クラブボクシング@ゴールドジム湘南神奈川

普通、湘南辻堂といえばサーフィンなのにボクシングでひたすら汗を流すオッさん達のうだうだ話!

母と朴の こんにちは、さようなら 2

2018年03月23日 | あの頃 朴は若かった
高校生となった食べ盛りの朴竜、それまでの給食から弁当持参となりました。

父は船員でしたので一年のうち何日も家にいないため、母は旦那が好みそうな酒の肴も手料理も全く作らなくても構わないある種恵まれた環境におりました。

いつも近所には、いやぁ父さん家にいないから、テレビ見てゴロゴロできるし、たくさん稼いでくるっしょ、で、ご飯も作らなくていいから楽だぁ、極楽極楽〜と、何だか分からない自慢をしてばかり。

父も極端な偏食で食べることに興味もないので、料理下手というより料理することが嫌いな母とは食で喧嘩はまず起きない夫婦だったのでした。

そんな母が作る朝夕の食事のレパートリーはほんの数種類で、焼くか揚げるか、たまに気が向けば煮るというくらい。

ですから、弁当は殆ど夕食の残り物でした。

お袋さぁ、たまには夕食の残り物じゃなく、何か違うもの作ってくれよぉ。

いやぁ母さん、料理下手だし、面倒くさいわぁ。

面倒くさいって、じゃあせめてオニギリとかにしてくれよ。昼飯までに腹減るしさぁ。
って言うか、料理も勉強すればいいっしょ、面倒くさがらずに。

オニギリ、ほら母さんのオニギリ、形悪くて格好悪いっしょ? だから恥ずかしいわ、それ見られたら。

お袋ぉ、だったらキレイに握る練習すればいいっしょ。恥ずかしい恥ずかしいって、いつもそればかりで、飯のひとつ息子のいうこと聞かずに面倒がるってどうよ!

いやぁお兄ちゃん、もうアンタ煩いわ!
ほれ、小遣いと別に金遣るから、学食で蕎麦食えばいいっしょ。

お袋はなんでもいつでも金遣るだなぁ。学食は昼からしかやらないの。オレは昼前にオニギリ食いたいの。

だったらパン買って食えばいいっしょ!だから、ほら、金遣るから、持って行きなさい!

あのね、オレはオニギリ食いたいの。購買も昼飯時ちょっと前にしか開かないの。パン買う前に腹減るの!

いやぁ面倒くさい、アンタ早く大学受かって家から出ていけば毎日ごはんごはん聞かなくていいのに。

あ、そう? 飯ひとつでそこまで面倒臭がる母親なんてまともじゃねえぞ! もういいわ馬鹿馬鹿しいし、恥ずかしいわオレが!

と喧嘩。しばらくすると、悪いと思ったのか、勉強部屋にリンゴなどを向いて持ってきて、

どれ、お腹すいたかい? リンゴ食べなさい。ほれ、母さん料理下手だから恥ずかしいっしょ。と言い訳の続き。

あ、じゃあ、ちゃんと作ってくれよ、たまにはさぁ、と言うと

いやぁ面倒くさい、ほれ、金遣るから!

って高校3年間はほぼ毎日、それの繰り返しでした。結局、面倒くさいだけじゃねーか!

振り返ると、お袋の味ってなんだろう?
私も弟も全く覚えてないんですね。


母と朴の こんにちは、さよなら 1

2018年03月23日 | あの頃 朴は若かった
3月21日は母の誕生日。

86歳になりました。

誕生日の前週に見舞ったときは眼も開かず、話すこともできず、栄養は点滴から取り命を
繋いでいる状態でした。

十分に高齢ですからもう哀しまなくてもよいと言い聞かせ、ただ苦痛を感じないようにと祈ることしかできません。

この頃、昔の母の言葉、交わした会話をよく思い出します。

忘れないように小ブログにしばし書き留めておくことをお許しください。

就職後から今に至るまでの帰省時の会話


腹減ったなあ、おふくろ何か作ってくれよ。 

アンタ飯食うのかい? いやぁ大儀だぁ(面倒くさい)、金遣るから外で何か食ってくればいいべさ。

金はオヤジより稼いでるから要らんわ。

普通の母親は息子が帰ってきたら喜んでごちそう作るぞ!息子に飯作るのがそんなに面倒? 

いやぁ、私の仕事はこうやって
ゴロゴロすることだぁ。 

そんなもん仕事じゃねえよ、なんか作れよ! 

だから嫌だって、ほれ金遣るから・・・! 

だから金は要らないって!このクソババァ、ほんとに昔から何もしねぇな!

もうほんとにうるさいねアンタは!そんなにうるさいならもう帰って来なくていいから! 

お、開き直ったなクソババァ!普通の母親はそんなこと言わんぞ!


悪いと思ったのかしばらくして・・・・


アンタ証券会社で仕事して大変でしょ? ちゃんとご飯食べてるのかい? 

おう、そりゃ食べてるよ。まあ、独身だから外食だけどね、仕事終わった後疲れてるし。

いやぁ、そんなので栄養ととれないべさ。 

まあ、取れないだろうね、だからたまに帰ってきたらお袋の作ったもの喰いたいんだけどね。 何?作る気になった?

いやぁ、大儀だから、ほれ金遣るから外で食ってくればいいべ、ラーメンとか・・・ あ、父さんに作って貰え! ほれ父さん、お兄ちゃんに何か作ってやりなさい! 

もういいよ、だったら聞くなよこのクソババアが!何もしなかったら呆けるよ絶対!

ということが毎年毎年、繰り返されてました。

結局、37年間帰省しても何も作ってくれなかったなあ・・・ 

そして予言通り呆けちまったなあ・・・