朝日新聞は8月13日の社説で「消費増税論」について主張した。政府与党が財政再建や少子高齢化に歯止めがかからない状況で膨らんでいく社会保障費を消費税のアップによって確保するための地ならしを始めたことにクレームをつけたのだ。朝日新聞はこう主張した。
しかし、である。その前にやっておかなければならぬことがある。財政の無 駄や非効率を徹底してなくすことだ。
最近でも、許せない無駄使いが次々と発覚している。天下りの受け皿になっ ている特殊法人や独立行政法人による官製談合、あまりにも多い公用車、ミュ ージカルやマッサージチェアにも使われた道路財源と、きりがない。
しごくもっともな主張である。「精神分裂集団」とわたしが厳しく批判してきた朝日新聞の論説委員室も、最近は納得できる主張をするようになってきて、私もこのブログの筆をしばらく休止してきた。そうした理由より前回書いた「小林紀興の社会保障制度改革論」の執筆で精根尽き果てたのがブログ中断の本当の理由だが、子の社説を読んでなぜ税金の無駄遣いがなくならないのかという根本的な原因を解明し、その原因を排除するための提案をしてこそ、社説の正論もより説得力が増したのに、と残念に思う。
実は朝日の論説氏は省庁や地方自治体、さらに公的法人の硬直化している予算制度に問題があることぐらいは知っている。知ってはいるが、政治部や社会部の記者の怠慢で(朝日新聞は部制を廃してグループ制に変えたが社内ですらグループ制がまだ浸透していない状況なので、私も部表示した)、硬直化している予算の使い方の無駄についてはこれまでほとんで報道してこなかった。「多すぎる公用車や職員への限度を超えた福利厚生費」も朝日新聞がスクープしたわけではない。
この予算の硬直化には実は二つのケースがある。頭の悪い新聞記者は「予算の硬直化」という常識は一応わかったつもりでいても、その言葉を知っているだけで、実態に対する理解はせいぜいのところ年度末(3月31日)が近付くと急に道路を掘り繰り返しだすことぐらいの知識しかもってない。情けないことだ。確かに道路だけでなく年度末が近付くと急に金遣いが荒くなるのは、年度内に予算を消化しないと次年度の予算が削られると思い込んでいる役人どもが必死に金の使い道を「研究」した結果であることは「予算が硬直化」するケースの一つではある。それはそれで税金の無駄遣いを役人どもにさせないためにどういう無駄遣いをしているか、マスコミは総力を挙げて調べ上げ追求すべきではある。
だがもう一つの「予算の硬直化」にはマスコミは全く気付いていない。知ってはいても批判の対象にはならないと思い込んでいる。社会部の若手記者はいわゆる「察回り」を必ず経験する。その「察回り」で絶対に知るはずの「予算の硬直化がある。たとえばパトカー。警察官だって事故を起こすことはある。その事故でパトカーがかなりの損傷を受け、修理するのに数10万円もの金がかかることもある。民間企業や個人も買って間もない新車なら修理する方を選択するだろう。が、すでにかなりの期間乗ってきた車だったら、それだけの金を払っても修理した方が得か新車に買い替えた方が得か計算し合理的な結論を出す。が、役所にはそうした合理的な判断をすることが許されていない。あらかじめ決められた耐用年数は、故障で直せない場合(車だったら大破して修理不可能な場合)を除き、経済的合理性を無視して使い続けなければならない。
これまで人類が経験してきた技術革新で、過去のケースでは19世紀の産業革命の時期が最大だったが、今進行しているIT技術の革新スピードは産業革命期をはるかに上回る。そのIT技術を、予算制度に縛られて導入できないため、結果的に税金の無駄遣いをせざるを得なくなっているのが、「硬直化した予算制度」の弊害の二つ目のケースなのだが、そのことを指摘したジャーナリストは一人もいない。不正行為ではないからだ。不正行為を暴くことだけがジャーナリストの義務だと思い込んでいると、役所の無駄遣いはなくならない。そこで私自身の経験から思いついた免許証作成システムのアイデアを、5月に警察庁長官に提案したことがある。このアイデアに対する警察庁からの何らかの対応はまだないが、IT技術を導入すれば間違いなく、免許証作成コストは大幅に削減され、運転免許本部の業務も大幅に合理化できる。もし民間企業が免許証作成業務を請け負っていたら、もうとっくに実現しているはずのアイデアである。警察庁長官にお送りした文書をこのブログで公開する。読者のみなさんもいいアイデアがあったらどしどし提案してほしい。
2008年5月10日
警察庁 長官殿
先日私が住んでいる市で顔写真やICチップがついた住民基本台帳カードを希望者に発行していることを市政だよりで知り、早速市役所に運転免許証に代わる保険証より確実な本人確認のための証明手段として認められる住民基本台帳カードの申請に行きました。私は今年7月で68歳になりますが、70歳になった日に(私の免許証の有効期限がちょうど切れる日です)免許の更新をしないことに決めています。私はいま毎日のようにフィットネスクラブで汗を流していますが、エアロなどをなさっている方はお分かりですが、インストラクターは毎回新しいステップを考案して指導します。若い人は1~2回やれば新しいステップをすぐ覚えますが、私くらいの年になると最後までインストラクターの動きについていけないことがしばしばあります。私はバーベルエクササイズやプールでの筋トレメニューでは若い人にも負けない体力がありますが、運動神経(反射神経と言ってもいいかもしれません)は確実に年とともに後退していることをいやというほど知らされるのがエアロです。私が70歳になった日に、つまり免許の有効期限が切れる日に運転を止めることに決めた最大の理由です。
で、70歳を超えてからの本人確認が確実にできる証明手段として、まだ早いかなとも思いましたが住民基本台帳カードを交付してもらうことにしたというわけです。
正直に申し上げますが、私は独身時代、平気で酒を飲んで運転していました。酒に強く、かなりの量の飲酒をしても酔っ払うことがなかったことが、飲酒運転に対する罪悪感を麻痺させていたのかもしれません。その私が飲酒運転をピタッと止めたのは子どもが生まれたのがきっかけでした。親になったという自覚が、どんなに酒に自信があっても、また万に一つの可能性であっても、飲酒運転で同乗させた子どもを事故に巻き込んだら取り返しがつかないどころか死んでも死に切れないという思いを持ったからです。クルマは「走る凶器だ」という認識を強く持つようになったのもそのときからです。
さて今回この文書をお送りすることにしたのは、私が70歳になったら免許更新しないことをお伝えすることが主目的ではありません。住民基本台帳カードの交付を受けて衝撃を受け、いろいろ調べた結果、国民のための警察になってもらうためのご提案をすべきだと思ったからです。はっきり言えば「警察のための国民」から「国民のための警察」に転換していただくための第一歩になる提案です。
私が市役所に住民基本台帳カードの申請をした翌々日には「カードができたので市役所に取りに来てください」という書類が郵送されてきました。まず行政の対応の早さにびっくりしました。免許証の更新手続きを所轄の警察署で行った場合、新しい免許証が交付されるのに約1ヶ月かかります(県の運転免許本部まで行って手続きすれば即日交付されます)。何故でしょうか。
次にびっくりしたのは住民基本台帳カードの料金です。免許証と同様顔写真がプリントされているだけでなくICチップまでついて、なんとたったの500円でした。いくらなんでも500円では作れないだろうと思い、市役所の係員に質問したところ、「1000円以上はかかっているようですが、正確な金額は担当者に聞いてください」と言われ、担当者にお尋ねしました。今は警察もそうだと思うのですが、よほどの機密事項でない限り情報公開制度を利用しなくても面談あるいは電話で問い合わせれば教えてもらえます。市役所の担当者はこう言いました。重要なことですから太字で書きます。
カードの作成は民間業者に委託しており、発注単価は発注枚数によって多少上下しますが、平均単価は約1300円です。
運転免許証発行の手数料は地域によって異なっているようですが、私が住ん
でいる県の場合5種類に分かれていて、一番安い「優良運転者等」でも2800円、「違反運転者」や「初回運転者」はなんと3800円も取られます。これはおそらく講習のための費用が加算されているからだと思いますが、免許証を紛失して再交付を受ける場合は講習を受けないのに3200円取られます。そうなると警察は「紛失」を交通違反として罰金400円(3200-2800=400)を徴収していることになります。これは純粋に論理的結論です。道路交通法に「紛失」を交通違反とした規定があったら教えたください。なお念のため、所轄の警察署も県の運転免許本部も、さらに県警本部も私の疑問にはお答えになれませんでした。
さらに免許証の交付手数料が異常に高いことです。警察庁の広報によれば道交法(だったと思いますが)112条に基づいて各都道府県の公安委員会が決めているとのことですが、県公安委員会(県警本部の中にあり、タウンページに載っている県公安委員会の電話番号は県警本部の代表電話番号です)のガードが高く電話での問い合わせはもちろん公安委員会宛にFAXで問い合わせたくても広報県民課でストップされ、公安委員会には絶対に届けてくれません。この文書も、警察庁を管轄している国家公安委員長宛にFAXしたいのですが、それが不可能なため警察庁に郵送することにした次第です。
さて本題に入りますが、住民基本台帳カードの作成原価(いちおう市当局の民間業者への発注単価を原価としました。念のため申し添えておきますが、市から受注している民間業者はその受注単価でも利益を上げているはずです)がICチップまで付いて1300円なのに運転免許本部がICチップなしの免許証作成費(手数料と称していますが)を2800~3800円もの高額にしている理由について、フェアで論理的なご説明を求めます。(?)112条に基づいてコストを計算したら、そういう金額になるというのでしたら、コスト計算の方式に問題があるのか、運転免許本部の職員が常識を超えた高給を取っているため人件費が免許証作成コストを高騰させているのか、あるいは免許証作成機のリース代を不当に高く取られているのか、論理的な結論としてはこの3つしか、民間業者が作成している住民基本台帳カードの受注単価をはるかに上回る手数料を設定している理由の説明はつかないはずです。
そしてどのような改善策を講じても運転免許本部で免許証を作成すると、作成手数料を下げることができないという結論に達した場合は、住民基本台帳カードのように民間業者に免許証の作成を委託すべきです。そうすれば更新で新しい免許証の交付に1ヶ月もかかるバカみたいな状況も改善できるし、ICチップなしの免許証ならおそらく1000円程度の手数料で十分作れるはずです。民間業者に委託する場合、個人情報の漏洩が危惧されるとお考えでしたら、東京都も住民基本台帳カードを都民に交付しているはずですから都庁に防止策をどのように講じたかお聞きになってもいいし、金融機関が発行しているキャッシュカードやクレジットカードのほうが運転免許証に記載されている個人情報よりはるかに膨大でかつ重大な機密性が求められる情報が入力されているのですから、わが国最大の金融機関である三菱東京UFJ銀行の担当部門にお尋ねになれば、必ず個人情報の保護についてのノウハウを教えてくれると思いますよ。
さらにこれは些細なこととおっしゃるかもしれませんが、全国の運転免許証保持者が喜んでくれる改革案を提案させていただきます。
それは更新あるいは再交付の申請時に義務づけられているプリントされた写真の提出条件を廃止して、全警察署に1000万画素程度の高級デジタル1眼レフカメラを設置し、そのカメラで免許関係の担当職員が申請者の顔を撮影するようにすれば免許制度の現在の不備を一気に解決できる画期的なシステムが構築できます。
① 交通安全協会や自動撮影機で撮影するポラロイド方式の写真に比べ1000万画素数のデジタル画像の情報量(わかりやすく言えば写真の鮮明度)は桁違いに多いこと。
② 免許申請者が負担するコストは自動撮影機(私が住んでいる町の最寄り駅周辺に設置してある)の700円、交通安全協会(警察署敷地内にある)の1000円に比べ、やはり桁違いに安いこと。そのことを証明します。
まず1000万画素数の1眼レフカメラの価格は個人が量販店で買っても8万円台で買えます。警察庁が全国の警察署に設置する分を入札で一括購入すれば、おそらく7万円以下で買えます。でもいちおう高めの8万円で購入したとしましょう。そのカメラの耐用撮影回数は約4万回です。つまり1回の撮影コストは2円です。でも撮影に失敗することもありますからひとりの申請者を2回撮影したとしてコストを4円とみましょう。後はバッテリーですが、約6000円しますが、寿命は約300回の繰り返し充電で交換しなければなりません。1回の充電で約400回撮影できますから、1万2000回撮影で交換時期となります。これも少なめに見積もって1万回の撮影で交換するとすれば、カメラの耐用期間内に3回買わなければなりません(最初のバッテリーは8万円のカメラについています)。で4万回撮影するのに1万8千円かかりますから、1回の撮影に45銭かかります。一人を2回撮影したとすれば約1円です。つまりカメラおよびバッテリーの償却コストはかなり高めに見積もっても5円で済むことになります。撮影したデジタル画像情報はいったんSDカードに記録されますが、SDカードの寿命は半永久的とされていますからコストに入れる必要はありません。いったんSDカードに記録された画像データはパソコンでCDかDVDに保存すれば、これも半永久的な寿命がありますからコストに入れる必要はありません。
最後のコスト要因として撮影する警察署員の人件費の計算をします。視力検査をしたり、申請書の記載事項をチェックする程度の能力があれば十分として、その職員の年収は300万円程度みておけば十分と考えました。
その職員の年間実働時間は22×8×12=1320時間です。(実際の勤務日数は祝日や夏休み、年末年始、10~20日の年次有給休暇を引くと月18~19日ですが、労働基準法が基準にしている数値を採用しました)
年収300万円の職員の1時間当たりの人件費は2273円、1分では38円になります。これも大目に見て一人の撮影とパソコンでCDかDVDに画像データを保存するのに3分かけたとすると、その人件費は114円ということになります。つまり総コストは119円と劇的に下がります。
③ コストの削減はこれから述べるメリットに比べれば、ほんの些細な効果、と言ってもいいと思います。それは現在構築されている警察のオンラインシステムを再構築しなくても、各警察署で撮影した画像記録データ(もちろんデジタル信号)を警察署のパソコンから免許本部のサーバー(バカみたいな話ですが、免許本部に置かれているコンピュータは8年前のメインフレームです。そのメンテナンスや維持費に費やしている費用2年分以下で、現在使用しているメインフレームより性能も情報処理能力も数倍上のサーバーが買えると思います)に一般公衆回線で伝送すれば即座に新しい免許証が作れます。県には54の警察署があり、4箇所に運転免許証作成機が導入されています。その4箇所では免許更新が即日できるようですが、再交付の場合はすべて免許本部まで手続きに行かなければならないようです。その理由は本人の顔写真は免許本部の台帳にしか保存されていなくて、本人確認が免許本部でないとできないから、だそうです。確かに現在のようなポラロイド式のインスタント写真を免許証の作成に使用していたら、そういう不便を県民に強いざるを得なくなるのは当たり前です。
しかしすべての警察署に運転免許証作成機を導入するような無駄なコストをかけなくても、免許本部に最新式のサーバー(たぶん100万円以下で買えると思います)を設置し、そのサーバーに各警察署で撮影したデジタル画像データを一般公衆回線(でないと現在の警察オンラインでは無理のようです)で送れば、免許証紛失者がわざわざ免許本部まで足を運ばなくても、地元の警察署で再交付の手続きができるようになるはずです(免許本部の課長のパソコンではインターネットもできないということです。予算の関係でそうなっているようですが、民間だったら考えられないことです)。
しかもすでに述べたように免許証の作成を民間に委託するようにすれば、住民基本台帳カードのように更新でも再交付でもせいぜい3日もあれば新しい免許証が県民の手に届くようになります。そして免許本部は運転免許試験と免許データの管理だけに徹するようにすれば、凶悪犯罪がますます増えつつある中で、犯罪防止と、犯罪が行われたときの捜査体制の強化に人員を回すことができるようになります。
免許証発行システムがこのように改善されれば交通安全協会は困るでしょうが、必要がなくなったものは消えてなくなるのが常に歴史の必然です。わずか2.73%の証紙販売マージンだけではやっていけないでしょうから、交通安全協会は解散し、証紙販売は郵便局とコンビニが肩代わりすれば県民に負担はかかりません。
追伸
念のため申し上げておきますが、私は警察に格別の悪感情を持っているわけではありません。
私は元フリーのジャーナリストで、32冊の本を出しています。私のジャーナリストとしての記録は誰でもインターネットで調べることができます。私がその世界からリタイアを余儀なくされたのは1998年、ちょうど10年前でした。私の本は大半が大手の出版社から上梓されています。私がフリーのジャーナリストになったのは38歳のとき、まったくの偶然でした。その経緯の要点は私のブログ(goo)に書きました。私は誰からも教えられず、どなたのジャーナリスト論も読まず、自分自身の思考を重ねることで、私が何かを主張する場合の方法論を生み出してきました。その方法論とは①一切の組織の縛りや既成の権威から自立した精神を持つこと②あくまでフェアに考えフェアな主張しかしないこと③何かを主張する場合その内容が本当に論理的かどうかを真摯に検証すること、の3つです。ジャーナリストは反権力であるべきだ、と考えている人が多いようですが(最近は昔ほどではなくなってきましたが)、私は「権力に対する批判精神を失ってはいけないが、権力に対して批判する場合も、先に述べた3か条を逸脱してはいけない」と考えています。
日本紳士録にも早い時期から登録されていた私ですが、個人情報の保護のため数年前に登録を辞退しました。実際紳士録で私の住所や電話番号を知り、金融先物業者や商品取引業者、いかがわしい「不動産」業者などからの訪問や電話でしばしば困惑したことが辞退した理由です。
そんな私でしたが、私から仕事の機会を奪ったのは漫画ブームでした。電車に乗ってもいい年をした大人が夢中になって漫画雑誌を読んでいた風景が昨日のように思い出されます。その漫画も今は携帯とゲーム機に存在が脅かされています。サンデーとマガジンという永遠のライバル会社が発行してきた漫画雑誌が、生き残りのため提携しましたが、そんな姑息な方法で生き残れると思ったら社会の動きをまったく理解していないことになります。いま若い人たちが憧れている「お笑い芸人」の時代もいつまで続くか誰も保証できません。
こんなことを書いたのも、交通安全協会の存在意義がもうなくなったことをお認めいただきたかったからです。もし民間が免許証発行業務を請け負っていたら、とっくに交通安全協会は消滅していたのです。警察が道交法違反を取り締まるのは当然の業務ですが、運転免許証の発行業務は警察でなくてもできることです。そういう疑問を私以外誰も持ったことがないから警察がその業務を独占できてきただけです。私の5歳の孫は「なぜ」「なぜ」と疑問を連発します。つい最近も電車に乗っていて「なぜ石がいっぱい置いてあるの?」と私に疑問をぶつけてきました。線路に敷き詰められている石のことです。私はその理由を知っていましたが、敢えて教えず、駅の事務所に連れて行き駅員に「この子が教えてもらいたいことがあるようなので」と言い、孫には「このおじさんに聞いてごらん」と言いました。孫はちょっと戸惑った様子でしたが「あの、なぜ石がいっぱい置いてあるの」と聞きました。駅員は笑みを浮かべながら「電車の振動を押さえるためだよ」と答えたので、私が「電車が揺れないためだって」と「翻訳」しました。駅員は「そう、揺れないようにするためなんだよ」と言い直しました。私が孫を駅の事務所に連れて行ったのは問題を解決する方法を学ばせるためでした。意外な効果があったのは駅員に幼い子どもが理解できる言葉で説明することの大切さをわかってもらえたことでした。
敢えて再び申し上げますが、交通安全協会の歴史的役割はもう終わりました。運転免許証にプリントする顔写真もデジタル処理するほうがはるかに有利です。交通安全協会については国民の90%以上(そう言い切っても間違いではないでしょう)が存在意義に大きな疑問を持っています。つまり私の孫が線路の石に素朴な疑問を持ったのと同様、子どものような純粋で素朴な疑問を国民のほとんどから持たれているのが交通安全協会なのです。「警察のための国民」として国民に君臨し続けるのか「国民のための警察」になって、国民から信頼され頼りにされる警察になるのか、いま警察は大きな分岐点を迎えています。
しかし、である。その前にやっておかなければならぬことがある。財政の無 駄や非効率を徹底してなくすことだ。
最近でも、許せない無駄使いが次々と発覚している。天下りの受け皿になっ ている特殊法人や独立行政法人による官製談合、あまりにも多い公用車、ミュ ージカルやマッサージチェアにも使われた道路財源と、きりがない。
しごくもっともな主張である。「精神分裂集団」とわたしが厳しく批判してきた朝日新聞の論説委員室も、最近は納得できる主張をするようになってきて、私もこのブログの筆をしばらく休止してきた。そうした理由より前回書いた「小林紀興の社会保障制度改革論」の執筆で精根尽き果てたのがブログ中断の本当の理由だが、子の社説を読んでなぜ税金の無駄遣いがなくならないのかという根本的な原因を解明し、その原因を排除するための提案をしてこそ、社説の正論もより説得力が増したのに、と残念に思う。
実は朝日の論説氏は省庁や地方自治体、さらに公的法人の硬直化している予算制度に問題があることぐらいは知っている。知ってはいるが、政治部や社会部の記者の怠慢で(朝日新聞は部制を廃してグループ制に変えたが社内ですらグループ制がまだ浸透していない状況なので、私も部表示した)、硬直化している予算の使い方の無駄についてはこれまでほとんで報道してこなかった。「多すぎる公用車や職員への限度を超えた福利厚生費」も朝日新聞がスクープしたわけではない。
この予算の硬直化には実は二つのケースがある。頭の悪い新聞記者は「予算の硬直化」という常識は一応わかったつもりでいても、その言葉を知っているだけで、実態に対する理解はせいぜいのところ年度末(3月31日)が近付くと急に道路を掘り繰り返しだすことぐらいの知識しかもってない。情けないことだ。確かに道路だけでなく年度末が近付くと急に金遣いが荒くなるのは、年度内に予算を消化しないと次年度の予算が削られると思い込んでいる役人どもが必死に金の使い道を「研究」した結果であることは「予算が硬直化」するケースの一つではある。それはそれで税金の無駄遣いを役人どもにさせないためにどういう無駄遣いをしているか、マスコミは総力を挙げて調べ上げ追求すべきではある。
だがもう一つの「予算の硬直化」にはマスコミは全く気付いていない。知ってはいても批判の対象にはならないと思い込んでいる。社会部の若手記者はいわゆる「察回り」を必ず経験する。その「察回り」で絶対に知るはずの「予算の硬直化がある。たとえばパトカー。警察官だって事故を起こすことはある。その事故でパトカーがかなりの損傷を受け、修理するのに数10万円もの金がかかることもある。民間企業や個人も買って間もない新車なら修理する方を選択するだろう。が、すでにかなりの期間乗ってきた車だったら、それだけの金を払っても修理した方が得か新車に買い替えた方が得か計算し合理的な結論を出す。が、役所にはそうした合理的な判断をすることが許されていない。あらかじめ決められた耐用年数は、故障で直せない場合(車だったら大破して修理不可能な場合)を除き、経済的合理性を無視して使い続けなければならない。
これまで人類が経験してきた技術革新で、過去のケースでは19世紀の産業革命の時期が最大だったが、今進行しているIT技術の革新スピードは産業革命期をはるかに上回る。そのIT技術を、予算制度に縛られて導入できないため、結果的に税金の無駄遣いをせざるを得なくなっているのが、「硬直化した予算制度」の弊害の二つ目のケースなのだが、そのことを指摘したジャーナリストは一人もいない。不正行為ではないからだ。不正行為を暴くことだけがジャーナリストの義務だと思い込んでいると、役所の無駄遣いはなくならない。そこで私自身の経験から思いついた免許証作成システムのアイデアを、5月に警察庁長官に提案したことがある。このアイデアに対する警察庁からの何らかの対応はまだないが、IT技術を導入すれば間違いなく、免許証作成コストは大幅に削減され、運転免許本部の業務も大幅に合理化できる。もし民間企業が免許証作成業務を請け負っていたら、もうとっくに実現しているはずのアイデアである。警察庁長官にお送りした文書をこのブログで公開する。読者のみなさんもいいアイデアがあったらどしどし提案してほしい。
2008年5月10日
警察庁 長官殿
先日私が住んでいる市で顔写真やICチップがついた住民基本台帳カードを希望者に発行していることを市政だよりで知り、早速市役所に運転免許証に代わる保険証より確実な本人確認のための証明手段として認められる住民基本台帳カードの申請に行きました。私は今年7月で68歳になりますが、70歳になった日に(私の免許証の有効期限がちょうど切れる日です)免許の更新をしないことに決めています。私はいま毎日のようにフィットネスクラブで汗を流していますが、エアロなどをなさっている方はお分かりですが、インストラクターは毎回新しいステップを考案して指導します。若い人は1~2回やれば新しいステップをすぐ覚えますが、私くらいの年になると最後までインストラクターの動きについていけないことがしばしばあります。私はバーベルエクササイズやプールでの筋トレメニューでは若い人にも負けない体力がありますが、運動神経(反射神経と言ってもいいかもしれません)は確実に年とともに後退していることをいやというほど知らされるのがエアロです。私が70歳になった日に、つまり免許の有効期限が切れる日に運転を止めることに決めた最大の理由です。
で、70歳を超えてからの本人確認が確実にできる証明手段として、まだ早いかなとも思いましたが住民基本台帳カードを交付してもらうことにしたというわけです。
正直に申し上げますが、私は独身時代、平気で酒を飲んで運転していました。酒に強く、かなりの量の飲酒をしても酔っ払うことがなかったことが、飲酒運転に対する罪悪感を麻痺させていたのかもしれません。その私が飲酒運転をピタッと止めたのは子どもが生まれたのがきっかけでした。親になったという自覚が、どんなに酒に自信があっても、また万に一つの可能性であっても、飲酒運転で同乗させた子どもを事故に巻き込んだら取り返しがつかないどころか死んでも死に切れないという思いを持ったからです。クルマは「走る凶器だ」という認識を強く持つようになったのもそのときからです。
さて今回この文書をお送りすることにしたのは、私が70歳になったら免許更新しないことをお伝えすることが主目的ではありません。住民基本台帳カードの交付を受けて衝撃を受け、いろいろ調べた結果、国民のための警察になってもらうためのご提案をすべきだと思ったからです。はっきり言えば「警察のための国民」から「国民のための警察」に転換していただくための第一歩になる提案です。
私が市役所に住民基本台帳カードの申請をした翌々日には「カードができたので市役所に取りに来てください」という書類が郵送されてきました。まず行政の対応の早さにびっくりしました。免許証の更新手続きを所轄の警察署で行った場合、新しい免許証が交付されるのに約1ヶ月かかります(県の運転免許本部まで行って手続きすれば即日交付されます)。何故でしょうか。
次にびっくりしたのは住民基本台帳カードの料金です。免許証と同様顔写真がプリントされているだけでなくICチップまでついて、なんとたったの500円でした。いくらなんでも500円では作れないだろうと思い、市役所の係員に質問したところ、「1000円以上はかかっているようですが、正確な金額は担当者に聞いてください」と言われ、担当者にお尋ねしました。今は警察もそうだと思うのですが、よほどの機密事項でない限り情報公開制度を利用しなくても面談あるいは電話で問い合わせれば教えてもらえます。市役所の担当者はこう言いました。重要なことですから太字で書きます。
カードの作成は民間業者に委託しており、発注単価は発注枚数によって多少上下しますが、平均単価は約1300円です。
運転免許証発行の手数料は地域によって異なっているようですが、私が住ん
でいる県の場合5種類に分かれていて、一番安い「優良運転者等」でも2800円、「違反運転者」や「初回運転者」はなんと3800円も取られます。これはおそらく講習のための費用が加算されているからだと思いますが、免許証を紛失して再交付を受ける場合は講習を受けないのに3200円取られます。そうなると警察は「紛失」を交通違反として罰金400円(3200-2800=400)を徴収していることになります。これは純粋に論理的結論です。道路交通法に「紛失」を交通違反とした規定があったら教えたください。なお念のため、所轄の警察署も県の運転免許本部も、さらに県警本部も私の疑問にはお答えになれませんでした。
さらに免許証の交付手数料が異常に高いことです。警察庁の広報によれば道交法(だったと思いますが)112条に基づいて各都道府県の公安委員会が決めているとのことですが、県公安委員会(県警本部の中にあり、タウンページに載っている県公安委員会の電話番号は県警本部の代表電話番号です)のガードが高く電話での問い合わせはもちろん公安委員会宛にFAXで問い合わせたくても広報県民課でストップされ、公安委員会には絶対に届けてくれません。この文書も、警察庁を管轄している国家公安委員長宛にFAXしたいのですが、それが不可能なため警察庁に郵送することにした次第です。
さて本題に入りますが、住民基本台帳カードの作成原価(いちおう市当局の民間業者への発注単価を原価としました。念のため申し添えておきますが、市から受注している民間業者はその受注単価でも利益を上げているはずです)がICチップまで付いて1300円なのに運転免許本部がICチップなしの免許証作成費(手数料と称していますが)を2800~3800円もの高額にしている理由について、フェアで論理的なご説明を求めます。(?)112条に基づいてコストを計算したら、そういう金額になるというのでしたら、コスト計算の方式に問題があるのか、運転免許本部の職員が常識を超えた高給を取っているため人件費が免許証作成コストを高騰させているのか、あるいは免許証作成機のリース代を不当に高く取られているのか、論理的な結論としてはこの3つしか、民間業者が作成している住民基本台帳カードの受注単価をはるかに上回る手数料を設定している理由の説明はつかないはずです。
そしてどのような改善策を講じても運転免許本部で免許証を作成すると、作成手数料を下げることができないという結論に達した場合は、住民基本台帳カードのように民間業者に免許証の作成を委託すべきです。そうすれば更新で新しい免許証の交付に1ヶ月もかかるバカみたいな状況も改善できるし、ICチップなしの免許証ならおそらく1000円程度の手数料で十分作れるはずです。民間業者に委託する場合、個人情報の漏洩が危惧されるとお考えでしたら、東京都も住民基本台帳カードを都民に交付しているはずですから都庁に防止策をどのように講じたかお聞きになってもいいし、金融機関が発行しているキャッシュカードやクレジットカードのほうが運転免許証に記載されている個人情報よりはるかに膨大でかつ重大な機密性が求められる情報が入力されているのですから、わが国最大の金融機関である三菱東京UFJ銀行の担当部門にお尋ねになれば、必ず個人情報の保護についてのノウハウを教えてくれると思いますよ。
さらにこれは些細なこととおっしゃるかもしれませんが、全国の運転免許証保持者が喜んでくれる改革案を提案させていただきます。
それは更新あるいは再交付の申請時に義務づけられているプリントされた写真の提出条件を廃止して、全警察署に1000万画素程度の高級デジタル1眼レフカメラを設置し、そのカメラで免許関係の担当職員が申請者の顔を撮影するようにすれば免許制度の現在の不備を一気に解決できる画期的なシステムが構築できます。
① 交通安全協会や自動撮影機で撮影するポラロイド方式の写真に比べ1000万画素数のデジタル画像の情報量(わかりやすく言えば写真の鮮明度)は桁違いに多いこと。
② 免許申請者が負担するコストは自動撮影機(私が住んでいる町の最寄り駅周辺に設置してある)の700円、交通安全協会(警察署敷地内にある)の1000円に比べ、やはり桁違いに安いこと。そのことを証明します。
まず1000万画素数の1眼レフカメラの価格は個人が量販店で買っても8万円台で買えます。警察庁が全国の警察署に設置する分を入札で一括購入すれば、おそらく7万円以下で買えます。でもいちおう高めの8万円で購入したとしましょう。そのカメラの耐用撮影回数は約4万回です。つまり1回の撮影コストは2円です。でも撮影に失敗することもありますからひとりの申請者を2回撮影したとしてコストを4円とみましょう。後はバッテリーですが、約6000円しますが、寿命は約300回の繰り返し充電で交換しなければなりません。1回の充電で約400回撮影できますから、1万2000回撮影で交換時期となります。これも少なめに見積もって1万回の撮影で交換するとすれば、カメラの耐用期間内に3回買わなければなりません(最初のバッテリーは8万円のカメラについています)。で4万回撮影するのに1万8千円かかりますから、1回の撮影に45銭かかります。一人を2回撮影したとすれば約1円です。つまりカメラおよびバッテリーの償却コストはかなり高めに見積もっても5円で済むことになります。撮影したデジタル画像情報はいったんSDカードに記録されますが、SDカードの寿命は半永久的とされていますからコストに入れる必要はありません。いったんSDカードに記録された画像データはパソコンでCDかDVDに保存すれば、これも半永久的な寿命がありますからコストに入れる必要はありません。
最後のコスト要因として撮影する警察署員の人件費の計算をします。視力検査をしたり、申請書の記載事項をチェックする程度の能力があれば十分として、その職員の年収は300万円程度みておけば十分と考えました。
その職員の年間実働時間は22×8×12=1320時間です。(実際の勤務日数は祝日や夏休み、年末年始、10~20日の年次有給休暇を引くと月18~19日ですが、労働基準法が基準にしている数値を採用しました)
年収300万円の職員の1時間当たりの人件費は2273円、1分では38円になります。これも大目に見て一人の撮影とパソコンでCDかDVDに画像データを保存するのに3分かけたとすると、その人件費は114円ということになります。つまり総コストは119円と劇的に下がります。
③ コストの削減はこれから述べるメリットに比べれば、ほんの些細な効果、と言ってもいいと思います。それは現在構築されている警察のオンラインシステムを再構築しなくても、各警察署で撮影した画像記録データ(もちろんデジタル信号)を警察署のパソコンから免許本部のサーバー(バカみたいな話ですが、免許本部に置かれているコンピュータは8年前のメインフレームです。そのメンテナンスや維持費に費やしている費用2年分以下で、現在使用しているメインフレームより性能も情報処理能力も数倍上のサーバーが買えると思います)に一般公衆回線で伝送すれば即座に新しい免許証が作れます。県には54の警察署があり、4箇所に運転免許証作成機が導入されています。その4箇所では免許更新が即日できるようですが、再交付の場合はすべて免許本部まで手続きに行かなければならないようです。その理由は本人の顔写真は免許本部の台帳にしか保存されていなくて、本人確認が免許本部でないとできないから、だそうです。確かに現在のようなポラロイド式のインスタント写真を免許証の作成に使用していたら、そういう不便を県民に強いざるを得なくなるのは当たり前です。
しかしすべての警察署に運転免許証作成機を導入するような無駄なコストをかけなくても、免許本部に最新式のサーバー(たぶん100万円以下で買えると思います)を設置し、そのサーバーに各警察署で撮影したデジタル画像データを一般公衆回線(でないと現在の警察オンラインでは無理のようです)で送れば、免許証紛失者がわざわざ免許本部まで足を運ばなくても、地元の警察署で再交付の手続きができるようになるはずです(免許本部の課長のパソコンではインターネットもできないということです。予算の関係でそうなっているようですが、民間だったら考えられないことです)。
しかもすでに述べたように免許証の作成を民間に委託するようにすれば、住民基本台帳カードのように更新でも再交付でもせいぜい3日もあれば新しい免許証が県民の手に届くようになります。そして免許本部は運転免許試験と免許データの管理だけに徹するようにすれば、凶悪犯罪がますます増えつつある中で、犯罪防止と、犯罪が行われたときの捜査体制の強化に人員を回すことができるようになります。
免許証発行システムがこのように改善されれば交通安全協会は困るでしょうが、必要がなくなったものは消えてなくなるのが常に歴史の必然です。わずか2.73%の証紙販売マージンだけではやっていけないでしょうから、交通安全協会は解散し、証紙販売は郵便局とコンビニが肩代わりすれば県民に負担はかかりません。
追伸
念のため申し上げておきますが、私は警察に格別の悪感情を持っているわけではありません。
私は元フリーのジャーナリストで、32冊の本を出しています。私のジャーナリストとしての記録は誰でもインターネットで調べることができます。私がその世界からリタイアを余儀なくされたのは1998年、ちょうど10年前でした。私の本は大半が大手の出版社から上梓されています。私がフリーのジャーナリストになったのは38歳のとき、まったくの偶然でした。その経緯の要点は私のブログ(goo)に書きました。私は誰からも教えられず、どなたのジャーナリスト論も読まず、自分自身の思考を重ねることで、私が何かを主張する場合の方法論を生み出してきました。その方法論とは①一切の組織の縛りや既成の権威から自立した精神を持つこと②あくまでフェアに考えフェアな主張しかしないこと③何かを主張する場合その内容が本当に論理的かどうかを真摯に検証すること、の3つです。ジャーナリストは反権力であるべきだ、と考えている人が多いようですが(最近は昔ほどではなくなってきましたが)、私は「権力に対する批判精神を失ってはいけないが、権力に対して批判する場合も、先に述べた3か条を逸脱してはいけない」と考えています。
日本紳士録にも早い時期から登録されていた私ですが、個人情報の保護のため数年前に登録を辞退しました。実際紳士録で私の住所や電話番号を知り、金融先物業者や商品取引業者、いかがわしい「不動産」業者などからの訪問や電話でしばしば困惑したことが辞退した理由です。
そんな私でしたが、私から仕事の機会を奪ったのは漫画ブームでした。電車に乗ってもいい年をした大人が夢中になって漫画雑誌を読んでいた風景が昨日のように思い出されます。その漫画も今は携帯とゲーム機に存在が脅かされています。サンデーとマガジンという永遠のライバル会社が発行してきた漫画雑誌が、生き残りのため提携しましたが、そんな姑息な方法で生き残れると思ったら社会の動きをまったく理解していないことになります。いま若い人たちが憧れている「お笑い芸人」の時代もいつまで続くか誰も保証できません。
こんなことを書いたのも、交通安全協会の存在意義がもうなくなったことをお認めいただきたかったからです。もし民間が免許証発行業務を請け負っていたら、とっくに交通安全協会は消滅していたのです。警察が道交法違反を取り締まるのは当然の業務ですが、運転免許証の発行業務は警察でなくてもできることです。そういう疑問を私以外誰も持ったことがないから警察がその業務を独占できてきただけです。私の5歳の孫は「なぜ」「なぜ」と疑問を連発します。つい最近も電車に乗っていて「なぜ石がいっぱい置いてあるの?」と私に疑問をぶつけてきました。線路に敷き詰められている石のことです。私はその理由を知っていましたが、敢えて教えず、駅の事務所に連れて行き駅員に「この子が教えてもらいたいことがあるようなので」と言い、孫には「このおじさんに聞いてごらん」と言いました。孫はちょっと戸惑った様子でしたが「あの、なぜ石がいっぱい置いてあるの」と聞きました。駅員は笑みを浮かべながら「電車の振動を押さえるためだよ」と答えたので、私が「電車が揺れないためだって」と「翻訳」しました。駅員は「そう、揺れないようにするためなんだよ」と言い直しました。私が孫を駅の事務所に連れて行ったのは問題を解決する方法を学ばせるためでした。意外な効果があったのは駅員に幼い子どもが理解できる言葉で説明することの大切さをわかってもらえたことでした。
敢えて再び申し上げますが、交通安全協会の歴史的役割はもう終わりました。運転免許証にプリントする顔写真もデジタル処理するほうがはるかに有利です。交通安全協会については国民の90%以上(そう言い切っても間違いではないでしょう)が存在意義に大きな疑問を持っています。つまり私の孫が線路の石に素朴な疑問を持ったのと同様、子どものような純粋で素朴な疑問を国民のほとんどから持たれているのが交通安全協会なのです。「警察のための国民」として国民に君臨し続けるのか「国民のための警察」になって、国民から信頼され頼りにされる警察になるのか、いま警察は大きな分岐点を迎えています。
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