『自転しながら公転する』山本文緒 を読む。
家事をやりつつ、家族の体調も見つつ、仕事も全力で頑張るなんて、そんな器用なこと私にはできそうもない。でも、世の中の、たとえば子供いる人なんかは、みんなそうしてるわけでしょ。ジャグリングっていうの、あのボウリングのピンみたいなの、四本も五本も一斉に回してるみたいな生活を毎日しているんでしょ。
してるよねぇ。
なんか、そんな時代も、あったわよ。
しみじみ。
このあとの、「自転しながら公転する」地球の自転とか、公転とか、太陽がこのくらいのスピードで移動してて、銀河は…
って話、聞いたことある…
実際にその話してる人いた…と思い起こした。
ははーぁ、いるんだなぁ。
物語のなかに出てくるようなことを
地でいく人。
服には、その服を着る必然性が要る。もし、素敵な服が好きでそれが着たいのならば、そういう服を着る必要のある生活をするしかない。
まさに今、普段着ないような服を探して四苦八苦している。
セレモニー用の服なのだから、普段着ではないのだから…とは思うけれど、
どこにいけば用意できるのかから謎過ぎる。
縁がないのが問題なのか、
何なのか。
時々自分の中の感情を掘り起こされる、明るみに出されるようで苦しくもあり、懐かしくもあり。
いろんな選択肢、
さまざまな生き方。
どれがいい、とかの優劣はない。
だけど、
あの時このハードルを越えておけば、
もしかしてもう少し…と思わされるものは、
ときどき見かける気は、する。
別にそんなにしあわせにならなくてもいい
うん。
なにがなんでも、~でなければ!
ではないよね。
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