●多くの人は初めからSARS-CoV-2に反応するメモリーT細胞を保有している
→複数のエビデンスが蓄積してきているようです。
恐らくは4種の風邪コロナウイルス曝露によるものだろうと。
この4種のコロナウイルスの流行は、数年単位のサイクルで循環しており、地域によっても疫学が異なるようです。
・既存免疫はワクチンの臨床試験の解釈にも影響を与える可能性がある
・既存免疫が必ずしも感染防御に有利に働くとは限らない
という点が論じられています。
Pre-existing immunity to SARS-CoV-2: the knowns and unknown
・未感染の人の20-50%では、末梢血のリンパ球がSARS-CoV-2抗原ペプチドに有意な反応を示すことが分かっている。
・米国のGrifoniらの研究では、SARS-CoV-2が出現する前の2015年から2018年の間のドナーサンプルの50%で反応性が見られていた。
spike protein以外に対するT細胞反応性が最も高かったが、spike proteinに対してもT細胞反応性が検出されていた。
ほとんどがCD4T細胞の反応であり、CD8T細胞の応答は少なかった。
・オランダのWeiskopfらの検討では、10人の未感染者中の1人でSARS-CoV-2のspikeペプチドに対する、2人で非spikeペプチドに対するCD4細胞応答を認めた。
CD8細胞応答は2人の患者で見られた。
・ドイツのBraunらの検討では、特異抗体陰性の健常人の34%でspikeペプチドに対するT細胞応答が見られたと報告した。
・シンガポールのLe Bertらの検討は、SARSやCOVID-19の既往がなく、患者との接触歴もない被験者の50%で、ヌクレオカプシドnsp7あるいはnsp13に対すてT細胞応答があったと報告した。
・イギリスのMeckiffらも、未感染者におけるT細胞応答性を検出している。
・以上の5つの研究は、多様な地域に住む人々が、SARS-CoV-2を認識するT細胞をはじめから保有している事を示している
・これら既存のSARS-CoV-2特異的T細胞は、HCoV-OC43、HCoV-HKU1、HCoV-NL63、HCoV-229Eなどの風邪コロナウイルスに関連したメモリーT細胞ではないかと推測されている。
・既存のメモリーT細胞を高いレベルで持つ人は、SARS-CoV-2に曝露した時に、より速く強力な免疫応答を起こし、重症化しない可能性が考えられる。
・既存のメモリーT細胞が風邪コロナウイルス曝露に関連しているならば、4つの主要なウイルスへの曝露の時空間的理解が重要になる。これらは有病率が数年周期で変動しており、場所により異なることは良く知られている
・既存のメモリーT細胞は、ワクチンの評価にも影響を与え、誤った結論を導く可能性がある。すべての第1相試験で既存免疫を測定すべきであると推奨する。
・既存のメモリーT細胞が有利に働くとは限らない。抗原原罪(original antigenic sin)に働いたり、抗体を介した疾患増強(ADE)の原因となり、有害となる可能性もある
→上記での「抗原原罪(original antigenic sin)」について。
インフルエンザで良く知られた現象です。
簡単に言うと、「すでにいくらかでも反応する免疫があれば、そちらの方でなんとかしてしまって、なるべく新たな免疫記憶を作らない」、ような省エネ的な免疫機構のメカニズムです。
これが原罪と呼ばれる理由は、インフルエンザでは毎年抗原が変異して流行が起こるにもかかわらず、「人間は毎年新たな免疫記憶を作らず、すでに持っている免疫で応答する」からです。
つまり、個人のインフルエンザに対する免疫応答は、「生後最初に確立したインフルエンザ株に対する免疫応答で主にやっていく」事になるのです。
最初に出会ったインフルエンザウイルスがその後の免疫応答を決定するわけで、まさに「原罪」の名にふさわしいかと
以下のリンクの説明が分かり易いです。
新型インフルエンザ・ワクチン投与で、抗原原罪を懸念する声が専門家の間にある。http://www.sasayama.or.jp/wordpress/?p=1101
抗原原罪(original antigenic sin)という聞きなれない用語だが、要は、こういうことだ。
この秋のH1N1インフルエンザ・ウイルスの到来にそなえて、従来の①季節性インフルエンザ用のワクチン注射と、今回の②H1N1新型インフルエンザ用のワクチンの両方を、前者①を最初に注射し、後者②を後に注射した場合、①と②とに共通のエピトープ( epitope、抗体が認識する抗原の一部分)に対する抗体は迅速に産生されるが、②には存在するが①には存在しないエピトープに対する抗体は、産生される抗体の量が著しく低くなるということである。
この現象があるということは半世紀前からわかっていたが、その仕組みは、まだ、よくわかっていないらしい。
このCIDRAP(Center for Infectious Disease Research & Policy )のサイト「‘Original antigenic sin’: A threat to H1N1 vaccine effectiveness?」では、そのへんを次のように述べている。
最初に三種の季節性インフルエンザ・ワクチンを接種し、二週間後にH1N1新型インフルエンザ・ワクチンを接種した場合、多くの抗体については、季節性インフルエンザ対応三種混合ワクチンにふくまれるH1N1ウイルスのA/Brisbane/59/2007のコンポーネントとH1N1新型インフルエンザ・ウイルス(A/California/04/09と思われる。)のコンポーネントは、マッチする。
問題は、この両者にマッチしないコンポーネント部分だ。
ここに、抗原原罪(original antigenic sin)現象が生じるかどうか、つまり、この例でいけば、H1N1新型インフルエンザ・ウイルスにしかないコンポーネントについて、抗体ができにくい抗原原罪現象がおきれば、今回のH1N1新型インフルエンザ・ワクチン接種の効果は、著しく減じられてしまうのだ。
この点について、最近、the Journal of Immunologyに発表されたアトランタのEmory University Vaccine Centerのマウスによる研究「Original Antigenic Sin Responses to Influenza Viruses」によれば、次のとおりの実験をしたとのことである。
すなわち、第一グループのマウスには、①PR8 と ②FM1 という二種類の1930年代から1940年代にかけてヒトにみられたH1N1ウイルスを、この順序で、不活性ワクチンを連続接種したマウスに感染させ、第二グループのマウスには、ふたつのウイルスのDNAから生成したワクチンを接種し、第三グループのマウスには、生のウイルスを感染させ、いずれも、その間隔を一ヶ月とした。
これらの実験でわかったことは、②の抗体は、①よりも少なかったということと、生ウイルスを感染させたものほど、抗原原罪現象は大きかったということ、などということだった。
また、第一回目の感染が、第二回目の感染を、抗体反応において、だませるかどうかは、両者のコンポーネント間の近接性(Distance)に依存していると、されている。
つまり、今回のH1N1新型インフルエンザウイルスのコンポーネントと、季節性インフルエンザワクチンに使われているA/Brisbane/59/2007のコンポーネントのあいだのDistanceが広ければ広いほど、抗原原罪現象は、おきにくいというわけだ。
そして、専門家の間では、たとえ、抗原原罪現象がおきたとしても、後に接種するH1N1新型インフルエンザワクチンの接種量を 多くすれば、抗原原罪現象を避けることができるという。
ただ、不活化ワクチンを使うか、生ワクチンを使うかによっても、抗原原罪現象は、左右されるという。
この点については、季節性ワクチンに生を使えば、新型インフルエンザワクチンにも、生ワクチンを使うほうが、抗原原罪現象を避けうるとしている。
また、季節性ワクチンと新型インフルエンザワクチンとの接種において、同時がいいのか、それともずらしたほうがいいのか、についてだが、確たる根拠はないが、おおむね二週間間隔というのが、相場のようだ。
これらの抗原原罪現象は、プレ・パンデミック・ワクチンについても、懸念されうる現象であり、今後とも、議論を呼びそうなテーマだ。
注-この抗原原罪は、1979年に、Lancetにおいて「Assessment of inactivated influenza-A vaccine after three outbreaks of influenza A at Christ’s Hospital. Lancet,i:33–35, 1979.」との論文上で仮説を提示したHoskins, T. W氏に由来して、「ホスキンス効果」または「ホスキンス仮説」(Hoskins’s Hypothesis )といわれもする。
この病気は病態が複雑で、私にはまだ全体像がつかめません。もしも、既存の風邪ウイルスの細胞性免疫が防御に働くなら、COVID-19で曝露機会の多い高齢者が重症化し、曝露されていない小児が軽症である事との整合性がつきません・・・難しいです。
既存の風邪コロナウイルスの免疫が、SARS-CoV-2に対する感染防御を与えるという仮説は、高齢者ほど重症化しやすいという現実と矛盾する気がしています。少なくとも過剰免疫が重症化と関連しているのは確かなので、免疫を持っていることが災いする可能性もあるかもしれません。私も混乱しています。