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震災10年目の区切りとして映画「Fukushima 50」を見て思ったこと

2021-03-11 11:00:00 | 映画

(C)Fukushima50 製作委員会

 

 

2011年3月11日に起きた東日本大震災から今日で10年です。

この震災で犠牲となった方、そして犠牲者のご家族の皆さんに

哀悼の意を表します。

 

 

 

ずっと見るのを避けていた映画「フクシマ50」を見て

みました。

内容よりも映画を見ることで、そもそも何故このような

原子力災害が起こってしまったのか、そして今だけでなく

これから100年以上は続くであろう深刻な現状も色々と

考えてしまいました。

 

【本当に原発事故の原因は天災?】

映画では2011年に起きた福島第一原子力発電所(以下1F)の

事故の原因は想定を超えた自然の猛威によるもの、のような

印象が強いですが、本当はどうだったのでしょう。

東京電力の1Fは地震と津波によって全ての電源を失った結果

国際的原子力災害深刻度の指標でレベル7という旧ソ連での

チェルノブイリ原発事故と同じかそれ以上、という原子力災害

を起こしましたが、他の東北電力の女川、日本原電の東海第二

そして同じ東京電力でも福島第二(以下2F)などの原発でも

地震と津波の影響は甚大でしたが事故に至りませんでした。

何が違ったのでしょうか。

 

【備えるべきリスクを直視しなかった東京電力】

映画では渡辺謙さんが演じていた吉田所長は事故の3年前から

1Fに赴任するまで東京電力本店の原子力施設管理部長を務めて

いました。ということは吉田所長は原発の事故前に津波の想定や

対策を行う責任者だったことになります。

そしてその時に東電の技術者達から、過去のデータの新たな解析

などから想定される津波は最大15.7mとなるため対策が必要不可欠

と提言を受けたにも関わらず、吉田氏を含む当時の東京電力の

幹部達は経済性を優先しリスクを軽視、提言を退け対策を先送りに

していたという事実があります。

 

1Fは2011年3月11日に起こった大地震で送電線が倒壊し主要な

電源を失ってしまい、その後しばらく非常時の頼みの綱の

ディーゼル発電機を使って原子炉の冷却を行なっていましたが

東京電力が対策を怠り安全性を軽視したツケはこの後に

やってきました。

地震の後に起きた大津波は1Fの何も対策をしていない堤防を

軽々と乗り越え、津波の事など微塵も考えていないため地下に

設置してあった非常用ディーゼル発電機は容易に水没し使用が

不可能となり、原子炉の冷却手段は殆ど奪われてしまいました。

 

安全神話にあぐらをかき、このような事態に対して何の対策も

準備もしていなかった為、電源車を巡る迷走の例が示すように

1Fでの東京電力の対応は場当たり的に終始し、結果その後

3基の原子炉がメルトダウンを起こし、原子炉建屋も水素爆発

してしまうという事態を招きました。

その後に事態が最悪の方向に向かえば東日本に誰も人が住めない

状態になる可能性もありました。

もし炉内の圧力が限界を超えていた二号機が大きな爆発をして

いたら、もしくは四号機の核燃料プールでの幸運がなければ

実際にそうなっていたかもしれません。

 

【東京電力の企業体質】

ところが人類史でも類をみない最悪の原子力災害を招き日本を

半永久的に汚染したにも関わらず、東京電力は自分たちの

不始末を隠蔽し責任を回避しようとしています。

東京電力は事実を確認できないとして否定をしているようですが

当時の複数の政府関係者によれば東京電力は1Fだけではなく2Fまで

全社員を撤退させ放棄し、後は自衛隊に任せたいと懇願してきた

という証言があります。

原子力事業者としてあるべきモラルが無く、安全性を軽視して

利益を最大限享受してきたのに、いざとなったら逃げようと

したのです。

 

強い危機感を抱いた当時の菅総理が東京電力本店に乗り込んで

「撤退はありえない。このままでは日本は潰れる」という演説を

行った、というのは当たり前で大いに共感を呼ぶシーンに

なったと思うのですが、この映画では殆ど触れていません。

 

最近明らかになった事例では、東京電力が原発の再稼働を目指す

新潟の柏崎にある原子力発電所の安全対策が完了した、と報告を

したにも関わらず実は対策はまだ完了していなかったという事が

発覚しています。

事故前同様に必要な安全性の確保よりも目先の利益を最優先する

というのが東京電力の変わらない社是のようです。

そのような東京電力とは違い、リスクを真摯に検討し震災前に

津波対策をした他の電力会社の原発は事故には至りませんでした。

 

【現在の福島第一原子力発電所の状況は?】

先月の2月13日に起きた大きな地震の影響で格納容器の破損が更に

進んだのは間違いないようで、溶融し地下に沈んでいる燃料デブリを

冷やすため注水をしているのに水位が減少し、圧力は大気圧と同じに

なってしまい水素爆発を防ぐために注入してきた窒素が抜けている

という深刻な状況のようです。でも何故かあまり報道されていません。

そして未だに線量が高過すぎて手が付けられない一号機と二号機には

使用済み核燃料がそのまま残っている燃料プールがあり、もし今後の

大きな地震などでプールが崩壊、もしくはプールが損傷し水が

抜ければ冷却が出来なくなり大変な事態になる事も想定されます。

 

東京電力は1Fの溶け落ちた燃料デブリを回収し廃炉にすると言って

ますが、その位置すらも把握出来ていない上にデブリを回収する

方法と技術は現在この世に存在せず、廃炉に向けたロードマップは

まさに絵に描いた餅で、目処はまったく立っていません。

そして先月の2月の地震で新たに判明しましたが、東京電力は原発の

地震計が壊れていたのを知りながらそれをずっと放置をしていました。

この程度の緊張感しか持っていないような東京電力には未来永劫

何も期待できそうにありません。

 

【映画の意義と最後に思ったこと】

劇中、渡辺謙さんが演じる故吉田昌郎1F所長に現場の責任者の当直長が

「何故こんなことになってしまったのか」と問うシーンがありました。

渡辺さん演じる吉田所長は言葉に詰まり、苦悶の表情を見せた後何も

答えられません。個人的にこの映画で良かったのは最後のとってつけた

ような桜と手紙そして東京オリンピック、などではなくこの場面です。

映画原作でも触れられていませんでしたが、実は吉田昌郎所長は

事故対応にあたって、内心途方もない後悔と忸怩たる思いがあった

のではと想像します。

 

もし自分が津波の想定と対策の責任者だった時に問題を先送りにせず

対策をしていれば、もしくは全く想定をしていなかったシビア

アクシデント、全電源消失(SBO)に対して訓練や準備をしていれば

一号機の無電源でも機能する冷却装置、非常用復水器のイソコンを起動

させ続けられた可能性が高く、また苦労して運んだ電源車が実は電圧の

規格が合わずに使えない事が判明、といった醜態も晒さずに済み

もし冷却を継続し続ける事が出来ていれば一号機がSBOの約5時間後に

メルトダウンする事もなく、その後の二号機、三号機の冷却作業も捗り

負の連鎖が起こらず1Fを救えた可能性がありました。

そしてそうなれば国土の一部を半永久的に放射能汚染してしまうことも

なかった、と後悔もされたのではないでしょうか。

それをこの場面の渡辺謙さんの演技から感じたような気がしました。

 

毎年この時期になると震災関連の映画やドキュメンタリー、報道番組の

放送が増え、当時を振り返り改めて考える機会も多くなります。

今回見た映画は自分の認識を深める、という意味で一つのきっかけとなり

意義のあるものになりました。

 

近頃、日本が2050年のカーボンニュートラルを目指す上で原子力が占める

約6%(※2019年)という発電量の割合をもっと引き上げなければ目標の

達成は不可能という意見もあるようです。

でも国も電力会社も10年前に得た貴重な教訓を生かしていると言える

でしょうか。

あれだけの原発事故を起こしたのにも関わらずまだ事故は起こらない

という安全神話の名残りなのか、もしまた原発で過酷事故が起こった

時に誰が責任を持って収束するまで命をかけて作業を行うのかという

事が未だ手付かずで曖昧なままです。

このままでは国が壊滅するかもしれないという危機時に原発を放棄し

逃げるとか、特例措置で作業員の被ばく線量上限を上げてもそれを超えて

しまうから手が出せなくなり、後は天に運を任せただ見守るしかなくなる

というならいざという時に人がコントロール出来ない力には最初から

手を出すべきではありません。

もしこれから脱炭素に向けて日本における原子力の発電量割合を増やす

ために原発の再稼働、原発耐用年数を再延長、建設中の原発の稼働を

行うというのなら、少なくてもそれぐらいはオープンに議論し決めて

おかないと原発を立地している住民の理解を得る事など到底不可能

ではないでしょうか。



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