https://dot.asahi.com/wa/2016052000053.html
熊本地震は、水俣病発生地の県南部の水俣市にも深刻な影響を与えていた。老朽化した護岸が壊れ、大きな余震が来れば、公害病の原因となった有機水銀が再び海へ流れ出すリスクが増していたのだ。同じ悲劇を繰り返してはならない。ジャーナリストの桐島瞬氏がその実態に迫る。
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震度7の熊本地震が発生した数日後、水俣市の職員が水俣湾と化学メーカーのチッソ(現JNC)の廃棄場などに接する市道の護岸を調べると、2カ所で裂け目ができるようにコンクリートが剥がれ落ちていた。
近所の住民がこう言う。
「広大な廃棄場には、水銀などいろんな有害化学物質が埋まっています。大きな余震が来てこれらの物質が溢れ出すようなことが起きれば、周辺の住宅地は大変なことになる。水銀が再び水俣湾へ流れ出したらそれこそ大問題です」
問題の幅2~7メートル、長さ1キロほどの市道を歩くと、地震で壊れた2カ所以外にも路面のコンクリートに亀裂が走り、高さ4メートルほどの護岸のあちこちには裂け目ができていた。その数は60カ所を超える。亀裂が深まれば、廃棄場の水銀などが海へ漏れ出す可能性もある。
廃棄場の広さは、東京ドーム12個分。ここは八幡(はちまん)残渣プールと呼ばれ、チッソが過去に工場から出たカーバイド(炭化カルシウム)の残渣を流していた場所だ。チッソは、アセトアルデヒド製造工程で副生されたメチル水銀化合物もこのカーバイド残渣プールなどを通じて海へ流したことが原因で公害病「水俣病」を引き起こした。
水俣病はメチル水銀が蓄積された魚を食べることで脳の神経細胞などが侵される病気で、1950年代中盤から水俣市やその周辺で、激しくけいれんを起こしたり視野が狭くなったりする患者が増え始めた。発症後わずか3カ月で死亡した患者は16人に上り、死亡率は最高で44%に達した。
現在までに認定患者は2280人に上る。国が68年に、水俣病の原因はチッソが水俣湾に垂れ流したメチル水銀化合物だと特定した後にも、損害賠償を巡り、住民から多くの裁判が提訴された。チッソは原因が認定されるまで水銀を海に排出し続け、その量は400トンを超えるとみられている。
湾内の水銀汚染をなくすために熊本県は77年から14年間かけて、海底にたまった水銀ヘドロをすくい取り、その泥で埋め立て地を造る浚渫(しゅんせつ)工事を実施した。
県の検査では、現在は水俣湾の魚や底質の水銀濃度は規制値以下に下がっている。だが大地震や津波が来れば、残渣プールを水俣湾と隔てる「防波堤」となっている市道が壊れ、水銀が再び海へ漏れ出すリスクを抱えているのだ。
水俣市などによると、この市道はチッソが私道として所有していたものを2002年に市に寄贈したもの。管理責任を負う市は熊本地震前から市道の亀裂を確認し、修繕の必要性を認めていた。だが、費用捻出の面から対策はなかなか進まず、地震が来てしまった。
「昨年度と一昨年度にボーリング調査などをしたところ、老朽化で損傷もあるため改築が望ましいとの結果が出ています。沖合80メートルほどまで埋め立てて護岸を強化する検討をしていますが、なにせ費用がかかる。県や国の支援を受けないと、市単独ではできません」(水俣市)
残渣プールのブロック塀の隙間などからはいまでも大量のカーバイド水が噴き出し、路面や側溝を白く染めている。強アルカリ性といわれるこの水が海へ流れ出すだけでも環境への影響が心配になるが、もし水銀が含まれていたら大変だ。残渣プールの地下5メートルほどには地下水が流れているため、そこから水銀が海へ流出するリスクもある。
チッソに八幡残渣プールの汚染について質問したが、回答はそっけなかった。
「湾内の水銀ヘドロを浚渫して埋め立てたエコパーク水俣も安全とはいえません。大きな地震が来たら液状化し、埋め立ててある水銀が噴き出す恐れがある。湾と埋め立てた水銀ヘドロを隔てている水中の鋼矢板にしても寿命が50年と言われる中、すでに33年が経過して耐久性が不安です。エコパークを管理する熊本県は調査をしっかりとやり、データの公表を含めた対策を取る必要があります」
エコパーク水俣は残渣プールとほぼ同じ規模を持つ公園。軟らかい水銀ヘドロが地盤では液状化は十分起こり得る。事実、熊本県が昨年4月にまとめた老朽化対策検討委員会の報告には「最大級の地震で地盤が液状化し、水銀を含んだ埋め立て土砂が地表へ噴出することも考えられる」と記されていた。