すべてのみちはここに

もう追いかけないよ 
宝物は 
いつもここにある

父の妄想

2016-05-12 | 日記
前者後者論 読みました?
(たくさん枝葉に分かれて膨大な記事になってるけどタイトルでピンとくるのだけ読んでもよろしいかと)


ま、私は正真正銘「後者」だったんですけども

私にないものを求められて
「できないものはできない」「ないものはない」と言ったとき
はじめに返ってきた言葉は

「できないって言って努力をやめたらそれまでじゃないか。
そこで(成長が)止まってしまうじゃないか。」


そう。それは正論
往々にして
今の世の中、前者であれ、前者を良しとする社会。
努力して成長するのがあたりまえ。
計画的に、効率よく、生産的なのが、常識です。
結果重視。




中学生くらいの時か、今は亡き父がしみじみ私に言ったこと。

「お前がどこか南の島に生まれてたら、
 手を伸ばせば果物がなってて
 食うのに困らないような南の島に生まれてたらなぁ・・
 お前はそのまんまで
 間違いなく楽しく、しあわせに暮らせると思うぞ
 しかしな、ここは日本だ。。。
 
 ちゃんとしろ。」



あ、あと余談ですが
ちょうど浩宮様が結婚相手が誰になるか?ってテレビで騒がれてた頃
わたし高校生だったかな
テレビを見ながら父

「もしも、もしもさ、ぜっったいありえんけど
 もしも浩宮様が朋子と結婚したいって言ったとしたら
 間違いなく反対されるたい?
 あの人だけはおやめください!ってさ
 それでも、いや!僕はこの人と結婚する!って言いはったらさ・・・
 朋子は影武者に殺されるやろうねぇ。。。」

 ・・三人姉妹なのに、どうしてその妄想に私を起用する?(゚ロ゚)
   いや、私だからこそ、の妄想なんだね・・ 


私はできないことがたくさんあるけど
昔から本当にいろんな人に助けられて、かわいがられて、愛されて
生きてきたと思う。
そこはほんとうに恵まれている。


こんな私の将来を案じながらも
父は私を面白がっていた。
大真面目な顔をして怒ろうとして
そのうち笑い出すっていうことがよくあった。
「おまえってやつは・・・」苦笑

言葉ではいつもうるさく言ってたけど
言葉より態度に出てるそっちのほうを採用した。


それはこれまで生きてきた中で
確かな力になってくれたなーと思う。

置いてきた私を見つけた。

2016-05-12 | 日記
思ってることぜーんぶ言い
「ここに私が言ったことわかりやすく書いてあるので」と
例の前者後者の記事も読んでもらい、の、

バイトその後・・・
私に伝わるように言い方とか考えてもらってるのはわかるんですが・・・
「頑張れば人並みにできるようになる!頑張れ!」というのをひしひしと感じる。。。

( ̄0 ̄)。。。((あれ?ちゃんと読んでくれたのかな・・?))



でもまあ、いいや
「新しいアルバイトが入ってそれでもやめたいと思うんだったらやめればいいし
気が変わって続けたかったらいればいい。」
と言ってもらったので、それで十分だと。



忙しい日が少なかったせいか
わりと平和(わたし的に)な期間を経て
ゴールデンウィークに突入。。。



お店は盛況で厨房はてんわやんわ
負のスパイラルディ再び!
新しいデキるアルバイトさーーーん!はやく来てーーー(´;ω;`)



・・・・



でもね
問題は外にはないわけよ
法則的にそうなわけよ
あいてが私にイラーッときて
私がイラーッとさせてるんです
共同作業なんですよ。


そこではじめて思った
なんだろう?
イラッとされて
ビクゥッて過剰に反応してる(それが更にイラッとさせる)
この”反応”はどこから来るんだろうって
内側に向かってみた。



私が反応してるのは
見張られて(と私が思ってるだけだと思う)「ほらほらほら!ちがう(イラッ)!」っていう時。
あれ?!なんだっけ、知ってる。この感じは・・・






ぽん



と、出てきた。



5年生のとき



担任の先生は、私を「矯正」しようと躍起になっていた。
広いグラウンド、みんなで輪になって曲に合わせてボール体操
遠くから先生が見ている。私だけ動きが違うらしい。
私の名を叫びながら走ってくる。
ちがーーーーう!!!!
何度言ったらわかるんだー!!(私が合わせられないため同じところエンドレス)



右向け右。私だけ頭の角度が揃ってないらしい。
ちがーーーう!!!こう!(グイッと私の頭を持って右に向ける)
それでもまだ合わない
何度言ったらわかるんだ!こう!こう!(頬をバチバチ叩く)





・・・このくらいしか覚えていない。

私はこの時期の記憶があまりない。


この時期、感情のスイッチを切ることを覚えた。


どんなに気をつけてやっても怒られる。
やってもやっても怒られる。
なんでできないかわからないから
お手上げで
とにかく怒りの嵐が過ぎ去るのを待つしかなくて
スイッチを切って何も感じなくした。
だから泣かなかった。





大人になって病院の待合室でこの時の先生とばったり会った。
心臓がドキンッとなって
目は合ったままなのに固くなって
言葉が出なかった。
結局、挨拶も交わさず、すれ違った。
忘れてたのに、体が先に反応してびっくりした。





いま思えば
親にも誰にも何も言わなかったし
ほんとうは辛かったんだなーって思ったら
涙が
ぶわっと出た。



号泣。。。




すごくリアルにあの時の感情がいっぱい出てきた。




びっくりした。





5年生のわたしの感情を思いっきり感じきって


もう大丈夫だよ~と抱きしめた。





ひとしきり泣いたら、すっきりしたのですよ。




それはもう!









まだまだ続く。。。