四谷時代に交流のあった千葉に住むAさんとは年に数回程度の音信を重ねている。「音の隠れ家」時代に彼に売った中型スピーカーがある。アメリカ、アルテックランシング社の403Aという20センチのフルレンジスピーカーである。米松のベニヤ材で自作したもので塗料は楽焼の分派の金沢にある「大樋焼」のような飴色の着色を施したものだ。稚拙な素人の日曜大工めいた品物だが、ここ数年このスピーカーの再生音を思い出す機会がちょくちょくあった。
最近、立派なオーディオルームを作られたAさんは、数組のオーディオ黄金時代に該当する名品を鳴らしている。アルテック社のA-7、JBL社のC-36バロン、ソブリン、ジェンセン社のフィールド型スピーカー➕ウエスタンエレクトリック社の朝顔型モノラルホーンという垂涎物ばかりである。
こういう顔触れの中では我が自作スピーカーなど、本格小説に混じる心境小説みたいなものでこれはオーディオ王道における脇役通行人の類になると推測が閃いた。そこでAさんにタイミングを計らい買い戻しを申し出た。売却時の半額というこちらの希望をAさんは好意的に受けてくれた。蔵前橋通り、市川、松戸、横浜を往還した苦労は報われた。
雨季の9月後半で中区の山手トンネルに近い「横濱ラジオ亭」の一軒家カフェの改装も足踏みしているが、このプアなスピーカーが小気味のよい中音域で1950年代半ばという私が最も好んでいるベツレヘム、コンテンポラリー、コロムビア、等のジャズソースを色濃く鳴らす主役になることを祈って魂を吹き込んでいる最中である。写真の後半はAさんの趣味溢れるシステム、キャピトルのディック・ヘイムズがウエスタンホーンで流れ出す音の風景が白眉だった。