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日常についてつぶやくブログ

障害受容に苦しむ時期の親に降りかかってきそうな危険について 続き

2022-01-25 13:47:31 | 日記
全容が見えず、そしてむやみ(と思える)に忙しくなってしまった親の中に、一見希望のように見えた「オーガニック信仰」。
これにもし嵌ってしまい、必要な療育や医師の診察というプロセスを飛ばしてしまったら、どんなマイナスが生じるのか。

発達障害のお子さんの中には、感覚過敏、味覚過敏を持つケースも多く、
特定の食材以外は受け付けないという事も良く聞きます。
偏食傾向があったりもします。
外国での障害者本人だったと思いますが、プリングルスのポテトチップスしか食べない、という話もあったんじゃないかな。
こうした場合、バランスの良い食事を摂らせようとして無理矢理偏食を治そうとした結果、拒絶により、元の障害よりも酷い二次障害というものを起こす危険性が高いです。
実際、小学校特別支援学級の頃、同じ教室にいたお子さんに、当時の教員が無理矢理給食の完食を次の授業に行かせないまでして無理矢理指導させた結果、不登校になったという話を後々親の方から聞かされたことがあります(当然揉めた)。
オーガニックに傾倒するあまり、理想とする食材を拒絶するのにも関わらず無理矢理薦めて二次障害を起こす可能性も出てしまいますね。

何より、心配なのが、本来の、療育、そして障害者支援という正しいアプローチから遠ざかってしまうことです。
オーガニックに盲信し、そしてその上に現代医療否定まで信じ込んでしまったら、
そのお子さんの障害特性、そしてそのお子さん自身の特性に合わせた療育や、日頃の生活の接し方、環境整備(構造化など)、そして個別の教育支援に行き着かなくなる可能性が生じます。
その結果がどうなるのか・・・。

去年末受けたオンラインセミナーでは、小学生入学時から本人の特性に合わせた教育支援をすることで、高学年以降の思春期からの様々な不適応=不登校や引きこもり、触法行為などを起こすことを防ぐ、とあります。
そのために発達検査が必要だ(反論あるかも知れないがすべてのお子さんに)と話していました。

逆に言えば、適切な支援をそのお子さんがオーガニックや気功などにすがったばっかりに受けなかったなら、上記の不適応を後々生じる可能性もあるということになりはしないでしょうか。
勿論、中には医師の診察や療育支援も受けながらの親も見えるかも知れません→いずれ医師などから根拠のない非科学的な対応は薦められないなどのお話しがあるのではないかとその場合希望が持てるかも。

親は、というか人って、楽な方法、一見心地よい方法、手間のかからない方法や安心できそうな話に飛びつきたくなるものなのですね。
しかし、お子さんの発達支援に近道って残念ながら無いです。
療育の機関、保健師、保育士、言語訓練士、医師の方、信頼できる特別支援教育に携わる先生方、そして大人になってからの様々な福祉事業の支援員の方々、こうした方々との結びつき、支援を受けながら、
何よりも、
そのお子さんの障害も含めた特性もふまえての良さや個性を認めて受け入れつつ、社会に時に支援を受けつつ出て行けるような道のりを歩んでいくものなんだと思っています。
そうしたプロセスをまったく無視したオーガニックの過剰信仰(オーガニックそのもの自体は悪くはない)が渦中の家庭に付け入ることは、そのお子さんの人生にとって大きなツケを与えてしまう大罪になってしまいかねないものであるのではないでしょうか。

私は、大変な時期に科学的なアプローチで、かつ親身に息子に寄り添って下さった様々な方との出会いがあったことに改めて感謝しています。
出会いがもし違っていたら、私のことですから、過ちに嵌らない、とは言えなかったでしょうから・・・。
どうか渦中の、様々な悩みと葛藤に苛まれている親に適切な出会いとアプローチが取り残されずに結びつくことを願っています。
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障害受容に苦しむ時期の親に降りかかってきそうな危険について

2022-01-25 12:54:49 | 日記
前に、最近問題になっている、コロナ対策や農業問題に関する、科学的根拠の不確かな言説について、ここでも記事に取り上げています。

「発達障害に関するトンデモオンパレード情報に関する懸念」
https://blog.goo.ne.jp/sin51mosaku/e/edc6a6b5053fd3801e5a606b067ef3b8

今回はその中で、最近の行き過ぎたオーガニック農業信仰が犯すかも知れない過ちの可能性について書いてみます。
上の記事にも取り上げたように、子どもが農薬まみれの食事を取ると発達障害になる、または近い症状になる、とか、オーガニックの食事に替えれば発達障害の症状は改善する、といった言説が、オーガニックを進める一部の活動家によって提唱されていて、それが問題視されています。
この件に関しては根拠がないという裏付けもされているようです。
https://agrifact.jp/faq-no-association-between-glyphosate-and-asd-confirmed-chibauniversity/
除草剤は人以外の生き物のためにもできるならばあまり使わない社会であって欲しいですが、だからといってすべての食材をオーガニックにしなければならないとは思わないです・・・。

様々な農薬すべては否定はしませんが、例えばネオニコチノイドは現在人への影響は指摘はされていないものの、やはりトンボなどの昆虫の生息には打撃を与えているらしく、懸念される農薬ではあることが昆虫学会で言われているそうですし、除草剤も実際にそれを蒔いた田んぼで弱ったカブトエビを実際に見ていたりもします。

しかしそれらをふまえた上でも、オーガニックが発達障害を治す、という言説には根拠の乏しさは禁じ得ません。
前の「発達障害に関するトンデモオンパレード情報に関する懸念」にリンクを貼った記事の中でも、有機食材を取り入れているけれど子どもは発達障害である、というご家庭も見える、という記載もあります。是非リンク記事もご一読下さい。

さて、ここで、この言説「農薬を使った食材を摂ると発達障害になる・オーガニックに替えれば治る」。
これが正にお子さんが障害のある可能性があることに気付いた家庭に入り込んでしまったら、どんな実害が起こりうるのか、述べてみたいと思います。

まず、私も経験したことから思い出しながら、その頃の親の心境を綴ってみると、

自分の子どもが、発達がゆっくりだな、とだけ思っていたことが、どうやら保健師さんや保育士さんのお話しから、もう少し丁寧なケアが必要そうで、またそれを聞いた家族親族から障害の可能性もあるのではとなんとなく聞かされた場合、思うことは
「信じたくない」
です。
それには二つの理由があり、
一つは、我が子が、通常のお子さんが当たり前に受ける成長とそれに伴う楽しみや技能などが思うようには得られないという恐れへの苦しみと、
二つ目には、我が子が障害があることでの、周りから受ける差別的な扱いに対峙しなければならなくなる恐れ、
があるから。

我が子の障害受容とは、親によっても様々ですが、やはりそうそう簡単にすべて納得して受け入れられるわけではないです。
それゆえ、保健師さんや保育士さん相談員さんがその可能性をすぐには話さなかったりもするのです(心中されてしまう恐れも心配しているらしい)。
親としては、その時期は
「どうにかして、自分たちのあらゆる努力で我が子を普通に近づけたい。」
と思うだろうと考えます。
だから、例えばなかなか外の世界に馴染めず逃げたり泣き叫ぶ子どもを社会に馴染ませようと、ありとあらゆる育児サークルとか園庭解放の場とか、図書館読み聞かせの場などに通わせ、相当徒労して、
そして障害の可能性は明かさないまでも「この場で育ちを見たりしていきましょう」と誘われた保健所の教室、そして療育教室に通うのですが、そこでも必死になるのですよね。
(当時そのあまりにもな様子が私から出ていたのでしょう;その頃の療育の先生が「あんまり焦っちゃいかんよ;」と何回か声かけてくださっていましたね;ははは(でもその先生には感謝です、今も。);)

そしてその時期は、今もそうなのか分かりませんが、何もはっきり知らされ無いながら、様々な機関を訪ね歩くというとても忙しい状況になります。
保健所、児童相談所、公共の病院の小児科に診察しに行く、療育教室など。
(最近地域によっては発達センターという包括的な公共機関もできましたが)

振り返れば、不要なコストもあったかも知れませんが、今思うと必要だったんだと気付く面もありますが、渦中ではこの状況へ釈然としない思いも出たりもします。

さあ、その最中に
「大丈夫よ、お母さん、オーガニックの食事なら、お子さんは改善するよ~」
なんて言う誘いがあったら、それはさぞかし甘い言葉として響くのに違いありません。
更に、いよいよ我が子が何であるのか、発達外来に受診しようか決めかねているときに、
「医者はわざと何でも薬を処方して子どもを障害者にする」(これ時折出てくるトンデモ言説です)
と言われれば、
受診はやめてそちらにすがってしまう親もいても不思議ではありません。

実際、渦中で、「大丈夫よ~お子さんそんなに問題ないと思いますよ~。」と根拠は無いどころか、他の相談員さんからは引き続き要経過観察か、療育施設への通いを薦められている意見があるにも関わらす話してしまった相談員さんは、私にとってその時は「何ていい人なんだ!」と希望の存在に見えてしまったのでした。実際には問題の先送りに結びつけてしまったことになるのですが。
後々、通うことになった療育の保育士さんにお名前出したらあまり芳しくない反応であったので、察することになったのでした。

出会った親の中には気功に嵌ってしまった方も見えていました。その後どうされているのかな?

続く。
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