今年の8月、姫路で行われた松浦亜弥凱旋公演(ゲスト・W、メロン記念日)を観た翌日、私は友人と別れて紀伊半島の旅をした。
いくつかある旅の目的のひとつが、和歌山県にある南海貴志川線に乗る事であった。
貴志川線は、和歌山駅から貴志(きし)という所までの14.3kmを約30分ほどかけて走っているローカル線である。南海電鉄は、大阪と和歌山県とを結ぶ大手私鉄だが、貴志川線は今年の10月をもって廃止するという方向で話が進んでいた。
私が貴志川線に興味を持ったのは10年ほど前に、貴志川線を舞台に描かれたある漫画を読んだ事から始まる。それは、その年の桜が咲く頃、貴志川線を走っていた古い電車が廃車にされ、新しい電車に代わる頃であった。漫画に描かれたその昭和初期に造られた電車のどっしりとした顔は、まさに「おじいちゃん」電車とでも呼びたくなるくらいの貫禄に溢れていた。
それ以来、いつか乗りに行こうと決めていた貴志川線に、やっと乗る事が出来るのだ。
小雨まじりの8月の昼下がり。和歌山駅の貴志川線ホームにやってきた私は、人の良さそうな駅員さんから切符を買い求め、昔ながらの小さな改札口で駅員さんに切符を見せて電車に乗り込んだ。当然の事ながら電車は「おじいちゃん」電車ではなく、「お父さん」電車くらいの貫禄の電車であった。
「お父さん」電車は、和歌山市の郊外の風景からやがて畑と緑ののどかな風景へと乗客を運び、細いホームと小さな駅舎の終着駅へと到着した。駅舎の中には、地元の子供達が描いた貴志川線の絵が何枚も飾られていた。
旅用の一眼レフカメラにと、6月に買ったミノルタα-Sweet Ⅱの初めての出番も兼ねて、貴志の町を歩き始めたが、雨が少し強くなり私は駅に戻った。
ホームに停まっていた和歌山行きの電車の車内には、乗客の少ない時間帯にしては多くの乗客がいた。そして、終点の和歌山に着く頃には二両編成の車内の座席のほとんどが塞がった。
南海の電車は野暮ったいデザインだが、どこか温かみを感じる。貴志川線の電車も同様である。笑顔で挨拶する駅員さん。古めかしい改札口。私は何度も振り返って、改札口とその向こうに見える電車を見送った。
南海貴志川線は、来年4月をもって消滅する。そして、わかやま電鉄貴志川線がスタートする。たくさんの地元の人達と関係者の情熱が実を結んだ。来年、また生まれ変わった貴志川線に乗りに行きたいと思う。その頃、桜は咲いているだろうか。
今日のBGM ロックンロール / くるり