「パンドラの箱」を開けざるを得なくなった。
21日から『安保法案成立の意味を改めて検証する』というタイトルで連載ブログを始めたばかりだが、その始めたばかりの連載ブログに割り込んで書かざるを得なくなった。したがって、連載ブログの2回目を予定していた28日はパスして、10月5日(月)から再開する。私のブログの閲覧者は週末に集中する傾向がある。21日に投稿したブログも今閲覧者数が急上昇しているので、割り込むことに若干の躊躇があったが、この問題は先送りできないと思ったので、あえて緊急投稿することにした。21日のブログをまだお読みになっていない方には申し訳ないが、このブログを読んでいただいた後で読んでいただきたい。
結論から先に書く。
アメリカにとって、日本は米合衆国の51番目の州であることが明確になった。もちろん日本政府が米合衆国の51番目の州だと認識しているわけではない。米政府が勝手に日本に対してそういう扱いをしている実態が、米国務省トナー副報道官の発言で明らかになったという意味だ。
岸田外相はプーチン大統領の年内の訪日環境整備のため訪ロしたのだが、日本の外交に対してトナー氏は「ロシアがウクライナ東部で停戦合意を守っていないことを考えれば、ロシアと通常の関係に戻るべきではないと確信している」と日本の対ロ外交を批判した。
あらためて確認しておくが、安保法制を安倍政権が打ち出した理由は「日本の安全保障環境の変化」に対応するためだったはずだ。そして安全保障環境の変化の根拠として上げたのが「中国の海洋進出と北朝鮮の軍拡」だった。
しかし、北朝鮮の軍拡はアメリカから「悪の枢軸」(テロ支援国家)と決めつけられ、実際イラク戦争のケースもあったため、いつアメリカから攻撃されるかわからないという恐怖に基づく「自衛力の強化」であり、日本に対する敵視政策なんかではない。
また中国の海洋進出はフィリピン国民の「地位協定」への反発の激しさから、フィリピン政府が米軍基地の撤去をアメリカに要請、米軍基地という防波堤がなくなった間隙を絶好のチャンスととらえた南シナ海への海洋進出であり、仰天したフィリピン政府がアメリカに「戻ってきてください」と頼み、米軍基地が復活したとたん中国は南沙諸島の軍事基地建設をやめている。だから、これも日本に対する敵視政策とは考えにくい。
またいいか悪いかは別にして、中国に急接近して、9月2~4日に中国が行った「対日戦争勝利70周年記念式典」に出席した韓国の朴大統領に対しては、オバマ大統領は「止めなさい」とは命令しなかった。韓国も「基地協定」に対する国民の反発が強く、米軍基地をかなり減らしつつある。フィリピンも韓国も、独立国=主権国家としての矜持を失っていないから、アメリカも51番目の州扱
いにはできない。戦後、独立後も主権国家としての矜持をすっかり失った日本
だからこそ、アメリカは唯一の51番目の州と見なし続けているのだろう。
そうした傾向はオバマ大統領と安倍総理の姿勢に顕著に表れていると言ってよい。靖国神社参拝についても、中曽根総理や小泉総理は何回も参拝しているが、その当時の米政府は「失望した」などと失礼極まりないコメントを出したりしていない。今回のトナー氏の日本の外交政策に対する「命令」も含めて日本に対する「内政干渉」もいいところだ。
おそらく、韓国政府やフィリピン政府が、日本の状況のような立場で、アメリカからそういった内政干渉を受けて、もし従う場合があれば、中国の習近平主席のアメリカ訪問に対して「中国は我が国にとって安全保障環境を変化させ脅威を増大させている国だ。そんな国の首脳の訪米を認めるべきではない」とオバマ大統領に食って掛かっているはずだ。それが主権国家の矜持というものだろう。戦争に負けて70年。いまだ日本人は日本人としての誇りを失ったままでいいのか。
ロシアを訪問した岸田外相がロシアのパブロフ外相と会談したのは現地の午後(日本で会談終了後の二人の記者会見を私が最初に見たのはテレビ朝日の『報道ステーション』)。その記者会見での二人の会談内容説明は完全に食い違った。
パブロフ「会談で北方領土の話はまったく出なかった。北方領土は第2次世界大戦でロシアが正当に得た戦果だ」
岸田「会談の半分は北方領土問題に費やされた」
要するに、ロシアは北方領土の返還はまったく考えていないという姿勢に転換したということである。
1956年10月19日、モスコワを訪問していた鳩山一郎首相と旧ソ連のフルシチョフ第1書記との間で日ソ共同宣言が発表され両国の国交が回復することになった。その宣言に盛り込まれた内容は、「国交回復を先行し、平和条約を締結後、ソ連が北方四島のうち歯舞群島と色丹島を引き渡す」というものだった。ソ連が北方領土問題について初めて譲歩の姿勢を示した瞬間である。
が、その後の日ソ交渉はとん挫した。日本政府が四島一括返還でなければダメだ、と鳩山外交に反発したからである。
日本のメディアはこの共同宣言に盛り込まれた内容を正確に報じなかった。日本のメディアは政府や国民の強硬姿勢に屈したのかどうかは分からないが、「引き渡す」と書かれた共同宣言の意味を「返還」と報じた。日本側にとっては、ある意味正当な表現と言えなくはなかったが、ソ連側の認識は「返還」で
はなく「譲渡」だった。ボタンのかけ違いはこのときも、こうして生じた。
日本側が北方領土を「日本固有の領土」と主張し、ソ連が「戦争で勝ち取っ
た正当な戦果」という認識を変えない以上、ソ連が崩壊していちおう自由主義
グループ(必ずしも民主主義を意味してはいない)の一員になっても、ロシアとの交渉が一歩も前進しなかったのは当然と言えば当然である。
今回の日ロ交渉は2013年4月に安倍総理が訪ロ、プーチン大統領と首脳会談を行ったことから始まる。そのとき、ロシア側からボールを投げかけてきた。
「北方領土の解決と日ソ友好条約の締結交渉を進めたい」という、日本にとってはタナボタとも言える提案だった。が、その当時、すでにウクライナでは大きな政変が生じつつあった。
ウクライナがロシア帝国に征服されたのは1783年である。ロシア革命後もウクライナはソ連邦に組み込まれたままだった。ロシア帝国時代からクリミア半島を始めウクライナ東部にはロシア人の入植が続いていた。ウクライナ東部は地下資源も豊富で、農業も盛んだった。事実上ウクライナ経済を支えてきたのはロシア系民族が多数を占める東部地域だった。
ソ連が崩壊し、ウクライナが独立した後も代々のウクライナ大統領はほぼ親ロ政策を継続していた。が、最後の親ロ派大統領になったヤヌコーヴィチ氏が失脚し、暫定政権が親EU政策を取り出したため東部地域のロシア系民族が反発、その先陣を切ってクリミア自治共和国(国家内国家)が住民投票を行いウクライナからの独立を宣言、さらにロシアへの編入を決定し、ロシアも受け入れた。このクリミア自治共和国の独立に刺激を受けてドネツク、ルガンスクの東部2州がやはり住民投票で独立を決定(この住民投票はクリミアと違い、不正があった可能性が高い)、ウクライナの新大統領に選出されたポロシェンコ氏が独立を認めず、東部の独立派住民との間で武力衝突が生じ、ロシア軍兵士が独立派支援の軍事行動に出た。ロシア政府は「休暇中の兵士の自由行動で、ロシア政府は軍事的関与をしていない」と主張したが、いかなる国も「休暇中」の兵士が勝手な軍事行動を行うことなど認めたりしていない。日本の自衛隊員も、思想信条の自由は保証されているが、思想信条に基づく勝手な軍事行動は、たとえ休暇中といえど許されていない。そんなことを認めたら、軍隊の鉄のピラミッドとも言える指揮命令系統が崩壊してしまう。ロシア政府の言い訳は屁理屈にもならないことだけ付け加えておく。
ロシアが資源大国であることは周知の事実だが、EU諸国は日本と同様エネル
ギー資源に乏しい国が多い。EUで最大の先進工業国であるドイツも隣国のフラ
ンスから電力を輸入している。ドイツに電力を供給しているフランスも、天然エネルギー資源が豊富なわけではなく、世界最大の原発大国として電力を農産物や観光業とともに大きな経済力にしている。
一方ロシアはウクライナで親ロ政権が続いていた間、ウクライナには国際相
場(EUへの輸出価格と考えてもいいと思う)の約2割の安価で提供していた。
が、ウクライナの政変により、ロシアはウクライナへの優遇処置を止めることにした。つまり天然ガスの供給価格を5倍に引き上げたのだ。これで悲鳴を上げたのがポロシェンコ政権。ロシアへの支払が出来なくなってしまった。で、ロシアは、滞っている債務を返済するまで、ウクライナへの天然ガスの供給をストップすることにした。
こうしたウクライナ問題に、関係のないアメリカがまたしても割り込んできた。G8からロシアを村八分にして、ロシアへの経済制裁を始めたのだ。当然のようにアメリカは、日本などの同盟国や友好国にも対ロ制裁を行うよう要求した。安倍内閣も一応G7(ロシアを排除したためG7になった)で足並みを揃えることにしたが、日本の対ロ制裁は比較的緩やかで、オバマ大統領にとっては満足できるものではなかった。ウクライナ東部独立派の背後にロシアが控えていなかったら、おそらくアメリカはウクライナ政府の要請に応じる形をとって軍事介入をしていただろう。実際、シリアの国内紛争にも屁理屈をつけて軍事介入を続けている。IS(「イスラム国」)にはロシアや中国のような軍事大国が後ろ盾になっていないからだ。
それはともかく、ロシアのウクライナへの天然ガス供給ストップで困ったのがロシアの天然ガスが輸入できなくなったEU諸国。ロシアは天然ガスをEUにパイプラインで供給しており、そのパイプラインはウクライナ国内を経由している。で、ドイツやフランスの首脳が和平工作に乗り出したというわけだ。つまり、EUはアメリカと、オバマ大統領の命令でロシア制裁を始めた日本などを2階に上げて、はしごを外してしまったというわけだ。
ざっとウクライナ問題について書いたが、プーチン大統領が日本にタナボタのような提案をしてきた背景にはこうした事情があった。
さらにプーチン大統領にとっては、日本との友好関係を密にしたい事情もあった。ロシアは基本的には農業国であり、先進工業力は軍事部門と宇宙ロケットを除けば、工業分野の技術力は「新興国並み」とまで言うと言いすぎかもしれないが、せいぜい新興国に毛が生えた程度で、日本などの工場進出の恩恵で「世界の工場」の地位を築いた中国には大きく差をつけられている。
つまり、日本の高度技術製品の製造工場を誘致し、先進技術を導入したいと考えたことが一つ(つまり工業国家の仲間入りが目的)。さらに、ロシア東部(シベリアや樺太など)に眠る地下資源(石油・天然ガスなどのエネルギー資源や先端製品の製造に欠かせない希土類や稀金属などの資源が豊富に眠っていると見られている)を開発するための資金や技術協力を日本に求めたかったこと。
こうしたプーチン大統領が投げかけてきたボールの意味を、安倍総理は理解
できなかったようだ。ただ表向きの交渉内容である北方領土問題の解決と日ロ
平和友好条約の締結さえ実現できれば、日本の歴史に名を残す総理大臣の一人になれるとは考えたようだ。で、モスクワを訪問してプーチン大統領から思いがけないお土産を貰って有頂天になり、翌14年2月にはソチ五輪開会式に出席、プーチン大統領との首脳会談も行った。
が、オバマ大統領の恫喝に震え上がって、安倍内閣が少しずつ対ロ制裁を強めだしたため、プーチン大統領はメドベージェフ首相に北方領土を訪問させるなど、日本への牽制球を投げ始めた。その意味が安倍総理には理解できなかったようだ。
はっきり言って、いま日本は米ロの板挟み状態にある。そのことくらいは安倍総理も理解はしていると思う。が、安倍総理はどういう外交政策をとることが日本の国益にとって最も有利か、という外交の基本軸を完全に見失っている。
私は昨年7月31日、8月1日の2日にわたって『ウクライナ戦争で、日本が対ロ制裁を強化することは国益上プラスかマイナスか』と題するブログを書いた。オバマ大統領の顔色をうかがいながらの外交が、いかに「日本の存立基盤を危うくするか」、よーく考えてもらいたい。
最後に「イタチの最後っ屁」。安保法制問題で、安倍総理は「ホルムズ海峡が封鎖されたら日本の存立基盤が危うくなる」ことを安倍内閣新解釈の「集団的自衛権行使」の新三要件の例として挙げたが、ロシアがウクライナ政府に対する制裁として行った「パイプラインでの天然ガスの供給停止」はEU諸国にとっては「存立基盤が危うくなる事態」のはずだが(安倍内閣解釈によれば論理的にはそういう結論になる)、EU諸国はこの事態に対して安倍内閣解釈による「集団的自衛権」は行使しなかった。もう少し、国際社会で生じている現実の事態との論理的整合性を大切にしてもらいたいですな…。
21日から『安保法案成立の意味を改めて検証する』というタイトルで連載ブログを始めたばかりだが、その始めたばかりの連載ブログに割り込んで書かざるを得なくなった。したがって、連載ブログの2回目を予定していた28日はパスして、10月5日(月)から再開する。私のブログの閲覧者は週末に集中する傾向がある。21日に投稿したブログも今閲覧者数が急上昇しているので、割り込むことに若干の躊躇があったが、この問題は先送りできないと思ったので、あえて緊急投稿することにした。21日のブログをまだお読みになっていない方には申し訳ないが、このブログを読んでいただいた後で読んでいただきたい。
結論から先に書く。
アメリカにとって、日本は米合衆国の51番目の州であることが明確になった。もちろん日本政府が米合衆国の51番目の州だと認識しているわけではない。米政府が勝手に日本に対してそういう扱いをしている実態が、米国務省トナー副報道官の発言で明らかになったという意味だ。
岸田外相はプーチン大統領の年内の訪日環境整備のため訪ロしたのだが、日本の外交に対してトナー氏は「ロシアがウクライナ東部で停戦合意を守っていないことを考えれば、ロシアと通常の関係に戻るべきではないと確信している」と日本の対ロ外交を批判した。
あらためて確認しておくが、安保法制を安倍政権が打ち出した理由は「日本の安全保障環境の変化」に対応するためだったはずだ。そして安全保障環境の変化の根拠として上げたのが「中国の海洋進出と北朝鮮の軍拡」だった。
しかし、北朝鮮の軍拡はアメリカから「悪の枢軸」(テロ支援国家)と決めつけられ、実際イラク戦争のケースもあったため、いつアメリカから攻撃されるかわからないという恐怖に基づく「自衛力の強化」であり、日本に対する敵視政策なんかではない。
また中国の海洋進出はフィリピン国民の「地位協定」への反発の激しさから、フィリピン政府が米軍基地の撤去をアメリカに要請、米軍基地という防波堤がなくなった間隙を絶好のチャンスととらえた南シナ海への海洋進出であり、仰天したフィリピン政府がアメリカに「戻ってきてください」と頼み、米軍基地が復活したとたん中国は南沙諸島の軍事基地建設をやめている。だから、これも日本に対する敵視政策とは考えにくい。
またいいか悪いかは別にして、中国に急接近して、9月2~4日に中国が行った「対日戦争勝利70周年記念式典」に出席した韓国の朴大統領に対しては、オバマ大統領は「止めなさい」とは命令しなかった。韓国も「基地協定」に対する国民の反発が強く、米軍基地をかなり減らしつつある。フィリピンも韓国も、独立国=主権国家としての矜持を失っていないから、アメリカも51番目の州扱
いにはできない。戦後、独立後も主権国家としての矜持をすっかり失った日本
だからこそ、アメリカは唯一の51番目の州と見なし続けているのだろう。
そうした傾向はオバマ大統領と安倍総理の姿勢に顕著に表れていると言ってよい。靖国神社参拝についても、中曽根総理や小泉総理は何回も参拝しているが、その当時の米政府は「失望した」などと失礼極まりないコメントを出したりしていない。今回のトナー氏の日本の外交政策に対する「命令」も含めて日本に対する「内政干渉」もいいところだ。
おそらく、韓国政府やフィリピン政府が、日本の状況のような立場で、アメリカからそういった内政干渉を受けて、もし従う場合があれば、中国の習近平主席のアメリカ訪問に対して「中国は我が国にとって安全保障環境を変化させ脅威を増大させている国だ。そんな国の首脳の訪米を認めるべきではない」とオバマ大統領に食って掛かっているはずだ。それが主権国家の矜持というものだろう。戦争に負けて70年。いまだ日本人は日本人としての誇りを失ったままでいいのか。
ロシアを訪問した岸田外相がロシアのパブロフ外相と会談したのは現地の午後(日本で会談終了後の二人の記者会見を私が最初に見たのはテレビ朝日の『報道ステーション』)。その記者会見での二人の会談内容説明は完全に食い違った。
パブロフ「会談で北方領土の話はまったく出なかった。北方領土は第2次世界大戦でロシアが正当に得た戦果だ」
岸田「会談の半分は北方領土問題に費やされた」
要するに、ロシアは北方領土の返還はまったく考えていないという姿勢に転換したということである。
1956年10月19日、モスコワを訪問していた鳩山一郎首相と旧ソ連のフルシチョフ第1書記との間で日ソ共同宣言が発表され両国の国交が回復することになった。その宣言に盛り込まれた内容は、「国交回復を先行し、平和条約を締結後、ソ連が北方四島のうち歯舞群島と色丹島を引き渡す」というものだった。ソ連が北方領土問題について初めて譲歩の姿勢を示した瞬間である。
が、その後の日ソ交渉はとん挫した。日本政府が四島一括返還でなければダメだ、と鳩山外交に反発したからである。
日本のメディアはこの共同宣言に盛り込まれた内容を正確に報じなかった。日本のメディアは政府や国民の強硬姿勢に屈したのかどうかは分からないが、「引き渡す」と書かれた共同宣言の意味を「返還」と報じた。日本側にとっては、ある意味正当な表現と言えなくはなかったが、ソ連側の認識は「返還」で
はなく「譲渡」だった。ボタンのかけ違いはこのときも、こうして生じた。
日本側が北方領土を「日本固有の領土」と主張し、ソ連が「戦争で勝ち取っ
た正当な戦果」という認識を変えない以上、ソ連が崩壊していちおう自由主義
グループ(必ずしも民主主義を意味してはいない)の一員になっても、ロシアとの交渉が一歩も前進しなかったのは当然と言えば当然である。
今回の日ロ交渉は2013年4月に安倍総理が訪ロ、プーチン大統領と首脳会談を行ったことから始まる。そのとき、ロシア側からボールを投げかけてきた。
「北方領土の解決と日ソ友好条約の締結交渉を進めたい」という、日本にとってはタナボタとも言える提案だった。が、その当時、すでにウクライナでは大きな政変が生じつつあった。
ウクライナがロシア帝国に征服されたのは1783年である。ロシア革命後もウクライナはソ連邦に組み込まれたままだった。ロシア帝国時代からクリミア半島を始めウクライナ東部にはロシア人の入植が続いていた。ウクライナ東部は地下資源も豊富で、農業も盛んだった。事実上ウクライナ経済を支えてきたのはロシア系民族が多数を占める東部地域だった。
ソ連が崩壊し、ウクライナが独立した後も代々のウクライナ大統領はほぼ親ロ政策を継続していた。が、最後の親ロ派大統領になったヤヌコーヴィチ氏が失脚し、暫定政権が親EU政策を取り出したため東部地域のロシア系民族が反発、その先陣を切ってクリミア自治共和国(国家内国家)が住民投票を行いウクライナからの独立を宣言、さらにロシアへの編入を決定し、ロシアも受け入れた。このクリミア自治共和国の独立に刺激を受けてドネツク、ルガンスクの東部2州がやはり住民投票で独立を決定(この住民投票はクリミアと違い、不正があった可能性が高い)、ウクライナの新大統領に選出されたポロシェンコ氏が独立を認めず、東部の独立派住民との間で武力衝突が生じ、ロシア軍兵士が独立派支援の軍事行動に出た。ロシア政府は「休暇中の兵士の自由行動で、ロシア政府は軍事的関与をしていない」と主張したが、いかなる国も「休暇中」の兵士が勝手な軍事行動を行うことなど認めたりしていない。日本の自衛隊員も、思想信条の自由は保証されているが、思想信条に基づく勝手な軍事行動は、たとえ休暇中といえど許されていない。そんなことを認めたら、軍隊の鉄のピラミッドとも言える指揮命令系統が崩壊してしまう。ロシア政府の言い訳は屁理屈にもならないことだけ付け加えておく。
ロシアが資源大国であることは周知の事実だが、EU諸国は日本と同様エネル
ギー資源に乏しい国が多い。EUで最大の先進工業国であるドイツも隣国のフラ
ンスから電力を輸入している。ドイツに電力を供給しているフランスも、天然エネルギー資源が豊富なわけではなく、世界最大の原発大国として電力を農産物や観光業とともに大きな経済力にしている。
一方ロシアはウクライナで親ロ政権が続いていた間、ウクライナには国際相
場(EUへの輸出価格と考えてもいいと思う)の約2割の安価で提供していた。
が、ウクライナの政変により、ロシアはウクライナへの優遇処置を止めることにした。つまり天然ガスの供給価格を5倍に引き上げたのだ。これで悲鳴を上げたのがポロシェンコ政権。ロシアへの支払が出来なくなってしまった。で、ロシアは、滞っている債務を返済するまで、ウクライナへの天然ガスの供給をストップすることにした。
こうしたウクライナ問題に、関係のないアメリカがまたしても割り込んできた。G8からロシアを村八分にして、ロシアへの経済制裁を始めたのだ。当然のようにアメリカは、日本などの同盟国や友好国にも対ロ制裁を行うよう要求した。安倍内閣も一応G7(ロシアを排除したためG7になった)で足並みを揃えることにしたが、日本の対ロ制裁は比較的緩やかで、オバマ大統領にとっては満足できるものではなかった。ウクライナ東部独立派の背後にロシアが控えていなかったら、おそらくアメリカはウクライナ政府の要請に応じる形をとって軍事介入をしていただろう。実際、シリアの国内紛争にも屁理屈をつけて軍事介入を続けている。IS(「イスラム国」)にはロシアや中国のような軍事大国が後ろ盾になっていないからだ。
それはともかく、ロシアのウクライナへの天然ガス供給ストップで困ったのがロシアの天然ガスが輸入できなくなったEU諸国。ロシアは天然ガスをEUにパイプラインで供給しており、そのパイプラインはウクライナ国内を経由している。で、ドイツやフランスの首脳が和平工作に乗り出したというわけだ。つまり、EUはアメリカと、オバマ大統領の命令でロシア制裁を始めた日本などを2階に上げて、はしごを外してしまったというわけだ。
ざっとウクライナ問題について書いたが、プーチン大統領が日本にタナボタのような提案をしてきた背景にはこうした事情があった。
さらにプーチン大統領にとっては、日本との友好関係を密にしたい事情もあった。ロシアは基本的には農業国であり、先進工業力は軍事部門と宇宙ロケットを除けば、工業分野の技術力は「新興国並み」とまで言うと言いすぎかもしれないが、せいぜい新興国に毛が生えた程度で、日本などの工場進出の恩恵で「世界の工場」の地位を築いた中国には大きく差をつけられている。
つまり、日本の高度技術製品の製造工場を誘致し、先進技術を導入したいと考えたことが一つ(つまり工業国家の仲間入りが目的)。さらに、ロシア東部(シベリアや樺太など)に眠る地下資源(石油・天然ガスなどのエネルギー資源や先端製品の製造に欠かせない希土類や稀金属などの資源が豊富に眠っていると見られている)を開発するための資金や技術協力を日本に求めたかったこと。
こうしたプーチン大統領が投げかけてきたボールの意味を、安倍総理は理解
できなかったようだ。ただ表向きの交渉内容である北方領土問題の解決と日ロ
平和友好条約の締結さえ実現できれば、日本の歴史に名を残す総理大臣の一人になれるとは考えたようだ。で、モスクワを訪問してプーチン大統領から思いがけないお土産を貰って有頂天になり、翌14年2月にはソチ五輪開会式に出席、プーチン大統領との首脳会談も行った。
が、オバマ大統領の恫喝に震え上がって、安倍内閣が少しずつ対ロ制裁を強めだしたため、プーチン大統領はメドベージェフ首相に北方領土を訪問させるなど、日本への牽制球を投げ始めた。その意味が安倍総理には理解できなかったようだ。
はっきり言って、いま日本は米ロの板挟み状態にある。そのことくらいは安倍総理も理解はしていると思う。が、安倍総理はどういう外交政策をとることが日本の国益にとって最も有利か、という外交の基本軸を完全に見失っている。
私は昨年7月31日、8月1日の2日にわたって『ウクライナ戦争で、日本が対ロ制裁を強化することは国益上プラスかマイナスか』と題するブログを書いた。オバマ大統領の顔色をうかがいながらの外交が、いかに「日本の存立基盤を危うくするか」、よーく考えてもらいたい。
最後に「イタチの最後っ屁」。安保法制問題で、安倍総理は「ホルムズ海峡が封鎖されたら日本の存立基盤が危うくなる」ことを安倍内閣新解釈の「集団的自衛権行使」の新三要件の例として挙げたが、ロシアがウクライナ政府に対する制裁として行った「パイプラインでの天然ガスの供給停止」はEU諸国にとっては「存立基盤が危うくなる事態」のはずだが(安倍内閣解釈によれば論理的にはそういう結論になる)、EU諸国はこの事態に対して安倍内閣解釈による「集団的自衛権」は行使しなかった。もう少し、国際社会で生じている現実の事態との論理的整合性を大切にしてもらいたいですな…。
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