四万十川のほとりにて

Uターン爺さんのガーデニングや田舎暮らしを日記に。

第91回 中村交響楽団 定期演奏会

2024-08-19 07:32:33 | 日記
昨日(8月18日)中村交響楽団の演奏会が新装なった”しまんとピア”で開催された。「夏の,第九」と銘打って一般募集された100名ほどの大合唱団が参加したヴェートーベンの第九、素晴らしい演奏とその迫力に圧倒された。まったく驚いた。テレビやCDで年末恒例の音楽で、毎年耳にしているけれど、生の合唱の迫力はすさまじい。80年以上生きてきた自分は初めての経験だった。ぜひ年末に再演してほしい。  


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槍ヶ岳登山に上岡医師が投稿された

2024-07-09 05:57:15 | 日記
昨日(7月8日)高知新聞の「声ひろば」に、私を名指しして投稿されているので、本当に驚いた。上岡教人医師は私の胃がんの摘出手術をしてくれた命の恩人です。また、自分の母校の後輩でもあり、遠い親戚でもあったので、不思議な縁を感じました。私の槍ヶ岳登山の投書を見て上岡医師が気付いてくれたのもありがたい。
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高知新聞に槍ヶ岳登山掲載

2024-06-14 08:40:30 | 日記
6月13日の高知新聞朝刊に槍ヶ岳登山の私の投稿記事が載りました。内容はブログに乗せた記事のコピーですので、同じです。同年代の人々の励ましになればと思い投書しました。いろいろ反響がありました。
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槍ヶ岳登山

2024-06-01 07:20:53 | 日記
5月23日、槍ヶ岳に登った。大学山岳部OB会が明神池畔の嘉門次小屋であり、ついでに槍ヶ岳まで足を伸ばした。ほかの皆さんは涸沢までの往復とのことで、槍ヶ岳登山は自分一人になった。22日は槍沢ロッジに宿泊し、翌日槍沢の雪渓を8時間かけて登った。標準時間は6時間だが、僕の足では8時間、ひたすら下を向いて登る。一歩一歩数えて登る。12本爪のアイゼンが重い。もうこんな山登りはしたくないと思いながら登った。
槍ヶ岳の穂先は雪もなく鎖と鉄のはしごで、少しも怖くない。30分の岩登りで頂上に飛び出した。人は誰もいなくて自分だけの頂上だ。何度も登った山だから、あまり感激は無く、写真を撮って15分で引き上げた。
槍ヶ岳山荘の宿泊客は僕を含めて3人だけ。一人一部屋の贅沢な宿泊になった。最盛期には7~800人が泊まるそう。この時期は極端にお客がいないことが判った。小屋泊まりはこの時期に限る。
24日は、早朝、固く締まった雪渓のうえを下山、アイゼンのキュキュという快い音を聞きながら、いい気になって下りていたらケ躓いて飛行機状態で滑落した。幸い5mくらいの滑落で、ペットボトルを飛ばしただけで済んだ。2度転んだ。82歳の歳には勝てない。あしが思うように上がっていない。体力の衰えを思い知った。
その夜は嘉門次小屋の囲炉裏を囲み、7人の仲間と大いに飲んで唄った。来年は、西穂高岳に登る計画を幹事から出された。僕は剣岳に登りたい。

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真夜中の地震・宿毛市 震度6弱

2024-04-19 05:34:27 | 日記
一昨日の23時14分の真夜中に地震発生、グラグラと来たので飛び起きた。数秒間強い揺れに襲われ、布団のそばにあった椅子にしがみついて、揺れの収まるのを待った。電気は止まらず、かすかにスタンドの明かりがあったので、少し落ち着いてきた。
リビングや家内の寝室など見回って、被害のないことを確認し家内と無事を喜んだ。ラジオは愛南町と宿毛市が震度6弱と報じていた。ここ四万十市は震度4ということだったが、かなりの揺れだった。実際、地震起きた直後は動けない。何もできない。ただ、椅子にしがみついていただけだった。家がつぶれたら、たぶん押しつぶされていただろう。椅子じゃ強度が持たないから・・・。その夜は興奮して眠れなかった。南海トラフ地震とは関係ないとえらい先生が言っていたけど、やっぱり地震は怖い。
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