばかられるため、だれを支持するかを公にせずトランプに投票する人たち」ということになる。アホかいな、と私には思える。
実際、トランプの集会を見る限り、バイデンの集会よりはるかに活気があり、熱狂的な支持者たちで盛り上がっている。全員、真っ赤な帽子をかぶり、「USA USA」を連呼している。トランプ支持をはばかる人がどこにいるのか。
少し論理的に考えてみれば明らかなことだが、トランプ支持を公にすることがはばかられる地域があるとすれば、その地域は圧倒的に「反トランプ」勢力が多数を占めており、街中を真っ赤な帽子をかぶって歩いていると、「あんた、トランプみたいなやつを支持するの」と非難の目を向けられるような地域だ。そういう地域で、トランプが勝つなどということがありうるだろうか。
●前回大統領選で、トランプは「試合に負けて勝負に勝った」
アメリカにも政党はたくさんある。共和党と民主党だけでなく、党員数10万人を超える政党も「緑の党」と「リバタリアン党」の二つがあり、7万5千人を超える党も「立憲党」がある。それ以外にも公党が50近くあり、「禁酒党」といったアナクロニズムな政党や「共産党」さらには日本の過激派を思わせる「アメリカ革命的共産党」といった政党すらある。
大統領選挙の立候補条件は、アメリカ生まれで、アメリカでの在住期間が14年以上あるアメリカ国籍を有する人だから、その条件さえ満たせば日本人でも立候補できる。実際、今回の大統領選にもトランプ、バイデン以外にかなりの立候補者がいるはずで、別に共和党か民主党の候補者しか立候補できないわけではない。また、日本と違って党議拘束をかけられない国だから、共和党の重鎮でありながらバイデン支持を表明する人もいるし、あえて言えば共和党からトランプ以外に別の人が立候補することも可能なのではないかと思う(これは推測)。
ところで2016年の前回大統領選挙で、トランプは世論調査の支持率でヒラリーより不利だったのに、なぜ選挙で勝てたのか。
その説明に苦しんだというか、論理的な分析ができなかったメディアがトランプ勝利の要因としてでっち上げたのが、実は「隠れトランプ」の存在だった。
実際には、世論調査は間違っていなかったのだ。
前回の大統領選挙でトランプの得票率は46.0%、一方ヒラリーの得票率は48.1%、得票数ではヒラリーが約300万票もトランプを上回っていた。
このことは何を意味するか。スポーツの世界ではよく言われる言葉だが、トランプは「試合に負けて勝負に勝った」のである。そういうことが可能になったのは、すでに述べたアメリカの独特の非民主的な選挙制度にある。
戦後の日本はアメリカを民主主義のお手本としてきたが、民主主義という政治の仕組みは国によって異なり、安倍前総理が口を開くたびに強調していた「民主主義の理念を共有する国との友好関係」などは実は空想の世界にしか存在しえないのだ。第2次政界大戦の枢軸国であるドイツのヒトラーも、イタリアのムッソリーニも、日本の軍事政権ですらも「民主的」な選挙で選ばれている。私がブログで20数回にわたって『民主主義とは何か』を問い続けた理由の原点でもある。
実はアメリカでは過去、大統領選挙で全国世論調査による候補者の支持率が裏切られる結果になったことはなかったのだと思う。
だから前回の支持率調査も全国ベースの集計しか行われず、つねにヒラリー優勢の数字が発表されていただけの話なのだ。
では、なぜトランプは「試合に負けて勝負に勝てた」のか。
はっきり言えば、トランプが政治家ではなくビジネスマンだったからだ、と私は考えている。
●「試合に勝ったのに、勝負で負けた」ヒラリー
トランプは大統領になるため、実に周到な作戦を取った。トランプに政治家歴がなかったことは誰でも知っているが、だからこそトランプはビジネス手法を持ち込むことで勝てたのだと思う。彼には政治思想なんか、もともとなかった。大統領になることだけが目的だった。だから緑の党に属したこともあったし、民主党から大統領選に出馬することも考えていた時期もある。彼の、ある意味聡明さは、最終的に共和党からの出馬を選択したことだった。なぜ、共和党にしたのかの分析は、私には無理。情報があまりにも少なく、論理的な分析が不可能だからだ。
いずれにせよ、ヒラリー陣営は、共和党でも当初、泡まつ候補と言われていたトランプが予備選を勝ち抜いて共和党の大統領候補になれたのかを徹底的に分析すべきだった。そうしていれば、ヒラリー陣営の選挙作戦は違ったものになっていた可能性は否定できない。
もっと具体的に言おう。共和党が絶対有利な州、民主党が絶対有利な州――これらの州では選挙運動をする必要がなかった。従来の政治家の発想は自分の支持者をまず大切にする、という選挙作戦を取るのが常だ。支持層を放っておいてもいいというわけではないが、有利な州での選挙運動はほどほどにして、激戦州に90%の力を注ぐべきだった。
全国の得票率で2.1%の差をつけ、得票数でも300万票の差を付けながらヒラリーが負けたのは、おそらく自分の支持者を大切にしすぎた結果ではないかと私は考えている。いっぽうのトランプは、共和党が有利な州、不利な州での選挙運動はほどほどにして、激戦州に90%の力を注いだのだと思う。それが支持率でヒラリーに負けていたトランプが「大逆転」ではなく「勝つべくして勝った」最大の理由、と考えるのが最も合理的だ。
「隠れトランプ」など、どこにもいなかった。もし、「隠れトランプ」説が合理的であるとしたら、本来民主党が有利で、トランプ支持を公にすることがはばかられるような州でトランプが勝ったケースがあった場合だけである。前回の選挙で、そういう州があっただろうか。否。
さらに、もともと共和党が有利な州ではトランプ支持層は熱狂的に「USA USA」と騒いでいたはずだ。むしろそういう州では「隠れヒラリー」の方が肩身を狭くしていたはずだ。
●民主党は、ヒラリー敗北から何を学んだか
いうまでもなく、民主党はヒラリー敗北を「隠れトランプ」のせいなんかに、多分していない。前回のヒラリー敗北の教訓から、徹底的に激戦区に力を注いできたと思う。その結果が激戦州での世論調査に出ている(10月29日時点)。なお数字はいずれも支持率。またこの支持率はNHKのWEBニュースによるもので、「時点」が調査日を指すのか調査結果の発表日を指すのかは不明である。また各州の人数は選挙人の数である。
ペンシルバニア20人 トランプ45.8% バイデン49%(+3.2ポイント)
フロリダ29人 トランプ46.9% バイデン48.5%(+1.6ポイント)
ノースカロライナ15人 トランプ47.6% バイデン48.2%(+0.6ポイント)
ウィスコンシン10人 トランプ43.9% バイデン50.3%(+6.5ポイント)
ミシガン16人 トランプ43.5% バイデン50%(+6.5ポイント)
アリゾナ11人 トランプ47% バイデン47%(±0ポイント)
これら激戦州の選挙人の総数は101人。全選挙人数は538人で、すでにバイデンが確実に獲得するとみられている選挙人数に加えて、バイデンがこれらの激戦州からあと何人獲得すればいいか、小学生でも計算できる。
3・11事件のようなことが起きない限り、バイデンの勝利は動かない。これが、私の論理的結論だ。
【追記】トランプ急追も…
昨夜(日本時間午後10時)、アメリカでは東海岸の各州から投票が始まった。テレビの報道によれば、トランプが猛烈な勢いで追い上げているようだ。初冬に入ったミシガン州から、まだ半そでのTシャツ姿が多いフロリダ州まで1日に5州も移動して集会を開いたという。相変わらずエネルギッシュで、集会は赤い帽子で埋め尽くされ、まるでお祭り騒ぎだ。
実際、激戦州の世論調査(1日)での支持率ではトランプがかなりバイデンに迫っている。ミシガン州(選挙人16人)、ウィスコンシン州(10人)の支持率は不明だが、残りの4週は依然としてバイデンがリードしている。アリゾナ州(11人、+1.2P)、フロリダ州(29人、+1.4P)、ノースカロライナ州(15人、+0.3P)、ペンシルバニア州(20人、+4.3P)といった状況だ。
選挙人の総数は538人、270人以上獲得したほうが次期大統領になる。すでに確定している選挙人数はバイデン216、トランプ125で、バイデンはあと54人獲得すればいい。日本のテレビ情報番組が事実上の天王山とみているペンシルバニア州では、バイデンが4.3ポイントもの差をつけており、この差をトランプが逆転することはまず不可能とみていいだろう。
解説者(あるいは評論家)のなかには、まだ「隠れトランプ」にこだわっている人もいるが、ほぼ勝負あったとみる人が多いように感じた。
もちろん、日本の選挙でもそうだが、投票当日まで「だれに投票するか」決めかねている人も少なくない。前回2016年の選挙では、そうした「無党派層」が選挙終盤のトランプ陣営のお祭り騒ぎ的集会の熱気に惑わされたのか、それともヒラリーのスキャンダル(携帯の私的利用)に対するトランプの攻撃が功を奏したのか、投票直前にトランプ支持を決めた可能性は確かにある。が、無党派層は「隠れトランプ」とは違う。「隠れトランプ」はトランプ支持を公にはしにくい状況にあったトランプ支持者のことで、昨日冒頭の※でも書き加えたように、彼らの投票行動が選挙結果を左右するなどということはありえない。
しかも、今回はコロナのせいもあるが、郵便投票も含めて期日前投票がかなり多かった。日本の選挙運動と違って、アメリカではマイナス・キャンペーン合戦になることが多い。その辺は日本人には理解しがたい部分があって、例えば広告でも日本ではライバル批判はタブーとされる傾向が強い。
日本で比較広告の走りとして有名になったのはトヨタ・カローラと日産・サニーの広告で、1966年にトヨタが「プラス100㏄の余裕」と刺激的なキャッチフレーズを使ったのに対抗して、70年に日産が「隣の車が小さく見えます」とやり返し、「日本も比較広告の時代に入った」と話題になったことがある。が、日本では競争相手の商品名や企業名を名指しで比較広告することは「おもてなし」精神のせいか、まだ見かけない。選挙運動でも、日本でも聞く人が聞けばわかるのだが、名指しはせずに対立候補を批判することはあるが、アメリカでは名指し攻撃が日常茶飯事的に行われている。
実際、トランプvsバイデンのテレビ討論も政策論争そっちのけで、相手のスキャンダル(それも不確実な)を攻撃し合うという、日本人の感覚からすると見苦しい論争に終始していた。私は決して「反米主義者」ではないが、感覚的に付いていけない部分がかなりある。
いずれにせよ、明日を待たずに大勢が決する可能性も出てきた。トランプが最近しきりに郵便投票は無効にすべきだとか、投票日当日で有効投票を締め切るべきだとか、「悪しき前例にとらわれる」べきではないなどと言い出したこと自体、もはや悪あがきと言ってもいいかもしれない。どこかの国の誰かさんも「(法律や憲法の)文言にとらわれるべきではない」などと悪あがきしているようだが…。(4日)