小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

小保方晴子氏のSTAP細胞作製疑惑に新たな疑惑が浮上した。彼女はなぜ真実を明らかにせず逃げ回るのか?

2014-03-14 06:28:43 | Weblog
 STAP細胞の夢が消えようとしている。昨日(13日)、STAP細胞の作製に成功したとされてきた小保方晴子氏が「研究ユニットリーダー」として籍を置いている理化学研究所の発生・再生科学総合研究センター長の竹市雅俊氏が毎日新聞の取材を受け、『ネイチャー』に投稿・掲載された論文について「取り下げざるを得ない」と語った。今日、記者会見を開いて「すべて説明する」という。読者がこのブログを読まれているころには、すでに記者会見は行われているかもしれない。
 問題はやや複雑化してきた。私が11日に投稿したブログ『小保方晴子氏のSTAP細胞作製は捏造だったのか。それとも突然変異だったのか?』では、告発者の山梨大学教授の若山昭彦氏が、「研究データに重大な問題が見つかり、STAP細胞が存在する確信がなくなった。研究論文に名を連ねた研究者たちに論文の取り下げに同意するよう働きかけている」という段階だった。この告発に対して理化学研究所は「研究の本質的な部分については揺るぎないものと考えている」と発表していた。
 若山氏の告発によって、メディアも一斉に動き出した。読売新聞のワシントン支局記者が論文の著者の一人であるハーバード大学医学部教授のチャールズ・バカンティ氏への書面での取材に応じて「STAP細胞についてのネイチャー誌の論文に対する疑惑と懸念は、私たちの発見や結論には何ら影響しないと固く信じている」と改めて強調し、論文の撤回に難色を示したという。
 ところが、ネイチャー論文に対する疑惑だけでなく、別の疑惑も明らかになった。朝日新聞が12日に報道した記事(デジタル版)によると、小保方氏が母校の「早稲田大学の提出した英文の博士論文で、参考文献リストが他の論文と酷似しており、リストは論文の根拠となる文献を示すもので、学位取り消しの検討が求められる状況となっている」という。この記事だけでは何のことかさっぱりわからないが、こういうことのようだ。
 2011年2月に提出された博士論文はSTAP細胞の論文ではないが、章別に参考文献リストが記載されていて、たとえば第3章には参考文献リストとして38件が記載されているが、肝心の論文中では引用したことを明示せずに、台湾の病院の研究者らが医学誌で発表した論文に記載されている文献リスト53件の中から無断で孫引きしたということらしい(※これは私の要約。記者は朝日新聞の編集委員ということだが、意味不明な文章だったので要約した)。
 私は、著書やこのブログでも引用したり転記(転載)したり、あるいは要約する場合は必ず、そのことを明示することにしているが、著書の末尾に「参考文献」として列挙したことは一切ない。私は事実を調べる場合に、今は取材活動など一切しないが(単純に時間と金の無駄遣いになるため)、インターネット
はよく利用させてもらう。新聞記事は著作権の対象にはならないが(最近署名記事が増えており、署名記事の場合は著作権の対象になる)、事実として公になっている場合を除き、私が新聞記事を引用したり要約したりする場合は基本的に事実としては私自身が責任を負えないと判断した場合で、だから「◌◌によれば」といった間接的表記にしている。だから、読売新聞読者センターとの紛争についても、私にあれだけコテンパンに書かれても読売新聞は私に対して何もできない。
 巻末に参考文献を羅列するのは、自分の頭で考えたのではありません。このように権威ある人の論文をベースにしています。――と無能さを自ら告白しているようなもので、しかも論文のどこがオリジナルで、どこが「ノリとハサミ」なのか明確でない論文が博士論文としてとおってしまうこと自体が私には信じがたい。だから、小保方氏の博士論文自体も問題ではあるが、小保方氏は章末に参考文献を列挙していたようだから、なぜ早稲田大学の論文審査委員は、小保方氏の論文のどの箇所がどの文献を参考にして書いたのか、あるいは無断引用なのかのチェックをまったくしていなかったということになる。つまり私に言わせれば、小保方氏一人のインチキな博士論文という問題より、一流大学と衆目が認める早稲田大学では、バレさえしなければどんな盗作的博士論文でもとおってしまう大学だということを世間に公にしただけということになる。この一件で小保方氏の博士号をはく奪でもしようものなら、早稲田大学は恥の上塗りをするだけになる(私は小保方氏の博士号はく奪に反対しているわけではない。念のため)。
 またいまネイチャーに投稿した論文に掲載された写真が、過去の論文に掲載した写真と酷似していることも問題になっている。この問題の仕方もおかしいと言わざるを得ない。万能細胞であることを証明する根幹とも言うべき写真だそうだが、でっち上げの写真なのか、単に過去の論文に掲載した写真と酷似しているだけなのか、それを調べなければ結論は出せないはずだ。マウスを使って作製した万能細胞だったら、同じ実験で得た写真が酷似するのは当たり前ではないか。ネイチャーに掲載した写真が、人工的に細工が施されたものであれば、とんでもない話だが、その証明はされていないようだ。
 第一、論文の著者名には14人の研究者が名を連ねている。論文を取り下げるよう告発した若山氏も名を連ねた著者の一人だ。彼は研究に実際には参加せずに、名前だけ貸した人間なのか。メディアは告発した若山氏を英雄のように扱っているが、今頃になって研究者の良心がとがめるくらいなら、安易に名前を貸したことについて「STAP細胞作製についてどのような関与をしたのか、なぜ確信が持てない研究論文に著者として名を連ねたのか、当時は確信していたとしたら、なぜ今になって確信が持てなくなったのか」といった疑問に、まず答える必要があるのではないか。そうすればSTAP細胞作製に対する疑惑の解明にも大きな役割を果たすことになる。
 11日に投稿したブログにも書いたが、100%の再現性がなければ事実として認められないというのであれば、少なくとも若山氏は共同研究をしていた時には100%の再現性を認めていなかったのか。ips細胞発見の山中伸也教授にしても、いきなり100%の再現性が認められる結果に出くわしたわけではないと思う。
 自然界の状況は、同じ日、同じ場所でも、1分違えば差異が生じる。そうした 差異が偶然の大発見、大発明につながるケースも少なくない。そうした現象を生じさせた自然界の状況を突き止めることができれば、同じ条件を人工的に作り出すことによって再現性は限りなく高まる。
 私はいまでも、事実としてはSTAP細胞は出来ていたのではないかと思っている。だから米ハーバード大学教授も「STAP細胞についてのネイチャー誌の論文に対する疑惑と懸念は、私たちの発見や結論には何ら影響しないと固く信じている」と自らの信念を語っているくらいである。また理化学研究所も当初は「研究の本質的な部分については揺るぎないものと考えている」と主張していた。しかも論文の著者14人中9人が理化学研究所の発生・再生科学総合研究センターの研究者(小保方氏を含む)である。センター長で、今日「論文は取り下げざるをえない」と毎日新聞記者に語った竹市氏は、水面下で疑惑が持ち上がり始めた先月上旬、やはり毎日新聞の記者に「データに疑う余地がなかった。聞いた瞬間から信用した」と語ったという。
 ネイチャー誌の規定により、論文の取り下げには著者全員の同意が必要だという。果たして全員が同意するのか。もし同意するということになると、若山氏も含め著者全員に、論文に名を連ねたことの説明責任が生じる。「ビールをごちそうになったから名前を貸した」では済まされない。
 また、これだけ大騒ぎになっているのに、肝心の小保方氏はなぜメディアから逃げ回っているのか。たとえ再現性に問題があったとしても少なくとも13人の研究者がいったんはSTAP細胞作製の成功を認めたわけで、小保方氏自身の説明責任は何よりも重い。自分が首をくくれば、それで済むという問題ではない。冗談ではなく、追い詰められて、真相を闇に葬ったまま小保方氏が自ら命を絶つことを私は一番恐れている。
 

春闘のベアは一時的効果しかない。ベアよりももっと抜本的な日本型経営体質の改善を経団連は考えるべきだ。

2014-03-13 13:23:19 | Weblog
 安倍総理が「禁じ手」を使った。春闘にまで政治的主導権を発動したのだ。
 かつて池田総理が「所得倍増論」を政策課題として掲げたことがある。日本の高度経済成長の波を象徴する政策だったが、池田総理も労使の賃闘に口出ししてまで経営側に賃金アップを要求するようなことはしなかった。そういう意味では、安倍総理の経営側に対する賃上げ要求はアベノミクスによる経済復興を何が何でも実現するという固い信念の表れと言えよう。
 経営側、とくに経団連が、安倍総理の強い要請に応えて加盟大企業に「業績回復を賃上げで労働者にも還元するよう」と、これまた異例の要請をした。が、賃上げは一部の輸出大企業にとどまる見通しだ。円安で輸入原材料の高騰に悲鳴を上げている中小零細企業にとっては賃上げどころではないといった状況のようだ。まして今回の賃上げは増大の一途をたどる非正規雇用者にまでは及びそうもない。
 安倍総理が春闘に口出しして「企業の業績回復を賃上げに反映させるように」と経営側に強く要請したことは、総理のリーダーシップのあり方の一つとして高く評価したい。しかし輸出関連の大企業(とくに自動車や電機関連の産業)の社員だけが潤っても、日本経済界のすそ野にまで賃上げムードが広がっていかないと、アベノミクスによる本格的な経済復活も財政再建も「遠い夢」のままだ。
 個々の中小零細企業にまで、賃上げについていちいち口出しするのは、私もいかがなものかと思うが、政治主導でできることもある。
 それは企業の雇用者全体に占める非正規社員の割合を一定の比率にとどめる法律を作ること、また大企業の賃金アップに比例して最低賃銀も大幅アップして、事実上生活保護者以下の生活しかできていない労働者にも多少のおすそ分けをすること。大企業労働者の方にばかり目を向けずに、幅広く消費者の購買力をかさ上げしないと、4月からの消費税増税が与える日本経済への打撃を吸収できない。
 それはともかく、経団連加盟の大企業の多くが数年ぶりにベースアップに踏み切った。経団連の米倉弘昌会長は、ほんの1か月前まで「いまはベアという世の中ではない」と慎重な姿勢を崩していなかった。が、昨日のニュースでは、米倉会長は「総理の要請にこたえてベアを加盟企業に要請した」ことを明らかにした。経済団体としても、アベノミクスを成功させて「失われた20年」からの本格的脱却を図ろうという強い意欲を示したものと言えよう。
 政府は早い時期から政治主導で春闘を「ベア復活」に導こうと手を打ってきたようだ。ベースアップは「年功序列・終身雇用」という旧日本型経営の賃金体系を支えてきた重要な要素だった。が、「失われた20年」の間に労使の激しい攻防を経て、事実上「ベア」は春闘から姿を消していた。労組側も、春闘の
たびに建前としては「ベア」を要求してきたが、経営側の強い拒否反応の前に屈してきた。その「ベア」が再び復活するという。
 企業側の論理としては「収益は一時金で還元するのが基本」という従来からの姿勢を当初は崩していなかった。が、政府が東日本大震災の復興のための「復興法人税」を前倒しで今月末に廃止するというプレゼントを用意していた。これにより企業の税負担は約2%軽くなったという。
「それだけのプレゼントをあげたのに、企業側はアベノミクスに協力しようとしないのか」という恫喝が効いたようだ。だから、「ベア」に応じた大企業も「これでベアが復活したということではない。とりあえず今年に限った処置だ」と釘を刺すことを忘れていない。
 そもそもベースアップとは、日本独特のもので「年功序列」型賃金体系を支えてきた要素である。基本的には年齢や学歴などによって決まる基本給部分(ベース)の昇給額(率)を意味し、残業代の算定基準や一時金(ボーナスあるいは賞与)、退職金などの算定基準になっている。
 私が若いころ、勤務先に労働組合が出来たとき(私が組合結成の仲間に誘われたのは組合結成の1か月ほど前で、その1年ほど前から地区労のオルグが工作していたようで、その動きはまったく知らなかった)、地区労の支配下に入ることに拒否反応を持っていた人たちが私には何の事前の話もなく、組合結成大会の日に私を地区労側の委員長候補に対する対立候補として推薦してしまった。何がなんやらわからないままに選挙で初代委員長に就任することになった私の最初の仕事はその年の夏のボーナス闘争だった(当時は年間一括で決めるという習慣はまだなく、夏・冬にそれぞれ労使交渉を行っていた)。
 いまでもそうだと思うが、ボーナスの位置付けは労使で異なり交わることがない平行線だった。常に建前として経営者側は「ボーナスは収益の配分」と主張し、労組側は「生活給の一部」と主張していたと思う(44,5年前の話なので正確な記憶ではない)。私がボーナス交渉をするに際して、まず疑問に思ったことは労使ともに「建前の主張」自体が間違っているのではないかということだった。
 そこで、まず両者の「建前」を崩すことから始めようと考えた。そのころすでにドラッカーやマズローの経営理論が日本でもブームになっており、年功序列型の人事体系でなく、実力主義、能力主義の人事にすべきだというのが経営者側の基本的スタンスになろうとしていた黎明期だった。とくにマズローの「自己実現論」は経営側にとっては極めて都合がいい経営理論で、簡単に言うと「人間が本来持っている欲望は5段階のレベルに分けることができ、その最高段階の欲望は自己実現の欲望である」というものであった。つまり金や地位や名誉などに対する欲望はいやしい欲望で、「何かを成し遂げたいという自己実現の
欲望こそ最も尊重されるべき」というのがマズローの理論である。
 この理論がなぜ経営側にとって都合がよかったかというと、「社員は給料や地位を目指すのでなく、会社にいかに貢献すべきかを最重要視しろ」という価値観を理論的に裏付けるものだったからである。ジョン・F・ケネディの「国が何をしてくれるか期待するのではなく、国のために何ができるかを考えよ」という大統領就任演説が日本でも高い評価を受けていた時代ということもあって、マズローの「自己実現論」は社員に自己犠牲を求める最高の経営理論になったのである。
 私はマズローの自己実現論が間違っていると言いたいのではない。職務・職能給が制度として確立しており、男女平等、同一労働同一賃金が原則の実力主義人事制度が定着していた欧米では当たり前の理論にすぎないが、年功序列・終身雇用が原則の日本型人事制度にマズローの理論を導入したら、若くて能力があり、バリバリ仕事ができる人たちに対する自己犠牲要求を正当化するための理論的裏付けになってしまうのである。
 で、私はマズローの理論を逆手にとることによって経営側を追い詰める方法を考えた。労使交渉の事前には、組合の他の役員には一切内緒で(というのは会社側のスパイが紛れ込んでいた可能性が高かったので)、とりあえず恒例行事のような労使交渉に入った。
 その1回目の交渉で、型どおりのボーナスの位置付けについてのやり取りをした上で、私は独断で「分かりました。ボーナスの位置付けについての会社側の主張に同意します。ボーナスの支給回答も呑みます」と、交渉も何もせずに会社回答を独断で呑んでしまったので、会社側も組合の他の役員も目を丸くしてびっくりした。
「ところで」と、私は続けた。「利益配分である以上、家族手当や住宅手当などの属人的要素は除いて、ボーナスの支給基準は基本給だけではなく職務・職能に関するあらゆる名目の諸手当も支給基準の対象になりますよね」と主張したのである。これには会社側がびっくりした。ボーナスの支給率は同じでも支給基準対象が基本給だけでなく、職務・職能に関するすべての給与が支給基準対象になるということになると、事実上支給総額はおそらく倍くらいになったのではないかと思う(はっきりとは覚えていない)。労使交渉は1回目で「決裂」ではなく、振出からやり直さざるをえなくなったのである。
 その数日後、社長から個人的相談を持ちかけられた。はっきり言えば「ボス交」である。私はボス交に応じることにした。もともとボス交でしか解決できないと考えていたし、ボス交に持ち込むことが目的で打った大芝居だったからだ。
「小林君の目的はなんだ」と、社長はいきなり聞いてきた。私は、「この機会に日本的人事制度を一気にとはいかないが、欧米のような職務・職能給体系に切り替えるためのスタートにしたいと考えている。具体的には給与体験をきわめてシンプルにして、属人的手当と役職手当を除くすべての名目の給与を基本給1本にしたい。その結果、残業手当の支給率も法律で定められている加算率に縛られずに新たに設定し、退職金の支給額基準も見直したい。長い目で見れば、その方が会社にとっても絶対プラスになる。この給与体系の改正をのんでくれるなら、あとは会社としてぎりぎり出せる支給総額を一発回答してもらいたい」と要求し、社長も私の提案を呑んでくれた。
 給与体系をすぐに変えるというわけには行かないので、とりあえず支給総額を一発回答してもらい、その配分は基本給ベースではなく事実上の職務・職能的要素を含んだ給与をベースに配分支給することで妥結したといういきさつがあった。その交渉を終えた直後、給与体系を一新するため会社は社長室を新設し、室長には会社の事実上ナンバー2だった専務が就き、私は平社員のまま「社長室長付け」という肩書で組合活動から離れることになった(電話交換手や役員秘書、社長室勤務者は組合員になれないという法律上の規定がある)。その新しい職場で取り組んだ仕事が、給与体系のシンプル化で、実際、役職手当と属人的手当を除くすべての名目の手当をいったんすべて基本給に一本化することだった。
 その際問題になったのは、残業・休日出勤手当の支給率であった。これは法律で決められており、給与体系を変えたからといって支給率を変更することはできないことが分かった。法律では、残業・休日出勤に対する手当の支給基準は属人的手当を除く基準内賃金とされているが、相当むかしということだったかもしれないが、事実上支給基準の対象給与は基本給だけだった(例外はあったかもしれない)。だから、属人的手当と役職手当を除いて基本給に一本化した場合、残業・休日出勤代が急増して経営を圧迫しかねないという問題が生じ、基本給の7割を残業・休日出勤手当の支給対象基準額にした。 
 もう一つ私が手を付けたかったのは属人的手当であった。具体的には通勤交通費と住宅手当の矛盾を解消することが目的だった。仮に会社が新宿にあったとする。下北沢や明大前に住めば、個人負担の住宅費(住宅購入費と固定資産税or家賃)は高いが、通勤費は安くて済む。一方遠隔地の小田原や高尾に住めば住宅費は安いが通勤費はべらぼうにかかる。一方住宅手当は一律で、通勤費は実費支給。しかも住宅手当は課税対象になるが、通勤交通費は収入にもならない。当然会社負担は、遠隔地に住む社員のほうが重くなるうえ、その社員は長時間通勤による疲労で仕事の能率も下がる。「こんなおかしな制度があるか」というのが私の抱いた疑問であった。この考えには社長も同意してくれて、「方法を考えてくれ」と言ってくれたが、法律の壁が厚かった。
 私の考えは、通勤時間が1時間を基準にして通勤手当を一律化してしまうという方法だった。ところが問題があった。通勤手当は、課税対象になる所得額から最初から控除されている点にあった。で、税務署長に掛け合い(社長が所
轄の税務署長に会えるよう計らってくれた。そうでなければ平社員の相談にな
んか署長が応じてくれるわけがない)、私の意図を説明した。署長は「うーん」とうなづいてはくれたが「税法上、通勤費が所得対象になっていないのは、実費支給が前提ですからね。小林さんが言いたい意味は大変良く理解できるけど、今の税法では通勤費を一律支給にすれば課税対象にせざるをえません。確かに住宅にかかる費用と通勤にかかる費用は反比例の関係にあり、いまの制度が矛盾していることは私も認めますが、法律を変えない限り、特例を認めるわけにはいきません」と言われ、あえなく脱帽。
 これは私の若気のころのエピソードだが、いまだにこのおかしな状態は続いている。一方でこうした税制の基本的な考え方のベースになっている年功序列・終身雇用の日本型経営システムは完全に崩壊しており、ベースアップが事実上長期にわたって廃止されてきたのはそのためでもある。とりあえずベアが復活したからといっても、ベア復活した企業のトップも「復興法人税の前倒し廃止の社員に対する還元」と位置付けており、来年以降は新たな法人税軽減策を打ち出さない限りベアは1年限りとなる公算が高い。
 安倍総理は、別の神風が吹いてアベノミクスが継続することを願っているのだろうが、「神風」だけは私にも吹くとも吹かないとも予測できないので、来年は経団連から「そう何度も頭を下げられても…」とソッポを向かれる可能性は低くない。アベノミクスは、私に言わせれば、小手先の対症療法でしかない。日本が抱えている諸問題を根本的に解決するには、どこかで誰かを犠牲にするしかない。
 どこかというのは場所の問題ではなく、時間のことである。ではいつか。
「いまでしょう」。
 誰か。中高年サラリーマン層である。彼らは、私たち高齢者世代が中高年のころ高齢者の生活を支えてきたように、いま私たち高齢者の世代の生活を支えてくれている。だから、中高年サラリーマン層に犠牲になってもらうということは、私たち高齢者も自分の生活は自分自身の努力で支える部分を広げなければならないことを意味する。そのことを承知で、中高年サラリーマン層に犠牲になってもらうしか、いま日本が抱えている諸問題を抜本的に解決する方法はない、と私は考えている。
 具体的にはどうするか。一気に「同一労働同一賃金性」を導入することだ。そうすれば、無能な中高年サラリーマン層が高給をむさぼることが不可能になり、若い人たちにチャンスが巡ってくる。若い人たちが「同一労働同一賃金」の原則に従って、それなりの収入を得られるようになれば、家庭を作ることもできるし、自分たちの収入の範囲内で自己負担で子育てをしながら共稼ぎができるようになる。この方法以外に、少子高齢化時代を乗り切って将来の日本の担い手を育てていく方法はない。
 アベノミクスのすべてが「神風だより」とまでは言わない。が、円安誘導のための日銀の金融緩和政策も行きづまりの感がある。今回の春闘は「政経労」の3者共同演出でベアを実現したが、経営側は基本的スタンスとしてベアで給与を改定する時代は終わったと考えている。経営側が汚いのは、給与改定についてのみ「ベアの時代ではない」と言っていることだ。私も「ベア」で給与を改定する時代ではないことを認めるにやぶさかではないが、それを認めるには人事体系(給与体系も含めて)を従来の年功序列型(終身雇用の時代はすでに終わっている)から同一労働同一賃金型に変えていく必要がある。「明日から」とまでは無茶は言わないが、少なくとも経団連は5年あるいは10年計画で抜本改革を加盟企業に要請していくべきだろう。

あの日から、昨日で3年。「安全神話によりかかりすぎた」との政治家の「反省の声」が虚しくなるばかりだ。

2014-03-12 06:24:12 | Weblog
 昨日でちょうど3年たった。月日が流れるのは早いな、と思うのも年をとったせいだろうか。「災害は忘れたころにやってくる」とは、『成語林』によれば物理学者で随筆家としても知られている寺田寅彦氏の言葉に基づくそうだ。『成語林』の原文には「寺田寅彦のことばに基づくという」とある。原典は明確ではないが、一般にそう流布されている場合にこういう書き方をする。佐高信氏がはやらせた言葉に「社畜」というのがある。「流行らせた」と書いたのは原作者がはっきりしていて、佐高氏の造語ではないことが明らかになっているからだ。興味がある人は「社畜」という言葉を作った人をネットで調べたらどうか。佐高氏の人並みすぐれた才能は、原作者を明らかにせず、あたかも自分の造語であるかのようにふるまえることだ。私ごとき平凡人には到底まねのできないことだ。
 そんなことはどうでもいい。NHKのニュースで、東電がまたもや重要なデータを隠していたことが明らかにされた。ばれなければ、自ら公表しようとしない点は、佐高氏とそっくりではないかと言いたいだけのこと。
 それにしても、政治家の白々しさを改めて思い出させられた日である。よくもぬけぬけと「安全神話に寄りすがりすぎていた」などと言えたものだと、今さらながら腹立たしくなる。
 言っておくが、私はこれまでもブログで何度も書いてきたように「反原発」でもなければ「脱原発」でもない。原発容認の立場で主張してきた。が、原発の危険性については昨日のブログで「まえがき」を転記した『核融合革命』の本文でも指摘している。その個所を転記しておく。

 ことわっておくが、私は原発に対し格別のイデオロギー的立場を持っているわけではない。いうなれば公平な第三者のつもりだ。自分のイデオロギー的主張を正当化するため都合のいいデータだけをかき集め、賛成論や反対論をぶつ人が多いが、それは客観性のある主張とはいえないであろう。
 そういう意味で、SF作家の豊田有恒が10年ほど前に出版した『原発の挑戦――足で調べた全15か所の現状と問題点』は、自分の足で全国の原発を取材し、原発について本当のことを書こうと意図したもので、その姿勢には私も大いに共鳴できた。豊田は同書のまえがきで、こう述べている。
   ぼくが発言できるジャンルは、「古代史」「韓国」「原発」「古生物学」な
  ど、いくつもない。それぞれ何年も年季がかかっている。知らないことは
  知らないというしかない。ただし、これらのジャンルに関して、自分が発
  言したことには、すべて責任を持つ。それが、何かについて論評する場合 
  儀であり、アフターサービスだと思う。
 まことに立派な姿勢である。私もジャーナリストの端くれだが、豊田の爪の
垢でも煎じて飲みたくなった。
 その豊田が、日本の原発推進派が大いに喜びそうなことを本文で書いている。その件の小見出しは、「原発の安全性を証明したスリーマイル島事件」である。ちょっと長いが引用させてもらう。
   ついでながら、日本中のマスコミが、鬼の首でも取ったように、大々的
  に報道したスリーマイル島の原子炉は、PWR (※加圧水型原子炉)である。
  あの事故に関心のある人には、興味のあることに違いないので、簡単に説
  明しておく。
   事故(1979年3月)は、何重もの人為的ミスから起こった。などという
  と、さっそく、鬼の首を取ったような、反対論が聞こえてくる。しょせん、
  動かすのは人間である。それ見ろ、やっぱり原発は危険じゃないかという
  人が多いだろう。事故は常識では考えられないようなミスの重なりによっ
  て発生した。そのため、一時は、破壊活動によるものという疑いすら持た
  れた。
   原子炉が空焚きの状態になり、原子炉棟の中に水素ガスが充満し、爆発
  の危険すらあった。断わっておくが、この場合の水素爆発は、化学反応に
  よる急激な燃焼という意味で、水爆のような爆発ではない。それだけの重
  大な事故が起こっても、なおかつ、一人の生命も失われなかった。まった
  くの不測の事故が起こったにもかかわらず、原発は安全だったのである。
   日本では、原発が故障すると、すぐ事故と書きたてる。機械というもの
  は、必ず故障するものである。絶対に故障しない機械があったら、お目に
  かかりたい。ただし、原発はいくら故障しても、放射能が外部に漏れない
  ように設計されている。
   スリーマイル島の事故は、逆に、原子力発電の安全性を証明する形にな
  った。ああいう事故が日本でも起こりうるかというと、ノーという答えし
  か出ない。アメリカより、日本のほうが、危機管理(クライシス・マネー
  ジメント)が数段すすんでいるからである。
 豊田がこの本を書いた時点では、もちろんチェルノブイリ事故は起きていない。もしチェルノブイリ事故の後だったら、いくら豊田でも、「原発はいくら故障しても、放射能が外部へ漏れないように設計されている」とは書かなかったに違いない。
 チェルノブイリ事故は、確かに信じられないような人為的なミスがいくつも重なって生じた。それは“不幸な偶然”といえるかもしれない。
 だが、スリーマイル島の事故はどうだったのか。大事に至らなかったのは、むしろ“幸運な偶然”の結果ではなかったのか。
 ごく最近(1989年5月末)、スリーマイル島原発の所有者であるGPUニュー
クリア―社は、事故の際、重さ133トンの炉心のうち52%、約70トンもが溶融し、溶融しなかった残りの炉心も大半が粉々に崩れていたことを明らかにし、原子力関係者の間に大きな衝撃を呼んだ。それに先立つ1988年10月の学会で、米エネルギー省の研究員が「溶けた燃料は全体の45%」と報告したが、その後の調査でさらに溶融量が多かったことが分かったのである。
 しかし、この事故でチャイナ・シンドロームは生じなかった。溶けた高温の燃料が、炉心の入った圧力容器の底を突き破らなかったのだ。その理由はいまだ謎のままだ。いま米アイダホ国立研究所は、圧力容器の金属片を採集し、チャイナ・シンドロームが起きなかった理由を調べている。
 1979年3月28日にスリーマイル島原発で事故を起こしたのは2号炉、PWR型である。炉心を循環する1次冷却水で2次冷却水を蒸発させ、タービンを回すタイプだ。事故の発端は午前4時ごろ、2次冷却水が大量に流出したことだった。
 2次冷却水がなくなった結果、1次冷却水の温度が急上昇し、圧力が高まった。そのため1次系の圧力放出弁が開いて1次冷却水も流出してしまったのである。当然、1次冷却水の水位が大幅に下がり、炉心上部がむき出しになった。
 この時点で、原子炉の緊急炉心冷却装置が自動的に作動したが、オペレーターが勘違いしてスイッチを切ってしまった。
 2次冷却水が流出して3時間44分後、ついに炉心が溶融をはじめ、最悪の事態となった。ただ幸いだったのは、溶融した70トンの炉心のうち、圧力容器の下部に崩れ落ちたのが3分の1以下の20トン程度であったこと、また1次冷却水が完全に蒸発してしまわず、容器の底にかなり残っていたことである。崩れ落ちた灼熱の炉心は、その残存冷却水で冷やされ、かろうじて容器内にとどまったのかもしれない。(中略)
 原発が、仮に事故をまったく起こさないとしても、実は厄介な問題がまだ残っている。ウラン燃料の燃えかす、つまり使用済み燃料の処理である。100万キロワット規模の原発には約100トンの濃縮ウラン燃料が必要で、そのうち3分の1、約30トンを毎年取り替える。この使用済み燃料には大量の放射性廃棄物が含まれている。(※この使用済み燃料を再利用する方法として考えられてきたのがプルサーマル方式の原発やもんじゅのような高速増殖炉である)
(この使用済み燃料を再利用できたとしても、使用済み核燃料から再利用するための)ウランとプルトニウムを回収した残りの溶液はどうするか。もちろん一般の化学工場廃液のように、薄めたりバイオで分解してから垂れ流せばいいというわけにはいかない。ストロンチウムやセシウムを大量に含んだ「放射性灰汁」だからだ。これが外部に漏れたら大変なことになる。1次冷却水が漏れたくらいのことでは事はおさまらない。
 この放射性灰汁を最終的にどうしたらいいのか。
 実は、原発推進派にとっても、これが一番頭の痛い問題なのだ。いい解決法がないからだ。(中略)
 1973年、米ワシントン州(首都ワシントンがある東海岸ではなく、西海岸のカナダと国境を接した州)リッチモンドの近くにあるハンフォード原子力施設で、ものすごい高レベルの放射能をもった灰汁が、43万7000リットルもタンクの底から漏れるという事故が起きた。
 のちの米原子力委員会の調査では、どうやらタンク漏れは4月10日ごろから始まったらしい。ところが、ハンフォード原子力施設の職員が漏れを発見したのは6月4日。2か月近くも誰にも気づかれず、たれ流しにされてきたのである。
 幸いというべきか、この事故による放射線障害の報告はなされていない。少なくとも人命を失う結果には至っていない。
「15年間かかって巨大技術を理解した」結果、「原子炉是非論争に、志願して参加するようになった」と自負する豊田有恒は、スリーマイル島事故で人命が失われなかったことをもって、「原発の安全性が証明された」と、彼が大嫌いな短絡的結論を出した。
 豊田が『原発の挑戦』を書いた時にはチェルノブイリ事故は起きていなかったが、スリーマイル島事故の6年も前に起きたこの「灰汁事故」のことを、15年間も原発の研究をしてきたはずの彼が知らないわけがない。彼は『原発の挑戦』で「ハンフォード原子力施設では43万7000リットルもの放射性灰汁が流れ出したが、一人の生命も失われなかった。このことは、放射能が人畜無害であることを証明している」と、なぜ書かなかったのか。(中略)
 日本では、チャイナ・シンドロームの危機一髪、といった事故はいまだに公表されていない。隠しているわけではなく、そうした類の事故はいまだに本当になかったのであろう。(中略)
 だが、それはあくまで安全率の問題であり、その限りでは「絶対にない」と断言しうるものではあるまい。どのように危機管理が行き届いていても、事故が皆無になるという保証はない。それは過去の事例が教えているとおりである。
 私は危険はあるかもしれないが必要ということであれば、またそれが国民的コンセンサスが得られるものであれば、原発はつくらざるをえないだろうと考えている一人である。
 よく言われるように「自動車は走る凶器」である。自動車を運転する人も、自動車に乗らない人も、それを承知で交通事故が頻発する大都市で生活している。自動車がまき散らす公害や危険性を重視して自動車反対論をぶつ人もいるが、それは今のところ国民的コンセンサスとなりえていない。大都市に住む人々の大半は、自動車の利便がなければ、生活できない状態になっているからだ。
原発についても同じことが言えるのではないだろうか。
 原発は、結論的に言えば、危険なエネルギーという面を否定できない。しかし、「だったら、すぐやめろ」といった短絡的主張をとるべきではないと思う。あとでみるように、これにかわる代替エネルギーにもさまざまな問題があるからだ。われわれはいま、厳しい選択を迫られている。

 以上が、1989年8月に早稲田出版から上梓した『核融合革命』で述べた、当時の(つまり25年前の)原発についての私の基本的スタンスである。「安全神話」などというものは基本的になく、当時の日本の原発が「世界一安全」と言われていたのは、単純に確率論によるものでしかないことを、すでにこの時点で私ははっきり書いている。
 同書では書かなかったが(というより、まだ当時の日本人の多くに「原発アレルギー」が残っていたため)、日本の原発の安全率が米ソに比べて高かったのは、皮肉と言えば皮肉な話だが「反原発」運動が原発の技術者の危機意識を高め、危機管理体制もそれなりに整っていたためと考えられる。そういう意味では、福島の事故は、政治家が「安全神話」に寄りかかってきたというより、「反原発」運動の停滞が、原発技術者の危機意識をマヒさせた結果と言えなくもない。福島の事故を教訓にして、これから再稼働していくだろう原発の安全率を高めるには、「反原発運動」の広がりが必要かもしれない。
 もう一つ指摘しておかなければならないことは、いったい日本の地質学者たちはこれまで何のために研究をしてきたのかが、いま問われていることを痛切に反省してもらいたい。地震大国で、しかも火山大国でもあり、原発の立地としてはきわめて不利な条件にある日本で、活断層の上に原発を建設するといった電力会社の姿勢を真っ先に批判しなければならなかったのは彼らではないか。それを黙認してきた地質学者たちは、全員頭を丸めてもらいたい。日本テレビの看板アナウンサーだった徳光和夫氏は巨人の優勝を確信的に予想し、「予想が外れたら坊主になる」と宣言していたが、予想が外れて徳光氏は見事に坊主頭になった。日本の地質学者たちは全員丸坊主になって出直していただきたい。
 ことのついでに書いておきたいことがある。私は現時点では原発をベース電源と位置付けざるを得ないことは認めるが、原発依存度は可能な限り低めていく努力はすべきだとも考えている。ただ、現時点で考えられている再生可能な自然エネルギーにはせいぜいのところ数%の依存度しか期待できないとも考えている。
 原発推進派(とくに電力会社やひも付きの政治家たち)は、「原発の電力コストが一番安い」と主張しているが、それはランニング・コストの比較にすぎず、現時点では計算不能な廃炉コストや放射性廃棄物の処理コストを考慮していな
いためである。つまり、あまりフェアな計算方法とは言えないわけで、おそらく廃炉コストや廃棄物処理コストも電力コストに入れれば火力発電が一番安いだろうと思う。
 しかし、火力発電は、地球温暖化や、中国で大問題になっている大気汚染を引き起こす。だから火力発電への依存度も高めるべきではない。かといって、太陽光など再生可能な自然エネルギーは100年かけてもコスト的に有利なエネルギー源にはなりえないと思う。
 いま日本がエネルギー問題の根本的解決のために総力を挙げて取り組むべき技術課題は、大容量の蓄電池の開発ではなかろうか。幸い、電池開発力は日本が世界を大きくリードしている。大容量の蓄電池を開発できれば、電力コストの安い国から電力を輸入することが可能になるし、国内での再生可能な自然エネルギーをより有利に活用できるチャンスも増える。日本が2度の石油ショックを省力・省エネの技術開発で逆風を神風に変えたように、エネルギー危機という逆風を大容量蓄電池の開発によって神風に変える絶好の機会ととらえたい。

小保方晴子氏のSTAP細胞作製は捏造だったのか、それとも「突然変異」だったのか ?

2014-03-11 06:31:17 | Weblog
 昨日NHKの『ニュース7』の報道で初めて知った。びっくりした。ニュースをご覧になっていた方は、皆さんびっくりされたと思う。理化学研究所のユニットリーダー・小保方晴子氏が世界で初めて作製したとして世界中の話題になったSTAP細胞が捏造だったという疑惑が持ち上がったというのである。
 STAP細胞とは、あらゆる細胞に分化させることができる「万能細胞」の一種で、今年1月30日、小保方氏のグループがマウスの細胞の作製に成功したと、世界でも最高権威とされているイギリスの科学誌『ネイチャー』に発表したもので、自分の細胞の一部から自分の皮膚やあらゆる臓器を作れる究極の医療革命と話題になっていた。昨年はips細胞の発見で京都大学の山中伸也教授がノーベル賞を受賞したばかりなのに、STAP細胞はips細胞よりはるかに簡単な方法で作成でき、しかも細胞がガン化する可能性も低いと世界を驚愕させた研究成果だった、はずだった。
 が、NHKはニュースで、共同研究者の山梨大学教授の若山昭彦氏にインタビューして、STAP細胞研究についての疑惑が生じたと報道した。若山氏によると「研究データに重大な問題が見つかり、STAP細胞が存在する確信がなくなった。研究論文に名を連ねた研究者たちに論文の取り下げに同意するよう働きかけている」という。一方、研究の舞台になり、世界中に名をとどろかせた理化学研究所は「研究の本質的な部分については揺るぎないものと考えている」と発表した(公式発表の責任者は不明)。
 私はこのニュースを見てびっくりして、すぐネット検索してみた。結果はNHKのスクープでもなんでもなく、日本中が大騒ぎし始めた直後の2月中旬には研究者たちの間で「STAP細胞作製研究は捏造ではないか」という疑惑の声が生じていたようだ。また1週間前には肝心の理化学研究所の論文(発表者不明)が、当初は細胞に変化が生じたとしていたが、その後の再現研究では変化が生じなかったとしているようだ。再現性が認められなかったら、なぜ「研究の本質的な部分については揺るぎがない」と言えるのか。
 自然科学の分野における新発見や発明は、再現性の確認がきわめて重要な要素を占める。生物学の分野においては「突然変異」という現象が生じることはよく知られている。私も多分中学生のころ理科の勉強で学んだと記憶している。なぜ突然変異が生じるのかは、私の中学生時代にはもちろん解明されていなかった。ただ、科学的に説明不可能な変化が生物界にはたびたび生じていて、その現象を「突然変異」と称することになったようだ。
 今は、なぜ「突然変異」が生じるのかの研究がかなり進んでいて、DNAあるいはRNAの塩基配列に原因不明の変化が生じる「遺伝子突然変異」と、染色体の数や構造に変化が生じる「染色体突然変異」に大別されているようだ。こうした変異が生じる原因を特定できれば、同様の状況を遺伝子や染色体に作用さ
せれば、それは「突然変異」ではなく人工的に同様の変異を作り出すことが可
能になるはずだ。
 実は農作物の新種改良は、意図的に突然変異をたまたま作り出すことに成功した結果である。種無しブドウや種無しスイカなども、たまたま突然変異で生じた種無し果物を何世代にもわたって掛け合わせて創り上げたもので、研究室の中のフラスコやビーカーの中で作られた新品種ではないのである。遺伝子操作による品種改良の最初の商用栽培は1994年にアメリカで発売された「フレーバーセーバー」で、熟しても皮や実が柔らかくならないトマトである。
 で、問題はSTAP細胞が原因不明で生じた「突然変異」だったのか、それとも研究者としては絶対に許されない捏造研究だったのか、ということに絞られるのではないかと私は見ている。
 突然変異的現象は、実は物理現象にもみられることがあるようだ(私は物理学者ではないので確信を持って言っているわけではない)。1989年の春、世界を驚愕させるビッグニュースが飛び出した。実験室のフラスコの中で核融合が生じたというのである。普通の実験室の中で生じた現象だから、当然「常温」である。真偽が明らかでない状況だったが、友人が社長をしていた出版社(早稲田出版)から、社長に勧められるままに『核融合革命』と題する本を緊急上梓した。そのまえがきで私はこう書いた。私自身の懺悔と思って読んでいただきたい。

「ノーベル賞100個分に相当する大発見かもしれない」と言われている常温核融合――。
 そもそも人類究極のエネルギーといわれる核融合は、太陽のエネルギー源を地上で作り出そうというものだ。公害の心配がなく、かつその資源も海水中に無尽蔵に含まれている。核融合エネルギーを人類が手に入れることができれば、石油や石炭、天然ガスなどの化石エネルギー資源が枯渇したとしても、エネルギー問題で悩まされることは二度とない。
 さらに核融合は、地球温室化(※当時は「温暖化」ではなく「温室化」と言っていた)や砂漠化の進行も一気に食い止めてくれる。いま世界各国で反原発運動が盛んだが、実は火力発電も大きな問題を抱えており、地球温室化の原因である炭酸ガスや、砂漠化の原因である酸性雨の発生源となっているのである。
 ところが、この核融合エネルギーを地上で手に入れることが、また至難の技なのだ。重水素や三重水素を1億度以上の超高温に加熱し、磁場の力などを利用して容器の壁に触れないよう空間に閉じ込めなければならない。日欧米ソはその研究にしのぎを削っているが、実現は早くても40~50年後と予測されている。一方、地球温室化がこのままのペースで進めば南極や北極の氷が溶け出し
て、50年後には東京やニューヨークをはじめ世界の臨海大都市は、かなりの部
分が水没してしまう。富士山麓に広がる広大な樹海も、その大半が砂漠化しているだろう。
 いま、直ちにエネルギー問題に有効な手を打たなければ、地球と人類は大変な危機を迎えることになってしまう。
 そんな矢先に1989年の春、降って湧いたように飛び出したのが、常温核融合という“大発見”だった。常温で、しかも中学生の電気分解実験装置に毛が生えたような道具立てで核融合が生じるというのだ。世界中の科学者や産業界、マスコミが大フィーバーしたのも当たり前であった。
 常温核融合を発表した米ユタ大学のグループは、特許問題がからんでいるせいか、実験の詳細を現段階では公表していない。
 だが、産業界のユタ大学詣では、すでに盛んである。日本企業数社を含む200社以上が、ユタ大学グループに共同研究や技術提携を申し入れており、大学当局はその対応に大わらわとなっている。
 そうした動きの中で、7月に入って、ユタ大学と米GE社とが常温核融合の研究協力を行うことにしたと発表し、産業界にショックを与えた。すでにGE側研究陣の一部はユタ大学グループと合流し、大がかりな実験装置の開発に着手したと伝えられている。
 人類の夢を大きく膨らませた常温核融合。ユタ大学グループによれば、20年後には核融合発電が実用化されるという。そうなれば、2年前に大フィーバーした超電導をはるかに上回るインパクトを、政治・経済・社会のあらゆる分野に与えることになる。
 2010年、我々の世界はエネルギー問題を克服してバラ色に輝いているのか。それとも、エネルギー問題の解決と引き換えに、深刻な政治社会問題を抱え込むことになるのだろうか。
 人類の知恵が問われる時代が、間もなくやってくるのである。

 常温核融合の見果てぬ夢に世界中が沸き立ったのは、隅田川の上空に打ち上げられた大輪の花火のように一瞬で消えた。現在の原子力発電は核分裂の際に生じるエネルギーを利用している。原爆も原理的には同じく核分裂を利用している。核分裂とは、一つの原子の原子核が複数の原子核に分裂する現象。それに対して複数の原子核がくっついて一つの原子核になるのが核融合である。実は太陽は核融合によって巨大なエネルギーを地球のもたらしてくれている。核融合の原理を利用した原子力発電が「地上の太陽」と呼ばれるゆえんである。
 核融合型原発の利点はたくさんあるが、原材料が無限にあり、「核のゴミ」の
ような汚染物質を一切出さないことが最大の利点とされている。が、実用化は、
当時で2030年ごろと考えられていたが、今はまったくめどすら立っていない。常温核融合という世界中の物理学者たちが予想すらしたことのない現象を偶然「発見」したのはユタ大学の化学科主任教授のスタンレー・ポンズ博士である。重水を満たしたガラス試験官にパラジウムと白金の電極を入れて、しばらく放置したのち電流を流したところ、電解熱以上の発熱が得られ、核融合の際に生じたと思われる三重水素、中性子、ガンマ線が検出されたという。
 ポンズ博士はユタ大学の化学科主任教授をしていたくらいだから、研究自体を捏造するような人物ではない。しかし、世界中の科学者、物理学者たちが再現実験を試みたが、成功したという確実な報告はどこからも出なかった。かといって、今回のSTAP細胞問題のような「捏造ではないか」といった疑問が出た形跡もない。実際、ポンズ博士は92年にはフランスにわたり98年までトヨタ系の研究所で常温核融合の研究をつづけたというから、彼自身は必死に再現条件を見つけようと頑張ったが、徒労に終わったようだ。
 もし、ポンズ博士のような研究者がSTAP細胞の作製に成功したと発表していたら、世界中の研究者が再現研究で成果が得られなかったとしても「捏造」呼ばわりされることはなかったであろう。だが、STAP細胞の場合は、単に再現性が確認できなかったというだけでなく、小保方氏の研究グループが発表したSTAP細胞の写真に何らかの人工的な作為の形跡が見られたようだ。そうなると、再現性が確認できたかできなかったかというレベルの問題ではなくなる。
 物理的現象でも、必ず再現するとは限らない。私自身の経験でいえば、40年近く前のことだが、妻が東芝のスチームアイロンを使っていた時、アイロンの注水口から突然熱湯が噴出して娘の足に飛び散り大やけどしたことがあった。私は直ちに県の試験場にアイロンを持ち込み調べてもらった。実験の結果、再現が確認できたため、試験場は記者会見を開いて公開実験をした。公開実験は失敗だった。熱湯が噴出さなかったのである。が、熱湯が噴出した瞬間を写した写真を記者に配布していたため、かなりの新聞が大きく取り上げ、スチームアイロンは危ないという認識をかなりの人が持った。これは40年近く前の話で、現在のスチームアイロンが危険だなどと言うつもりはない。
 いま一番困っているのはパソコンのトラブルである。私が使っているのはウィンドウズ7で、オフィスは2010である。このブログもワード2010で書いて貼り付け投稿しているが、はっきり言ってOSの7もワードも欠陥だらけである。XPは使いやすいOSだったし、ワード2007の学習機能もそれなりに使い勝手がよかった。2010で、マイクロソフトは小学生以下の「人工知能」なるものを変換技術に入れたため、誤変換率は間違いなく2007より高くなった。が、マイクロソフトは、自分たちのプログラム・ミスを絶対認めようとしない。私が技術サポートの担当者に「どうして、こういうおかしな変換をするようにしたのか」としつこく聞くと、「開発者の意図は私にはわかりませんが、ミスではありません」と言い張る。技術サポートの担当者が、開発者の意図を説明できないようなおかしな変換がミスでないなら、なぜバグが発見されるたびに修正プログラムを送ってくるのか。その修正プログラムなるものも、ほかのプログラムにまで影響して、かえって操作性が悪くなってしまうことも少なくない。いまでもXPファンが多いというのも、マイクロソフトが長期にわたってバージョンアップを重ねてきたし、オフィスも03から07へとバージョンアップして、かなり使い勝手のいい組み合わせに育てて来たからである。スマホのユーザーを取り戻そうとして8を出したのだが、スマホのユーザーがパソコンに戻るわけがないことくらいわからなかったのだろうか。
 それはともかく、私が困るのは、ワードが常に同じ誤変換をしてくれるとは限らないことである。つまり「気まぐれ変換」なのだ。だから、私がマイクロソフトにクレームの電話を入れて画面を共有して操作しても、必ずしもおかしな変換をしてくれるとは限らないのである。おそらくワード2010をお使いの方は、私と同様な腹立ちをしばしば感じられているだろうと思う。
 話が横道にそれたが、ある種の状況下でSTAP細胞ができたというのは事実だろうと思う。しかし再現実験をすると同じ結果にならなかった。そこで「再現性がある」ことを証明するために写真に人工的な作為を施したとしたら、マイクロソフト並みに悪質と言わなければならない。ポンズ博士は10年にもわたって常温核融合を再現できる条件を見つけようとしたが失敗した。だが、研究者の姿勢はポンズ博士のようでなければならないと思う。ひょっとしたら、100年後に常温核融合を確実に再現できる方法をだれかが見つけるかもしれないし、STAP細胞にしても100年後に確実に再現できる方法をだれかが見つけるかもしれない。自分たちの研究成果を、いま間違いないものにするための細工をすれば、その研究に手を染める人はいなくなってしまう。そのことの方が、失われるものは大きい。

橋下氏は出直し再選挙で大勝しても、大阪都構想が前進するわけではない。政治家としての資質が問われる。

2014-03-10 06:48:55 | Weblog
 大阪市長選が「火を噴いた」と思っているのは、前市長の橋下徹氏だけかもしれない。昨日(9日)、市長選が告示され、橋下氏を含む4人が立候補したが、肝心の大阪市民はしらけきっているようだ。朝日新聞と朝日放送が大阪市民を対象に世論調査した結果を見れば、一目瞭然としか言いようがない。市長選に賛成しているのは34%にすぎず、56%は反対だという。他のメディアの世論調査も似たり寄ったりの結果だろう。そのうえ橋下氏自身への支持率も支持が46%、不支持が41%と「橋下人気」はまだ完全に衰えたとは言えないが、橋下氏の支持率が50%を切ったのは初めてという。
 自民、民主、公明の各党は「大義のない選挙」として立候補を立てない方針を決めているが、事実上対立候補がいない選挙で橋下氏が大勝したとしても、おそらく投票率は市長選(大阪市だけでなく、全国すべての政令都市での)における史上空前の最低を記録するだろう。それで市長に再選されたからといって、橋下氏の「大阪都構想」が大阪市民の支持を得たことになるのだろうか。
 そもそも「大阪都構想」は橋本氏のオリジナルな構想ではない。すでに1953年(昭和28年)に大阪府議会が「大阪産業都建設に関する決議」を賛成多数で可決したのが発端である。このとき大阪府・市を廃止して大阪都を設置し、市内に都市区を設置するとされた。
 また2000年(平成12年)には太田房江大阪府知事(当時)が大阪府と大阪市を統合する大阪新都構想を唱えたが、実現に至らなかったという経緯もあった。
 これに対し、橋下氏の大阪都構想は、大阪市、堺市、周辺市を廃止して、公選制の区長を置く特別区を設置し、東京都(23区)に対抗できる大規模自治体を作ろうというものである。そもそも、その発想の原点は氏が大阪市長に当選したのち、大阪府と大阪市の二重行政の無駄に気付いたことであった。橋下氏は非常に分かりやすい例として、近接した場所に大阪府と大阪市の公立図書館があるなど、二重行政の無駄が多すぎると主張した。その主張には大阪府民も大阪市民も多数が支持し、「大阪維新の会」発足の原点になったという経緯がある。
 それならそれで、まず府知事の権限で二重行政を解消すればよかった。ところが、橋下氏は府知事の椅子を任期半ばで投げ出し、大阪市長選に立候補して大勝し、市長になった。二重行政を解消するには、たとえば橋下氏が例に挙げた公立図書館でいえば、大阪府立の図書館を廃止して、大阪市に移管すればそれで済んだ話である。ところが府議や府庁の職員が「うん」と言わない。自分たちの仕事がなくなり、クビになるからである。そんなことは、やろうとする前から分かり切った話であろう。
 で、大阪府知事の椅子を大阪維新の会の松井一郎幹事長に禅譲して、橋下氏
自身は格下の大阪市長に就任することにした。そこで橋下氏は今度は逆に大阪市立の図書館を廃止して大阪府立図書館に統合しようとしたかというと、それもやらない。
 大阪市職員組合といえば、全国の政令都市でも名うての「市税つまみ食い」労組である。「仕事が増えるのもいや、減るのもいや(仕事がなくなれば居場所がなくなるため)」を権利と心得ているような連中である。しかも市議たちは多かれ少なかれ、職員の既得権益を保護することで市議の椅子を確保してきた連中でもある。そういう大阪市の現状を理解せずに大阪市長になって、大阪府長としては実現困難だった「大阪都構想」に弾みをつけようとしたのが、そもそもの間違いだった。
 こういった大規模構想を実現するには、橋下氏は絶対に大阪府知事の椅子を手放すべきではなかったのだ。そして大阪市の市長選に松井氏を立て、さらに堺市や周辺都市の市長選に大阪維新の会の立候補者を立て、大阪府民の理解を得ながらことを進めるべきだった。堺市の住民が「堺」の歴史的地名に誇りを持っているのであれば、堺中央区、堺東区、堺西区、堺南区、堺北区などと堺の地名を残した特別区にすれば堺市民も納得したであろう。そうした大阪都構想を大阪府民にわかりやすい形で説明し、「大阪都」に組み入れるべき市の市長選に大阪維新の会から立候補者を立てて、それぞれの市民の理解を得ながら都構想を進めていくのが政治の王道というべきものである。 
 橋下氏は健康上の理由から(とてもそうは見えないが)、何が何でも大阪市議会で都構想の支持を取り付けて一気に都構想を実現しようとしたのかもしれないが、こうしたやり方は例えば会社組織で言えば部長会議の決議をもってして役員会の決議にしてしまおうというような類で、そんなことは子供にも「無理だ」ということがわかりそうなものだが。
 橋下氏の「大阪都構想」は、はっきり言って先走りしすぎている。まず二重行政の無駄を省くために、大阪府の権限と特別区の権限を明確に定め、二重行政の無駄を徹底的に排除する仕組みを提案すべきであった。その議論の結論を1年や2年で出そうとしたところにそもそも無理があったと言えよう。 第一、議論すべき場所が間違えている。まず府議会で徹底的に議論し、府民の意識を図りながら府内各市議会の理解を得ていくというのが道筋というものである。
 橋下氏は大阪市議会で何を決めようというのか。大阪都構想を実現するには大元の大阪府、横並びの府内各市町村の、すべてとまでは言わないが大半の同意を取り付ける必要がある。大阪市だけが先走りしても、現に堺市などがソッポを向いている状況では動きが取れないではないか。たとえば伊丹市の市長選挙では大阪維新の会から出馬した新人が負けており、二重行政の無駄をなくすということと都構想がイコールだとは、多くの大阪府民が思っていないことを図らずも証明してしまった。
 まず大阪市が抱えている諸問題を解決すること、とくに府との二重行政による無駄を排除し、余った職員は大阪市が未解決の問題(たとえば防災対策や子育て環境の整備など)の抜本的解決に当たらせることを優先すべきだろう。
 橋下氏が横山ノック氏のような単純なタレント出身者とまでは決めつけないが、タレント業はテレビの視聴率を最優先しなければ成功しない職業。同じ手法で市民に都構想の是非を問うとして辞職したうえで、再選挙に臨んだ以上、投票率が史上最低を記録したら、我が構想は市民から受け入れられなかったと判断し、潔く政界から退くのが筋だ。選挙における投票率は、テレビの視聴率と同じくらいの重い意味を持つのだから。

米ケネディ大使が明らかにしたこと――アメリカの国益を損ねない限り、日本はアメリカの同盟国だ。

2014-03-07 08:19:21 | Weblog
 昨夜(6日)NHKの『クローズアップ現代』を見ていて気が付いたことがある。NHKきっての硬派ニュースキャスターである国谷裕子氏(ただし国谷氏はNHKの社員ではない。フリーのキャスターである)と、駐日米大使・キャロライン・ケネディ氏のインタビューだ。
 このインタビューな「生」ではない。ケネディ氏の発言のさわりはすでに6時と7時のニュースでも流されていたし、だから録画であることは間違いない。ということはNHKによる編集が行われていたインタビュー番組であることも間違いない。別に録画だからと言ってイチャモンを付けるつもりは毛頭ないが、やけに気になったのはケネディ氏の発言の中で「日本はアメリカにとって重要な同盟国」という発言(もちろんNHKの邦訳)だった。「パートナーシップ」という発言も多少あったが、ケネディ氏は本当に日本をアメリカの「同盟国」と発言したのだろうかという疑問がどうしても残った。
 私はこれまでブログで、アメリカにとって「間違いない同盟国はイギリスだけ。ひょっとしたらイスラエルもアメリカは同盟国視しているかもしれない」と、書いてきた。で、ネット検索してみた。が、アメリカはいろいろな国と条約を結んではいるが、必ずしも「同盟」関係が明らかになる条約の検証はされていないようだ。ネットによる情報検索にも限界があるということだ。
 で、一応「同盟」とは「攻守同盟(軍事同盟)」であり、たとえば日本の戦国時代でいえば織田信長と徳川家康の同盟のようなものであると限定して考えると、現時点ではやはりイギリスがアメリカにとって最も頼りになる同盟国ということになるようだ。日本をアメリカの「同盟国」視している人も少なくないが、根拠はあいまいである。日米安全保障条約を「同盟条約」と位置付けている人もいるが、この人は「同盟」関係をあまりにも拡大解釈しているとしか考えられない。なかには自称「軍事アナリスト」の小川和久氏はすでに日米同盟の双務性は高いと主張しているようだ(朝日新聞3月5日朝刊)。「米国の同盟国の中で非対称的だが、最も対等に近い。米国にとっては日本は唯一、米国本土と同じ重要性を持つ戦略上の拠点だ。米軍を助けに行かないと片身が狭い、という感情的な反応ではいけない」という。ここで小川氏が言う「米国の同盟国の中で非対称的だが」とくぎを刺しているのは、日本が他国から攻撃を受けた場合、アメリカは日本を防衛する義務を負うが、アメリカが攻撃されても日本がアメリカを防衛する義務を条約上負っていないことを指していることを意味しているのは間違いない。にもかかわらず、日米同盟が最も対等であるのは、日本がアメリカ軍に基地を提供しているからというのが小川氏の主張の根拠にあると考えられる。
 しかし、これは単純な「貸し借り」の関係にすぎない。日本は米軍に米軍の
使用目的のための基地を置く場所を提供し、その代償としてアメリカは日本を
防衛しますよ、という「貸し借り」の関係が条約上約束されているだけで、だから日本に置かれている米軍基地は日本を防衛するためだけに存在しているわけではない。
 小川氏のような屁理屈がまかり通らないことは、日本は新興国に対する経済援助(ODA)で、1990年~2000年まで世界1を維持してきたが、日本からODA援助を受けた新興国が見返りとして日本を防衛する約束をしてくれたことは一度もないことを想起するだけで十分であろう。日本はODA援助の代償として、ODA援助によって新興国が建設する公共事業は日本の企業が優先的に受注しますよ、という形で「貸しを返して貰っている」という関係である。
 同様に米軍も日本本土、特に首都圏に米軍基地を配備してはいるが、日本に配備されている米軍基地の主力は沖縄に集中している。もちろん日本を攻撃しようとする国があったとして、首都東京からはるか離れた沖縄を攻撃目標にすることなどありえず。沖縄に配備されている米軍基地や米兵の任務は日本本土の防衛ではなく、グアム、フィリピンとともに東南海の米軍による制海・制空権を維持・確保するのが目的である。一方日本としても沖縄を含めて日本全国に配備されている米軍基地と米兵は、日本防衛のかなめになっていることも間違いない。そういう意味では日本の「国益」とアメリカの「国益」が一致したケースの一つといえよう。
 安倍総理が昨年12月に靖国神社を参拝したとき、アメリカ政府は「失望した」という異例のコメントを発表した。総理の靖国参拝に対して産経新聞は「国民が待ちに待った日だ」と社説(産経新聞の場合は社説に相当する記事を「主張」としているが)、読売新聞と朝日新聞はこぞって批判した。私も今年に入ってだが、1月8日にブログでこう書いた。

 現職総理の靖国参拝は2006年8月15日(終戦記念日)の小泉総理以来である。このときは中韓との領土問題も生じていず、考えようによっては8月15日は「不戦の誓い」を国を挙げて行ってもいい日だ。ただ靖国神社への参拝が「不戦の誓い」にふさわしいかどうかは別である。
 海外の反応について、中韓が激しく反発することは安倍総理も当然、予想していたであろう。総理にとって「想定外」だったのは米政府の反応である。これまで日本の総理の靖国参拝については、米政府はあえて干渉することは避けてきた。が、昨年10月にケリー国務長官とヘーゲル国防長官が来日した際、氏名不詳で遺族に渡せない戦没者の遺骨を納めた千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れて献花したのは、今から考えると安倍総理が日ごろから「第1次安倍内閣時に靖国参拝ができなかったのは痛恨の極み」と公言していたことから、安倍総理の靖国参拝は米政府にとっては「想定内」のことであり、だから敢えて千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れて安倍総理に「靖国参拝を強行して、いたずらに中韓との摩擦
を拡大するな」という米政府の意志を暗黙に伝えたかったのかもしれない。実際米政府は安倍総理の靖国参拝の報に接し「日本の指導者が近隣諸国との関係を悪化させるような行動をとったことに失望している」という異例の声明を発表した。(中略)
 私自身は実はこれまで、安倍総理のリーダーシップを高く評価していた(ブログにはことさらには書かなかったが、外交・国内問題に決して逃げようとせず立ち向かってきた姿勢を、記事の行間に込めて書いてきたつもりだ)。が、この時期の靖国参拝で、残念ながら私の総理への評価は180度ひっくり返さざるをえなくなった。 
 そもそも安倍総理は「リーダーシップを発揮する」ということをまったく理解していないのではないのではないだろうか。指導者は確固たる信念を持つことは大切だが、周囲のことを無視して、自分の固有の信念に基づく行為を強行することがリーダーシップの発揮ではない。戦没者の霊に対する尊崇の念と感謝の気持ちは私にもあるが、それは私自身の心にあるもので、私がその思いを表すために靖国神社に参拝しても何の問題も生じないが、一国の首相にはそういう自由はない。首相の行動は、国の方針と取られるのが国際社会の常識である。安倍総理の説明には、私も一定の理を認めるにやぶさかではないが、その思いが国際社会から素直に受け止めてもらえる状況にあるのかどうか、その一点に思いを致してから行動に出るのが真のリーダーシップというものであろう。

 その後、私は沖縄で集団自決に追い込まれた犠牲者が靖国神社の合祀されていないことを知り、そうなると靖国神社の「A級戦犯もお国の犠牲者になった人たちだから戦没者と同等に扱うことにした」という説明がまったく合理性を欠いていることを知り、もしその事実を小泉氏や安倍氏も知っていたら靖国神社参拝を見送っていただろうとブログに書いたが、そのことはとりあえずおいておく。
 実はケネディ氏がインタビューで乱発した言葉にもう一つある。それは「国益」という言葉だ。つまり安倍総理が靖国参拝を強行して中韓との関係を悪化させ、アメリカの「国益」を損ねたことが「失望」の原因であることをはっきりとではないが、言いたかったようだ。アメリカにとっての東南アジア方面における国益とは、日中、日韓、中韓が良好な関係を保ち中国に南下政策の口実を与えないことの一点にある。そういう意味で、アメリカのこの方面における「同盟国」である日本と韓国はいがみ合うのをやめて仲良くして貰わなくては困る、というのがアメリカの本音なのである。
 国益とは何か。同盟とはどういう関係を意味するのか。
 日本にとっての国益と、アメリカにとっての国益は、少なくとも経済や貿易
の分野においては大きく異なっていることはTPP交渉での両国の対立からも明らかであろう。この場合、国益とは両国政府にとっての「国益」にすぎず、政権が変われば「国益」も変わる。
 日本の防衛問題については、いちおう日米安保条約上では、「貸し借り」の関係で日本がアメリカから防衛してもらえることになってはいるが、万一中国が日本の尖閣諸島を武力制覇しようという挙に出たとき、アメリカが日本にとってどの程度頼りにできる存在なのかははっきりする。尖閣諸島の帰属ごときでアメリカが血を流してくれると思っていたら、とんでもない目にあう。いまのところ、言葉の上では「尖閣諸島は日米安保条約の範囲だ」と中国をけん制してくれてはいるが、そんなリップサービスはいざというとき何の役にも立たないことは世界の歴史を紐解くまでもなく明白である。
 最近、自民党の石破幹事長が、安保法制懇の報告書がまだ出ていないのに、憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使を認めるよう、与党(自公)に対する根回しを必死に行っている。しかも先日のテレビインタビューでは集団的自衛権の行使について従来の政府解釈(日本と密接な関係にある国が攻撃を受けた場合、日本が攻撃されたと見なして軍事力を行使する権利)を微妙に変えて「日本と密接な関係にある国が攻撃を受けて、日本に応援を求めた場合」と、集団的自衛権行使の条件を変えだした。私のブログで、従来の政府解釈で集団的自衛権行使を憲法解釈の変更で行うのは無理と考え直したのだと思うが、集団的自衛権は国連憲章51条『自衛権』に規定されている権利であって、日本にとっての集団的自衛権とは、自衛隊だけでは日本を防衛しきれないと政府が判断したとき他の国連加盟国(現時点ではアメリカ)に応援を頼める権利のことであって、密接な関係にある他国(差し当たっての対象もアメリカ。将来NATOのような環太平洋安全保障体制が構築されれば集団的防衛体制になるから日本の自衛力は飛躍的に強化される)の防衛に自衛隊が手を貸すのは、現行憲法を改正しない限り不可能である。
 公明党は、いまのところ憲法解釈の変更による集団的自衛権行使には同意していないし、もし同意するようなことがあったら党の自滅につながりかねないから、石破氏が「このチャンスを逃すと、当面集団的自衛権行使は不可能になる」と悲鳴を上げても、どだい無理な話は無理である。憲法解釈の本校といった姑息な方法は早々と諦めて、現行憲法が「平和憲法」だという幻想を国民に時間をかけても説明していくのが王道であろう。
 

原発再稼働の政府方針にかみついた朝日新聞は代替エネルギーの非採算性についてはどう考えるのか。

2014-03-05 06:55:51 | Weblog
 やはり、韓国の朴大統領が安倍政府による、河野談話作成過程の検証作業を行うということに猛烈な反発を示した。韓国のマスコミや韓国国民がどう反応っするかはまだ明らかではないが、アメリカ在住の韓国人や二世、三世の全米各地での「慰安婦増」建立の動きや、地理教科書の「日本海」の名称問題(韓国での呼び方「東海」との併記)のためのロビー活動の状況を見るとき、米国内での世論の動向が見逃せなくなってきた。

 さて河野談話とはどういうものだったのか。
 河野洋平氏は宮沢改造内閣の時の官房長官。政府の慰安婦関係調査の結果として、1993年8月4日に発表したものだが、実は閣議決定はされていない。閣議決定はされていないが、宮沢総理の了解のもとに作成・発表されたため、自民党にとってはのど元に刺さったとげとして、今も尾を引きずっている。
 河野談話の内容は「慰安所の設置は日本軍が要請し、直接・間接に関与したこと、慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者(日本人・朝鮮人)が主としてこれに当たったが、その場合も甘言、強圧によるなど、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲などが直接これに加担したこともあったこと、慰安婦の生活は強制的な状況の下で痛ましいものであった」(要旨)というもの。
 が、この談話の根拠とされた「政府の慰安婦関係調査」なるものの実態は、今も明らかにされていない。昨日のブログで述べたように、当時の日本軍の規律は世界に例を見ないほど厳しく(軍の規律に違反した行為がまったく行われなかったとは言っていない)、日本軍兵士の性犯罪を防ぐために慰安所を設けることを許可したことは可能性としては非常に高いと思う(軍司令部による命令書などの存在は確認されていないようだが)。
 私の亡父は中国・天津で終戦直前に招集されたが、鉄砲の撃ち方より「盗みや強姦など、国内でも許されていない犯罪行為をしてはいけない」ということを厳しく命令されたという。「政府の慰安所調査」は、当時の日本軍の規律の厳しさについてもちゃんと調査したのか。自称「元韓国人慰安婦」の「証言」だけ集めて、それを根拠にして強制連行を認めたのではないか、という疑問を持たざるを得ない。
 私は、河野談話のうち、前段は明確な証拠としての「軍司令部による命令書」の類が見つからなかったとしても、敗戦後米兵による性犯罪を防止するため日本政府が米兵のための慰安所を設けたという事実からも容易に推測できるし、慰安所の設置は「軍の行為」と認定しても間違いではないと思う。
 だが、後段に関しては、私はまったく信用できないと考えている。確かに慰安婦の募集に関して部隊(軍ではない)がそれぞれ独自な方法を考えた結果、売春婦がもともと多かった都市部においては業者に委託した可能性はある。あるいは街中に貼り紙で募集するだけで募集予定数より多くの応募があった可能性すら否定できない。が、売春婦がほとんどいない田舎では、部隊も慰安婦の募集に苦労しただろうことも十分に想像できる。そうした場合、(そんな田舎に慰安婦集めのために業者が出向いたかどうかも疑問だが)部隊の責任者が兵士(おそらく複数)に密かに「強制連行」を指示した可能性も相当程度高いと考えられる。が、そういう田舎に長期にわたり部隊が駐屯していたとも考えにく
いので、慰安所の設置はきわめて短期間だったと考えるのが合理的であろう。
 おそらく「政府の調査団」は、ことがそれほど重大な結果を招くとは考えずに、自称「元慰安婦」の「証言」を鵜呑みにして報告書を作り、政府も報告書の内容をきちんと検証せずに「こういう談話を発表すれば、日本政府の誠意」が伝わると、安易に考えたのではないだろうか。少なくとも自称「元慰安婦」が本当に慰安婦であったのか、また「元慰安婦」の慰安婦になる前の生活状態などを詳しく調査していれば、「証言」の矛盾が相当程度、事情聴取の段階で明らかにできていたと思われる。「自虐史観」なるものが、こうして作られていったという一つの事例である。
 こうした場合、いつも曖昧なまま「歴史的事実」化してしまうのは、そもそも「全」と「個」についての哲学的思考が儒教にも仏教にも含まれていないことにも起因する。だから「個」の責任が「全」の責任にいつの間にか置き換えられ、その逆に「全」の行為が「個」に責任転化されてしまうといったことがしばしば行われ、その検証がきちんとされないままうやむやにされてしまうのは、西欧人から見れば異様と見えるようだ。河野談話のなかにも「軍の要請」とか「官憲等」という言葉が盛り込まれているが、「軍の要請」という表現をすれば「日本陸軍総司令部」つまり「参謀本部」や「大本営」と解釈されても仕方がないのである。政治家やジャーナリストが、「言葉」に対する論理的意味付けを明確に意識せずに使うと、外交上きわめて不利になることに、政府やジャーナリストは留意してもらいたい。
 些細なことと言ってしまえばそれまでだが、NHKの元アナウンサー(理事待遇)で『日本のこれから』などの討論番組の司会をしている三宅民夫氏(現在は顧問)が、ある討論番組で、彼はそれほど意識していなかったのかもしれないが、現行憲法を「平和憲法」と位置付けたことがある。だが、現行憲法を「平和憲法」と位置付けること自体が一種の政治的位置付けであるということを、NHKのふれあいセンターに申し入れたことがあったが、担当者が私のクレームを正確に理解してくれたかどうか…。
 そもそも日本の憲法は日本人や日本政府が位置付ける問題ではない。外国の政府や国民がどのように理解しているかが重要で、たとえばアメリカ合衆国憲法の1か条でも日本人は知っているかと自らに問えば、おのずとわかるはずだ。三宅氏は憲法9条を念頭において「平和憲法」という表現を何気なく使ったのかもしれないが、世界のどの国が日本の憲法についてどれだけ理解しているのか、と考えればすぐに分かりそうなものだが…。
 たとえば日本政府や日本人の大半が勝手に決めつけているアメリカとの「同盟」関係について日米で世論調査をしたらたちどころに明らかになる。日本では「同盟国」という回答がおそらく90%を超えるだろうが、アメリカでは10%にも満たないのではないか。アメリカ政府やアメリカ人の意識にある間違いない同盟国は、たぶんイギリスだけだと思う。
「言葉」はしばしば世論形成や世論誘導のために、意図的にあたかも事実のように使用されることくらいはジャーナリストはわきまえておくべきである。三宅氏はただの原稿棒読みのアナウンサー出身だから、「言葉」の持つ意味の重要性について無知な部分があったのかもしれないが、少なくとも原稿を書く記者は「言葉」が持つ政治的意味合いを深く理解する必要がある。
 そういう点では、新聞記者の場合は活字として残るわけだから、「言葉」の使い分けを組織的に決めている。朝日新聞や毎日新聞は現行憲法をしばしば「平和憲法」と位置付けているが、読売新聞や産経新聞は口が裂けても「平和憲法」とは位置づけていない。朝日新聞と毎日新聞は護憲派新聞であり、読売新聞と産経新聞は改憲派新聞だからである。改憲を党是にしている自民党も「平和憲法」とは位置づけていないのに対し、同じ与党でありながら公明党は「平和憲法」と位置付けている。このように、何気なく使っている言葉が重要な政治的意味合いを持っているということをNHKの記者は強く認識すべきである。
 話が多少横道にそれたが、河野談話は言葉の持つ重みをあまり深く認識せず、日本が反省の意を示せば韓国(政府と国民が同一歩調をとることもあれば、食い違うこともある)の反日感情を鎮めることができると思ったのかもしれないが、甘かった。かえって火に油を注ぐ結果になったからだ。
 その点、対照的なのは「村山談話」である。河野談話と異なり、正式に閣議決定を経て発表されたものだ。だから、誤解の余地がなく、その後の内閣も常に「村山談話の継承」を表明している。村山談話とは終戦50年に当たる1995年8月15日に当時の村山富市総理(社会党)が発表したものである。この談話が中韓両国をはじめ諸外国から高く評価されたのは「先の大戦で日本が植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことは疑うべくもない歴史的事実であり、痛切な反省の意を表し、心からお詫びの気持ちを表明する」(要旨)とした部分である。
 これはすでに歴史的に定着していた先の大戦における世界中の評価であり、村山談話はそれを日本政府として受け入れたことを明確化したという意味合いを持つ。私はこれまで何度も書いてきたが、世界史上最大の戦争犯罪は、アメ
リカ軍による広島・長崎への原爆投下であるという認識を持っている(日本の侵略戦争を肯定しているわけではない)。これはナチス・ドイツによるユダヤ人迫害よりはるかに悪質な戦争犯罪である。その後の米政府の言い訳(戦争の早期終結と米軍兵士の犠牲をこれ以上出さないためという)をもってしても許せる行為ではない。アメリカが。世界史上最大の戦争犯罪を犯したことを認める日はいつ来るのだろうか、と私はアメリカのためにそういう思いを抱いている。
 実は、これはあまり知られていないのだが、この村山談話の中に河野談話を継承している部分が入っているのである。その部分については閣議決定する際、自民党閣僚から問題視する声も出たようだが、従軍慰安婦問題が今日のように日韓関係が悪化していなかったということもあって、談話に盛り込まれてしまったといういきさつがある。
 そして終戦60年の2005年8月15日には小泉談話が発表されている。この談話も閣議決定を経て当時の小泉純一郎総理が発表したもので、村山談話をいちおう継承したことになってはいる。だが、小泉談話は、戦争の惨禍で命を落とした人への哀悼と不戦の決意表明に続いて、植民地支配と侵略によって諸国民に損害と苦痛を与えたことを認め、謝罪と哀悼の意を表し、二度と戦争を起こさないという決意を表明したにとどめ、河野談話については触れなかった。このとき、小泉総理が村山談話には一部、誤解を招きかねない部分があったことを明確にしていれば、その後の混乱はあるいは回避できたかもしれない。
 まだメディアは問題提起していないが、来年は終戦70年の節目の年である。安倍総理が来年の8月15日にどういう談話を出すか、私は危惧している。私が危惧しているのは、安倍総理が村山談話を基本的には継承するだろうが、その中に紛れ込んでいる河野談話についての見直しが盛り込まれるのではないかということである。菅官房長官が河野談話の作成過程の検証作業をすると述べたのは、来年8月15日に多分発表されるであろう「安倍談話」のための布石の狙いが込められていると思われるからである。
 そもそも河野談話の作成過程が今さら表面化したのは2月20日に、作成当時の副官房長官だった石原信雄氏が衆院予算委員会で参考人として出席し、河野談話の根拠となった自称「元慰安婦」16人の証言内容について裏付け調査を行っていないことを明らかにしたことによる。なぜ石原・元副官房長官が、この時期にわざわざ衆院予算委員会で河野談話がいい加減な根拠に基づいて発表されたという事実を公表したのか。 
 私が「平和憲法」という位置付けや、前回のブログでは第2次法制懇の位置付けにこだわったのは、どういう問題に対してジャーナリストは疑問を持つべきかということを言いたかったからである。つまり、なぜこの時期に河野談話の作成過程の検証を「極秘チーム」で行うことを菅官房長官が公表したのか、という疑問をなぜジャーナリストは持たないのかという疑問を私は抱くのだ。
 朝日新聞の報道によれば、河野談話について「政権、見直し否定的」としているが、見直す必要がなければ河野談話の作成過程の検証作業をする必要もないわけで、メディアや韓国政府がどう受け止めるかという観測のためのアドバルーンを打ち上げてみた、というのが菅官房長官の記者会見での発言の狙いで
はないだろうか。そう考えるのが、最も自然で、合理的な見方であろう。
 安倍総理は信念の強い人である。信念の強さはリーダーに欠かせない重要な要素ではあるが、状況を顧みずに信念を貫く行動をとることがリーダーシップの発揮ではあるまい、という批判は安倍総理の靖国参拝について1月8日に投こうしたブログで書いた。なぜ「同盟国」であるはずのアメリカが安倍総理の靖国参拝に「失望した」のか、理解する能力がなければ、いくら強い信念の持ち主でも日本のリーダーにはふさわしくない。
 はっきり言ってアメリカも自国の国益を最重要視する。間違いなくアメリカの同盟国であるイギリスについても、アメリカの国益に反する行動に出ればアメリカは拒絶反応を示す。アメリカにとっては、いま中韓が良好な関係を保ち、韓国が中国の南下政策の防波堤になってくれれば、日本との関係より韓国との関係のほうを重視するのは当り前のことである。こういう国際社会の政治力学をパワー・ポリティックスという。
 はっきり言ってしまえば、核拡散防止条約も、核保有の5大国によるパワー・ポリティックスの均衡状態を維持するのが5大国の目的で、だから核廃絶には「YES」と言わないのだ。そういう理解に立って日本が国際社会の中で果たすべき役割は何か、ということを考えないと道を誤ることになる。
 そういう視点で今回の河野談話の作成過程を検証する目的は何かと考えれば、安倍総理の狙いが透けて見えてくる。そして河野談話を否定すれば、当然韓国だけでなく、アメリカも反発し、国際社会の非難を浴びる結果になることは必至だ。事実を検証するということは、パワー・ポリティックスが支配する国際社会では、場合によっては日本が孤立状態になることすらありうるということを、われわれ日本人は知っておくべきだろう。


集団的自衛権問題で窮地に陥った安倍総理が、河野談話作成過程の検証でオバマ大統領からも見放される(下)

2014-03-04 05:34:10 | Weblog
 やはり、韓国の朴大統領が安倍政府による、河野談話作成過程の検証作業を行うということに猛烈な反発を示した。韓国のマスコミや韓国国民がどう反応っするかはまだ明らかではないが、アメリカ在住の韓国人や二世、三世の全米各地での「慰安婦増」建立の動きや、地理教科書の「日本海」の名称問題(韓国での呼び方「東海」との併記)のためのロビー活動の状況を見るとき、米国内での世論の動向が見逃せなくなってきた。

 さて河野談話とはどういうものだったのか。
 河野洋平氏は宮沢改造内閣の時の官房長官。政府の慰安婦関係調査の結果として、1993年8月4日に発表したものだが、実は閣議決定はされていない。閣議決定はされていないが、宮沢総理の了解のもとに作成・発表されたため、自民党にとってはのど元に刺さったとげとして、今も尾を引きずっている。
 河野談話の内容は「慰安所の設置は日本軍が要請し、直接・間接に関与したこと、慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者(日本人・朝鮮人)が主としてこれに当たったが、その場合も甘言、強圧によるなど、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲などが直接これに加担したこともあったこと、慰安婦の生活は強制的な状況の下で痛ましいものであった」(要旨)というもの。
 が、この談話の根拠とされた「政府の慰安婦関係調査」なるものの実態は、今も明らかにされていない。昨日のブログで述べたように、当時の日本軍の規律は世界に例を見ないほど厳しく(軍の規律に違反した行為がまったく行われなかったとは言っていない)、日本軍兵士の性犯罪を防ぐために慰安所を設けることを許可したことは可能性としては非常に高いと思う(軍司令部による命令書などの存在は確認されていないようだが)。
 私の亡父は中国・天津で終戦直前に招集されたが、鉄砲の撃ち方より「盗みや強姦など、国内でも許されていない犯罪行為をしてはいけない」ということを厳しく命令されたという。「政府の慰安所調査」は、当時の日本軍の規律の厳しさについてもちゃんと調査したのか。自称「元韓国人慰安婦」の「証言」だけ集めて、それを根拠にして強制連行を認めたのではないか、という疑問を持たざるを得ない。
 私は、河野談話のうち、前段は明確な証拠としての「軍司令部による命令書」の類が見つからなかったとしても、敗戦後米兵による性犯罪を防止するため日本政府が米兵のための慰安所を設けたという事実からも容易に推測できるし、慰安所の設置は「軍の行為」と認定しても間違いではないと思う。
 だが、後段に関しては、私はまったく信用できないと考えている。確かに慰安婦の募集に関して部隊(軍ではない)がそれぞれ独自な方法を考えた結果、売春婦がもともと多かった都市部においては業者に委託した可能性はある。あるいは街中に貼り紙で募集するだけで募集予定数より多くの応募があった可能性すら否定できない。が、売春婦がほとんどいない田舎では、部隊も慰安婦の募集に苦労しただろうことも十分に想像できる。そうした場合、(そんな田舎に慰安婦集めのために業者が出向いたかどうかも疑問だが)部隊の責任者が兵士(おそらく複数)に密かに「強制連行」を指示した可能性も相当程度高いと考えられる。が、そういう田舎に長期にわたり部隊が駐屯していたとも考えにく
いので、慰安所の設置はきわめて短期間だったと考えるのが合理的であろう。
 おそらく「政府の調査団」は、ことがそれほど重大な結果を招くとは考えずに、自称「元慰安婦」の「証言」を鵜呑みにして報告書を作り、政府も報告書の内容をきちんと検証せずに「こういう談話を発表すれば、日本政府の誠意」が伝わると、安易に考えたのではないだろうか。少なくとも自称「元慰安婦」が本当に慰安婦であったのか、また「元慰安婦」の慰安婦になる前の生活状態などを詳しく調査していれば、「証言」の矛盾が相当程度、事情聴取の段階で明らかにできていたと思われる。「自虐史観」なるものが、こうして作られていったという一つの事例である。
 こうした場合、いつも曖昧なまま「歴史的事実」化してしまうのは、そもそも「全」と「個」についての哲学的思考が儒教にも仏教にも含まれていないことにも起因する。だから「個」の責任が「全」の責任にいつの間にか置き換えられ、その逆に「全」の行為が「個」に責任転化されてしまうといったことがしばしば行われ、その検証がきちんとされないままうやむやにされてしまうのは、西欧人から見れば異様と見えるようだ。河野談話のなかにも「軍の要請」とか「官憲等」という言葉が盛り込まれているが、「軍の要請」という表現をすれば「日本陸軍総司令部」つまり「参謀本部」や「大本営」と解釈されても仕方がないのである。政治家やジャーナリストが、「言葉」に対する論理的意味付けを明確に意識せずに使うと、外交上きわめて不利になることに、政府やジャーナリストは留意してもらいたい。
 些細なことと言ってしまえばそれまでだが、NHKの元アナウンサー(理事待遇)で『日本のこれから』などの討論番組の司会をしている三宅民夫氏(現在は顧問)が、ある討論番組で、彼はそれほど意識していなかったのかもしれないが、現行憲法を「平和憲法」と位置付けたことがある。だが、現行憲法を「平和憲法」と位置付けること自体が一種の政治的位置付けであるということを、NHKのふれあいセンターに申し入れたことがあったが、担当者が私のクレームを正確に理解してくれたかどうか…。
 そもそも日本の憲法は日本人や日本政府が位置付ける問題ではない。外国の政府や国民がどのように理解しているかが重要で、たとえばアメリカ合衆国憲法の1か条でも日本人は知っているかと自らに問えば、おのずとわかるはずだ。三宅氏は憲法9条を念頭において「平和憲法」という表現を何気なく使ったのかもしれないが、世界のどの国が日本の憲法についてどれだけ理解しているのか、と考えればすぐに分かりそうなものだが…。
 たとえば日本政府や日本人の大半が勝手に決めつけているアメリカとの「同盟」関係について日米で世論調査をしたらたちどころに明らかになる。日本では「同盟国」という回答がおそらく90%を超えるだろうが、アメリカでは10%にも満たないのではないか。アメリカ政府やアメリカ人の意識にある間違いない同盟国は、たぶんイギリスだけだと思う。
「言葉」はしばしば世論形成や世論誘導のために、意図的にあたかも事実のように使用されることくらいはジャーナリストはわきまえておくべきである。三宅氏はただの原稿棒読みのアナウンサー出身だから、「言葉」の持つ意味の重要性について無知な部分があったのかもしれないが、少なくとも原稿を書く記者は「言葉」が持つ政治的意味合いを深く理解する必要がある。
 そういう点では、新聞記者の場合は活字として残るわけだから、「言葉」の使い分けを組織的に決めている。朝日新聞や毎日新聞は現行憲法をしばしば「平和憲法」と位置付けているが、読売新聞や産経新聞は口が裂けても「平和憲法」とは位置づけていない。朝日新聞と毎日新聞は護憲派新聞であり、読売新聞と産経新聞は改憲派新聞だからである。改憲を党是にしている自民党も「平和憲法」とは位置づけていないのに対し、同じ与党でありながら公明党は「平和憲法」と位置付けている。このように、何気なく使っている言葉が重要な政治的意味合いを持っているということをNHKの記者は強く認識すべきである。
 話が多少横道にそれたが、河野談話は言葉の持つ重みをあまり深く認識せず、日本が反省の意を示せば韓国(政府と国民が同一歩調をとることもあれば、食い違うこともある)の反日感情を鎮めることができると思ったのかもしれないが、甘かった。かえって火に油を注ぐ結果になったからだ。
 その点、対照的なのは「村山談話」である。河野談話と異なり、正式に閣議決定を経て発表されたものだ。だから、誤解の余地がなく、その後の内閣も常に「村山談話の継承」を表明している。村山談話とは終戦50年に当たる1995年8月15日に当時の村山富市総理(社会党)が発表したものである。この談話が中韓両国をはじめ諸外国から高く評価されたのは「先の大戦で日本が植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことは疑うべくもない歴史的事実であり、痛切な反省の意を表し、心からお詫びの気持ちを表明する」(要旨)とした部分である。
 これはすでに歴史的に定着していた先の大戦における世界中の評価であり、村山談話はそれを日本政府として受け入れたことを明確化したという意味合いを持つ。私はこれまで何度も書いてきたが、世界史上最大の戦争犯罪は、アメ
リカ軍による広島・長崎への原爆投下であるという認識を持っている(日本の侵略戦争を肯定しているわけではない)。これはナチス・ドイツによるユダヤ人迫害よりはるかに悪質な戦争犯罪である。その後の米政府の言い訳(戦争の早期終結と米軍兵士の犠牲をこれ以上出さないためという)をもってしても許せる行為ではない。アメリカが。世界史上最大の戦争犯罪を犯したことを認める日はいつ来るのだろうか、と私はアメリカのためにそういう思いを抱いている。
 実は、これはあまり知られていないのだが、この村山談話の中に河野談話を継承している部分が入っているのである。その部分については閣議決定する際、自民党閣僚から問題視する声も出たようだが、従軍慰安婦問題が今日のように日韓関係が悪化していなかったということもあって、談話に盛り込まれてしまったといういきさつがある。
 そして終戦60年の2005年8月15日には小泉談話が発表されている。この談話も閣議決定を経て当時の小泉純一郎総理が発表したもので、村山談話をいちおう継承したことになってはいる。だが、小泉談話は、戦争の惨禍で命を落とした人への哀悼と不戦の決意表明に続いて、植民地支配と侵略によって諸国民に損害と苦痛を与えたことを認め、謝罪と哀悼の意を表し、二度と戦争を起こさないという決意を表明したにとどめ、河野談話については触れなかった。このとき、小泉総理が村山談話には一部、誤解を招きかねない部分があったことを明確にしていれば、その後の混乱はあるいは回避できたかもしれない。
 まだメディアは問題提起していないが、来年は終戦70年の節目の年である。安倍総理が来年の8月15日にどういう談話を出すか、私は危惧している。私が危惧しているのは、安倍総理が村山談話を基本的には継承するだろうが、その中に紛れ込んでいる河野談話についての見直しが盛り込まれるのではないかということである。菅官房長官が河野談話の作成過程の検証作業をすると述べたのは、来年8月15日に多分発表されるであろう「安倍談話」のための布石の狙いが込められていると思われるからである。
 そもそも河野談話の作成過程が今さら表面化したのは2月20日に、作成当時の副官房長官だった石原信雄氏が衆院予算委員会で参考人として出席し、河野談話の根拠となった自称「元慰安婦」16人の証言内容について裏付け調査を行っていないことを明らかにしたことによる。なぜ石原・元副官房長官が、この時期にわざわざ衆院予算委員会で河野談話がいい加減な根拠に基づいて発表されたという事実を公表したのか。 
 私が「平和憲法」という位置付けや、前回のブログでは第2次法制懇の位置付けにこだわったのは、どういう問題に対してジャーナリストは疑問を持つべきかということを言いたかったからである。つまり、なぜこの時期に河野談話の作成過程の検証を「極秘チーム」で行うことを菅官房長官が公表したのか、という疑問をなぜジャーナリストは持たないのかという疑問を私は抱くのだ。
 朝日新聞の報道によれば、河野談話について「政権、見直し否定的」としているが、見直す必要がなければ河野談話の作成過程の検証作業をする必要もないわけで、メディアや韓国政府がどう受け止めるかという観測のためのアドバルーンを打ち上げてみた、というのが菅官房長官の記者会見での発言の狙いで
はないだろうか。そう考えるのが、最も自然で、合理的な見方であろう。
 安倍総理は信念の強い人である。信念の強さはリーダーに欠かせない重要な要素ではあるが、状況を顧みずに信念を貫く行動をとることがリーダーシップの発揮ではあるまい、という批判は安倍総理の靖国参拝について1月8日に投こうしたブログで書いた。なぜ「同盟国」であるはずのアメリカが安倍総理の靖国参拝に「失望した」のか、理解する能力がなければ、いくら強い信念の持ち主でも日本のリーダーにはふさわしくない。
 はっきり言ってアメリカも自国の国益を最重要視する。間違いなくアメリカの同盟国であるイギリスについても、アメリカの国益に反する行動に出ればアメリカは拒絶反応を示す。アメリカにとっては、いま中韓が良好な関係を保ち、韓国が中国の南下政策の防波堤になってくれれば、日本との関係より韓国との関係のほうを重視するのは当り前のことである。こういう国際社会の政治力学をパワー・ポリティックスという。
 はっきり言ってしまえば、核拡散防止条約も、核保有の5大国によるパワー・ポリティックスの均衡状態を維持するのが5大国の目的で、だから核廃絶には「YES」と言わないのだ。そういう理解に立って日本が国際社会の中で果たすべき役割は何か、ということを考えないと道を誤ることになる。
 そういう視点で今回の河野談話の作成過程を検証する目的は何かと考えれば、安倍総理の狙いが透けて見えてくる。そして河野談話を否定すれば、当然韓国だけでなく、アメリカも反発し、国際社会の非難を浴びる結果になることは必至だ。事実を検証するということは、パワー・ポリティックスが支配する国際社会では、場合によっては日本が孤立状態になることすらありうるということを、われわれ日本人は知っておくべきだろう。


集団的自衛権問題で窮地に陥った安倍総理が、河野談話作成過程の検証でオバマ大統領からも見放される(上)

2014-03-03 04:46:26 | Weblog
 私が書いたブログと、事前に公明党事務局に伝えた情報(第2次法制懇の位置付けの意味と各メディアが行っている位置付け)のために、安倍総理は窮地に陥った。それまで安保法制懇の位置付けの重要性について深く考えていなかった公明党が、読売新聞や産経新聞だけでなく、NHKまでが「政府の有識者懇談会」と世論を意図的に誘導するための位置づけを始めたことで(読売新聞と産経新聞は「政府の有識者会議」)、公明党が一気に硬化したのである。
 安倍総理は公明党との連立を維持するためには安保法制懇を解散するか、解散しないまでも4月に出させる予定だった報告書を封印してしまうしか道はなくなった。読売新聞読者センターのスタッフが「有象無象の読者のブログなんか」とほざいた私のブログによって、安倍政権の悲願だった「集団的自衛権行使のための憲法解釈の変更」は、はるかかなたに遠のいた。と同時にNHKのニュース報道における第2次法制懇の位置付けは、当然国会で追及されることになるだろうし、たとえ籾井会長の直接的な指示によるものではなかったとしても、籾井会長の引責辞任は避けられまい。安倍総理の行く手に暗雲が立ち込め始めた。その一つである河野談話の事実上の見直し作業も困難になりそうだ。

 グッドタイミングなのか、それとも「最悪の時期」なのか――2月28日、菅官房長官が「政府内に極秘のチームを作って河野談話の作成過程を中心に検証する」考えを表明した。安倍総理の指示によるものだろう。
 タイミングが問題になるのは、4月にオバマ大統領が日韓を訪問するに先立ち、米政府が冷え込んでいる日韓関係に懸念を抱いているからである。それに歩調を合わせるかのように、韓国のマスコミは朴政権の対日強硬姿勢に対して批判的な論調に変化し始めているようだ。
 そういう時期に、河野談話の「作成過程」を検証するという。「河野談話」そのものではなく、どういうプロセスで河野談話が生まれたのかの「ノンフィクション番組」を制作するということだ。
 意図は見え透いている。いきなり「河野談話を見直す」と言えば、韓国の政府や国民の対日感情を悪化しかねないため、「作成過程に問題があった」という検証結果を出すことで、事実上河野談話を否定するという姑息な自民党政府(形式上は自公政府だが)の伝統的手法の繰り返しである。
 そもそも韓国で「慰安婦問題」に火がついたのは、吉田清治と名乗る人物(本名は吉田雄兎)が、1977年に『朝鮮人慰安婦と日本人』と題する著書で「軍令によって済州島で韓国女性を強行連行して慰安婦にした」と「証言」し、さらに83年には『私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』と題した著書でも「済州島で200人の韓国女性を拉致した」と「証言」し、あまつさえ同年12月には天安市には自費で「謝罪碑」を建てるために訪韓して土下座までした。この吉田氏の活動を全面的にバックアップしたのが朝日新聞だった。吉田氏の著作を検証もせずに英雄視するかのような記事を掲載した。
 この朝日新聞の「従軍慰安婦報道」が韓国に伝わって韓国のマスコミが大きく取り上げ、それがきっかけになって慰安婦問題が日韓ののど元に突き刺さったとげになったという動かしがたい歴史的事実がある。
 このいわゆる「吉田証言」なるものは「でっち上げ」であり、「自分は小説のつもりで書いた」と吉田氏自身が後に告白しているが、朝日新聞はこの問題について依然として口をつぐんでいる。「新聞は絶対に間違いを犯さない」ことになっているのだから仕方がないだろう。そういうスタンスをとっているのは朝日新聞だけではないのだから。本当は、朝日新聞の社長が訪韓し、朴大統領に真相を話せば、それで問題は一気に解決に向かうはずなのだが…。
 実は、吉田証言に最初に疑問を持ったのは、吉田氏が慰安婦として200人の韓国女性を拉致したとした済州島の住民たちで、「そんな話は聞いたことがない」という声が飛び出し、地元紙の「済民新聞」が調査したうえで事実無根という記事を大きく掲載して、吉田氏の「証言」がでっち上げであることが明らかになっている。その時に朝日新聞がいち早く訂正記事を出していれば、ことは大きくならずに済んだのだが、朝日新聞は他紙がこの問題を追及しなかったことを「これ幸い」とばかりに頬冠りしてしまった。その結果、吉田氏の「証言」が独り歩きを始め、韓国人の反日感情に火がついたという経緯がある。 
 問題はその後である。「元韓国慰安婦」が日本に対して損害賠償請求を始めたのだ。元韓国慰安婦に私がカギカッコを付けた意味は説明しておく。戦場における兵士の性問題はどの国も頭を悩ます問題だった。当時日本も韓国も売春は女性のビジネスとして公認されており(日本では「公娼」「私娼」という区分けもされていた)、軍の規律がきわめて厳しかった旧日本軍は兵士の性犯罪を防止するため韓国で「公娼」(いわゆる「慰安婦」)を募集しただろうことは疑いの余地がないと思う。またその募集に韓国の職業的売春婦だけでなく一般女性も少なからず応募したという事実もあるようだ。では、そういうケースだけだったかというと、そうも言いきれないのではないかと思う(以下は私の論理的推測)。職業的売春婦が多くいた都市部では日本軍は慰安婦の募集に苦労しなかったと思われるが(待遇もかなり良かったようだ)、職業的売春婦がほとんどいなかった地方では慰安婦を集めるのが困難だったであろう。そうした場合に、そういう地方に派遣された部隊の兵士が、個人的に(一人で、という意味ではない=組織的行為ではないという意味)若い一般女性を強制連行した可能性はかなり高いと思うし、あるいは部隊の責任者が一般女性の強制連行を黙認したり、場合によっては「強制連行しても構わない」と許可した可能性も否定できない。さらに訴訟を起こした「元慰安婦」の中には便乗組が紛れ込んでいる可能性も否定できない。「疑わしきは罰せず」という法理論は、この場合「疑わしきは(訴えを)認めず」でならなければ、法の整合性が損なわれる。
 なお、共産圏を除けば(共産主義を標榜する国の事情が分からないため除いただけ)、自由主義国家で売春を最も早い時期に禁止したのはアメリカではないかと思う(これも歴史的事実は確認できていないが)。というのは、アメリカはヨーロッパから移住した人たちが中心になって建国した国である。アメリカの歴史は西部開拓史から始まったとされているが、家族ぐるみでアメリカに移住した人たちは別として、独身の若い男性が新天地に夢を抱いて渡米した場合の結婚問題が重要な政治課題になった。そこでヨーロッパの女性に、「アメリカは天国」というイメージを抱かせるため「レディファースト」の文化を重視することにした。また女性を大切に扱うという建前から男性には買春を禁じたのである(ということは女性には売春を禁じたことも意味する)。
 その結果、どういう事態が生じたかというと、先の大戦で米軍はノルマンディ作戦でヨーロッパ大陸に上陸したのち、ドイツの占領下にあったフランスを解放したのはいいが、米軍兵士はフランス女性を「性の奴隷」にしたという厳然たる事実がある。日本の場合は公娼制度があったため、韓国でも慰安所を作
って職業的売春婦を公募したため(韓国に公娼制度があったかどうかは不明だが、現在でも韓国は売春天国と言われているくらいだから、職業的売春婦は相当いたと思われる)、少なくとも都市部では日本兵士による性犯罪はあまり起きていないはずだ。
 先の大戦が終わってGHQが日本の施政権を握った時、まず日本政府に命じたことの一つに公娼制度の廃止だった。そのことから考えても、米軍兵士がフランス女性を「性の奴隷」にしたことは容易に推測できるであろう。一方、日本政府はGHQの米軍兵士のための「慰安所」を設置し、職業的売春婦を公募して米軍兵士による性犯罪から日本の一般女性を守る手段を講じている。それだけでは十分でないと判断したのか、町内会などによって妙齢の女性に男装させた(頭は坊主刈りにさせたようだ)。
 日本で売春防止法が成立したのは56年5月だが、公娼地域の「赤線」が完全に廃止されたのは58年。一方米軍の支配下にあった沖縄では公娼制度が存続された。沖縄の公娼制度が廃止されたのは、1972年に日本復帰した年である。
 ちなみに、日本の性犯罪件数は10万人当たり1.78件だが、日本のソープランドのような性欲処理施設が禁止されているアメリカの性犯罪は77.08件と、日本の15倍以上である。アメリカでも売春は存在するが、売春のための施設が禁止されているためストリートガールが通りすがる男性に声をかけて自分のアパートに連れ込む。売春婦にとって極めて危険なので、性行為をする隣の部屋には用心棒(マフィアといわれている)が潜んでいるという。
 ヨーロッパにはアメリカより性犯罪率が高い国もあルが、オランダやドイツ、ベルギーなど「飾り窓の女」が事実上公認されている国の性犯罪率は低いようだ。おそらく韓国の性犯罪率も相当低いと思う。女性の人権を重視するということと、売春を禁止するということはイコールではない。NHKの籾井会長が、そうした理念を以て「飾り窓の女」を例に出していたら、会長就任記者会見で記者たちから追いつめられることはなかったはずだ。理念のない人が会長になると、いま私がNHKを窮地に追い込んでいるような結果を招くことになる。
 そういう視点で、いま一度河野談話が作成された過程ではなく「河野談話」そのものがどこまで事実を検証した上で発表されたのかを論理的に検証してみる(強制連行の事実を証明できる生き証人が事実上ほとんど存在しない現在では、「強制連行」についての「事実らしきこと」の断片をいくら寄せ集めても、慰安婦問題の検証にはならない)。
 28日の菅官房長官が政府内に検証作業チームを作ることについて朝日新聞は「安倍政権は談話の撤回や見直しに否定的な一方、談話作成前に韓国側と文言をすり合わせたかどうか調べる」(のが目的)と位置付けている。私は安保法制懇(第2次)についてもメディアの位置づけ方にこだわったが、メディアはそうした方法で世論を誘導する機関だということを読者には理解していただきたい。だから私は、読者に先入観や読者を誘導するような書き方を避けるため、たとえばカギカッコを付けたり、あえてカギカッコを付けた意味を説明したりしたうえで、読者ご自身が私のブログ記事を参考にしながら、自らの思考力で考えて頂きたいと思っている。
 続きは明日書く。